作品タイトル不明
第86話 ノア
俺はノアの前で絨毯の上に胡坐をかいた。
「ノア、でいいんだよな?」
「……そう。」
「あいつらも名前しか知らなかった。単刀直入に聞くけど、俺を殺そうとしたのは、お前の意思か?」
問いかけながら、俺はシノを横目に見た。シノは「どうぞどうぞ」とでも言いたげに、片手で先を促す仕草をする。
「……違う。COREの任務。」
俺はと言えば、思ったより驚いていない自分がいた。意識を手放す前の『ごめんね』の言葉、あの視線。彼女は自分の意思に反して動いていると、そう思った。
「こいつら5人組は、それを知ってたのか?」
「いいえ。」
ノアの首が、ほんの少しだけ横に振られた。
「うーん、5人組はマスターには手を出すなって言われてたんでしょ?よくわかんないね。」
シノがうんうんと悩みながら首を捻る。
「……あの5人は、COREにとっての、尻尾切り。」
「尻尾切り?」
「COREの中で、首輪のつけきれなくなった者を依頼として危地に放り込む。私の任務の成功率を上げるための、目くらまし。」
「あわよくば、依頼を成功させてくれればいい。失敗して暴れて死ねば、それはそれで片付けになる。そういうことか?」
「そう。彼らも米国の攻略者ランキングでTOP20には入る上澄み。でも、抑えきれなくなったから、処分。」
「マジか。」
俺は思わず素の声を出した。
風見が囮で、5人組が本命かと思いきや、それすらも撒き餌だったというわけか。
「使い捨てる側の人間が考えそうなことだな……。」
シノが「うちもこのタイプの組織は嫌いね~」と肩をすくめ、ハヤテが「えげつないっす……」とうつむいた。ユキは無言。だが、怒りのオーラが抑えきれていない。
俺は一度、息を吸って吐いた。
「で。お前本人の話だ。」
ノアの目線が感情の窺えない無気力なまま俺に向けられる。
「なんでそんな組織の駒になってる?」
ノアは、逡巡しつつ話し始めた。
「……孤児院。」
「孤児院?」
「私が育った孤児院。アメリカの、ある州の田舎にある。」
寡黙な声が、少しずつ続いた。
「私はそこで育てられた。物心ついた時から、孤児院にいた。」
「そうか。」
「孤児院は、長く資金繰りに困ってた。寄付の減少、土地の値上がり、運営費の高騰。何度か潰れかけて、その度に院長が借りを増やしていって。気がついた時には、債権の大半を握られていた。」
「……。」
「その裏にいたのが、CORE。」
俺は、額を一度押さえた。
「今、孤児院は私がCOREの任務を達成することで、延命してる。私が逆らえば、子どもたちの食事も、暖房も全部止まる。」
「なるほどな。」
「……私は、ここまで。」
「ここまで?」
「任務に失敗して、捕縛されて。CORE側から見れば、私はもう駒として終わっている。」
ノアは、そこで瞼を閉じた。涙がこぼれる。
「……みんな、ごめんね。」
ハヤテが、ぐすっ、と短く鼻を鳴らして、すぐに翼で顔を覆った。シノが、その背中を片手でさっと撫でた。
「……よし。」
「ご主人様?」
ユキが、控えめに俺を見上げる。
「ちょっとリンドヴルム呼んでくるわ。」
「リンちゃん?」
「おう、火山エリアでしょぼくれてるんだろ?」
似合わないことをしている竜に火を付けよう。
「CORE潰すか!」
シノが、目をぱちくりさせて、それから「ぷふっ」と吹き出した。
「君、本気で言ってるの~?日本でいう攻略者協会みたいなところだよ?」
「どうせまたちょっかい掛けてくるんだろ?放置したらゆっくり過ごせないし。それに。」
「それに?」
「ムカついた!」
「……へ?」
「俺さ。社畜辞めて、田舎で、好きな時に寝て、好きな時に飯食って、そういうのを目指してた。マスターになってからは思ったより忙しいけど、その隣にお前らがいればそれでいいと思ってる。」
「……ご主人様。」
「だから、平穏な毎日のため、ここで掃除しちまおう。」
もう、我慢するのはやめだ。
火山エリア中央。
岩盤を均した広場の真ん中に、リンドヴルムは正座をしていた。
妖艶な紫の髪が、両肩から腕に流れて、膝の上で揃えた両手の上に重なっている。瞳は閉じていた。背筋は不自然なほどぴんと立っている。
俺は、近づきながら、思わず吹きそうになった。
「リンドヴルム。」
呼びかける。
紫の睫毛が、ぴくっと震えた。
「……お主か。」
「うん、俺だ。」
「来るな。今、わらわは、反省中じゃ。」
「うんうん、聞いた。」
俺はそのまま近寄って、リンドヴルムの正面に、あぐらをかいて座った。
「今回のこと、わらわの責じゃ。わらわが、軽い気持ちで投稿などしたから、お主が、あんなことに。」
「あー、それな。」
俺は、後頭部を掻いた。
「ダンジョンに攻略者が来るのは、当たり前のことだろ。むしろ、攻略者として真っ当だと思ってる。」
「……。」
「それに俺を直接狙ったやつも。アメリカ、って言ってもわかんないか、異国の攻略者協会がマスター討伐の依頼をしてたんだとよ。気に入らないけど、別に不思議なことじゃない。」
俺は、岩盤に手を一度ついて、姿勢を変えた。
「だからな。反省はここまで。それに、そんな姿は似合わないぞ。」
リンドヴルムの紫の瞳が、ゆっくり開いた。
縦に細く伸びた瞳孔が、俺を捉える。
「……似合わぬ、か。」
リンドヴルムはようやく、ふっと小さく笑った。
「で、だ。お前の力が必要だ。」
リンドヴルムが、一度、軽く眉を上げた。
「なんじゃ?もう終わったんじゃろ?」
「アメリカの協会をつぶす。手伝ってくれ。」
「……ほう。」
「俺は、平穏に暮らしたい。けど、海の向こうの連中が、俺の喉を狙ってきてる。こんなんじゃゆっくり酒も飲めない。」
リンドヴルムの瞳孔が絞られる。
「だから、つぶしにいく。我慢するのはもうやめにする。お前の力が必要だ。リンドヴルム。」
しん、と、空気が静かになった。
リンドヴルムは、俺をしばらく見つめていた。
「ふ、ふふ。お主、わらわの口説き方が、上手くなってきたのではないか?」
「いや、別に口説いてないが。」
「ふん。」
リンドヴルムは、岩の上で、ようやく膝を崩した。
「これほど正座をしたのは初めてじゃ。この落とし前、その、あめりか?とやらの連中に付けさせてやろうぞ。」
リンドヴルムの八つ当たりがCOREに迫る。