作品タイトル不明
第87話 自由
リビングにリンドヴルムと一緒に戻ってきた。
「あ、リンちゃん戻ってきた~。反省完了?」
「うむ、わらわは十分反省した。こんなに反省したのは生まれて初めてじゃ。しかし足が痛い、COREめ、許せん奴らじゃ。」
ひとまず5人とノアを転がしている小部屋に向かう。
「よし、お前ら解散な。あ、ノアはこの後もここに残ってくれ。」
5人組がぽかんとした顔を上げる。
「……は?」
「アメリカに帰れ。もう俺らには関わるなよ、っていうか契約で縛ったから無理か。」
「……信じられん。」
「あ、それから――」
「COREの本拠地ってどこにある?」
雲の切れ目から、巨大な敷地が見えた。
俺はリンドヴルムの首の付け根あたりに膝立ちで、紫の鱗を両足で踏みしめていた。一歩後ろにユキが立っている。左手で俺の背を軽く支えながら、右手の指先で空中に蒼い魔法陣を次々と描いていた。陣の縁が淡く光るたびに、視界の一帯がぐっと前にスキップする。リンドヴルムの全力飛翔と、ユキの転移リレー。この合わせ技で、海を一気に越えてきた。
「ご主人様、間もなく到着いたします。」
「ありがとな、ユキ。無茶させた。」
ユキは目だけで微笑んで、また指先を動かす。
さらに後ろの背中の窪みでは、メフィスが両腕で鱗にしがみついて「あぁぁ、あぁぁ」と情けない声を出し続けている。飛び立ってから、ずっとこの調子だった。気がつけば、空の色が西に傾き始めている。朝に発って、もう夕方になる頃合いか。
リンドヴルムの前肢には、種子でぱんぱんに膨らんだ巨大な麻袋。森エリアの植物群から、ユキが生育の速い蔓性のものを中心に、根を深く張る種類も混ぜて選別してくれた、今回の主力装備だ。
米国、某州。コンクリートと鉄骨で固められた施設群が、まるで小さな街のように広がっている。要塞めいた本館、研究塔、訓練場、駐車場、ヘリポート。塀の高さも厚さも、まともじゃない。
CORE本部、らしい。
ジェイクたちから聞き出した座標と、それから上空写真。シノが見せてくれた予習画像と、目の前の光景が、ぴたりと重なる。
リンドヴルムが、嬉しそうに咽喉を鳴らした。
同時に、下の世界が一気に騒がしくなった。
警報。サイレン。屋根の上に展開していくレーダー。対空砲台らしき装甲が、複数の建物の頂上で展開していくのが、ここからでもはっきり見える。豆粒のような人影が、敷地のあちこちで走り回り始めた。
リンドヴルムが、咽喉を一段、深く鳴らした。
咆哮。
たった一発、空気を震わせるだけの咆哮。
それだけで、本館の上層階のガラスが、ぱしゃんと砕けた。研究塔の高層階も同様。窓ガラスが残らず吹き飛び、ガラス片がきらきらと地面に降っていく。
リンドヴルムが、前肢の麻袋をひっくり返した。
種子の雨が、CORE本部の敷地一帯にざあああっと降り注ぐ。
「ユキ。」
「はい。」
そして。
「――育ちなさい。」
ユキが両手を広げた。
足元の土地全体が蒼く光った。
地に落ちた瞬間の種子が、はじけるように発芽する。芽が、葉が、茎が、競うように伸び上がる。蔓が壁を這い、根が地面を割って広がり、葉が窓枠を埋め、対空砲台の関節に絡んで一気にきしませる。コンクリートの裂け目から太い幹が顔を出し、屋上のヘリは緑のカーペットに足を取られて離陸できない。
みるみるうちに、CORE本部の建物群が、緑にびっしりと飲まれていった。
特に本館は植物の檻で覆われたといってもよいほどの有様だ。
「よし、じゃあまずは内部の把握だな。ユキ、感じ取れるか?」
「はい、草花が全て教えてくれます。――いましたね。」
ユキの蒼い瞳が、すうっと細く絞られる。
「最上階、中央の会議室。年配の男性が3名、地下への避難経路を確保しようと指示を出しています。事前に確認したCOREの上層役員で間違いありません。」
「ビンゴ。」
「リンドヴルム、頼む。」
竜の爪が屋根を掴み、メキメキという音を立てて引きはがす。埃が舞い、瓦礫が落ちる。
緑の触手のような蔓が、内部から3人の役員をぎゅうっと締め上げて、ふわりと宙に持ち上げる。リンドヴルムの背――俺たちが乗っている場所のすぐ後ろに、丁寧に並べた。
3人の役員は、まだ何が起きたか飲み込めていない顔で、しかし何やら叫んでいるようだった。そのまま建物が小さく見えるほど上昇する。
「は、放せ! 放せこの怪物が……!」
「なんだ貴様らは!」
「中佐を呼べ、第3戦闘班を……」
ふん、いっちょまえに喚いてるな。
「よし、配信準備だ!」
以前ひかりの配信の予備として、死蔵していたドローン一式を持ってきていたのである。
この配信は、威嚇。誰だろうと容赦しないという、メッセージ。
「みんな、見てるか~? これ、映ってる?」
使い方が微妙にわからない、ひかりにちゃんと習っておけばよかった。
お、映ってる、いけそうだ。
「どうも、裏山ダンジョン、マスターの鷹峰です。ここはアメリカ。COREっていう組織の本部の上空です。」
『え』
『え?』
『なにやってんだ!?』
『アカン』
「話せば長くなるんだけど。」
俺は、片手で頬を掻いた。
「この組織、俺を殺しに来たんだよね。で、結構あくどいこともやってるみたいでさ。」
『は』
『は?』
『生きてんじゃん』
『マジか』
「ちょっとムカついたんで――」
「潰すことにしました!」
『!?!?!?』
『は?』
『ちょ、待って』
『国際問題、国際問題』
『日本政府くん、見てる~?』
『Did he just say "destroy"?』
『ガチ?』
『流石にうそやろ』
「詳しいことはこいつらの口から、キリキリ吐いてもらいます。」
俺は、後ろに首を捻った。リンドヴルムの頭の上で、3人の役員が、ようやく今の状況を把握し始めた顔をしていた。
スーツ。白髪交じり。顎の張った、嫌味そうな面構え。3人とも、嫌になるほど典型的だ。
「お前らのうちの、一番偉い奴でいいや。喋れ。俺を殺そうとしたな?」
「……ふざけるな。我々はCOREの理事だ。貴様のような――」
「お、やっぱそう来るよな。」
俺は、ユキに目配せする。
ユキが首根っこを掴み、空中へぶん投げた。
雲を切って、まっしぐらに地面に向けて落ちていく。
「いや待っ、待っ、待っ――――――――――――――――――」
声がだんだん遠くなる。
配信画面が、ご丁寧にその顔を捉えていた。
『えええええええ』
『ちょっと待って待って』
『これダメなやつ』
『落ちた』
『おちた』
『おいいいいいいい』
地面まで、あと数メートル。
「リンドヴルム。」
「うむ。」
竜の翼が、ふわりと一閃。役員の襟首が、爪で引っ掛けられた。
そのまま、すぐにまた背の上に戻される。
役員のスーツは、もう汗と何かでぐっしょりになっていた。
「汚いのじゃ……。」
「悪い、我慢してくれ。」
確かにこれはリンドヴルムには非常に申し訳ない。
「で。話す気になったか?」
「……っ、ひっ、ひぃっ……!」
「ユキ、もう一回紐なしバンジーしたいってさ。」
「い、言う! 言うから! 言うから!」
「どうぞ。」
『マスター容赦ない』
『これがDMの本性』
『ひえぇ』
『こっっっわ』
役員1号はしゃべり始めた。
CORE、Coalition Of Realm Elimination。米国の、日本でいう攻略者協会に近しい組織。建前は「危険ダンジョンの討滅」を目的とするが、その利権に目が眩み、あくどいこともやっている。
俺の襲撃も、その一環。今回はリンドヴルムの煽り投稿が世界に広がったのを機に、話題のダンジョンを潰そうとしたらしい。
「もう1つ、今度はそっちのあんただ。」
「わ、儂か……。」
「あんたはバンジー好きか?」
首を必死にぶんぶんと振って否定する。
「聞きたいのはノア・クロイツのことだ。」
役員1号が、目を泳がせた。
「あ……あれは……我々は孤児院の経営を手伝っていただけで……。」
「もう一回いくか?ノアから裏は取っている。俺は確認してるんじゃない、お前らの口から自白させたいだけだ。」
役員2号は諦めたように話し出した。
「くっ……孤児院の債権をCORE名義で握って……ノアが任務を達成しなければ……失敗すれば、援助を打ち切る、と……。」
「で、ノアに渡っていた報酬と、孤児院に回していた援助は?」
「得られた利益の……1パーセントほどだ……。」
『うわ』
『うわぁ』
『カスやんけ!』
『最悪じゃん』
『さっきから出てくるノアって誰?』
『これ流して大丈夫か?』
『マスター、おかわり。』
「よし。」
ユキが役員3号を空中へ放り投げた。
なぜ自分が!?という顔のまま悲鳴が遠ざかる。すんでのところでこいつも回収、今度は背中には戻さず、爪でつるしたままである。
「メフィス。」
「はい、はい、出番ですね、はい……。」
指先が、空気から黒い羊皮紙を編み出す。銀色の文字が、さらさらと条項を刻んでいく。
「『今後、裏山ダンジョン関係者一切に敵対しないこと。』『COREの組織活動を停止すること。』『ノア・クロイツの孤児院の運営費用を、CORE側が全責任を持って継続支援すること。なお、支援は無条件であり、ノアの任務達成と一切結びつけないこと。』『以上の違反時には、相応の代償が履行される。』」
ペンの羽根が一本、メフィスの指から舞った。
「では、ご署名を。」
「い、嫌だ、署名なんて――」
メフィスがスパッと親指に傷を付け、血判を押させた。見たことが無いほどのいい笑顔である。
『うわぁ』
『これ笑っていいやつ?』
『裏山こわすぎない?』
『アメリカ壊れちゃう』
紙の上で、銀色の文字が一拍だけ淡く光った。
「成立しました。」
役員たちの肩に、薄っすらと紋が走り、消えた。
「よし。」
俺は、リンドヴルムの首に手を置いた。
「ノア、見てるか~?」
配信用のカメラに、軽く手を振る。
「ノア、孤児院のことは、もう心配しなくていいぞ。子どもらも、お前も。今後、何かあったら、こいつらが耐えられないくらい悪夢を見て最後は魂まで抜けるから。」
よし、じゃあ、仕上げだな。
「リンドヴルム、あっちにデカい女神像が見えるか?自由の女神って言うんだけど。」
リンドヴルムが頷く。
「こいつらを自由にしてやろう。」
それから、自由の女神の掲げたたいまつに3人を括り付けた。
俺は、配信のカメラを、もう一度、まっすぐ見た。
少しだけ、間を置いて。
「……井筒さん、朝霧さん。」
頭の後ろを、ぼりぼり掻く。
「ごめんなさい、我慢するの、やめちゃいました! 今度謝りに行きます、それでは!」
配信が切れる前、俺の視界の隅で、リンドヴルムが嬉しそうに咽喉を鳴らした。
竜は、日本に向けて空を一直線に駆け抜けた。