軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

220話 化粧

アストランティアのカナンのアトリエにやってきている。

なぜかエルフも一緒だ。

ここを訪れた主な目的は、俺の正装を作ってもらうためだが――カナンをはじめアトリエスタッフの慰安も兼ねている。

仕事は大変そうだが、今の生活にはとても満足しているらしい。

この世界で女性が働くってことは、とても大変なことだが、充実した生活を送れているようでなによりだ。

――朝、起きるとカナンの部屋で飯を食う。

アイテムBOXから出した小さなテーブルと椅子を、ベッドの横に並べた。

メニューは簡単にグラノーラで済ます。

これなら、エルフも一緒に食えるしな。

もっともエルフはミルクが駄目なので、豆乳を使っているが。

「ケンイチ、この食べ物を少し分けてくれないか?」

「ああ、いいぞ」

「私もぉ!」

「解った」

カナンがグラノーラを欲しがっているので、シャングリ・ラから購入した。

忙しいので、簡単に取れる食事が欲しいのかもしれないな。

セテラにはサクラに帰ってからでいいだろう。

スタッフは通いなのでまだ出勤しておらず、朝のアトリエには俺たちしかいない。

忙しいときに備えて、仮眠部屋もあるようだが、だれか泊まっているのだろうか。

「仮眠部屋に住み着いているような子もいるのだがなぁ……」

俺も会社勤めをしていたときには、そんなことがあった。

1週間ぐらい会社に泊まっていた――とかな。

今考えるとブラックだが、仕事が面白いとそれも苦にならないのだ。

例えるなら、学校で学校祭の準備をしているようで楽しい――そんな感じだ。

「皆でワイワイしていると、祭りの準備をしているようで楽しいのだろう」

「そうなのだ!」

仕事は楽しいうちが華なんだよな。

会社が大きくなったり、スタッフが増えたりすると、会社を維持するために働かなくてはいけなくなる。

そうなれば、嫌な仕事やツマラン仕事もこなす必要が出てくるわけだ。

俺は、それが嫌だったから仕事を辞めた。

小さい会社だから、それもできたが――この度の辺境伯領の仕事は途中で投げ出すわけにはいかない。

前のユーパトリウム領主のように、全てを捨ててしまう人もいるのだが。

朝食を食べていると、ドアがノックされた。

「もう、出勤してきたのか?」

「いいや、まだ早いな。多分、泊まった連中がいるのでは?」

席を立つとドアを開けた。

そこにはボサボサで赤髪の女性が、ヨレヨレの寝間着を着て立っていた。

「あのぉ、朝食を恵んでいただけませんかねぇ……えへへ」

「もう、アナナス! また泊まったのね」

カナンによると、この女性スタッフはアナナスという名前らしい。

「気づいたら遅くなってて、帰るのが面倒になって……」

「まぁ、暗くなると危ないからな」

「そうなんですよ」

元世界とは違い治安はあまりよくないし、暗い中で出歩いたりしたら、襲われても文句は言えない――そんな世界だ。

特に若くて美人の女性は危ない。

「まぁ、今食べているのでよければ、一緒に食べよう」

俺はテーブルの上にあるグラノーラを指差した。

「本当ですか?! やったぁ!」

「お菓子をたくさんあげたのはどうした?」

「皆で分けちゃいましたし、夜にお腹が空いたので食べちゃいました」

「夜に甘いものを食べると太るぞ?」

俺の言葉に女性が固まる。

「本当ですか?!」

「ああ」

元世界では常識だが、この世界で夜食なんて食えるのはごく一部だし、甘いものも限られている。

そういう考えが浸透していないのだろう。

「やっぱり、服飾などを扱っていると、体型とか気になるかい?」

「そりゃ、もちろんですよ! カナン様みたいにお綺麗ならいいですけど……」

女性が、辺境の華と呼ばれているカナンをチラ見する。

「女性の美しくなりたいっていう欲望は果てがないからな」

「ははは、それゆえこういう服が売れるわけだし」

カナンの言うとおりだが、ちょっと気になることがある。

グラノーラを食べながら、黙って俺たちの話を聞いているエルフだ。

「エルフはどうなんだ?」

「んあ? なにがぁ?」

「流行りの服を着たいとか、飾りをつけてお洒落したいとかないのか?」

「そんなことをしてどうするの? 服なんて、裸を隠せればいいし」

「身も蓋もないな……」

まぁ、何百年も生きているなら、そんなことはどうでもよくなっているのかもしれない。

「だってぇ、エルフって最初から信じられないほど綺麗じゃないですかぁ」

赤毛の言うとおりだ。

「そうだな。只人ならお洒落すれば60から80になるが、エルフだと100から101とかにしかならないかもなぁ」

「ふ~ん、只人って無駄なことに金と時間を費やすのね」

「その口調からすると、そういう文化がまったくないのか」

「うん」

セテラの話では、化粧の文化もまるでないらしい。

「でも、目を描いて、口紅を塗れば変わるんじゃないのか?」

「そうだな! 面白そうだ」

俺の言葉にカナンも乗り気だ。

「なになに? 面白そうなこと?」

エルフも長い耳をピコピコ動かして興味ありそうなので、カナンが化粧道具を持ってきた。

彼女が持っているのは、俺がシャングリ・ラで購入して渡したものだ。

化粧品などは、マロウ商会におろしていないので市販されていない。

使っているのは、俺と特別な付き合いがある女たちだけだ。

「じっとしてて」

カナンがセテラを座らせると、化粧を始めた。

肌は陶器のように綺麗だし、ファンデーションも必要ない。

目を描いて、口紅をさすだけ。

「おお~こりゃ破壊力抜群だな」

化粧が終わったエルフは、まさにこの世のものとは思えない感じ。

まさに人類が追い求めていた理想の姿がそこにある。

「……はぁ……」

アナナスはため息を漏らすと、そのまま下を向いてしまった。

どう逆立ちしたって、人間である限りこの領域には到達できないと解ってしまったからだ。

「ううむ……解ってはいたが、これは流石に……」

カナンぐらいの美人でも、唸るぐらいの破壊力だ。

「なになに?! どうなったの!?」

エルフに鏡を見せてやる。

「へぇ~変な顔! こんな感じになるんだ!」

彼女は自分の変わった顔を面白がっている。

まったく感性が違うようだ。

「目がくっきりしたので、かなり離れていても美人が来たと解るな」

「王族などは、離れた場所で会話を交わすことが多いので、化粧は有用だと思うぞ」

「ふ~ん、ずっとこのまま落ちないのぉ?」

どうやら、そのまま顔に張り付いたままだと思っているらしい。

「ええ? いや、寝る前には顔を洗わないと駄目だぞ」

「そうなんだぁ」

「まぁ、異物を肌に塗るわけだからな。身体によくはないだろう」

「そうだ。昔は白粉に鉛が使われていたようだが、中毒が多発して禁止になった」

前に、プリムラもそんなことを言っていたな。

「これも毒なのぉ?」

エルフが自分の顔に塗ったものを心配している。

「まぁ、それは大丈夫だが、つけっぱなしはよくない」

「なるほどねぇ。そうまでして自分をよく見せたいのねぇ」

「そういうことになるな」

「はぁ……」

さっきからアナナスがため息をついている。

「なんだ、ため息ばかりで鬱陶しい」

「だってさぁ……」

いきなり美の頂点を見たので、やる気をなくしてしまったようだ。

「そんなにお洒落したいなら、アトリエに泊まったり、仕事で徹夜なんて止めたほうがいいだろ?」

「そんなの解ってますけど……」

「その分じゃ、男っ気はないんだろうな」

「ふん……男なんて死ねばいいのに……」

彼女は男が嫌いなようだ。過去になにかあったのかもしれない。

「おいおい」

「もちろん、ケンイチ様を除く。あ~私にもケンイチ様みたいな男が現れないかなぁ?」

「最初から他力本願だな。カナンに社交界でも紹介してもらったらどうだ?」

「止めておけ。社交界なんて、ろくな人間がおらん! 成り上がるために利用するカモを探しているならともかく」

「随分と辛辣だな」

「事実だ」

カナンが吐き捨てた。

「それじゃ、貴族やら社交界を捨ててよかったのか?」

「そうだな。まったく20年近く無駄にしたぞ。私の青春を返してほしいぐらいだ」

「まぁねぇ。只人はすぐにしわくちゃになって死んじゃうからねぇ。時間が惜しいと感じるのかもしれないねぇ」

エルフから見ると、生まれてきたと思ったらあっという間に歳を食って、死んでしまうように映るらしい。

俺も子どもの頃は、時間が経過するのが長く感じた。

1年が長くて、早く大人になれないかなぁ――などと考えていたものだが……。

いざ大人になってみればどうだ。

光陰矢の如し、まさに光の速度で時間が流れ始めた。

え? もう1年たったの? ○○が10年前って、嘘だろ?

こんな風に感じることが日常茶飯事だ。

エルフの感覚は、こいつがさらに強烈になったものに違いない。

100年前なんて、つい最近でしょ?

こんな感じなのであろうか?

話をカナンに戻した。

「子爵には、あれから会ったか?」

「会ってはいないが、本と手紙がきた」

カナンと別れた子爵は、小説を書いているのだが、それを本にして出版している。

製本に使われているのは、マロウ商会が独占しているガリ版印刷だ。

巷でも、面白いと評判らしい。

「読んでみたか?」

「ああ、面白かった。あの人が、あのようなものを書けるとは思ってもみなかったな……」

「子爵も、カナンが服を作れるとは、思っても見なかっただろうな」

「まったく……あいそぐわぬ男女が、お互いに20年近く無駄に過ごしたわけだ。なんという時間の無駄……」

「まぁ、その分取り返せばいいさ」

「そのとおりだ!」

「ああん、ケンイチ様みたいに、女の仕事に理解のある男はいないのかなぁ……」

話を聞いていたアナナスがそんなことを言う。

「俺みたいな男は特殊だからな」

俺はこの世界の人間じゃない。

女性が社会進出していた元世界の常識を持っているから、理解があるだけ。

この世界に同様の考えかたが広まるには、どのぐらいの年月が必要になるか想像もつかん。

「只人ってのは、色々と苦労が多いのねぇ」

エルフには、只人の浮世がまったく理解できないようだ。

――朝飯を食い終わったので、サクラに帰ることにする。

その頃になると、他のスタッフも出社してきた。

他のスタッフは、ちゃんと家に帰っているようだ。

「おはようさん。ちゃんと家に帰っている従業員もいるんだな」

「おはようございます、ケンイチ様。もちろん――うわっ!」

スタッフたちが驚く。

なにに驚いたのかといえば、化粧をしたエルフだ。

そのぐらいに破壊力がある。

「そんなに変?」

皆に驚かれているので、セテラが怪訝な顔をしている。

「いや、凄すぎてやばいんだよ」

「ちょっと離れたところからでも破壊力が……」

まぁ、人間離れしているって、元々人間じゃないし。

まさにこの世にあらざる者だ。

「まぁエルフ様は、さておき。皆、ちゃんと通っているんだな」

「ぷー、悪かったですねぇ。男っけのない女が職場に泊まり込んで……」

アナナスがむくれているが、そこまでは言ってない。

スタッフは身ぎれいにして服も洒落ている。

こういう仕事をしているので、お洒落に敏感なのかと思ったら宣伝も兼ねているらしい。

売り物のオートクチュールにはミシンは使えないかもしれないが、そういう宣伝用の服ならミシンも利用できるかもな。

あと、試作品とかにも使えると思う。

「綺麗な服を着て街中を歩いていると、声をかけられるんですよ」

「その服はどこで買えるのか? って聞かれるわけか……」

「そうです」

もちろん、オーダーメイドの服を買えるなんて、金持ちに限られているだろうが。

「それじゃな、カナン」

彼女を抱き寄せて、口づけをする。

「はぁ、いいなぁ」

アナナスが指を咥えている。

「してほしいなら、私がしてあげるけどぉ?」

セテラがアナナスに寄っていく。

そういえば、こいつは男より女のほうが好きだったな。

「ええ? いや、私は……きゃぁ! ケンイチ様ぁ!」

「ほらほら、嫌がっているから」

「じゃぁ、ケンイチとするぅ」

セテラがアナナスを離すと、俺に抱きついてきた。

「待て待て、人前でそういうことは止めてくれ」

「おほん! せめて私の見えないところでやってほしいな」

カナンが玄関で腕を組んでいる。

「ほら、カナンも怒ってるし」

「じゃあ、あとでぇ……」

俺はアイテムBOXから、ラ○クルを出した。

「ほら、乗って。それじゃな、カナン。無理はするんじゃないぞ? 皆も彼女を支えてやってくれ」

「「「はい、ケンイチ様」」」

助手席にエルフを押し込めると、俺は車を発進させた。

街の中を走り、アストランティアの門を出る。

「ねぇ~」

「こら、危ない」

運転中にセテラが抱きついてくるのだ。

言うことを聞いてくれないので、相手をしてやることに。

それに、化粧をしたセテラの美しさに抗えない。

こんなことってあるのか?

「ちょっと待ってくれ、場所を探す。まさか街道の往来でやるわけにいかんだろ?」

「それでもいいけどぉ」

「止めてくれ。あっという間に噂が広まって、うちの女性陣の耳に届くだろうが」

「辺境伯様なんでしょう? 女の言うことなんて、聞く必要ないじゃん」

「女のお前が、それを言うのか?」

彼女と話をしながら場所を探していると、いいことを思いついた。

新しい道ではなくても、街道からサンタンカに続く古い道なら誰も通らないぞ。

サンタンカに来る連中も、サクラ経由で訪れるようになった。

古い道は、曲がりくねっていて、道の状態もあまりよろしくない。

SUV車なら、それほど気にならないのだが、普通の馬車じゃ大変だ。

街道を進み、サンタンカに向かう旧道に入る。

案の定、まったく往来はない。

曲がりくねった道を進み、湖へと至る中間地点辺りで、脇に逸れた。

外に出ると、アイテムBOXから出したカモフラージュネットをかける。

「おお、これじゃわからんだろ」

「わざわざ、そんなことするのぉ?」

「エルフと違って、只人ってのは色々とあるんだよ」

「まったく面倒ねぇ」

そんな会話をしつつ車の椅子を倒すと、ゴニョゴニョする。

きらめく金髪と白く輝く肢体、そして森のにおいを堪能した。

色々と終わったあと、後部座席にエルフを寝かせて、俺は再び車を発進させた。

曲がりくねった道を進み、湖が見えたら右に曲がる。

しばらく進むとサクラが見えてきた。

「お~い、セテラついたぞ」

「うん……」

車が止まっても彼女がぐったりしたまま動かない。

仕方なく、彼女の家の近くまで行くと、お姫様抱っこで車から出す。

そのまま彼女が家代わりに使っている黒いコンテナハウスの中に入ると、ベッドに寝かせた。

部屋に入ると漂う、草のようなにおい。

中を見回しても、なにもない。

俺がやったチェストとベッド以外、閑散とした空間が広がる。

エルフの村にもなにもなかったし、元々こういう生活なのだろうが、いつもどうやって暮らしているのだろうと思ってしまうのは、俺が俗にまみれた只人だからなのか。

「それじゃなセテラ」

立ち去ろうとすると、白い手が伸びてきてつかまれた。

「もう、一回しよ?」

化粧顔のエルフに色っぽく迫られると、抗えないなにか魔力みたいなものがある。

「なにか魔法を使っているわけじゃないよな?」

「そんなの使ってないよぉ」

「ここじゃダメだ。その前に仕事があるし」

いや、ここじゃなくても駄目だけど。

「もう!」

こんな朝っぱらから何回もできるかっての。

まぁ、できるけどな。祝福の力があるから、飯を食えば何回でもできるが――俺には、やることがあるのだ。

エルフの魔力を振り切って、コンテナハウスの外に出た。

あれ、男のエルフでも化粧をしたらやばいんじゃないのか。

そう考えると、男のエルフに迫られて理性を保てるか、疑問に思えてきた。

もちろん、そんな趣味はないのだが。

「うお!」

アホなことを考えながら外に出ると、アネモネと森猫たちがいた。

「どうしたの?」

「エルフがちょっと気分が悪いんだと」

「ふ~ん、あやしい」

「にゃー」「みゃ」

「お母さんまで、そんなことを言うのか?」

「にゃー」

「エルフは止めとけってか。まぁ、忠告は聞いておくよ」

俺がベルと話していると、アネモネがなにか言いたそうにしている。

「アネモネ、どうした?」

「あのエルフ、化粧をしてた」

「見てたのか?」

「私も化粧をしてみたい」

彼女ぐらいの歳なら、化粧に興味を持つのも仕方ない。

ちょっと背伸びしてみたい年頃だろうし。

「う~ん、そうだな。大人なら化粧の仕方を覚えたほうがいいかもしれない」

「うん」

俺はメイドを呼んだ。

「お~い! 誰かいないか?」

「ここに」

メイドの1人が物陰から出てきた。

金髪を編み込んで、細い青い目をしたメイド。

アマランサスが連れてきた、メネシアという元貴族の娘だ。

「メネシアか。仕事は慣れたかい?」

「申し訳ございません。まだ……」

「まぁ、やる気があるなら、大丈夫だ」

「……」

彼女は黙ったまま、俺からの仕事を待っているようだ。

あまり世間話をするのは得意ではないらしい。

「元貴族なら、化粧はできるだろ?」

「はい、基本的なことは」

「彼女に化粧の仕方を教えてやってくれ」

「かしこまりました」

アネモネのために、化粧のセットをシャングリ・ラで買う。

3000円ぐらいだが、どんなものがいいのかまったくわからん。

説明には初心者用と書いてあるので、これでいいだろう。

これでも、この世界にある化粧品に比べればかなり上等なものだ。

「わぁ!」

アネモネが化粧品のセットに目を輝かす。

やっぱり、女の子はこういうのが大好きなのか。

それを見たメネシアも、羨ましそうに見える。

まぁ、メイドならそういう表情を出しちゃ駄目だと思うのだが、そこらへんはまだ未熟なのだろう。

もう1つ同じものを購入して、メネシアに渡した。

「ほら、お前にもやる」

「あ、あの、申し訳ございません」

「いいって、君も同じものを持っていたほうが、アネモネに教えてあげるのがはかどるだろう?」

「……はい」

彼女は目を閉じて、化粧のセットをぎゅっと抱きしめた。

彼女は、ここにやってきたときには着の身着のままだったようなので、自分のものをなにも持ち出せなかったはずだ。

「それじゃ、よろしく頼むよ」

「お任せください」

「アネモネ、化粧が上達したら見せてくれよな」

「うん!」

彼女が化粧のセットを掲げて、走り回っている。

「にゃー」

それを見て、ずっと黙っていたベルが俺の足下で鳴いた。

「ええ? お母さんは無理だろう」

「にゃー」

「そんなことを言われてもね」

毛皮で化粧できるはずがない。

彼女も女性だし、そういうのに興味があるのかもしれないが。

「尻尾にリボンでもつけるかい?」

「にゃー」

「邪魔って、そりゃそうだけどさ」

さて、やることはたくさんある。

まずはユリウスを呼んで手紙を書いてもらう。

「ユリウス、アストランティアにいるゴーヤ男爵って知っているか?」

「はい、存じております」

彼は紋章官なので、王国にいる貴族のことは、ほぼ把握している。

「彼の親は、まだ存命だろうか?」

「先代のゴーヤ男爵ですね――はい」

その親に、「貴殿の息子が、私の側室に手を出して困っている。人の側室に手を出させるな」と書いて送ってもらうことにした。

こいつは、本人に送っても効き目がないだろう。

領主でもいいのだろうが、ユーパトリウム子爵領の領主代行は俺だし。

だいたい貴族なら、辺境伯領主の俺が、子爵領の領主代行をしていると知っているはずなのだが……。

ユリウスには仕事を頼んでしまったし、大工の親方は忙しそうなので、俺1人で住宅の設置を行う。

2人は、時間が空いたときにチェックしてくれるそうなので、大丈夫だろう。

街の中を歩き、テント生活をしている家族のところに行って、住宅の設置を行う。

新しく設置した家の中には、屋根のないものもある。

「屋根はないが、しばらくまってくれ。大工も忙しくて手が回らんのだ」

俺の指差す方向には、屋根の骨組みだけ乗った石造りの家が建っている。

屋根は木だったので、腐って落ちてしまったのだろう。

「領主様、承知いたしております」

乳飲み子を抱えた、若い夫婦が膝を折っている。

夫婦にシャングリ・ラで買ったブルーシートを与える。

上手いこと工夫すれば、雨露は防げるだろう。

「他の場所でも、この青い布を使っている家を見ましたので、なんとか取り付けてみたいと思います」

「頑張ってくれ。都合がつき次第、大工をよこす」

「はは~っ」

テンポよく設置できればいいのだが、凸凹の地面だったら重機を出して均さないと家は置けない。

適当に置いて、あとで困ったことになったら住民が可哀想だ。

手は抜けない。

午前中、住宅設置の仕事をして、家に戻ってきた。

「ケンイチ! 見て見て!」

うっすらと化粧をしたアネモネが、俺の下に駆けてきた。

「おお、化粧をしてみたのか」

「うん」

「綺麗になったな」

「本当?!」

「ああ」

元世界でいう、ナチュラルメイクってやつだろう。

子ども――って言ったら彼女は怒るだろうが、ケバくない自然な化粧だ。

「じゃあ、毎日する」

「いやぁ、なにか催し物とか行事があるときでいいんじゃないのか?」

「ん~」

化粧をしている彼女を抱え上げた。

「ほら、化粧をしているとチュ~ができないし」

「私はできるよ!」

アネモネが俺のほっぺたにキスをした。

「あ~! 口紅がついただろ?」

「うん」

あたふたしていると、その様子を見てアマランサスが飛んできた。

「聖騎士様ぁ!」

どこからか、平らなケースに入った紅を出すと小指で掬い、彼女の口元を真っ赤に染めた。

「アマランサス、何をする!」

「ん~っ!」

彼女が俺に抱きつきキスをする。

これははっきりと、口紅がついたんじゃね?

「こら、やめろっての! 仕事がまだあるんだぞ」

「おおー!」

変な声が聞こえてきたと思ったら、リリスだった。

彼女もアマランサスの紅をもらうと唇に塗り、俺に抱きついてくる。

「ちょっとまてぇぇ!」

彼女たちを引き剥がして、アイテムBOXから出した鏡を見る。

薄いキスマークが1つに、真っ赤なキスマークが2つ。

「あ~あ」

このままでは仕事ができないので、アルコールで拭いて昼飯にした。

外にテーブルを出して食事をしているのだが、メイドたちの様子がおかしい。

みんな、そわそわしているし、目がギラついている。

いつもと違う髪型にしている子もいるようだ。

「なんだ? みんなどうした?」

アマランサスが黙って自分の紅く塗られた唇を指した。

「……ああ!」

「マイレン」

「はい!」

「あとで皆に化粧品をやるから、あまりそわそわしないように」

「申し訳ございません」

珍しく、彼女が顔を赤くして礼をした。

メネシアが化粧品のセットをもらったので、他のメイドたちも欲しいのだろう。

まさかとは思うが、メネシアがいじめられる可能性もあるので、希望者に化粧品を配ることにした。

希望者を聞いたら――結局、全員だった。