作品タイトル不明
11話 zooのエリアボス戦2
ゴーレムを倒すには、再生エネルギーを削り切るかコアを破壊するしかない。腕を斬り落とすのも首を斬り落とすのも、コアさえ無事ならば等しく同じダメージとなる。つまり、多少再生エネルギーの消費を受け入れれば、相手の攻撃を無視してカウンターを叩き込むことも、また可能なのである。
双剣を駆使し、 翡翠戦機甲型(ひすいせんきこうがた) を防戦一方に追い込んだ小鳥。しかし、ゴーレムとの戦闘に慣れていない小鳥は、翡翠の防御を捨てた盾による裏拳を予想できず回避することができなかった。
翡翠による裏拳が小鳥の顔面に直撃し、小鳥が宙を舞う。
「にゃあ子ッ!!」
希凛が吠えるのと同時に、猫屋敷が毒魔法による高濃度の毒の霧を展開する。ダメージを与えることよりも、近寄らせないことを目的とした毒。これに対し翡翠は無理に対応することは無く、素直に後ろへと下がった。そこに犬落瀬と希凛が攻撃を仕掛けに行く。
翡翠との距離を離し二人が押さえている間に、猫屋敷は小鳥が吹き飛ばされた場所へと走った。勢いよく林の奥へと吹き飛ばされた小鳥だったが、既に立ち上がり戦闘態勢を整えているところだった。顔を赤く腫らし鼻血が出ているが、致命傷ではない。すぐに動き出さなかったところを見るに 脳震盪(のうしんとう) を起こしているかもしれないため、猫屋敷は回復魔法を使用する。
「あ、ありがとうございますにゃあちゃん。まだ、い、行けます」
「そうだね。無理と言っても行ってもらわなきゃ困るよ。小鳥はうちのアタッカーなんだから。無茶してでも戦うよ」
「む、無茶しますので、後で治してね、にゃあちゃん」
そう言うや、小鳥が猛スピードで翡翠へと攻撃を仕掛けに行った。
小鳥のギアはとっくに上がっているが、翡翠の攻撃を避けることができなかった。それでも、小鳥は翡翠へ突っ込む。回復は猫屋敷の役割。自分は相手を削ることが仕事。それをわかっているからこそ、痛みに恐怖しようとも踏み出し続けるのだ。そうしなければ、この役割を他のメンバーが負うことになる。それはさせないと、小鳥は前へ前へと突き進む。
だが、ギアが上がったのは翡翠も同じ。そもそも、翡翠は機動力の高いゴーレムである。zooが翡翠の強さを確認するために犬落瀬に初撃を受けさせたように、翡翠もまたこのパーティの戦い方を見るためにあえて正面から攻撃を仕掛けたのだ。そして、彼女たちがどう戦うかを理解した。ここからは翡翠のターンである。
小鳥が迫ると同時に、翡翠がランスを横薙ぎに振るう。希凛はバックステップで躱すが、犬落瀬は受け止めるように盾で迎え撃った。しかし、予想を超える力強さに犬落瀬がたたらを踏む。
犬落瀬に追撃をさせるかと希凛が水魔法を使い翡翠と犬落瀬の間に水の槍を投擲し、小鳥も翡翠の横面を切り刻むために接近する。だが、翡翠は彼女たちの予想に反し大きく後ろに後退した。水魔法が見当違いの結果に地面に突き刺さりパシャリと弾けた時、希凛は翡翠の思惑を理解する。
「にゃあ子ッ!! そっちだッ!!」
途端、翡翠が希凛たちを避け、離れてしまった猫屋敷に向かい疾走する。小鳥を避けるために希凛側に回った翡翠。何とか足止めをするために希凛が前に出るが、ランスを横薙ぎに振るわれただけで簡単に吹き飛ばされてしまう。小鳥が猫屋敷のもとへと引き返しに行くが、それよりも翡翠の方が早い。
迫りくる翡翠を前に、猫屋敷は毒牙の杖を構えた。杖術のスキルはまだ発現していないが、剣術のスキルは保有している。とはいえ、猫屋敷は魔法がメインの探索者だ。馬鹿真面目に翡翠を杖で迎え撃つことはしない。
自身の周りを覆うように、毒の霧を展開する。魔力放出の毒を出したいところであったが、まだ生成に慣れていないために腐食性の毒を展開した。ただ、それは物理的な防御をしてくれるわけではない。毒を嫌がってくれれば効果はあるが、翡翠は確実に突っ込んでくるだろう。
それを理解している猫屋敷は、毒霧の濃度を上げて猫屋敷の姿を視認させにくくする。時間があれば自身のシルエットをかたどった毒の人形の一つでも設置したいところであるが、翡翠相手にそんな悠長な時間は無い。猫屋敷が毒霧を出しながら何とか先ほどまでいた位置からずれた時、毒霧を突き破り翡翠が現れた。
猫屋敷は優秀だ。避ける方向も盾側に避けることで、 僅(わず) かでもランスの攻撃を遅くできると判断し行動に移した。だが、それはあくまで僅かばかりの時間。相手は4区のエリアボス。人間が懸命に手を打った対応を、小手先とばかりに吹き飛ばせる程度には強い存在である。
正中線を守る様に杖を構えていたため、即死コースの顔面への攻撃は防ぐことができた。だが、翡翠の攻撃は三連撃。左足を深々とランスが突き刺し、右肩を抉る様にランスが肉を削いだ。
だが、猫屋敷は毒牙の杖を手放さない。こうなることは翡翠が前衛を振り切った瞬間にわかっていた。最初から攻撃されるとわかっていれば、痛みも多少は我慢できる。
歯が砕けんばかりに食いしばった猫屋敷は、毒牙の杖を通し毒の霧を操作する。翡翠が追撃を仕掛けるよりも早く、毒の霧が翡翠へとまとわりついた。粘性を持った毒の霧が翡翠の鎧に張り付き、ジュワジュワと煙を上げ鎧を侵食してゆく。
翡翠は毒の霧に構わず正面から突っ込んでくるはずだ。そう猫屋敷は判断し、翡翠の行動を予測する賭けに出た。小鳥が背後から迫っている状況で、前衛でもない猫屋敷が相手ならばわざわざ側面や背面に回り込むことはしないはずだと思ったのだ。
その賭けに猫屋敷は勝った。だからこそ、初めからそうなることを前提に毒の霧を操作していたことで、翡翠の追撃よりも早く猫屋敷の毒が翡翠を捉えることができたのだ。
それでも、この程度の毒では翡翠を倒すことはできない。だが、翡翠の攻撃を止めることには成功した。ならば、この攻防は痛み分けである。
翡翠が猫屋敷に止めを刺す前に、小鳥が追い付いた。それを見て、翡翠は即座に反転し希凛たちへと向かう。小鳥を放置し、先に他の戦力を削るために。
「待って小鳥! 一緒に行動!」
猫屋敷は下級回復ポーションを使った。しかし、傷が深いために下級程度では止血程度の効果しかなく、猫屋敷は脚だけを回復魔法で癒しながら小鳥を引き留めた。翡翠の狙いは戦力の分散。気づけばzooはバラバラになっている。まずは集まることが優先だと、小鳥と共に犬落瀬たちのもとへ向かう。
脚の傷は深く完治は魔力を使いすぎる。なんとか歩けるだけ回復させ、右肩は放置。そのせいで右腕は動かせないほど肩が痛いが、治したところで猫屋敷の杖が翡翠を捉えて殴れるとは思えない。ならば魔力を使うべきではない。全身から脂汗を出しながらも、猫屋敷は魔力を温存する選択を取った。
翡翠が犬落瀬へと迫る。挑発が厄介だと感じた翡翠は、あえて盾へとランスを突き立てた。挑発と盾術のある犬落瀬の盾は掻い潜れないと判断し、正面からこじ開ける方法を取る。高速で突きこまれるランスは速いだけでなく重く、犬落瀬は重心を下げ踏ん張ることで何とか耐える姿勢をとった。そうなれば、盾の小回りが使えなくなる。
翡翠が犬落瀬の側面へと回り込もうとしたとき、眼前に希凛の槍が突きこまれた。翡翠は首を振って回避するが、風魔法によって刃が拡張された槍の間合いを見誤り、頭部に鋭い傷を付けられる。犬落瀬にヘイトが向けば、他の面々がその隙をついて攻撃する。特にエリアボス相手であれば、強力な攻撃を受け続けられるタンク職がいるだけで、攻撃の手数が目に見えて変わってくるものだ。
槍とランス。お互い長物の武器であるが、翡翠はランスを軽々と振り回せる力がある。希凛を吹き飛ばすために振るわれたランスは、希凛へは行かず犬落瀬の盾へと吸い寄せられた。希凛を守り、攻撃の隙を作るための犬落瀬の挑発。しかし、それはもう翡翠は知っている。ならば、対策も立てられるというものだ。
翡翠はランスでの攻撃を取りやめ、代わりに盾を使った強力なシールドバッシュを犬落瀬の兎鬼の盾へと叩き込む。相手を吹き飛ばすことを目的としたシールドバッシュは、犬落瀬を弾くのに十分な威力を持っていた。
弾かれた衝撃で盾が持ち上がり、重心もまた浮かされる。そこに、翡翠が強力な横薙ぎを叩き込んだ。
「私を無視するとはいい度胸だな!!」
希凛を無視したその攻撃は、槍を突きこんだ程度では止められないと即座に判断する。ならばと、希凛は風魔法による暴風を生み出した。威力ではなく、相手を吹き飛ばすことを目的とした魔法。
しかし、一拍遅い。翡翠の攻撃が兎鬼の盾に直撃し、完全にはがされる。風魔法が翡翠に直撃し距離を取らせようとするが、ランスを地面に突き刺すことで翡翠は暴風をやり過ごした。風が止めば、盾を大きく弾かれた犬落瀬と、ランスを構えた翡翠がその場に残った。
小鳥は猫屋敷の側にいるため間に合わず、希凛もまた近距離で風魔法を発動させた影響で姿勢を崩し、すぐに駆け出すことができない。
「あらら、挑発しすぎちゃったかな」
跳ね上げられた盾を戻すことは難しい。崩れた姿勢で犬落瀬が両刃の剣を握り翡翠を迎え撃つ。しかし、それで防げるほど翡翠の攻撃が甘い訳がない。猫屋敷の毒魔法と希凛の水魔法が翡翠に向かって放たれるまでの間に5回の刺突を翡翠は行った。うち三発を防げず、犬落瀬は横腹に大きな風穴を空けることとなった。
跳び 退(の) いた翡翠に向かい、希凛と小鳥が仕掛ける。猫屋敷は犬落瀬と合流したため、小鳥が再度解き放たれた。
猫屋敷は犬落瀬へポーションを使い、回復魔法によって腹部を含めた刺された三か所を治してゆく。最低でも命に別条がないレベルまで回復させる必要がある。このレベルの怪我を動けるほどまで回復させるには、今の猫屋敷では時間も魔力もスキルレベルも足りていない。このまま回復出来れば犬落瀬が死ぬことは無さそうだが、犬落瀬が抜ける穴は大きい。猫屋敷は痛む右肩に苦悶の表情を浮かべながらも、犬落瀬を全力で治療した。
その裏で、希凛と小鳥は翡翠を近づけさせまいと二人で挟み込む。風魔法による刃と水魔法の弾丸で翡翠の行動を制限し、小鳥が翡翠のリソースを喰い尽くす。盾を使って上手く小鳥をいなすが、双剣全ての攻撃を防ぐことは困難。焼き切る深紅の双剣が翡翠を削り、希凛が放つ水の弾丸が鎧をへこませ暴風を纏った槍がランスをいなし翡翠にダメージを重ねてゆく。
だが、タンク職が欠けた今、翡翠の攻撃は二人に集中して注がれる。それを全ていなせるほど、二人はエリアボスを圧倒できる技量にない。
受け止めた槍ごと希凛を吹き飛ばす威力の横薙ぎを翡翠が行い、刺突の連撃で小鳥を近寄らせない。それでも前に踏み出す小鳥に対し、翡翠はなめるなと蹴りを叩き込んだ。すぐさま希凛が復帰し襲い掛かるが、タンク職の犬落瀬さえ防ぎきれず、曲芸師を持つ小鳥さえ蹴り飛ばされる相手の攻撃を、希凛が防ぐことはできない。翡翠のランスが容赦なく希凛にダメージを与えていった。
攻撃を防げずとも、希凛は致命傷だけは避け、その上で攻撃をするために踏み込んでゆく。翡翠の連撃による刺突で、横っ腹が 抉(えぐ) られ頬は裂かれ二の腕に風穴が空けられる。それでも、鮮血が舞う中、希凛は踏み込み風の刃を纏った槍を翡翠の腹部めがけ突き刺した。しかし、翡翠には盾がある。希凛の槍が風魔法によって延長されていることも踏まえ、簡単に防がれてしまった。
それでも、希凛は止まらない。
水と風の複合魔法。ゼロ距離で風魔法によるアシストされた水の弾丸を、翡翠へと叩きつけた。だが、相手はゴーレム。ダメージを受けた程度で怯んではくれない。鎧を破壊し少なくないダメージを与えたものの、翡翠は動きを止めることは無い。魔法を撃ち隙だらけとなった希凛を、ランスの側面で叩きつけ吹き飛ばした。
ろくな防御すらできず、翡翠のランスによって殴打された希凛。転がった希凛は満足に動くこともできず、ランスに貫かれた傷口から滴る血で地面を汚すだけで起き上がらない。
止めを刺そうと動く翡翠だが、蹴り飛ばされた小鳥が復帰して翡翠の行く手を阻む。翡翠が小鳥を追い抜かそうとするが、小鳥は翡翠に張り付き引きはがさせてはくれない。鬱陶しい小鳥に標的を合わせた翡翠が、連撃を繰り出し小鳥を仕留めにかかる。だが、さきほどまでの小鳥と違い、無理に踏み込まず双剣による手数の多さで確実に翡翠を削りに行った。
今は無理攻めをするところではない。時間を稼ぎ、仲間の復活を待つ。小鳥は目にもとまらぬ速さの刺突を紙一重で躱しながら、ヒットアンドアウェイを繰り返した。
その様子を、希凛は地面に転がりながら見ていた。側面を叩かれたことであばらが逝ったのか、呼吸をするだけで激痛が走る。抉られた傷口が熱を持ち燃えるように熱いのに、血が流れ続けるせいで鳥肌が立つほど寒かった。しかし、猫屋敷から回復魔法が飛んできたことで好転する。
猫屋敷もいっぱいいっぱいなのか、飛んできた回復魔法は微々たるもの。治るわけでもないし、血をわずかでも止める程度だ。それでも手の痺れが収まり動かすことができる。収納から回復ポーションを取り出し、最低限の止血を行った。
激しい剣戟の応酬を伝える音が響いている。小鳥が一人で持たせているが、それも直に崩壊するだろう。剣戟の音に混じり、鮮血が辺りを染めていた。翡翠はゴーレムのため血は流れない。舞っているのは小鳥の血だ。致命傷は避けているが、ギリギリで回避し損ねた攻撃が小鳥の皮膚を裂きランスを血で汚していた。
小鳥が踏ん張っているのなら、リーダーである希凛が立ち上がらない理由は無い。この中で一番最初に死ぬのならば、それはリーダーである自分の役目なのだから。
希凛は刺突による裂傷に加え、殴打による骨折までダメージを負っている。小鳥は何とか前線を保っているが、盾で殴られエリアボスの蹴りが直撃している。ダメージは確実に蓄積されており、一つのミスで串刺しにされるかもしれない。犬落瀬は腹部に空けられた傷が致命傷であり、猫屋敷の回復魔法が無ければ今頃とっくに死んでいただろう。猫屋敷だって腕に空けられた穴はおろか、脚の傷だって完治していない。それでも、回復魔法が生命線だと理解している猫屋敷は自分を後回しにし、仲間の命を繋いでいる。
全員ボロボロだ。血と土で汚れ、脂汗が不快で仕方がない。動けば激痛が身体を襲い、じっとしていろと叫び出す。それでも、希凛は地面を握り締めながら立ち上がった。
希凛の脳裏には、あの夏の終わり、1層3区で水刃鼬をたった一人で圧倒してみせた鈴鹿の姿が浮かび上がっていた。希凛だけではない。zooのメンバー全員に鮮烈な衝撃をもたらした一人の探索者。今ではもはやどうしようもないほどに先へと進んでいった彼女たちの友人。
探索者高校2年生の6月。こんな時期に1層4区のモンスターと正面から戦えているだけでなく、エリアボス相手に挑んでいるというのは、相当に頭のおかしい行為である。優秀とかではない。これはイカレた挑戦であり、ほとんどの探索者が無謀な蛮勇だと評価するだろう。
不撓不屈であろうとも、この探索スケジュールを見せれば即座にスカウトが飛んでくるはずだ。そして、『これからはギルドと共に一緒にやっていこう』、そう言うはずだ。その言葉の真意は、『とても優秀だから無謀な挑戦をして死んでしまう前にギルドがちゃんと面倒を見るよ』、である。
それほどまでに、zooがやっていることはこの世界の常識からかけ離れた探索ペースなのだ。もともとzoo自身、4区のエリアボスに挑むのは半年後の年末を想定していた。それでも十分早いのだが、今はさらに前倒して挑んでいる。
何故そんな生き急ぐような真似をしているのか。それは当然鈴鹿の影響を受けてである。だが、彼女たちは鈴鹿と全く同じことをしている訳ではない。鈴鹿と同じことをしていれば、今頃彼女たちはとっくに死んでいただろう。
鈴鹿と会話し、狂鬼チャンネルを見て、彼女たちは鈴鹿がたまたま今も生きているだけだと結論付けている。あそこまでの強さになるためには死ぬほどの過程が必要なはずだが、それを生き抜けたのはたまたまコインの表が出続けただけだと。それはただの博打であって、命を賭してでも挑むべきものではない。
それに挑むというのは、ある意味手軽に強さを手に入れようとする行為であった。ワンチャン死ぬけどワンチャン超強くなる薬。それを飲むのと変わらない。自分たちの力を客観的に分析し尽くし、探索するエリアを精査し、探索ごとに嫌になるくらい反省会と情報のすり合わせを行う。そうしてギリギリまで考え抜いて努力し、それでもどうしようもないと判断したら鈴鹿の探索方法も視野に入るが、それもせずに跳びつくというのは思考停止に他ならない。
それでも、彼女たちはその成功例を知ってしまった。知ってしまったのなら、それを取り入れる。その強さも彼女たちは兼ね備えていた。それ故に、死ぬかもしれない探索スケジュールを組んでここまで挑み、これだけスケジュールを早めることができたのだ。
凡人が狂人の真似をすることの勇気は 如何(いか) ほどだろうか。高層ビルの屋上間でパルクールするような人間を見て、普通の感性を持つ人間がそれを真似できるだろうか。狂人とは、何かが欠落しているからその選択が取れるだけなのだ。それを凡人が模倣するというのは、並大抵の覚悟ではない。
今、彼女たちは全滅の淵に瀕している。いつ崩壊してもおかしくないような綱渡りの状況。だが、誰も勝利を諦めてなどいない。何故か。答えは簡単だ。こんな場面、4区の探索を始めてから彼女たちは何度も何度も経験していた。か弱い乙女のように、悲鳴どころか涙一つ彼女たちが流すことは無い。そんな暇すら惜しいと、彼女たちは自分たちがやれることをただ全力で行うのみ。
立ち上がった希凛は、自分の槍がランスで殴られたときに吹き飛ばされてしまい遠方に転がっているのを見た。収納から別の槍を出してもいいが、手持ちの槍では性能に欠ける。だが、問題ない。この場には、もっといい武器があった。
「ごどりッ!!」
吐血交じりに希凛が吼え、痛む身体を無視して翡翠へと突貫する。たった一人で翡翠の猛攻を受けていた小鳥だが、希凛が立ち上がるタイミングでランスが深々と太ももを刺し貫いていた。半ばまで千切れかけた脚でバランスが取れず崩れる小鳥。だが、希凛の声は届いていた。ただ名前を呼ばれただけであるが、小鳥には希凛が何を求めているのか明確に伝わっていた。
「キリンちゃん!!」
その声と共に、小鳥が双剣の一本を希凛へと投げつけた。宙を舞う深紅の剣を、希凛は取り落とすことなくキャッチする。深紅の剣を握り締め、希凛は翡翠へ致命傷を与えるために走り出した。
見え透いた攻撃。何の小細工もない。ただの無謀な突貫。誰がどう見ても勝算の無い突撃である。それでも、希凛は翡翠へと突き進む。
つまらないとばかりに、翡翠は迫りくる希凛に対し無造作にランスを振った。
振ったはずだった。いや、翡翠は確かに振っていた。犬落瀬が投げた石に向かって。
「アッハッハッ! 知らなかった? 挑発は私の攻撃にも作用するんだよ!」
何とか腹部が塞がった犬落瀬が、希凛の突撃を支援する。
希凛と犬落瀬の間には、言葉どころかアイコンタクトすらなかった。それでも彼女たちは何を 為(な) すべきかを理解している。
勝つために。翡翠を倒すために。自分ができることを全力でする。私がこう動けば仲間はこう動くはず。そこに一切の疑念も無く、絶対の信頼のもとに彼女たちは突き進む。
そんな探索者の強固な信頼を目の当たりにするが、翡翠は気にしない。確かに予想外の挑発の使い方であり、ランスでの攻撃は防がれた。それでも翡翠には盾がある。希凛の攻撃など、それで防げばよいだけなのだ。
「忘れたかッ!? 私は魔法剣士だぞ!!」
その言葉と同時に、翡翠の頭上から水の弾丸が盾を握る腕へ向かって放たれた。風魔法によるアシストを受けた高速の弾丸が、翡翠の手を叩き落とし盾を下げさせる。
ここまで無防備に突っ込んだのは、希凛にもう打つ手がないと思わせるため。極限の集中下で放たれた水の弾丸は、寸分 違(たが) わず狙い通りの効果を発揮してくれた。
無防備にさらされた翡翠の胴体。そこに希凛が深紅の剣を突き刺しに行く。
剣が突き刺されば翡翠にとって痛手である。痛手であるが、ただ痛手なだけだ。胸だろうと脚だろうと腕だろうと、どこに刺さろうがゴーレムにとって剣が突き刺さるダメージは変わらない。希凛では翡翠のコアを破壊するほどの力は無いのだ。
だからこそ、翡翠は慌てない。その程度では再生エネルギーが枯渇するほどのダメージには到底ならないからだ。ならば、小鳥にしたようにダメージをあえて受ける代わりに確実にカウンターを叩き込んだ方が止めを刺せる。翡翠はそう判断した。
「僕が何でみんなの怪我をろくに治さなかったのか! その答えを教えてあげるよッ!!」
深紅の剣が深々と翡翠へと突き立てられる。そして、その剣を介し翡翠の魔力が凄まじい勢いで体外へと放出を始めた。
その理由は深紅の剣に付与された、魔力放出の毒。この毒は仲間の武器に付与できない訳ではない。ただ、仲間の魔力も放出させてしまうから使いにくいだけだ。この時のために、猫屋敷は仲間の回復すら渋りながら魔力を練り続けていた。ゴーレムにとって劇薬となる猛毒が、ものすごい勢いで翡翠を侵食してゆく。
ゴーレムが声にならない絶叫を上げながら、希凛を引きはがしにかかる。抱き着くほどの距離にいる希凛を相手に、長物のランスでは攻撃することすらできない。まずいまずいと、翡翠はランスすら投げ捨て希凛を殴りつける。早く離せと。だが、その程度で離す訳が無い。翡翠にとっても致命傷の攻撃だが、zooにとってもこれは 乾坤一擲(けんこんいってき) の一撃なのだ。
お互い命がけの攻防は、しかし翡翠に軍配が上がる。殴られようとも耐えた希凛だが、エリアボスの力に真っ向から抵抗できるほどのステータスは持ち合わせていない。穴を空けられた腹を殴りつけられ浮かされたところに、翡翠の蹴りが炸裂した。呆気なく希凛は吹き飛ばされ、地面を転がってゆく。
まだ……まだ間に合う!! そう言わんばかりに翡翠は焦りながら胸に突き立った深紅の剣の柄を握った時、背中に衝撃が走った。
「わ、忘れん坊さんですね。こ、この剣は二つで一つなんですよ?」
千切れかけた脚を虎の子の中級ポーションを使い無理やりくっつけた小鳥が、翡翠の背後から胸を刺し貫く。当然の如く、小鳥が刺した剣にも猫屋敷 謹製(きんせい) の毒が付与されていた。
魔力の放出は止まらない。再生するエネルギーすら維持できなくなった翡翠の防御を小鳥の攻撃が突き破り、コアを深々と突き刺した。
直後、翡翠戦機甲型は巨大な煙となってzooのメンバーへと吸収されるのだった。