軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話 狂鬼エディション

鈴鹿は久しぶりに八王子へと帰ってきていた。なんだかんだ1ヶ月以上も四国にいたことになる。

四国遠征は、まさに鈴鹿がやりたかったことの詰め合わせのような遠征であった。何を食べても美味しいものだらけだし、灰ヶ峰が運転できるから観光地には行けるし、自然は豊かだからのんびり過ごすだけでも心休まる環境だった。四国カルストでキャンプをした時、キャンプするならダンジョンで良いねとなったこと以外は、全てが順調な遠征であった。

特に四国の食は本当に良かった。地の物を食べて感動するというのは、得難い経験である。ちょっと5区のモンスターを倒してゲットした素材を売れば、アホみたいに貯金が増えていた。そのため予算度外視で食べたいものを食べたいだけ食べるという、まさに夢のような生活を送ることができたのだ。

鈴鹿は社会人時代に出張で日本を転々としたこともあったが、現地の名物を食いまくるようなことは時間的にもお金的にも難しかった。結局ラーメン食べて終わりということもあれば、時間も遅くてコンビニ飯で済ますなんてこともざらにある。それを思えば、長期間の現地滞在で食を味わい観光地をのんびり見て回れたのは本当に楽しい経験だった。

「四国まじで飯美味かったよなぁ。何食っても感動したし」

灰ヶ峰がチョイスするお店がどれも当たりだったというのもあるが、恐らくどこに入っても鈴鹿は満足できるレベルで美味しかったことだろう。東京は下手したらお金を出しても美味しくないなんてお店もあったりするが、四国はそんなことまずありえない。リピートされないとやっていけないという背景があるからだろうか。全ての店が精鋭なのだ。鈴鹿には観光大使灰ヶ峰がいるから問題ないが、灰ヶ峰がおらずとも満足できる地であることは間違いない。

それに、四国では食だけに恵まれたわけではない。旅先でたまたま縁ができた 鳴鶴(めいかく) と仲良くなり、企業案件として普段経験できないことを多く体験することができたのも、また楽しかったポイントだ。ジャージのデザインを一緒に決めたり、自分たちが渡した材料がどんな風に加工されて何になるのか工場見学までさせてもらえた。もちろんデータ取りなど協力したが、それはそれで面白かったのでいい経験である。

データ取りの報酬である鳴鶴のオーダーメイドジャージだが、すでに頂いており今日も鈴鹿は着用していた。鳴鶴は超特急で作ってくれたようで、ヨキと灰ヶ峰の分もすでに貰っている。鈴鹿のジャージはマットな色合いのグリーン、灰ヶ峰はグレー、ヨキは紺色だ。カラーバリエーション版も作ると言ってくれており、そのうち郵送してくれることになっていた。

このジャージだが、希少魔材と呼ばれる4区5区の素材を基に作られた原料が繊維に含有しているらしく、鳴鶴のシリーズの中でも最高級品質らしい。ちなみにそこで使われている希少魔材は、もちろん鈴鹿が渡したものだ。それも思入れ深い 猿猴(えんこう) からドロップした素材である。

エリアボスの素材はかなり貴重であるが、鈴鹿が持っていてもしょうがないので渡したのだ。特に自分のオーダーメイドジャージに使ってくれるというのなら、喜んでお渡しした。当然ヨキや灰ヶ峰のジャージも同じ素材が使われている。猿猴以外のエリアボスの素材もいくつか渡しているが、ジャージには猿猴の素材を使うようお願いしてある。

さらに、この狂鬼エディションのジャージは一般向けにも販売を始めると言っていた。もちろん希少魔材は含まないタイプで。そのため、鈴鹿たちがデザインを選んでいる場面や、ジャージを着て 金刀比羅宮(ことひらぐう) を観光している様子などいろんなシーンを撮影された。もちろん鈴鹿たちが許可を出してである。撮影した内容を編集してプロモーションに使うらしい。

その話を持ってきたときは鳴鶴の 栗林(くりばやし) が終始 平身低頭(へいしんていとう) だったのが気の毒だったが、デザイン部たちが滅茶苦茶盛り上がっていたので会社としては嬉しいことなのだろう。鈴鹿としても非日常を体験できて面白かったので満足している。

「自分がモデルの写真なんて昔じゃ考えられなかったけど、今顔いいからなぁ。いい写真だった。今度ばあちゃんに送ってあげよう」

実際に撮った写真や動画の様子を見させてもらったが、映っていたのは芸能人だった。自画自賛も甚だしいが、鈴鹿自身、自分の顔が変わりすぎているのでアバター感が強く、純粋にかっこいいなぁと思えるのだ。そうでなければモデルの依頼など恥ずかしくて即座に断っていたことだろう。

「ん~~~、今日の昼は何食べよっかなぁ」

そんなことを呟きながら、鈴鹿は八王子を散策していた。

今日は夜にヤスたちとごはんに行く予定だが、それまでは暇である。家ですることもないので、何かあるかもと当てのない買い物をするために八王子駅へと来ていた。

「ゴールデンウイークとか長期休みになるとソワソワして街に繰り出すけど、大概ぶらぶらするだけしてちょっと高めのお菓子とかおつまみだけ買って帰るんだよなぁ」

社会人時代に何度も繰り返した行動パターンをなぞっているなと思いながらも、止めることはしない。最悪何もなければ本でも買ってカフェでのんびり過ごそうと決め、八王子を散策する。ちなみに鈴鹿は久しぶりに一人である。いつもはヨキがくっついてくるのだが、今日はいない。灰ヶ峰に戦いを申し込むとかなんとか言って、二人で仲良く八王子ダンジョンへと行ってしまった。鈴鹿は置いてけぼりである。

蚊帳の外で悲しいが、鈴鹿は鈴鹿で今日はヤスたちとの予定があるし、ヨキと灰ヶ峰は何となく壁があるので仲良くなったのなら喜ぶことだろう。高知でのウィークリーマンション生活は楽しかったので、次の遠征先でも灰ヶ峰にお願いして同じような環境を整えてもらおうかと思っていたため、二人が仲良くなるなら頼みやすくなる。

今はヨキもいないので、鈴鹿は久しぶりに気配遮断によって誰からも見られない快適な時間を過ごしていた。四国は東京のようにどこに行っても人ばかりのような環境ではないためまだ耐えれたが、東京であの二人と一緒にいるとひどく注目を集めるのだ。気配遮断を使ってもらえば気配は消せるが、東京は人が多すぎるので認識されないと歩くのも困難になる。鈴鹿のように認識を阻害できるようになればいいのだが、すぐにはできないだろう。

そんなこともあって、鈴鹿は気ままに散歩していた。だが、気づけば八王子ダンジョンのある探索者協会へと来ている。ダンジョン内に入ることはしないが、今日はヤスたちが探索しているはずだ。さすがにもうダンジョンの中かなぁ、そう思って入ってみたらzooのメンバーがいた。

探索スケジュールの端末を操作しており、もうすぐダンジョンに入るのだろう。集中してそうなためわざわざ声をかけないが、遠目から見ても強くなった気がする。凄味というか、探索者として生き抜いてきた雰囲気が出ていた。まだ存在進化はしていないようだが、そう遠くない未来にレベル100も超えることだろう。

「パーティ……パーティかぁ。俺たちも肩並べて戦ってみたいなぁ」

肩を並べて戦える機会は何度もあった。しかし、鈴鹿がそれを選択しなかっただけである。それぞれでエリアボスを一人で倒せるくらい強くなればいいじゃないと、そう思ってしまったのだ。

今度zooの戦闘の様子とかドローン映像見せてくれないかなぁ、そんなことを思いながら、鈴鹿はまたフラフラと八王子の喧騒の中に消えていくのだった。

八王子ダンジョン1層5区。樹海のように樹々が 鬱蒼(うっそう) とする1層の最奥の地に、二人の探索者がいた。

一人は黒髪に全身黒の装備を着用しており、樹々に陽の光が遮られる樹海の中では闇に紛れてしまいそうな男だ。ただ、血のように赤く濁った瞳だけは彼がそこにいることを強調しており、それがかえって男の不気味さを助長させている。

もう一人は同じく黒い装備に身を包んでいるが、毛先に進むにつれ黒みがかった紺色から鮮やかな水色に変わる美しい髪色をした女性。枝葉の隙間から漏れる陽光を受け、キラキラと宝石のように光り輝く角と尻尾が彼女の存在進化を示唆していた。

灰ヶ峰とヨキ。珍しい組み合わせの二人がここにいるのは、ヨキの発言がきっかけであった。

『一度決着をつけたい』

その言葉を受け、灰ヶ峰が決着をつける場として1層5区を選んだのだ。5区は他の探索者もおらず、1層ならば日帰りできるだろうと考えてだ。

ヨキは何故このようなことを言いだしたのか。それは鈴鹿が友愛なる 菌糸(きんし) と戦っている様子を灰ヶ峰と見ていた時、灰ヶ峰から望めば探索者のイロハを教えてやると言われたからだ。

ヨキはずっと自分が鈴鹿たちの足を引っ張っていることに後ろめたさを感じており、日々 募(つの) る怒りに 苛(さいな) まれていた。しかし、それも今では解消されている。

ヨキは鈴鹿のアドバイスにより、 諸々(もろもろ) 全て吹っ切れたのだ。いちいち七面倒臭いことでうじうじ悩むことはしない。戦闘においては、一切合切を斬り伏せれば良いのだと答えを得た。斬って斬って、たまに燃やせばいいのだと。

結果、ヨキは 練鱗淵(れんりんふち) の番を倒した後、残る3層5区のエリアボスも手間取ることなく全てを倒してみせた。鈴鹿も灰ヶ峰も3層5区のエリアボスは全て討伐を終えており、ヨキも倒したため揃って4層へと行けるようになったのだ。

つまり、今のヨキと灰ヶ峰の状態はイーブンと言える。ステータス差や多少のレベル差はあれど、共に同じ3層5区を制覇した者同士。そこに差は無いはず。そう思ったヨキは、このタイミングで一度灰ヶ峰をぶっ飛ばそう。そう思った。

ヨキは灰ヶ峰に対し壁を作っている。灰ヶ峰は壁があろうとなかろうと何も気にしていないのだろうが、ヨキは気にする。そして、ヨキは自分の戦闘方法が確立したので、探索者としての知識も得ようと外へ目を向けることにした。

ダンジョンについて学ぶならば、灰ヶ峰に聞くのが一番手っ取り早い。悲しいかな、そこで鈴鹿の顔がかけらも出てこないくらいには、ヨキも鈴鹿の知識はおかしいかもしれないと思うようになっていた。ただ、フォローするとヨキは鈴鹿の無知を悪い意味で捉えてはいない。鈴鹿は強すぎるがあまり一般的な探索者の知識を持ち合わせていないだけだとヨキは解釈し、何でも詳しい灰ヶ峰に聞こうと思っただけである。

ただ、ヨキは灰ヶ峰に対し確執があった。ならば一度お互いに決着を付け、その後で探索者としての知識を教えてもらおう、そう思ったのだ。その結果、『勝負しろ』となったのである。

「この辺りでいいだろう」

そう言って、灰ヶ峰が立ち止まりヨキの方を向く。

「それで、決着をつけると言ったが、何がしたいんだ?」

「お前に抱える気持ちを整理するために、一度ボコボコにしておこうと思ったんだ。鈴鹿様は配信中に、正面から挑めばお前は戦う義務があるとおっしゃった。だから私と戦え」

そう言って、ヨキが収納から 猪首狩(いくびがり) を取り出した。ここで狂鬼からドロップした斧を取り出さないだけ、ヨキにも温情があるのだろう。だが、恐らく鈴鹿もまさか身内が復讐するために灰ヶ峰に挑むとは想定していなかったはずだ。鈴鹿の想定すらぶっちぎるヨキ。それでこそ鈴鹿のパーティメンバーと言えるだろう。

それに対し、灰ヶ峰も普段使用している日本刀を取り出す。灰ヶ峰はヨキの行動に対し、道理が通るためそこに疑問を挟まない。いや、こうなると予想できたから灰ヶ峰は1層5区までヨキを連れてきたのだ。ヨキの言動は、灰ヶ峰の予想のうちの一つであった。

「いいだろう。ただ、俺もむざむざやられるつもりは無い。抵抗はするが、安心しろ。殺しはしない」

「随分余裕だな。お前と私はほとんど同じレベルのはず。私も殺さないであげるけど、あまりに弱いとそれも保証できないぞ?」

ヨキが 戦斧(せんぷ) を振り回し、灰ヶ峰を標的に捉える。ヨキ自身、灰ヶ峰が強いことは理解している。気を抜けばやられるのは自分自身だと自覚していた。

灰ヶ峰が剣を抜き、ヨキが戦斧を構える。両者動かず緊迫した空気が流れていた。

しかし、ここはダンジョン。この地には多数のモンスターが生息している。二人のレベル的にエリアボスは出現しないが、モンスターは当然二人を認識すれば襲い掛かってくる。一匹の哀れな 鉄面猪(てつめんじし) が、二人の間に乱入した。

「ハァアアアア!!」

ヨキが気合の咆哮を上げながら、戦斧を振り下ろす。出現する無数の斬撃が、鉄面猪を両断し灰ヶ峰に襲い掛かった。だが、灰ヶ峰もまた剣術スキルレベル10に辿り着いた到達者。何の工夫もない攻撃が通るはずがない。襲い掛かる斬撃を灰ヶ峰は簡単に防いでみせた。

「さすがだな。思ったよりも重い」

「怖気づいたか? 降参するなら、一思いに殺してやるぞ」

「……殺さないんじゃなかったのか? まぁいい。俺としても、お前との戦いは参考になる」

両者睨み合う中、今度は灰ヶ峰が動いた。

先ほどの意趣返しだと言わんばかりに、灰ヶ峰も斬撃を飛ばす。当然とばかりにヨキは戦斧で迎え撃つが、ヨキの場合戦斧を振るえば斬撃が発生する。灰ヶ峰の攻撃を防ぐと同時に、無数の斬撃が灰ヶ峰に襲い掛かった。

ヨキの戦斧は攻撃であって防御になり、防御であって攻撃へと繋がる無茶苦茶なもの。しかし、灰ヶ峰は自身に降りかかる斬撃を淡々と避けながら、魔法を発動した。

ここは樹々によって周囲に闇が落とされた、影の支配する空間。360度全方位の影から闇の刃が出現し、ヨキへと襲い掛かった。

しかし、それは地獄より招かれた蒼き炎によって喰い尽くされる。気づけば、ヨキの周囲を守る様に蒼き鬼火が徘徊していた。それらがまるで意思を持っているかのように、灰ヶ峰が行使する闇魔法を燃やし尽くす。

「踊れッ!!」

ヨキの斬撃が蒼炎を纏い始める。灰ヶ峰のいる空間を細切れにするほどの密度で放たれた斬撃を、灰ヶ峰は事前にどこに斬撃が飛ばされてくるのかわかっているかのように躱してゆく。躱しながら、情報を集めるようにヨキに向かって斬撃と魔法を放っていった。

そんな灰ヶ峰にヨキは苛立ちを覚えた。今までならば、ヨキの攻撃を立ち止まって受け止めるエリアボスがほとんどであった。立ち止まってしまえば圧倒的な物量によってそのまま押しつぶして片が付いたし、例え攻撃を避けようともここまでの攻撃を全て避けることはできなかった。だが、灰ヶ峰はなんてことないように避けるだけでなく、蒼炎纏う斬撃を刀で切り伏せてくるのだ。

なかなか決めきれない現状にヨキは怒りが湧き上がり、それに呼応するかのように斬撃の密度が増してゆく。

そんな中、灰ヶ峰が次の手に打って出る。一方的に遠距離から攻撃を仕掛けてくるヨキに、これは対処できるかと、まるで試す様に灰ヶ峰が行動に移す。

「鬱陶しい!!!」

ヨキが 煩(わずら) わしそうに吐き捨てるのは、 鴉(からす) の群れのせいだ。

灰ヶ峰の伸びる影から無数の鴉が出現した。それは止まることなく、まるで 魔蝶蘭(まちょうらん) の魔法の蝶のように、影から飛び立ってはヨキへと襲い掛かった。斬撃による点の攻撃では対処できない物量攻撃。これに対し、ヨキは蒼炎の壁を出現させることで鴉を燃やし尽くし対処した。

「ッ!? どこに行った!」

蒼炎の壁が鴉を燃やし尽くして霧散した後、視界の晴れたヨキは灰ヶ峰を見失っていた。灰ヶ峰の魔法の目的はヨキの視界を防ぐこと。鴉が素直に通るとは思っていないからこそ、灰ヶ峰は次の行動、いやずっと先まで見通して戦いを組み立てる。

どこにいると周囲を警戒するヨキに、灰ヶ峰の刀が襲い掛かかった。付近にはいなかった。確実に。だというのに、突如灰ヶ峰が現れ攻撃を仕掛けていた。

驚愕するヨキ。だが、それは灰ヶ峰も同じであった。腕の一本でも斬り落とすかと振られた刀は、途中で軌道を変え上空を切り裂いた。

「くそっ! 何故わかった!?」

「無茶苦茶だなお前は」

灰ヶ峰が切り裂いたのは、ヨキが周囲に 停滞(・・) させていた斬撃。ヨキは灰ヶ峰が自分の攻撃を防ぎ避ける様を見て、いずれ接近されると理解した。周囲には蒼炎を待機させているが、それだけではきっと抜けられる。ならばと、ヨキは接近されたときに備え事前に無数の斬撃を周囲に留めておいたのだ。灰ヶ峰が迫った瞬間、自動的に襲い掛かるように。

しかし、灰ヶ峰はその斬撃を瞬時に見抜き対応してみせる。隙だらけのように見せて、その実罠を張っておく。随分探索者らしくなったじゃないかと灰ヶ峰は思いながらも、そんなことができるのかと灰ヶ峰の常識もまた打ち砕かれる。

横薙ぎに振るわれた戦斧を灰ヶ峰は受け止め、戦斧に逆らうことなく衝撃を利用して後方へと下がった。直後、灰ヶ峰が先ほどまでいた場所に無数の斬撃が襲い、地面を 耕(たがや) した。ヨキの攻撃は一撃であって一撃でない。下手に近距離で切り結べば、大振りなはずのヨキが一方的に有利になるだろう。

後方に下がりながら、灰ヶ峰が影から闇の刃や槍を出現させヨキへとけしかける。それらは漂う蒼炎に飲み込まれていくが、出現させている蒼炎だけでは対処できない物量に、ヨキは戦斧を使った斬撃で対処せざるを得なくなる。

そこに、灰ヶ峰が斬撃を飛ばしヨキのリソースを奪いにかかる。一か所に留まり続けるヨキに対し、灰ヶ峰は魔法による鴉や斬撃を利用しヨキの視界から消えては斬撃を飛ばし、時折ヨキの周りに突如現れては刀を振るってヨキに圧力をかけてゆく。

それらを全て防ぎきってみせるヨキは十二分に凄いのだが、防戦一方の現状に苛立ちが止まらない。まずは鬱陶しい魔法を一掃する。ヨキはそう判断するや、ヨキの周りを覆うように蒼炎の壁を出現させた。これで灰ヶ峰が近づくこともできなければ、魔法もすべて燃やし尽くせる。それに、灰ヶ峰の魔法は影から生み出されていた。炎によって影を追い払えば、この蒼炎の輪の中では魔法も使えない。あとはこの輪を広げていけば、いずれ灰ヶ峰を捉えられる。

ヨキが蒼炎の輪を広げようとしたとき、灰ヶ峰がヨキへと語り掛けた。その手は悪手だと。

「光によって影は消されてしまうが、強い光というのは濃い影を生み落とすものだ」

その発言を裏付けるように、蒼炎の輪を突き破って灰ヶ峰の魔法がヨキへと襲い掛かる。

「ッッ!!??」

何とか戦斧によって叩き落とすが、じり貧だ。闇の魔法による 斉射(せいしゃ) が、ヨキの斬撃を上回り始める。

「舐めるなぁぁぁァアアアアアア!!!」

ヨキが吼えると同時に、灰ヶ峰の視界を蒼き地獄の業火が埋め尽くした。ヨキの煩わしいという怒りを込めて放たれた蒼炎が、竜を 象(かたど) り周囲の樹々諸共全てを燃やし尽くして暴れまわった。まさに破壊の化身が 如(ごと) き魔法。蒼炎が収まった後には、樹海の中にぽっかりと焼け焦げた広場が出来ていた。

山火事が鎮火した後よりも酷い景色。あれだけ生い茂っていた樹が一本たりとも残されておらず、岩々に張り付いていた苔すらも焼き尽くされていた。

そんな地獄を再現したような広場に、灰ヶ峰は平然と立っていた。

「あれで死ぬとは思っていない! だがどうだ!? 鬱陶しい樹々は燃やし尽くした! 周囲に影など存在しないぞ!!」

あの魔法で倒されてくれるほど優しい存在ではないと思っていたが、平然と受け流されたのも気に喰わないヨキ。しかし、蒼炎を使ったヨキの目的は灰ヶ峰を倒すことではない。上空に覆いかぶさる樹々を燃やし尽くし、影を追い払うこと。その目的は達したのだ。

周囲を日光が照らし、影が追いやられた空間。それでも、灰ヶ峰はいつもと何も変わらない無機質な表情で、濁った眼をヨキへと向けていた。

「俺の魔法が影を起点に発動していると気づけただけでは、まだ足りない」

「ハッ! 負け惜しみか? 次は私の―――」

番だというよりも先に、ヨキは戦斧を振るう。灰ヶ峰は刀を振るっていない。斬撃を飛ばしたわけでもない。では何に対してヨキは戦斧を振るったのか。それは、地面という平面ではなく、ヨキを囲むように 空中(・・) に出現した無数の闇の刃に対してだ。

集中砲火。平面という縛りが解かれたことで、闇の刃による攻撃の密度が圧倒的に増す。

闇の刃による猛攻が収まった後、それでもヨキは致命傷を負うことなくその場に立っていた。手足は攻撃を受けてダメージは負っているものの、動きに支障はないとばかりに戦斧を振るった。それだけで、辺りに舞う土煙が切り裂かれ視界が開ける。

「斬撃だけじゃないな。蒼炎を纏ったか。もともと持っていた手とは思えない。あの土壇場でそれに行きつけるのは、才能か」

「騙したな? 影以外からも魔法が出せるなんて」

「知見が無い魔法に対し、お前は決めつけ過ぎだ。特に、自分で見破ったと思ったものはどうしても信じたくなる。だが、お前は探索者として素人だ。そんな状態で確信を持つことの危うさを学べ」

灰ヶ峰は、ヨキの思考を誘導するように魔法を使っていた。初めから全力全開で魔法を行使などしない。あえて印象付けるようにあからさまに影から生み出し、ヨキの蒼炎で消せる程度の魔法を使った。ただ闇雲に発動された蒼炎の壁を突破する魔法など、今の灰ヶ峰ならば容易に発動できるというのに。

丁寧に、ヨキの足りない部分をさらけ出す様に灰ヶ峰は戦闘を運んでいた。そのことに、ヨキの怒りが頂点に達する。

灰ヶ峰が強いことは理解した。戦闘巧者なのも認めよう。知識があり、経験があるからこそ灰ヶ峰に教えを乞うことにしたのだから。その灰ヶ峰が強いことが分かったのは、ヨキにとってもプラスである。

だが、それはそれ、これはこれ。今戦っている目的は、ヨキの中で灰ヶ峰という存在を 呑(の) み込むための、いわば儀式。ただ一方的に指導のような戦い方をされることなど、あってはならない。あってはならないのだ。

ヨキの中にある地獄の炉に薪がくべられる。轟々と、怒りの炎が渦巻きだす。はらわたが煮えくり返り、全てを破壊してしまいたい怒りが、正常な思考を吞み込んでしまう。

「対人戦の経験が無さすぎるな。淵の番はこいつに何を教えたんだ」

「……いいだろう。それを今から見せテやル』

唐突に、ヨキの存在が膨れ上がる。存在進化の解放。 鉤爪(かぎづめ) が地面を鷲掴み、透き通るような白い肌は寒色の黒色に染まってゆき、口元は黒いマスクが覆い血に染まる牙が剥き出される。魔法を弾く特殊な鱗を纏った尻尾がまるで地団駄を踏むように地面を叩き、降り注がれる陽光を枝分かれした角が反射していた。

夜姫(よき) が動くよりも前に、灰ヶ峰も存在進化を解放した。右目を内側から 穿(うが) つように黒曜石に似た美しい角が出現する。失った右目の代わりとでも言うように、左目の周りにいくつもの目が開かれた。血に染まったように赤く濁った瞳が、夜姫へと注がれる。右目の角から放たれた魔力の網は、夜姫を捉えその動きを灰ヶ峰へと伝えていた。

夜姫が戦斧を振り上げる中、灰ヶ峰は意識を沈めてゆく。深く深く沈め、ただひとつの事だけに集中できるように。

『断絶』

そして戦斧が振り下ろされた。夜姫が放つ、全てを断つ絶対なる一撃が。

張り巡らされた灰ヶ峰の魔力すら断つために、焼け野原となった広場全てに斬撃が降り注ぐ。凄まじい衝撃が1層5区に衝撃を与え、土埃が周囲に舞い上がる。過剰な攻撃が、地形すら破壊していた。

「……はっ!? まずい!! 殺してしまった!!」

存在進化が解除されマスクが取れたヨキは、やってしまったと慌てふためく。灰ヶ峰をぶっ飛ばそうとは思っていたが、殺すつもりは無かった。本当だ。何故なら、殺してしまえば鈴鹿の手を煩わせることになるのだから。

ヨキは自分の心の整理と復讐も兼ねて殺してしまっても良いかと思っていたが、復讐のために鈴鹿に迷惑をかけるのはと思い止めたのだ。ヨキ自身、本当に灰ヶ峰が死んでいなくなってもいいとは思っていない。鈴鹿にとって灰ヶ峰が仲間であり重要な存在であることを理解しているし、ヨキもまた灰ヶ峰を心の底から嫌ってはいない。

ただ、簡単に許せるわけでもない。だからこそ、気持ちに区切りをつけるために決着をつけようとしたのだ。気が高ぶったとはいえ、断絶を放つなど明らかにやり過ぎである。

やばい、どうやって死体を鈴鹿のもとまで運んだらいいのか。そう思い慌てていたヨキだが、そんなヨキに声をかける者がいた。

「凄まじい攻撃だった。さすがに死ぬかと思ったぞ」

土煙が収まった後、そこに灰ヶ峰がいた。死体ではない。生きて、自分の足で立っていた。

その結果に、ヨキは衝撃のあまり固まってしまう。

ヨキは断絶を放ったのだ。一切手を抜いていない本気の断絶を。エリアボスであろうとも一撃で屠り、今までの 艱難辛苦(かんなんしんく) を切り開いてきた絶対なる信頼を寄せる断絶をだ。それなのに、灰ヶ峰は生きている。そのことに、ヨキは動揺してしまう。

だが、灰ヶ峰の様子を見てヨキは我に返った。灰ヶ峰は無傷でそこに立っていた訳ではない。腕が切断され、灰ヶ峰の足元に転がっている。断絶を放ったというのに腕一本。そのことに驚愕しながらも、致命傷ではないとはいえ重傷だ。それをやったのは他ならぬヨキである。

やりすぎた。そう反省し、ヨキは素直に謝罪した。

「ご、ごめんなさい。ここまでやるつもりはなかった……」

「気にするな。 お互い様だ(・・・・・) 」

そう灰ヶ峰が言ったとき、ヨキもまた自分の身体に違和感を覚えた。自分を見下ろせば、ヨキの腕も灰ヶ峰と同じように地面に転がっている。

灰ヶ峰は断絶を放たれたというのに、防ぐどころか反撃してみせた。それもヨキがすぐに気づかぬほどに、実に自然な一太刀を。

転がっている自分の腕を仏頂面で見るヨキ。手に持っていた戦斧を収納に仕舞い、落ちた自分の腕を拾い上げる。

「先ほどの謝罪は撤回します」

「構わない。それで、勝負は終わりか?」

「……ええ、もういいです。なんだか馬鹿らしくなりました」

何をやっているのだろうかと、ヨキはため息を吐く。そんな風に思えるということは、自分の気持ちに整理がついたということなのだろう。

そうかもしれないし、違うかもしれない。だが、そう思うことにしよう。いつまでもうじうじ悩んでいても仕方がないのだから。

「灰ヶ峰、あなたは嫌な奴ですね」

「戦いは嫌な奴の方が強いぞ」

「そういうところがです。……後で、探索者について教えてください」

「いいだろう。まずは狂鬼に治してもらってからだな」

灰ヶ峰も刀を仕舞い、落ちている自分の腕を拾い上げる。お互いがお互い腕を斬り落とされる痛み分け。傍から見れば関係の修復が不可能な結果にも思えるが、この二人はお互いの間にわだかまっていた心の壁も斬り落とされたようだ。

その夜、鈴鹿のもとにとれた腕をくっつけてほしいとやってきた二人に対し、戦うなら俺がいるときにしろよと拗ねる鈴鹿のご機嫌取りが発生したのは、また別のお話。