作品タイトル不明
貧民街の少年とアビーと私
新入生歓迎パーティーの翌日。
私はエドガーに用事があったため、いつもの護衛を連れて街に出掛けた。
情報ギルドの本拠地である宿屋まで歩いて行こうと馬車を降りて歩いていると、私の耳に少年の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「だから! 熱はあったけど死ぬようなもんじゃなかったんだ! 薬だって欠かさず飲んでたし、あんな熱で死ぬなんておかしいだろ! ちゃんと調べてくれよ!」
声のする方に目を向けると、皇都の警備隊に食ってかかる貧民街の少年の姿が見えた。
警備隊の人は鬱陶しそうに対応しており、まともに話を聞くつもりもないようだ。
あっちに行けと手を動かしている。
「またお前か! 春から懲りないな。貧民街の人間が死ぬなんて日常茶飯事だろう? わざわざ割く時間もないし無駄だから諦めろ」
「そりゃ貧民街では珍しくもないけど、おっちゃんはあんな死に方をするような人じゃないんだ! なあ、頼むから調べてくれよ」
「しつこいな。貧民街の人間が死のうがどうでも良いんだよ! どうせなんか変な物でも食べたんだろ? くだらんことでこっちの手を煩わせるな」
制服の裾を握っている少年の手を警備隊は乱暴に振り払うとどこかへと立ち去ってしまう。
残された少年は涙をぽろぽろと流しながらその場に佇んでいた。
周囲の人間も今のやりとりを見ていたはずなのに誰も彼に声をかけようとしない。
相変わらず貧民街の人間に関わろうとする人間はいないようだ。
(そういえば……前に貧民街で突然死が相次いでいるって新聞に載っていたわね。今回のもそれに関係しているのかしら?)
何にでも首を突っ込むのは褒められたものではないが、気になる部分はある。
あの少年に詳しい話を聞こうと足を動かしたが、私よりも前に彼に声をかけた人がいた。
「僕、今の話を詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「え? だ、誰だよ、あんた」
「私はアビーよ。君の話を聞いておかしいなと思う点があったから声をかけたの」
制服ではなかったからすぐに気が付かなかったが、彼女は学院に通う平民の女子生徒であるアビーだった。
話し口調も学院のときとは違い、堂々としている。
先に声をかけられてしまったが、便乗させてもらおう。
「私も聞かせてもらって構わないかしら?」
「え? あ、アリアドネ様!? どうしてこのようなところに!」
「……こちらの方面に予定があってね。それよりも、貴方の話を」
「お前貴族だろ! なんでそんな奴が俺の話を聞きたいって言うんだよ!」
……ごもっともな意見だ。
これまで貴族が平民や貧民街の人達に対してどういう態度をしてきたか知っている分、嫌われ方も半端ない。
裏があるのが普通だと思うのも仕方のないことだ。
だから護衛の君、少年にガンを飛ばすのはやめなさい。大人げない。
「薬を飲んでいたのに亡くなったという点がおかしいと思ったからよ。持病も他の病気を併発していたわけでもないのよね? 体の倦怠感とか咳とか鼻水とか他の症状はなかったの?」
「え? いや、あの」
「白目の部分に何か斑点模様というか、そういうものはあった? やけに充血していたとかそういうのは? 舌は? 息の匂いは? 体に痣とか出ていたかしら?」
「な、なんなんだよお前!」
「原因を特定したいから聞いているのよ。で、どうなの?」
矢継ぎ早に質問をしてしまったせいか、少年は先ほどまでの勢いをなくしている。
私への敵意も薄れたようだ。
一方でアビーは口をポカンと開けて私を見ていた。
貴族が平民に声をかけるのが珍しいのだろうか。
まあ、珍しいか。
とりあえずジッと少年が話し始めるのを待っていると、警戒しながらも彼が口を開いた。
「えっと……熱はあったけど咳とかはなかったから風邪じゃないと思う。でもだんだん悪くなっていって、徐々に息がしにくいって言ってた。あとなんか手足が痺れてる感じもしてたっぽい」
「他には? 何か小さなことでも構わないわ。何かなかったかしら?」
「何か……」
考え込んでいた少年は、思い当たるところがあったのか「あっ」と声を出した。
「そういえば、爪の色がちょっと違っていた、かも」
「爪の色?」
「うん。熱が出てるからそうなるのかなって思ってたけど、なんかいつもより赤かったような気がする」
爪の色……。
そういえばこの症状……セシリア皇女のときと似ている。
ここまで被るとなると同じ病気だったのか、もしくは。
「……そういった症状が出て亡くなった方は他にいるのかしら?」
「しばらく熱が出ててある日突然死ぬことは一年前からたまにあった。半年くらい前に数が多くなってたけど今は落ち着いてる。でもおっちゃんと同じだったかまでは分かんない」
「そう……」
似たような症状で亡くなった人がいるとなれば体質の問題ではなさそうだ。
もしかして流行病? いや、貧民街で広まるのならまだしもセシリア皇女にまで行き着くはずがない。
それだと帝国中にもっと広がっていないとおかしい。
生活用水に自然界の良くないものがしみ出して混ざったとも考えられるが、それにしては人数が少なすぎるし貧民街の人しか犠牲者がいないのもおかしい。
流行病ではないとなると、残るのは毒。
少年の言葉を信じるなら一年前から犠牲者が出始めて半年前に多くなっていった。
そしてセシリア皇女が体調を崩し始めたのは二、三ヶ月前から。
(完全に私の予想でしかないけれど、もしかしたら貧民街の人で実験をしていた?)
毒が本当に効くのか試したのではないだろうか。
貧民街の人間であれば不審死であっても調べられることはまずない。
そういった人達の声に上の人間は耳を貸さないし取り合わないだろうから。
問題はどうやって毒を仕込んだのか、どのような毒を使用しているかということだ。
「……亡くなった方が口にしていた物を覚えている範囲で教えてくれる?」
「水とパン。それに薬師の人がくれた薬だと思う。食欲もあんまりなかったし」
「薬は食後に毎回飲んでいたの? どれくらいの期間、飲んでいたのかしら?」
「薬は食後に毎回飲んでたよ。期間は……一ヶ月くらいかな?」
「それは症状が出てから貰った薬なのよね?」
「うん」
「症状が出る前に、何か薬とかその人は飲んでいた?」
「うん。おっちゃんは腰痛が酷いから、その薬を薬師の人がくれて飲んでいたよ」
十中八九、その薬に毒を混ぜていたのだろう。……薬師がどう考えても怪しい。
「その薬は今もある?」
「ううん。両方とも、おっちゃんが死んだ後に薬師の人が持って行ったから」
薬があれば成分を調べられたのに……。
けれど、これでハッキリした。
回収したということは表に出せない物で違いない。なんとかして現物を手に入れたい。
「その薬師がいる場所は分かるかしら?」
「いつも突然どっかから来るから、どこにいるのかはわかんない」
「そう……」
では、エドガーに頼んでみよう。
彼ならなんとかして現物を手に入れられるだろうから。
あとはその方が亡くなった当時の状況を聞いてみよう。
「言いにくいだろうけれど、その方の亡くなられたときの状況を教えてもらえるかしら? 無理なら言わなくてもこちらで調べるから構わないわ」
「えっと……大丈夫。あの日は配給された水とパンを持っていって渡したんだ。それで水を飲ませたら急に苦しみだして血を吐いて、そのまま……」
「他の方もそのように亡くなられたのかしら?」
「多分そうだと思う。またかって皆言ってたから」
「そうだったのね。辛いでしょうに教えてくれて感謝するわ」
貴族から礼を言われるとは思っていなかったのか少年は目をぱちくりとさせている。
(亡くなりかたがマカレアを用いてナルキスの抽出液を飲ませたときと同じだわ。やはり貧民街で先に試していたのね)
「感謝されても、おっちゃんは戻ってこない……。絶対、水に何かが入ってたんだ。俺が飲ませなかったら……」
「悪いのは水に何かを入れた者であって貴方ではないわ」
私の言葉に少年はグッと唇を噛んだ。
悔しさが痛いほどに伝わってくる。
「なあ……。おっちゃんがなんで死んだかちゃんと調べてくれよ。殺されたんなら犯人を捕まえてくれよ……!」
「そうしたいのは山々だけれど、子供の私達では」
申し訳なさそうにアビーが口にすると、少年はガックリと肩を落とした。
確かに子供にできることは限られている。
けれど、子供は子供なりの戦い方があるのだ。
「調べてもらえるように上に掛け合うわ」
「本当か!?」
「ええ。約束するわ」
「聞いたからな! 絶対だぞ!」
少年は大声でそう言うと、約束だからな! と言って路地裏に走って行ってしまった。
おじさんの死を調べてもらうという目的が果たせたので去って行ったのだろう。
期限を決めるとかどうやってするのかということを聞かずに行った辺り、まだまだ子供である。
少年の後ろ姿を見送りながら色々な可能性を考えていると、アビーが私に声をかけてきた。
「あのような約束をしてしまって大丈夫なのですか?」
「貧民街の件はその内気付く人が出てきて上に報告されていたでしょうし、どちらにせよ調査は入るはずだもの」
「それはそうですが……。あのように安請け合いをなさるのは危険では?」
「動く人間がいると分かっているから約束したまでだわ」
「それも一握りの貴族だけではありませんか。四大名家の方だろうと調査したところでどこからか邪魔が入って有耶無耶にされるに決まっています。本当に国のために動く貴族なんて指で数えるほどしかおりません」
「詳しいのね」
ハッとした表情を見せたアビーは慌てて取り繕おうとしている。
その態度に私は違和感を覚えた。
貴族のことに詳しいということは、もしかして裕福な平民の家の子供なのだろうか。
何でもかんでも詮索するのはマナーとしてどうかと思うが、何も知らないのも彼女が敵であった場合見落とすことになる。
少し聞いてみよう。
「ところで、貴女のご実家はこの辺りなのかしら?」
「え? ……ああ、はい。そうです」
「この辺りは皇都でも有名なパン屋があるのでしょう? あれを毎日いただけるなんて羨ましい限りだわ」
「よくご存じですね。アリアドネ様がこちらの事情にお詳しいとは驚きです」
「興味があるのよ」
今の発言でハッキリした。アビーは嘘をついている。
なぜならここには有名なパン屋などない。
果たしてアビーは敵か味方か……。
探るように見ていると、彼女はふんわりと微笑みながら口を開いた。
「先ほどの件でもそうでしたけれど、アリアドネ様は博識なのですね。私は話を聞いて学院の図書館で調べようと思っていたのですけれど」
「毒に詳しいリーンフェルト侯爵にお会いする機会が人より多いものだから、侯爵に伺おうと思って詳細を尋ねただけよ」
「ああ……。確かに薬室の責任者でもありますし、リーンフェルト侯爵ならお分かりになるかもしれませんね」
別になんてことはない会話だと思うが、平民の彼女がクロードの詳細を知っていることに違和感を覚えた。
二十二年前に帝国を救った英雄として名前が知られているという部分もあると思うが、王城の薬室の責任者である情報まで平民の耳に入るものだろうか。
それに疑問を感じたことで気付いた点がもうひとつある。
彼女は平民にしては言葉遣いが丁寧すぎる。
よくよく彼女を見て見れば髪の艶も手の綺麗さも一般的な平民とはほど遠い。
(裕福な家庭の子ではなくて、貴族令嬢ではないかしら……)
正体を掴もうと私は知らない振りをしようと口を開いた。
「アビーさんは貧民街でこういったことが起こっていたのをご存知だったの?」
「……ええ。新聞でもたまに載ってましたし、直接聞くこともありましたので」
「それで、あの少年が気になって声をかけたのね」
「そうなんです。それになんだか二十二年前の毒殺事件と同じ経緯を辿ってるような気がして」
「二十二年前……?」
私の作った毒で皇族や貴族が多数犠牲になったあの事件。
そこしか記憶にないけれど、同じというからには貧民街の人達が犠牲になったのだろうか。
あのときの毒の効果を確かめるために貴族派がしでかしたのか。
父が私にバレるのを恐れて耳に入らないようにもみ消していたのかもしれない。
あの頃は私もクロードに集中していて貧民街のことまで見ていなかったから……。
「あのときも貧民街の人が犠牲に?」
「……ええ。貧民街の人で実験して少なくない犠牲者が出たと。なので今回の件も気になってしまって。犠牲になるのはいつだって弱い立場の人達ですから……」
「そうね。でもよく調べられたわね。主犯も共犯の人間も全員裁判も受けずに死んだか逃げたかだったから詳細はそこまで公表されてないと思うのに」
「ああ……親しくしている人が詳しくて。それでです。その人も同じ事が起ころうとしていると危険視していてリーンフェルト侯爵と連携を取りたいのだとか。けれど目立つ立場の方なので怪しまれずに接触することが難しいと申しておりました」
「そう」
あの事件の詳細は公になっていないし知っているのは四大名家の当主くらい。
私が二年ほど前に調べたときも貧民街の事件の情報は出てこなかった。
ということは、クロードと連携を取りたいと言っていてアビーと親しくしている人は四大名家の当主とみて良いだろう。
四大名家の誰かとなれば、彼女と同じ年頃で人前に出ていない女性は一人しかいない。
学院入学時から病弱で社交界にも一切顔を出していないサベリウス侯爵家の息女であり皇太子の婚約者でもあるシルヴィア。
ここまで情報を知っているとなると身内だと考えていいだろう。
(つまり病弱というのは嘘ということかしら。アビー、ビア……シルヴィア。少し考えれば導き出せそうなのに勘が鈍ったかしら)
…………いや、大事なのはそこではない。
二十二年前と同じ経緯ということは、ヘリング侯爵が指示をしたのだろうか。
だとしたら、おかしい。あの人は一度失敗した策を再び実行に移すような人間ではない。
慎重で冷静で執念深く冷酷な人だった。実験するのであれば他国で行うはず。
自分の目の届かないところでやるはずがない。
もしや、とっくに帝国に来ているのだろうか。
いや、来ていたとしても同じ策をやれだなどと命令したりはしない。
もしかして……ヘリング侯爵自身も知らないところで勝手に動いている? もしくは彼のせいにしたい第三者が別にいるとか?
「その親しくしている人が言うには、最近帝国内に他国の商人がよく出入りするようになったらしくて……。商品に何かを紛れ込ませているのではないかと仰っていました」
「国も把握はしているというわけね」
ただ、何を紛れ込ませているかまでは掴めていないのだろう。
「あ……いえ、まだ憶測なので限られた人しか知らなくて……。なので陛下が動くためにも証拠が欲しいというところみたいです」
「かなり重要なお話だと思うけれど私に知られて良いのかしら?」
「アリアドネ様は悪用なさる方ではないとお見受けしました。それに貴女であればリーンフェルト侯爵に近づいても犯人に警戒心を抱かせないのではないかと」
「なるほどね」
つまり、アビーが親しくしている人が表立ってクロードに接触したら犯人に警戒されて取り逃がしてしまう可能性がある。
だから娘のシルヴィアを利用して私からクロードに話して欲しいということか。
「私と貴女が会ったのは偶然でしょうけれど、随分と人使いが荒い方なのね」
「愛国心の強い方ですし、何より身内ですので遠慮がないのです」
ウフフ、とアビーは朗らかに笑っている。
私に正体がバレていることは気付いていそうだ。同じ情報を知っているから取り繕う必要がないと判断したのか隠す様子もない。
「承知致しました。けれど、危険ですのであまり深く入り込まない方がよろしいと思います。心配される方も大勢いらっしゃるでしょうし、ここら辺で引き返すべきです」
「……そうですね。子供の身で出来ることは限られておりますから、肝に銘じます。アリアドネ様もお気を付けて」
「ええ。貴女もご自愛下さいませ」
私の言葉に彼女は口に手を当てて上品に微笑んで見せた。
取りあえず、まずはエドガーに頼んで亡くなった人が飲んでいた薬を手に入れてもらって調べるしかない。
クロードにも情報を共有すべきだろう。
彼女から色々とまだ聞きたかったが、これ以上話し込むとセレネやミア達に心配させてしまう。
切り上げてエドガーのところに向かおう。
「用事があることを思い出しました。引き止めて申し訳ありません。では、私はこれで失礼致します」
「いえ、こちらこそ。お気を付けて」
そこで彼女と別れ、私はエドガーのいる宿屋へと向かった。
私は薬師から薬を手に入れて欲しいと彼に頼み、残りの用事も同時に依頼したのであった。