作品タイトル不明
オドラン子爵夫人
エドガーに調べてもらう間、私は自分にもできることをしようと学院内にあるサロンに足を向けていた。
新入生歓迎パーティーで気になっていたオドラン子爵夫人のことをもう少し知りたいと思っていたので居そうな場所に行こうとなったわけである。
生徒の相談役ということだから、生徒達が比較的集まるサロンにいると踏んだわけではあるけれど、いなかったらどうするか。
……いなくても情報収集はできるだろうから、それはそれでいいか。
「ここね。外から見た感じだと人はそこそこ居そうね」
サロンは校舎から少し離れた場所にあり、オシャレなカフェのような見た目の建物だ。
個室はあるにはあるし男女で分けられてはいるが、子息令嬢達の交流のための場でもあるから上位貴族だろうと下位貴族だろうと同じ場に居られる。
まあ、中で上位貴族は上位貴族だけで固まっているから、同じ空間にいるだけで会話があるわけではないのだけれど。
漏れ聞こえてきた会話で興味を引く話題があれば、中位、下位貴族であっても上位貴族の方から声がかかることもあった。
学生時代は色々な人と繋がりを持つために頻繁に顔を出していたからよく知っている。
(情報収集するなら最適の場所よね)
オドラン子爵夫人がいれば良いけれど、と思いながら私はサロンの中に入っていく。
扉が開いて足を踏み入れると、中に居た令嬢達の話し声が一瞬で止まった。
全員が私を見て様子を窺っている。
反応するほどでもないので、私は周囲を見回してオドラン子爵夫人の姿を探す。
(……いた。やはりこういう場に顔を出すのね。予想が当たっていて良かったわ)
目的の人物であるオドラン子爵夫人は令嬢達に囲まれており、話の中心になっているようだ。
ああいうところを見ると、彼女は社交界でそれなりの立場を築いているようだ。
オドラン子爵家自体は特に目立った家門でもなかったと思うが、それだけ彼女の手腕が優れているからか、はたまた違うものがあるのか。
などと考え事をしていると、彼女の方が私に気付いたのかニコリと微笑みを向けてきた。
私もその場で微笑みを返して、彼女の方に足を向ける。
「アリアドネ様の方から出向いて下さってありがとうございます」
「お話が盛り上がっているようでしたし、中断させるのも悪いと思っていたのですが……。結局そうさせてしまいましたね」
「構いませんわ。皆さんもアリアドネ様とお話ししたいと思っているでしょうし」
オドラン子爵夫人の言葉に周りにいた令嬢達は戸惑いがちに頷いている。
私はあまり歓迎されてはいないようだ。まあ、どうでもいいが。
「嬉しいわ。私も皆さんとお話ししたいと思っておりましたのよ」
「アリアドネ様はお忙しい方ですもの。これまでサロンにいらっしゃることも難しかったでしょうし、良い機会になりましたね」
「ええ、本当に。入学前まであまり他家のご令嬢方と交流がありませんでしたので、少し緊張していた部分もありましたの。けれど、昨日のパーティーでもっと皆さんとお話をした方が良いのではないかと思いまして」
「そうですね。言葉を交わすことでアリアドネ様も皆さんと仲良くなれると思いますし、良い機会だと思います」
「そうですね。話をして私と気が合う方がいらっしゃれば良いなと思います」
オドラン子爵夫人と話していると、令嬢の一人が意地悪そうな笑みを浮かべているのに気がついた。
「ですが、オドラン子爵夫人からアリアドネ様は毒の知識があると伺いました。そのような方とお話が合うか不安がございますね」
他の令嬢もクスクスと馬鹿にするように笑っていた。
オドラン子爵夫人はそんな令嬢達を見て狼狽えている。
昨日まで私に毒の知識があることを知っている生徒は一人もいなかったのに……。
どういう意図かは知らないが、オドラン子爵夫人は余計なことをしてくれた。
だが、お蔭で彼女の情報を得ることはできそう。
上手く令嬢達を誘導してオドラン子爵夫人に声をかける状況を作ろう。
「毒の知識と言っても大したことはありません。本で読んで知っている程度ですもの。それ以外の知識も当然あるわ」
「まあ、アリアドネ様はどういった知識をお持ちなのかお聞かせ頂いてもよろしいですか?」
「刺繍と乗馬と読書が好きなの。テオドール様がお持ちのハンカチをご覧になったことはあるかしら?」
「テオドール様のですか? あのユリの刺繍が入ったものでしょうか?」
「ええ。その刺繍をしたのが私です。二年ほど前の狩猟大会のときだったかしら。そのときに刺繍をしたものをテオドール様が気に入って下さって後日お渡ししたのよ」
私がそう言うと、令嬢達はざわめきだした。
え? あの刺繍を? と戸惑っている様子だ。
「ですが刺繍と乗馬と読書とは、アリアドネ様は多趣味でいらっしゃるのですね」
「好奇心は強いほうだからかしら。皆さんだって刺繍をなさるでしょうし、そういう点ではお話が合うかもしれないわね」
「た、確かにそうですね。ですが、私達とは使っている物とか色々と違いそうですね」
「そうね。ありがたいことにエリックお兄様のお母様が使用されていた道具類を譲って下さったから。代々受け継がれてきた物なので自然と物を大事にしようという気持ちも芽生えたわ」
「アリアドネ様は物を大事になさる方なのですね……」
そう口にした令嬢に向かって私は穏やかな笑みを浮かべる。
令嬢達は完全に沈黙した。
さあ、話題を変えるためにオドラン子爵夫人に助けを求めなさい。
「物を大事にと言えば、エレノア様もですよね? オドラン子爵に保護される前に持っていたネックレスを今も大事にしていらっしゃると伺いました」
私の目論み通り、令嬢は話を変えるためにオドラン子爵夫人に話題を振る。
先ほどまでオロオロしていた彼女は「ええ、そうですね」と戸惑いがちに答えていた。
「ネックレスをですか?」
「どなたに頂いたかは思い出せないのだけれど、それを見ているとどこか懐かしい気持ちになるのです。きっと記憶を失う前の私にとって大事な物だったのでしょう」
「それにエレノア様はオドラン子爵から贈って頂いた物も大事になさっているではありませんか。大事にしすぎて自分よりもそちらの方が大事なのか嫉妬してしまうと子爵が家の父にこぼしてましたのよ」
「主人がそのようなことを? なんだか恥ずかしいです。私はそのように言われるような人間ではないと思っているのに」
はにかみながら答えている姿は嘘偽りがないように見える。
パーティーのときに覚えた違和感は気のせいだったのだろうかと思えるくらいだ。
「何を仰っているのですか。エレノア様は慈善事業や芸術家の育成に力を入れてこられて、帝国で聖女のようだと言われている方ですよ? それに孤児院の経営までなさっていますし。こうして学院の相談役までお願いされるくらいに素晴らしい方なのですから」
「そうです。エレノア様は今や帝国の社交界においてなくてはならない方です。皆がエレノア様を尊敬しています。それにエレノア様が連れていた子も皇女殿下の侍女になられましたし、皇室からの信頼も厚いではありませんか」
「私が苦労したから、そういった人を少しでも減らしたいと思ってやっただけのことです。それがまさかこのように大きなことになるとは思いもしませんでした……。デリアに関してもそうです。陛下からセシリア皇女殿下の侍女にと言われたときは心臓が飛び出るかと思いましたもの」
「欲がないからこそでしょうね。だから皆さんエレノア様をお慕いしているのです」
オドラン子爵夫人一人で帝国に来たわけではなかったのか。
周囲が驚いていないところを見ると、どうやらこの情報は周知の事実のようだ。
……その子の名前がデリア。確かセシリア皇女に茶葉を切らしていると答えていたあの侍女だったはず。
皇室からも信頼されているとなるとオドラン子爵夫人は信用できる人物なのか?
いや……彼女は言葉通りの善人では絶対にないはずだ。
時折、口調がどこかわざとらしくなるときがある。
上辺だけの言葉を話しているようにしか思えないのだ。
これ以上ここに居ても得られるものはなさそうである。
(知りたい情報はあらかた知れたし、もういいかしら)
そもそも長居するつもりはなかったし、このまま居てもオドラン子爵夫人を称える話しか聞けないだろう。
私は未だに盛り上がっている彼女達に向かって口を開いた。
「失礼。もっと皆さんとお話ししたかったのだけれど、これから妹と約束があって寮に戻らなければいけないの。またサロンに伺うので続きはまた後日に」
「あら、もうそこまで時間が経っていたのですね。気付かずに申し訳ありませんでした」
「いえ、皆さんとのお話は大変有意義なものだったわ」
チラリとオドラン子爵夫人を見ると、彼女は先ほどまでの表情から一転して申し訳なさそうにしていた。
「折角いらしたのに申し訳ございません。先ほど彼女達がアリアドネ様に申し上げた件なのですが」
「彼女達が……。ああ、毒の知識のことだったかしら」
「そうです。彼女達にアリアドネ様が毒の知識がお有りだと口にしたのは私なのです。ただ、これだけの知識がお有りなのだと凄いのだと彼女達に伝えたかっただけなのです」
「そのような意図だったのは理解しております。どうぞお気になさらないで下さい」
労るようにオドラン子爵夫人に声をかけて、私はサロンを後にした。
セシリア皇女の侍女か……。
そちらも調べた方が良さそうだ。