軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新入生歓迎パーティー②

ダンスを終えた私達は中心から離れたスペースに移動した。

「少し休憩しようか」

「そうですね」

二人で会話をしながら会場内をゆっくり見渡し、私は子息令嬢達の顔を確認していく。

頭の中の知識と照らし合わせて、どの家とどの家が繋がりがあるのかとか親交があるのかとかを叩き込む。

そうした中で、見たことのある中年女性が令嬢達と談笑している姿が目に入った。

会場には給仕の他に大人はいないのに、どうして彼女が参加しているのだろうか。

生徒達の相談役ということだからその関係なのかもと思い、気になった私はテオドールに声をかける。

「あちらの方はオドラン子爵夫人、ですよね? どのような性格の方かご存じですか?」

「あちら? ああ……性格は僕も詳しく知らないけれど、落ち着いた温厚な人みたい。人柄や名声から社交界で一目置かれているんだって。あと、夫婦共に慈善活動に熱心で有名だね。平民からの支持も厚いって噂だよ」

有名なくらい慈善活動に熱心になる貴族は帝国では珍しい。

大抵の家は義務の範囲内でやるだけだというのに。

それに……彼女の顔は生前の頃から見覚えがない。年齢的にどこかの家の令嬢であれば私が知らないはずはない。

平民だったのか、それとも他国の人間だったのか。

「……嫁ぎ先でも熱心に活動されているなんて、きっとご実家でも慈善活動をされていたのかもしれませんね」

「あ、アリアは知らないんだっけ? 子爵夫人は他国の令嬢だったんだよ。確か、西方諸島出身だったはず」

ここでも西方諸島が出てくるとは……。

帝国とは海を隔てて結構な距離があるはずだし、帝国の貴族が他国の人間と結婚するなんて珍しい。

生前の母方の祖母くらいしか記憶にない。

「帝国内の貴族が国交がそれほど盛んではない国の方と結婚なさるのは珍しいですね。オドラン子爵との間にきっと素敵な馴れ初め話があったのでしょうね」

「そうなんだよ。彼女は二十年くらい前にオドラン子爵領の豪雨災害に巻き込まれて怪我していたところを保護されたんだって。オドラン子爵が屋敷でお世話していて、その内に恋仲になって結婚したみたい。素敵だよね。でもそのときのせいで記憶をなくしてたみたいで……」

「まあ、記憶喪失だったのですか? 保護されたのがオドラン子爵で幸いでしたね。けれどどうして西方諸島出身だと分かったのでしょうか? 記憶が戻ったとか?」

「記憶は今も戻ってないみたいだよ。西方諸島出身だって分かったのは、当時夫人が着ていた服が西方諸島のもので、上等なものだったから上流階級の令嬢なんじゃないかって言われてたみたいだね。それでじゃないかな?」

「そういうご事情がおありでしたのね」

怪しんでいる西方諸島の出身とあって、ジッとオドラン夫人を凝視してしまう。

令嬢達と談笑している彼女はそんな私の視線に気付いて顔をこちらに向けた。

彼女はすぐに令嬢達に声をかけると、こちらの方に歩いてきた。

目の前で立ち止まった彼女に向かって私は微笑みを浮かべる。

「オドラン子爵夫人ですね。アリアドネ・ルプス・フィルベルンと申します」

「お初にお目にかかります。オドラン子爵の妻でエレノア・オドランと申します。学院長からの依頼で生徒達が学院に馴染めるように手助けをしております」

「存じております。学院長にお願いされるなんて、オドラン子爵夫人は信頼されておりますのね」

「他国出身の私に声をかけて頂けるのは光栄としか言いようがありません」

直々に声をかけられたのだからもっと傲慢になってもおかしくないのに、控えめな印象を受けた。

けれど、何か引っかかる。どこがと言われると答えられないが、人の良さそうな人が出す空気を彼女から感じられない。

記憶喪失だそうだから、それでだろうか。どうにも引っかかる。

もう少し踏み込むか、と考えているとオドラン子爵夫人が首を傾げながら口を開いた。

「そういえばアリアドネ様はリーンフェルト侯爵家に良く招待されておいでなのでしょう? 普段のリーンフェルト侯爵はどのような方なのですか?」

「リーンフェルト侯爵ですか?」

「ええ。私達の年代はリーンフェルト侯爵のファンが多いのです。ですが、ご本人はあまり社交界にいらっしゃらないので拝見する機会もそれほどなくて……」

確かに国を救った立て役者だから英雄視されている部分もあるのだろう。

未だに独身だし女性人気は高そうだ。

「リーンフェルト侯爵は普段からあまり口数が多い方ではありませんし、それほど多くお会いしているわけでもありませんので……」

「まあ、そうですの? アリアドネ様は毒草や薬草の知識が素晴らしいと耳にしておりましたから、てっきりリーンフェルト侯爵から教えを受けていると思っておりましたのに」

なんてことはない言葉だが、何か違和感がある。

オドラン子爵夫人は微笑みを浮かべてはいるが、明らかに目は何かを探っている。

それに私に毒草や薬草の知識があることもなぜ知っているのか。

……あの両親が言いふらしていたのなら知っていてもおかしくはないが。

相手の目的が分からない以上、ここは隠していた方が無難そうだ。

「そのような大それたものではありません。読書が趣味なので屋敷にある本を読んで知っている程度の知識なだけです。兄のフィルベルン公爵がリーンフェルト侯爵と仲が良いので、テオドール様とも年齢が近いですしその関係で招待されていただけなのです」

そうなの? と言いたげな目でオドラン子爵夫人はテオドールに目を向ける。

けれど、テオドールはきっと私が隠したことで何かを感じ取ってくれるはず。

「義父上からは特になにも聞いていません。僕はあまり人付き合いが得意な方ではないので、それでアリアドネ嬢を招待していたのでしょうね。実際、彼女やセレネ嬢は僕と過ごすことの方が多かったですしね。彼女が義父上と個人的に話をしていたところはさほど多くはなかったはずです」

さりげなく私のフォローを入れてくれるとは、やはり聡い人だ。

テオドールの言葉を聞いてようやく納得したのか、オドラン子爵夫人は分かりやすく肩を落とした。

「リーンフェルト侯爵ファンの皆さんに自慢できるかと思いましたけれど、残念です」

先ほどから言葉が全て嘘っぽい。オドラン子爵夫人は何を探ろうとしているのか。

そもそもクロードのことなら隣にいるテオドールに聞いた方が早いだろうに。

踏み込んでみるかと口を開きかけたところで、テオドールが彼女に声をかける。

「そういえば、オドラン子爵は近年貿易でも名前が広がっていましたね。今、帝国で流行っている西方諸島のものを先んじて取り扱っていた先見の明はさすがです」

「まあ、ありがとうございます。けれど、流行はいつの時代も移り変わりが激しいものです。西方諸島の薬や植物などを仕入れておりましたが、今は帝国内で新しい薬が出始めてあまり需要もないようです」

私の作った薬の効果があったのだな。

西方諸島の薬や植物が下火になっているのは良い傾向だ。

「それでも他国の薬なのですから、こちらにはない効果を持つものもあるでしょう?」

「ええ。そうなのですが、スペス男爵? という方が開発した新しい薬が同じような効果を持っていて副作用もないとのことで。素晴らしい才能を持っていらっしゃるのですね。……一度お目にかかりたいものです。お二人はご存じでしょうか?」

「スペス男爵ですか? 聞いたことがありませんね」

「私もです」

素知らぬ顔で大嘘をついたが、許されるだろう。多分。

オドラン子爵夫人は残念そうに肩をすくめた。

「やはりですか……。どなたに聞いても存じ上げないという答えだけで……。ただ、二十年以上前に名前を見たことがあるという話だけは耳にしました。けれど、そのような家名の方は過去も現在も存在しないようなのです」

そりゃあ、私の偽名なのだから存在するはずがない。

何食わぬ顔で私はオドラン子爵夫人に声をかける。

「お調べになったのですか?」

「気になってしまってつい……。ですが、存在しないということはどなたかの偽名なのかもしれませんね」

言いながら、オドラン子爵夫人はテオドールに視線を向ける。

彼女はクロードの偽名だと疑っていそうだ。

実際は彼の姉の偽名なのだけれどね。

テオドールはスペス男爵なんて名前を聞いたこともないだろうから、聞いても反応することもない。

オドラン子爵夫人は彼が何も知らないと判断したのか、興味なさげに視線を外した。

なんだろう。なんだか彼女の立ち居振る舞いは癪に障る。演技めいているのが気に食わないのだろうか。

と思っていると、どこかで大きな物音がしたかと思うと令嬢達の悲鳴が聞こえてきた。

何事かと目をやると、床に女性が倒れていた。

ドレスを着ていたのでどこかの令嬢だろうか。

呼吸は浅く意識もあるのかここからでは分からない。

食べ物や飲み物で合わないものがあったのか? と思っているとオドラン子爵夫人が目に見えて慌てだした。

「お話の途中で申し訳ございません。彼女は夫の遠縁の令嬢でして……。特に持病もないのにどうして……」

「貧血でしょうか? 心配ですね」

「ええ。いきなり倒れましたもの。……アリアドネ様は知識がお有りのようですし、何か気付いた点はあったりしますか?」

「いえ……。知識が多少あるだけですし、人の様子を見て判断するなんてとてもできません」

藁にもすがる思いからの言葉だろうか。

けれど、警戒心から私はオドラン子爵夫人の言葉を信用できず、細かなことを伝えようとしなかった。

他の人の具合が悪くなっている様子がないとなると貧血か他の病気の可能性が高いだろうし。

そうなった場合は専門の人間に診せた方が確実だと分かっているから。

「私などよりも専門家の方にお願いするのが一番だと思います。オドラン子爵の遠縁のご令嬢ということですし、夫人が付き添われた方が彼女も安心するのではありませんか?」

「……それもそうですわね。動転しておかしなことを口にしてしまい申し訳ございません。では、付き添いますので私はこれで失礼致しますね」

オドラン子爵夫人は倒れた令嬢の方に向かい、同時に教師がやってきて彼女を担いで行ってしまった。

「貧血にしては様子がおかしかったね」

「そうですね。倒れたときに怪我をしていなければ良いのですけれど」

彼女が出て行った扉を見ながら私はどことなく嫌な気配を感じていた。

「それはそうと、先ほどは私に話を合わせていただいてありがとうございます」

「ん? ああ、あれね。意味のないことをアリアがするはずないって思ったから。それにオドラン子爵夫人の様子が少し変だなって思って」

「テオ様もですか?」

「うん。どこが? って聞かれても答えられないんだけど……」

人の目を敏感に感じ取ることに長けたテオドールが言うのだから、そうなのだろう。

対象が私かクロードかまでは分からなかったが探っていたのは間違いなさそうだ。

優しく穏やかそうで子息令嬢達も相談しやすい雰囲気の人だが、どうにも胡散臭い。

説明はできないが、夫人には裏があるような気がしてならないと私は感じた。

結局、その後すぐに新入生歓迎パーティーは中断となり、生徒達は寮や自宅に帰宅となった。