作品タイトル不明
不穏な開幕
ガブリエル商店の裏庭は、準備の音と声で満ちていた。
ガーデンパーティ用の飾り付けが進んでいる。白いリネンのかかったテーブル、花を生けた壺、頭上に張り巡らされた色とりどりのリボン。スタッフたちが指示を交わしながら、最後の細部を整えていく。
「ナタリー、その花の配置を少しだけ左に寄せて」
エレナが中央で指示を出していた。
「わかったわ!」
パージが、エレナとナタリーの姿に目を止めた。
「なんでえ、黒以外の服も作ったのか?」
「ええ」
私が裏口から登場した。
「王都店の新商品。純白の白と、情熱の赤よ」
エレナとナタリーが、それぞれのドレスでポーズを取った。エレナは情熱の赤、ナタリーは純白の白。光の中で、二人とも華やかに映えていた。
「そして、胸元を飾るのは、巨大なダイヤと真珠たち」
「で、でかい! いくらするんだ!?」
パージがニッキーに振り向いた。
「あ、あんたが用意したのか?」
「い、いえ、私は……」
ニッキーが目を泳がせた瞬間、ハッと顔を上げた。
「ま、まさかガブリエルさん!」
「そう、試作品のイミテーションなんです」
私はいたずらっぽく微笑んだ。
「反応が良ければ、徐々に王都店の商品もこちらで売りましょう」
「いや、きっと行けますよ!」
しばらくして、夕方の光が裏庭に差し込んできた。
「料理は行きつけの店で最高級のものを用意した」
マルコスが盆を確かめながら言った。
「設営も完璧」
エレナが頷く。
「天気も上々」
パージが空を見上げた。
「みんな、本当にありがとう! 準備は完璧よ!」
スタッフたちの顔が、誇らしげに揃った。
◇ ◇ ◇
「あ、あの馬車はカトリーヌ夫人よ」
通りの向こうから、見慣れた馬車が近づいてきた。
「まあ、なんて素敵なお店!」
カトリーヌ夫人が華やかに降り立った。
「カトリーヌ夫人、来てくださって嬉しいです!」
私は駆け寄った。夫人が親しげに私に近づき、手を取った。
「友人たちも全員呼んだから、楽しみにしていて」
「ありがとうございます」
時間が経った。スタッフたちと最終確認を続けた。
「あ、そうだ。ドリンクも十分?」
「もちろんです。完璧にセット済み!」
ナタリーが笑顔で答えた。
マルコスが時計を見て、わずかに眉を寄せた。
「みんな遅れてるのかな。開演まであと三十分で開始だぞ」
「女は準備に時間がかかるものよ」
カトリーヌ夫人が穏やかに笑った。
「ねえ、ガブリエル」
「ええ、そうですね、夫人」
私は笑顔を保ったまま、内心でほんの少しだけ首を傾げた。
──でも、本当に少し皆さん遅いわね。
店の外に出てみた。スタッフたちが並んで控えている。
通りには人が行き交っているが、こちらに向かってくる馬車も馬も、見当たらない。
「誰も来ないわ」
ナタリーが首をかしげた。
その声を聞いて、カトリーヌ夫人の表情が、ほんの一瞬、影をまとった。
「時間はまだあるわ」
私はナタリーをフォローした。声に、自分でも少し力みが入ったのがわかった。
「招待状の時間や場所は、間違っていないか?」
ニッキーが言った。
「ちゃんと作ってあるさ」
マルコスが頷く。
夫人が手元の招待リストを確認した。
「招待状も間違いなく送ったわ」
エレナが壁時計を見た。
「時間よ」
時計は、ちょうど五時を指していた。
誰もいない、パーティー会場。
◇ ◇ ◇
「……おかしいわね」
カトリーヌ夫人の声に、初めて動揺が混じった。
──どうして誰も来ないの?
スタッフたちが店内で不安げにざわつき始める。私は深く息を吸って、落ち着こうとした。
ニッキーが夫人に近づき、小声で相談している。
「何か手違いがあったのでしょうか?」
「いいえ、全て確認したわ」
夫人が首を横に振った。
ナタリーが外を見つめながら、ぽつりと言った。
「通りにはたくさんの人がいるのに、誰もこちらに来ない」
私は時計を見た。秒針が静かに動いている。
「どうして……」
夫人が椅子に腰を下ろし、深いため息をついた。
「こんなこと、今まで一度もなかったわ」
ミシェルが立ち上がった。
「僕がちょっと様子を見てきます!」
「待って」
私はミシェルの腕に手をかけた。
「今、動揺するのは良くないわ」
夫人が招待リストを膝の上に置き、その紙を撫でるように指でなぞった。
「なんで、誰も来てくれないのよう?」
声が、震えていた。
店内に沈黙が落ちた。スタッフたちが、目を伏せ始めた。
エレナが私の側に来て、耳元で囁いた。
「ロザリー達の陰謀じゃない?」
──まさか……そんなこと、どうやって。
頭の中で、何かが噛み合おうとして、まだ噛み合わない。
その時、夫人が立ち上がった。
「ガブリエル! 本当よ! 本当にお友達を呼んだんだから」
声が、引き裂かれていた。
夫人の目に、涙が溜まっていた。
「ああ、でもなんでこんな事に!?」
「夫人」
私は彼女の前に膝をつき、両手を取った。
「分かってます。大丈夫ですから」
夫人の手は、震えていた。
掌が、冷たかった。
私はその冷たさを、しっかりと両手で包んだ。
裏庭では、誰も口を開かなくなっていた。