作品タイトル不明
ブランドタグ
マルコのアトリエに、私の声が落ちた。
「こ、これは……!」
美しいシルクの布に、びっしりとロゴが並んでいた。
光が当たると、糸の織りに沿って模様が浮かぶ。一枚一枚が同じで、それでいて手の温度を感じさせる。機械的でも、雑でもない。
「すごいわ。こんなに繊細な図柄なのに、完璧に印刷されてる……!」
「本当に素敵! これなら、あのロザリーって人も簡単には真似できないわね」
エレナが上気した顔でマルコを振り返った。
「ええ、簡単には真似できないでしょうし、タグの価値もすぐには理解できないでしょう」
マルコが頷いた。
「やったわね、ガブリエル!」
「ええ!」
マルコが、ほっとした表情で微笑んだ。
「喜んでもらえて良かったです。リトグラフの技法も、役に立ちましたね」
「マルコ、本当にありがとう。あなたのおかげよ」
エレナがマルコを見つめた。マルコの耳が、わずかに赤くなった。
エレナがふと、あくびを漏らした。
「でも、久しぶりに徹夜なんかしたから、さすがに疲れたわ〜」
「ぼ、僕もです。でも、やり遂げられて嬉しいです」
私は布を大切に鞄にしまった。
「これだけあれば、当面は大丈夫ね」
立ち上がり、二人に向き直る。
「それじゃあ、私はこのままブレンナールに戻るわ」
「えっ、もうですか?」
マルコが目を丸くした。
「マルコ、エレナ、本当にありがとう! あなたたちの協力には感謝してもしきれないわ」
扉が閉まり、アトリエが静かになった。
エレナが呆れたように笑った。
「な、なんてタフなの……。あのエネルギーはどこから来るのかしら」
「本当に……。ガブリエルさんの情熱には頭が下がります」
しばらく、二人だけの時間が流れた。
エレナが、そっとマルコの肩に頭を乗せた。
「でも、マルコ……。今日のあなた、とても素敵だったわ」
「エ、エレナさん!?」
エレナがマルコの手を握った。
「私もう、喪服は着てないわよ」
マルコは顔を真っ赤にして俯いた。
「え、え、え!?」
◇ ◇ ◇
王都の駅は、朝の光に満ちていた。
──一昨日、ガブリエルは汽車に乗り、十時間かけて王都に戻った。そして、二十四時間びっしりと働き詰めでブランドタグを完成させた。
汽車に乗り込み、座席に体を預けた。窓の外を、王都の街並みが流れていく。やがてそれは郊外の野原に変わり、さらに先で森になった。
私は、眠った。
──ブレンナール行きの汽車の中で眠る。
──だが、不思議とガブリエルは疲れを感じていなかった。
目を覚ますと、車窓の景色が橙色に染まっていた。
夕日が、田畑の上で溶けていた。雲が薄く広がり、その縁が金色に光っている。私はその光を頬に受けながら、深く息を吸った。
──むしろ自分の中の商魂が、ますます燃えたぎり、活力が湧くのを感じていた。
「ただいま〜!」
夜のブレンナール店に、私の声が響いた。
パージ、ナタリー、ミシェルが振り返った。
「本当に三日で帰って来やがった」
パージが眉を上げる。
私は鞄から、例の布を取り出した。
「これを作って来たのよ」
「なんだ、こりゃ。シルクに絵が印刷されている?」
「これを小さく切って、みんなが作った帽子や靴に縫い付けてほしいの」
「?」
「このタグがついた商品こそが、私たちの商品の証明よ」
パージが少し考えてから、ふっと笑った。
「お、俺にはよくわからねえけど、とにかくやってみるよ。なあ?」
「はい!」
「私もやるわ。ハサミはどこ?」
「おいおい、少しは休みなさいよ」
◇ ◇ ◇
二日後。
「え〜、ガブリエルさん、もう戻ってたんですか?」
ニッキーが店内に入るなり、目を見開いた。マルコスも横で固まっている。
「ええ、二日前に」
私は商品を持って、ニコニコと答えた。
「ニッキーさん、ぜひ、これを見てくださいますか?」
タグが縫い付けられた帽子を差し出す。
ニッキーが、手に取った。
「これを新オープンするこの店で売ります。値段は八〇〇〇〇Rに設定するわ」
「八万Rだと、例の店の十倍じゃないか?」
マルコスが声を上げた。
「売れるわけがない」
「商品は素晴らしい出来ですが、さすがにロザリーさんの商品の十倍の価値があるとは……」
「価値は、作るんです」
私は二人を見た。
「聞いてもらえますか!」
しばらく後。
「なるほど。商品名自体を売るということか」
マルコスが顎に手を当てた。
「それに、グラナス帝国では最近、商標を法的に保護する動きがあると聞いています」
ニッキーが言った。
「産業革命が起こったグラナスなら、ここ以上に大量生産大量消費が始まっているはず」
私は窓の外に目をやった。
「だけど、みんながそうして価格競争をしていたら、本当に良い商品は作れない。本物の良い商品を守るためにも、ブランドが必要なのよ」
ニッキーとマルコスが、しばらく黙って私を見ていた。
その目には、商人を見るのではなく、何か別のものを見るような色があった。