作品タイトル不明
ダイヤモンドの贈り物
「こ、これ……ダイヤモンド?」
廊下のランプの光が、石の上で散っていた。
──え!? 一体突然何? これ幾らするの?
ニッキーが緊張した顔で立っている。
「え、あの、これは?」
「が、ガブリエルさん!」
ニッキーの顔が、一気に赤くなった。
「は、はいっ!」
「ぼ、僕は……」
「あなたの……」
そこで、止まった。
ニッキーの額に、汗が浮いている。私の心臓も、勝手に速くなっている。廊下の静けさが、急に重く感じる。
「かっ、解放の黒にですね!」
「……はっ、はい?」
頭の中が、一瞬で真っ白になった。
ニッキーが咳払いをした。さっきまでの慌てた様子が、すっと整っていく。
「あ、すみません。僕は、解放の黒にジュエリーが似合うと思っているんですよ」
「黒の輝きに勝てるのは、ダイヤモンドの輝き。それを試してみたくて」
「試す? それだけのために、こんな高価なものを買ったんですか!?」
「研究開発費と考えれば安いものです。ガブリエルさんなら、これをヒントにもっと新しい商品を思いつくでしょう?」
「そのために、これを私に」
「はい、そうです」
「……わかりました。考えてみます」
「では、おやすみなさい」
扉が、パタンと閉まった。
廊下に、私だけが残された。
「おやすみなさい」
声は、扉の向こうには届かなかったかもしれない。
◇ ◇ ◇
自分の部屋に戻り、ニッキーは深いため息をついた。
「何をやってるんだ、僕は」
ベッドに腰を下ろし、頭を抱える。
「女性に好意を伝えるって、難しいなあ」
しばらく、そのままだった。それから顔を上げ、布団を引き寄せた。
「いや、でも、少しぐらいは僕の想いは伝わってるはずだ」
布団にくるまり、彼は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
ペンダントを首にかけた。
鏡の前に立ち、私は自分の胸元を見た。
黒のドレスの中央で、ダイヤが静かに光っている。確かに、合っていた。これ以上ないほど、合っていた。黒の中に一点、星のような輝きが置かれていて、見ているうちに目が離せなくなる。
──確かに、解放の黒にはものすごく合うけれど。
ふと、現実が戻ってきた。
──でも、こんなに高いダイヤなんて、みんな用意できるとは……。
胸の中で、何かが動いた。
朝が来た。
ホテルの食堂で、二人は席に着いた。籠に山盛りのパン、目玉焼き、湯気の立つスープ。
「おはようございます」
「おはようございます」
「昨日はよく眠れました?」
「そ、それなりに」
「あっ、私、わかったんですよ。ニッキーさんの意図」
「えっ!?」
「ニッキーさんは、アクセサリー開発を進めていたんですね?」
ニッキーが、固まった。
「でも、思うんです。こんな大きなダイヤをつけるのは、貴族でも買えない」
「かといって、小さなダイヤや他の宝石では、解放の黒に負けてしまう」
私はカップを持ち上げた。
「だったら、イミテーションを作るのはどうでしょう?」
「カットガラスと真鍮で、解放の黒にぴったりのアクセサリーを作れば、とっても素敵」
「そう思いません?」
ニッキーが、優しく微笑んだ。
「……素晴らしいアイデアです」
「実現可能な工房を探してみましょう」
「ありがとうございます」
二人で朝食を食べた。バターを塗ったパン、まだ温かい目玉焼き、香ばしいスープ。窓から朝の光が入り、テーブルの上に四角い明るさを作っている。
ニッキーが幸せそうに笑った。
ほんの少しだけ、寂しそうにも見えた。
私はそれに気づかないふりをして、自分も笑った。