作品タイトル不明
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レストランの窓から、ブレンナールの夜が見えた。
石畳に街灯が映り、遠くで誰かの笑い声がした。テーブルに置かれたグラスが、ランプの光を受けて小さく揺れている。
「すみません、お待たせしました〜」
「!」
マリアが駆け込んできた。頬が少し赤い。走ってきたのだろう。
「お店まで取っていただいてすみません」
「いえ、会えて嬉しいですわ、マリアさん」
「そんな、恐縮です、ガブリエルさん」
料理が運ばれてきた。パイ包みの香りが、テーブルの上で広がる。
「斬新な服ですね」
マリアが私の黒いドレスに目を向けた。
「あら、このお店は初めて?」
「はい。この街で外食なんか、初めてです」
「素敵な店よ。王都でも、このお店以上のパイ包みは食べたことないわ」
「ええ、食事はとても美味しいです。お店の雰囲気も明るくて、仕事の疲れが溶けていくようです」
私は静かにグラスの水を飲んだ。
──素敵な子ね。
私ではなく、私が紹介したお店を褒める。相手は絶対に嫌な気はしない。やっぱりこの子があの店にお客を呼び込んだのだわ。
「お仕事は接客中心ですか?」
「いえ、商品開発もやっています」
「新しい帽子のデザインを考えたり、傘の柄を考えたり……」
「なるほど。あなたが考えていたんですね」
マリアの手が、ぴたりと止まった。
私は首を傾けた。
マリアが、深く息を吐いた。
「ど、どうしたの? マリアさん?」
「やっぱり、怒ってますよね〜〜」
「!」
「実は気付いていたんですよ〜。ガブリエルさんが、怒ってお店に来たって」
マリアがパイ包みをナイフで切りながら言った。
「だって、私たちのお店の商品って、ガブリエルさんの店の商品の真似ばかりじゃないですか? それが、心苦しくって、心苦しくって。本当にごめんなさい。でも、私たちも初めて尽くしなので。それしかなくて」
「怒ってなんかいないわ」
マリアが顔を上げた。
「商品作りなんて、そんなものよ。自分より上手な人の真似をして、取り入れて、さらにもっといいものを作りたいと努力する。真似されて腹を立てているなんて、自分の限界を認めているようなものだもの」
「……」
「むしろ、堂々と相手に真似してるなんて言えるマリアさんは、とてもすごい人だと思うわ」
「尊敬するガブリエルさんからそんな……恐縮です」
「いえ、私も貴方を尊敬しているの」
マリアの手が、小さく震えた。
しばらく間があった。
「……あの、ガブリエルさんにお願いがあるんですけど」
「何かしら?」
「わ、私たちのお店を——」
マリアが、テーブルの上で指を組んだ。
「ガブリエル商店の後継店だと、正式に認めてくれませんか?」
「尊敬するガブリエルさんから認められた店ということであれば、私ももっと胸を張って頑張れるんです」
私は少し考えた。
考えながら、頭の中で何かが動いた。
「……なるほど」
「え!?」
「いや、なんでもないわ。ちょっと、面白いことを思いついちゃった」
「そ、そうなんですね。あの、後継店の話は?」
私は顔を上げた。
「ああ、それはごめんなさい。受けられないわ」
「!」
「貴方たちに、私たちが作ったお店の信用と歴史を渡すわけにはいかない」
「そんな、歴史とか大袈裟な」
「でも、私が後継店だって認めると、そうなっちゃうでしょ?」
マリアは黙った。
「私が今日来たのはね、怒ってはいないけれど——抗議するためよ」
私はグラスを置いた。
「ガブリエル商店を語って、王都に商品を流通させるのはやめてほしいの」
二人の視線が、テーブルの上で交わった。
「フッ」
マリアが、笑った。
「?」
グラスを掴み、ワインを一息に飲む。それから、ずっとまとっていた何かを脱ぎ捨てるように、体の力を抜いた。
「あーーー、もう限界」
声が、変わった。
さっきまでの丁寧な言葉遣いが、するりと剥がれた。
「やっぱ、あんたはチョロくないね。その辺のおっさんと違ってさ」
私は表情を動かさなかった。
「ええ」
椅子の背もたれから体を起こし、マリアを正面から見た。
「私を舐めないでくれる?」