作品タイトル不明
オートクチュール
机の上に、三着の解放の黒が並んでいた。
「なんだいこれ? 解放の黒が三着?」
「そう、大中小とサイズが三つあるの」
「お客さんは体型に近いものを買っていけばいいのよ」
「でも、それだとぴったり着られるかどうか……」
「ほら、先日、社交界のプレゼント用に何着か試作品を持っていったじゃない?」
パージが顎に手をやった。
「確かに、みんなそれなりに着こなしてたらしいな」
「そう、それをそのまま商品にすればいいんだって思いついたの!」
「つまり、既製服を売るのよ」
「既製服?」
全員が声を揃えた。
「これだったら店舗の採寸の手間が減るし、なにより同じ型紙で何着も作れるから大量生産が可能になる。大幅な低価格化も可能なのよ!」
「低価格って……本当にそれでやっていけるの?」
エレナが眉を寄せた。
「もちろん、裕福な貴族夫人にはこれまで通り仕立て服を用意するわ。そうでもない方や市民には既製品を売ればいい」
この世界では、婦人服の既製品という概念はなかった。人々は布を手に入れて仕立てるか、仕立ててもらうか、それだけだった。ガブリエルは服の大量生産と、これまでになかった「既製服」の概念をこの世界で初めて生み出したのである。
◇ ◇ ◇
ミシンが三台、並んでいた。
シレーヌ、シャルロッテ、ソフィー。三人がそれぞれの席に座り、解放の黒の生地を送り出している。私は縫い目を指でなぞり、顔を上げた。
「三人とも上手よ。きっちり縫えてる」
ソフィーとシャルロッテが顔を輝かせた。シレーヌは静かに前を向いたままだった。
「貴族の専属仕立て師だったシレーヌさんには、ちょっと物足りなかったかしら」
「そうですわね」
シレーヌが、糸を切る手を止めずに答えた。
「もう少し私の技術を活かせると、やりがいがありますわね」
「ではシレーヌさんは引き続き仕立て服を。ソフィーとシャルロッテは既製服をお願いね」
「はい!」
「かしこまりました」
「よし。生産ラインは整った。このまま回転させていけば——」
三ヶ月後。
「ガブリエル! 今月の売上が出たんだけど……」
エレナが帳面を差し出した。
「すごい! 一千万Rを超えた!」
「市民のお客さんが増えてきたからだと思うの。ただ、市民のお客を嫌がる貴族のお客さんも多いわね」
「貴族の大口顧客は私が外商するわ。元々そっちが得意だし。ただそれも限界よね」
「どうするの?」
「市民用の二号店を作ろうと思うの!」
「二号店!?」
「そう! いよいよ解放の黒を本格的に市民に解放するのよ!」
◇ ◇ ◇
カートライト商会の扉を開けると、ニッキーが顔を上げた。
「駅前の土地ですか!?」
「はい!」
「カートライト商会がデパート建設のために買収中の土地があるじゃないですか。そこの一角を建築が始まるまでの間、貸してくれないかなあって」
ニッキーが少し考えて、すぐに頷いた。
「わかりました。どうせ必要な用地を買収し終えるまでは使えない土地です。それまでならタダで使ってくれて構いませんよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「本当に、ガブリエルさんはすごい。あっという間に商売を軌道に乗せている」
ニッキーの言葉に、胸が温かくなった。
その時、咳払いが聞こえた。
二人が同時にそちらを向いた。
カレンが腕を組んで立っていた。
「社長、ガブリエルさんに甘いのは構わないのですが、悪い情報も共有すべきでは?」
「あ、いや、あれはもう少し調べてからの方がいいかと!」
ニッキーが慌てたように言った。
「何かあったのでしょうか?」
ニッキーが、少し間を置いた。
「……最近、ガブリエル商店の帽子や傘、靴など旧来の主力商品の売上が落ちているのです」
「そうなんですか!?」
──しまった。最近、解放の黒のことばかり考えていたから。
「すみません。ご心配をおかけしたくなくて、調査が終わったら報告するつもりでしたが」
ニッキーが続けた。
「売上が落ちたのは、そっくりな模造品が商店で売られるようになったからです」
「模造品……」
「それで生産元を突き止めたのですが、どうやらブレンナールのお店だそうで」
「ブレンナールのお店?」
「ええ」
ニッキーの目が、真っ直ぐ私を見た。
「旧ガブリエル洋品店です」