作品タイトル不明
190 聖獣「不死鳥」 7
飛竜(ワイバーン) たちは聖獣しか目に入っていないように見えた。
そのため、魔術陣を展開させているエルネスト王太子とラカーシュを気に掛けることなく、一直線に聖獣へ向かってくる。
しかし、そんな2頭の魔物を迎え撃つ2人は至極冷静だった。
自分たちより何倍も大きく、強いであろう魔物を相手にしているのに、攻撃力を増すために、ぎりぎりまで引きつけようとしているのだから。
これが私だったら、恐怖のあまり、魔物が射程距離に入るか入らないかの時点で、魔術を放っていただろう。
暗闇の中に姿を現した 飛竜(ワイバーン) は、それくらい禍々しい姿をしていたのだ。
にもかかわらず、王太子とラカーシュは、魔物がほんの10メートルほどの距離に来るまで微動だにしなかった。
ちょっと肝が据わり過ぎだろう。
そして、 飛竜(ワイバーン) の大きく開けた口の中までが見える距離まで近付いた時、2人はやっと魔術を発動させた。
「火魔術 <威の1> 噴焱白弾(ふんえんはくだん) !!」
王太子の言葉とともに、合わせた両手から真っ白い炎が噴き上がる。
「火魔術 <威の2> 尖叉青槍(せんさせいそう) !!」
同時に唱えたラカーシュの言葉とともに、彼の両手からそれぞれ青い炎の槍が出現する。
真っ暗な闇の中、突然現れた白と青の美しい炎は、尋常でないエネルギーを内包していた。
そのため、それらの炎を見ているだけで苦しくなり、思わず息を詰める。
飛竜(ワイバーン) も驚いた様子でわずかにスピードを落としたけれど、正にそのポイントを狙って2人は魔術を放った。
王太子の両手から白い炎が、まるで弾丸のような速さで 飛竜(ワイバーン) 目掛けて飛び出していく。
一方、ラカーシュの両手からも、青い炎を巻き付かせた炎槍が、もう一頭の 飛竜(ワイバーン) 目掛けて放たれた。
固唾を呑んで見つめていると、白炎の弾も青炎の槍も鈍い音を立てて、それぞれの 飛竜(ワイバーン) の胴体に見事に命中した。
その瞬間、魔物たちは体をくねらせながら苦悶のうめき声を上げる。
「やったわ!」
私は思わず、ぐっと両手を握り締めた。
飛竜(ワイバーン) の不意を突いたことに加え、2人の攻撃に速度と精度があったため、避けられることなくヒットしたのだろう。
「やっぱり王太子殿下とラカーシュ様はすごいわね!!」
興奮のあまりそう口にしたけれど、残念なことに、 飛竜(ワイバーン) たちはよろめいただけで、地面に落下することはなかった。
それどころか、こちらを睨み付けてくると、再びぐんと勢いを付けて下降してきた。
「信じられない! 上級魔術の攻撃が命中したのに、致命傷を与えられないなんて!!」
言うまでもないことだけれど、上級魔術は学生が使用できるものでは決してない。
王国中の優秀な魔術師が集まっている、王国魔術師団員の中でも上位の者のみが使用できる高度な魔術なのだ。
それなのに、王太子とラカーシュは緊張も気負いもせずに、当たり前のような顔をして上級魔術を発動させた。
そして、見事にヒットさせたのだ―――相手の魔物が倒れるところまでは至らなかったとしても。
「ラカーシュ様が上級魔術を行使できるのは知っていたけど、王太子殿下まで発動できるなんてとんでもないわね! 才能があるのはもちろんでしょうけど、帝王学の名の下に、日々ものすごく鍛えられているのでしょうね」
こうやって目の当たりにすると分かるけど、王太子とラカーシュの若さで上級魔術を身に付けていること自体が、とんでもなく努力していることの表れなのだ。
普段は、王族や筆頭公爵家の煌びやかさばかりが目に付くけれど、実際には見えないところでものすごく頑張っているのだろう。
その2人は、下降してくる魔物たちを冷静に見つめていたけれど、ラカーシュが再び両手を構えた。
「私が防御する!」
それから、彼は両手を顔の前にかざす。
「火魔術 <威の5> 大焱流壁(だいえんるへき) !!」
ラカーシュの言葉とともに、真っ赤な炎の壁が2人の前方に出現した。
それは以前、彼が披露した炎の盾より何倍も大きい、10メートル四方ほどの大きさの文字通り炎の壁だった。
「すごいわね!」
そのあまりの迫力に目を見張ったけれど、上級魔術は使用する魔力量が桁違いに多いため、次々に使用できるものではないはずだ。
過去を思い返してみても、フリティラリアの城でラカーシュが蛇の魔物と戦った際、上級魔術を2回使用したことで魔力が枯渇していた。
そして、ラカーシュはこのわずかな時間で、既に2回もの上級魔術を発動しているのだ。
もうこれ以上の上級魔術の使用は不可能に思われたけれど、相手は 飛竜(ワイバーン) だ。
中級魔術がきく相手なのだろうか。
その魔物たちは、突然出現した炎の壁に怯んだ様子を見せた。
しかし、急に止まることはできなかったようで、それぞれ体の一部が壁に接触する。
「ギィアアアア!」
「ギィイイイイイ!!」
ワイバーンは慌てて炎壁から離れたけれど、体の一部は炎に包まれていた。
慌てて上空に飛び上がろうとする 飛竜(ワイバーン) たちの額がきらりと光る。
その様を目にした王太子が、訝し気な声を上げた。
「……魔石?」
王太子の言葉に驚き、確認しようと 飛竜(ワイバーン) を振り仰ぐと、確かにその額に青色の石のようなものが埋め込まれているのが見えた。
それは月あかりにきらりと怪しく煌めき、何であるのかが正確に分からないにもかかわらず、背筋をぞくりとさせる。
上空にて旋回を始めた 飛竜(ワイバーン) の額にある石を見て、私は不吉な予感を覚えたのだった。