軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189 聖獣「不死鳥」 6

「少し周りを散歩してきますね」

完全に目が覚めてしまったため、2人にお断りを入れて立ち上がると、同じようにラカーシュが立ち上がった。

「ルチアーナ嬢、よければご一緒しよう」

どうやら紳士のラカーシュは、一緒に付いてきてくれるようだ。

ありがたく思いながら並んで歩いていると、夜の静寂の中、さくさくと足を踏みしめる2人分の音が響いた。

時期は11月下旬のため、高い山の頂上にあたるこの場所にいるだけで、非常に寒く感じる。

思わずぶるりと震えると、そのことに気付いたラカーシュが羽織っていた上着を脱いで、肩から掛けてくれた。

「いえ、私は大丈夫ですから。ラカーシュ様が風邪を引きますよ」

慌てて脱ごうとすると、手の上に手を重ねられて止められる。

「君が寒い思いをするよりはずっといい」

「えっ?」

思わず見上げると、ラカーシュは困ったような表情を浮かべていた。

「ルチアーナ嬢、私はただ上着を貸しただけだ。断らないでくれ」

「えっ、あっ、はい……」

ラカーシュの言う通りだわ。

彼は純粋な好意で親切にしてくれたのに、受けた私に拒絶されたら、もう1度同じような状況になった場合に、再び親切な行動を取り難いわよね。

そう考えて、上着ごとぎゅっと体を抱きしめると、ラカーシュの体温が残っていたのか、とても暖かく感じた。

私は顔を上げると、感謝の気持ちを込めて彼に微笑む。

「ラカーシュ様、ありがとうございます。ラカーシュ様の体温が残っていたようで、すごく暖かいです」

「……っ! そうか」

ラカーシュは顔を赤らめると、ぷいっと顔を背けた。

親切にしておきながら、お礼を言われただけで照れるのだから、きっとラカーシュは相手から感謝されようとはこれっぽっちも考えていなかったのだろう。

本当に高潔だわと思いながら、彼が顔を向けた方向を何とはなしに見やる。

すると、暗闇に浮かぶ大きな月が目に入った。

灯りがない場所では、月の明るさがことさら貴重で美しいものに思われる。

「月が綺麗ですね」

思わずそう口にすると、ラカーシュも月を見つめたまま私に同意した。

「ああ、そうだな」

そうして、2人して月を見上げたまま立ち尽くしていたところ、不意にラカーシュが訝し気な声を上げた。

「あれは何だ?」

ラカーシュの視線の先を辿ると、月にかかるようにして小さな黒い影が2つ見える。

何かしらと目を眇めていると、隣でラカーシュがはっとしたように息を呑んだ。

「あれは 飛竜(ワイバーン) だ!」

「えっ!?」

驚いてもう1度黒点を見つめようとしたけれど、ラカーシュに手を取られる。

「ルチアーナ嬢、エルネストのところに戻るぞ!」

それから、彼に手を引かれるまま、元来た道を走って戻ったけれど、常にない様子の私たちを目にした王太子が、視界の先で立ち上がるのが見えた。

「何があった!?」

叫ぶ王太子に向かって、ラカーシュも叫び返す。

「 飛竜(ワイバーン) だ! セリアの先見通り、2頭で向かってきている!! あの魔物の飛行速度を考えると、もう間もなくここに来るぞ」

幸いだったのは、今夜が明るい月夜だったことだろう。

おかげで、遠くからぐんぐん近付いてくる黒い影を認識することができたのだから。

王太子は聖獣のもとに走り寄ると、その体に手をかけて目覚めを促した。

「不死鳥、起きてくれ! 飛竜(ワイバーン) だ! あなたを襲いに来るぞ!!」

一方、ラカーシュは私を後方に下がらせようとする。

「ルチアーナ嬢は後ろに下がっていてくれ! 君をこの場所に連れてはきたが、戦闘に参加させるつもりは一切ない。私とエルネストで対応するから、君は安全な場所に退避しているんだ」

ラカーシュから両肩を掴まれ、真剣な表情で顔を覗き込まれた私は、こくこくと頷いた。

「わ、分かりました! 退避しています」

私の火魔術は非常におそまつなものなので、足手まといにしかならないことは分かっている。

そのため、逆らうことなくラカーシュの言葉に同意すると、彼は安心した様子を見せた。

それから、踵を返して元来た道を戻っていく。

私から一定の距離を取ったところで、ラカーシュは身に着けていた手袋を外すと地面に投げ捨て、両腕を肩の高さまで上げた。

「魔術陣顕現!」

その言葉とともに、半径2メートルほどの黒い魔術陣が、ラカーシュを中心とした彼の足元に浮かび上がる。

それは夜の闇の中でも、輝きを放ちながらはっきりと存在を主張していて、膨大なエネルギーがその陣に集まっていることを示していた。

同様に、いつの間にかラカーシュの隣に位置取っていたエルネスト王太子が、手袋を地面に打ち捨てると両手を上げる。

「魔術陣顕現!」

王太子の声に呼応して、彼を中心に半径2メートルほどの白い魔術陣が、足元に浮かび上がった。

王太子の魔術陣を初めて目にしたけれど、それはラカーシュの魔術陣と同じくらい複雑なものだった。

というよりも、ラカーシュの魔術陣も、前回目にしたものよりも複雑になっているように見える。

「えっ、ラカーシュ様は毎日ずっと忙しかったはずなのに、いつの間に魔術の訓練をしていたのかしら? そして、魔術陣を更新している!?」

おかしい。彼と私では、1日の持ち時間が異なるのかもしれない。

そう疑わしく思っていると、視界の端で不死鳥が動いたのが見えた。

そのため、ラカーシュと王太子から視線を外すと、目覚めたばかりの様子の不死鳥に目をやる。

不死鳥は体をふるふると振った後、月に向かって首を伸ばし、今や握りこぶしほどの大きさになった黒い影をじっと見つめた。

―――この山には元々、多くの魔物が棲み付いていたとの話だった。

それを聖獣が蹴散らして追い払ったため、現在では魔物が一切棲まない聖なる山になったのだと。

つまり、聖獣はものすごく強いはずだ。

一方、こちらに向かってきている 飛竜(ワイバーン) は上位の魔物だから、いくらエルネスト王太子とラカーシュが強いと言っても、普通に考えたら、2人で対応できるような相手ではないはずだ。

けれど、聖獣も一緒であれば、倒すことができるかもしれない。

私は希望を込めて、そう推測する。

と、その時、月を背景に、間近まで迫っている 飛竜(ワイバーン) が目に入った。

思わず息を詰める私を気にすることなく、 飛竜(ワイバーン) は聖獣を目掛けて、真っすぐ降下してきた。