軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138 兄妹デート 8

兄の言葉に衝撃を受け、驚いて目を見開いていると、兄はひらひらと片手を振った。

「ルチアーナ、お前は色々と考え、よかれと思って行動しているのだろうが、結果として、最も望まないものを引き寄せている。だとしたら、お前は好きなように行動すべきではないか?」

「で、ですが」

確かに兄の言う通りだけれど、前世の記憶が蘇って以来、『こうしなければ』と信じていたことと真逆のことを提案され、反射的に否定の言葉が飛び出る。

すると、兄は言い聞かせるための言葉を重ねた。

「お前の恐れている未来は、私も共有した。今後、我が侯爵家に敵対する相手が出てきた場合、私が対応しよう。うむ、一家で放逐される可能性は下がったと思うぞ」

「…………」

兄は先ほどと同じ言葉を繰り返した。

何度も同じ言葉を重ねられることで、私の中に兄の言葉が定着していく。

そのため、つい先ほどまでは「絶対に断罪を回避できない!」と思い込んでいたにもかかわらず、兄と一緒ならば何とかなるかもしれないと考えが変化してくる。

私の表情から、その変化を感じ取ったらしい兄が、ふっと小さく微笑んだ。

「『運命の恋』の相手となる男性は、一人だとお前は言ったな。だとしたら、その相手以外の者は、お前の味方になる可能性があるのではないか?」

「……確かに、そう言われるとその通りですね」

何が正解かが分からなくなった私は、兄の質問に素直に返事をする。

「ルチアーナ、人と人はつながっていくものだ。お前が良い関係を作れば、必ずお前の味方になってくれる。だから、お前がラカーシュ殿やジョシュア師団長と向き合いたいのであれば、そうしなさい。結果として、お前には一人の敵ができるかもしれないが、多くの味方もできるだろうからな。そして、その敵とやらは、私に任せておきなさい」

「…………」

兄の流れるような言葉に納得しそうになったけれど、最後の一言に返事が止まる。

さすがにそこまで兄に頼るのはいかがなものだろうと思ったからだ。

悪役令嬢として生まれてきたのは私だから、それがどのようなことであれ、私が対応すべきではないだろうか。

そう思って眉間にしわを寄せていると、兄は言葉を重ねてきた。

「ルチアーナ、兄妹は何のためにいると思う? 親は子を助けると言うが、順当に考えたら、年齢差があるため両親は先に旅立つだろう。つまり、最後までお前の側にいて、お前を助けるのが私の役割だ。私の役割を奪うものではない」

その気になった兄の言葉には説得力があり、私は簡単に頷いてしまいそうになる。

困った思いで兄を見上げると、私は最後の抵抗を試みた。

「でも、私の呪いは強いのです。……お兄様が思っているより、何倍も大変な目に遭いますよ」

「そうだとしても、ここで引くような生き方はしていない」

きっぱりと言い切った兄の言葉に、二の句が継げなくなる。

……確かにそうだ。

基本的にふざけている兄だけれど、肝心なところで逃げた姿を見たことがない。

「お兄様は強いですね」

そして、カッコいいですね。

心からの思いを口にすると、にやりと唇を歪められた。

「……お前がそう思うのならば、そうなのだろう」

私は思わず席を立つと兄の側まで歩み寄り、手を取って頭を下げた。

「お兄様、ありがとうございます。お兄様のお力をお借りしますわ」

すると、兄はふわりと嬉しそうに笑った。

「やあ、もちろんだ」

けれど、私はとても笑顔を浮かべられる心境ではなく、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「でも、決して無茶はしないでくださいね。そして……お兄様が大変な目に遭った時には、私が助けますから!」

兄はふっと唇の端を持ち上げた。

「うむ、だが、基本的に私は、大変な目に遭う前に対処するから問題ない」

「うう」

至極兄らしい言葉を返されて顔をしかめていると、何を思ったか、「では」と兄が望みを口にしてきた。

「ルチアーナ、一つ頼みがある。私が贈ったピアスを持っているか?」

「えっ、はい」

私はドレスの内ポケットから、透明の石を使用したピアスを取り出すと兄に手渡した。

家に置いておく気になれず、お守り代わりに持ってきていたのだ。

兄は目線の高さに持ち上げると、ピアスの石を光にかざした。

「この石は透明な色をしているが、身に付けていることで色が変化してくる。そうしたら、片方を私のものと交換してくれないか」

「えっ?」

時間の経過とともに変色する石なんて聞いたことがないわと思いながら、立ち上がった兄に促されるまま、兄の席に座る。

すると、兄は私の足元に跪いた。

「お、お兄様?」

何のつもりかしらと驚きの声を上げると、兄は冷静な表情で見上げてきた。

「この石はお前の魔力を吸収する。そのため、付け始めは気分が悪くなる場合がある。お前が嫌でなければ、私の手でピアスをはめてもいいだろうか? 私の魔力とお前のそれは相性がいいから、気分が悪くなる可能性が下がるはずだからな」

魔力を吸収する石って、どういうことかしら?

聞きたいことは色々とあったけれど、1番知りたいことを質問する。

「今、ここで、ピアスホールを開けて、ピアスをはめるのですか?」

「ああ、気分が悪くなる場合を考えて、私が一緒にいる時が最適だろう」

至極ごもっともな説明をされて、心を決める。

「では……お願いします」

そういえば、兄の腕が失われたため、運命を切り開きたいと思って、私はピアスをはめようと考えたのだった。

だとしたら、兄の手でピアスをはめてもらうことは、非常に象徴的な行為に思われる。

痛いのかしらと身構えていたけれど、兄は魔術を使用して、あっという間にピアスホールを開けてくれた。

それから、私の耳元の髪をかきあげると、片手で器用にピアスをはめる。

少し顔を離して、満足そうに私の耳を見やる兄にお礼を言った後、私は先ほどから気になっていた疑問を口にした。

「お兄様、この透明の石をどうやって入手したんですか?」

森で拾ったのだろうと考えていたけれど、そのことを兄に確認してなかったことに思い至ったからだ。

それに、魔力を吸収する石なんて、聞いたことがない。

魔力を込めることができる石は、魔物の体内から取れる魔石だけのはずだけれど、あれは黒い色をしている。

もしかして、これはとんでもない石かもしれないと考えながら、じとりと兄を睨み付ける。

これまでの経験から、兄は大変な思いをした時ほど、そのことを口にしないという嫌な事実を思い出したからだ。

果たして、兄は恐ろしい言葉を口にした。

「ああ、それは魔石の一種だ」

「ひあっ、ま、魔石? でも、魔石は黒色ですよね!?」

「そうだな。だが、魔石が黒色になるのは、魔素が漂う場所で魔物が生活するせいだ。生まれたての魔物の魔石は透明だ」

話の前半部分は聞いたことがあったけれど……。

「えっ、生まれたて……で、この大きさって」

さーっと顔色が青ざめてくるのが分かる。

魔物の体内にある魔石の大きさは、魔物の強さに比例する。

生まれたての魔物は弱いため、その体内にある魔石は非常に小さいはずだ。

それこそ砂粒くらいの大きさで、ピアスの石として使用できるはずもないのだけれど……通常の魔物であれば。

「……お兄様?」

完全に嫌な予感しかせず、恐る恐る問いかけると、兄は邪気のない笑みを浮かべた。

「やあ、実はジョシュア師団長も、凶悪な魔物が森の奥で子を産んだようだと、凶報が入って困っていたのだ。私が透明な魔石がほしいと言ったら、苦渋に満ちた表情ながらそのことを白状したので、師団長特権で魔術陣を使用して森の深淵まで魔物討伐に出掛けたというわけだ。師団長は悪い魔物を討伐できたし、私は透明な魔石を入手できたしと、双方満足いく結果を収めることができたのだ」

「ああ!」

そう言われて思い出した。

石を入手しようと兄が森林探索に誘った際、ジョシュア師団長が大袈裟なほど嫌がっていたことを。

レベルの高い魔物ほど子育てをするから、恐らく子どもの魔物を討伐するためには、親の魔物も討伐しなければならなかったはずだ。

「おに、お兄様、えっ、凶悪な魔物と戦ったのですか? 怪我はしませんでしたか!?」

「見ての通り、綺麗な体だ。それとも、お前が確認するために、服を脱いでみるべきか?」

「結構です!!」

全力で拒否すると、兄は朗らかな笑い声を上げた。

「やあ、ルチアーナ、合格だ」

「えっ?」

今度は何を言い出したのかしら、と無言で睨んでいると、兄は楽しそうに言葉を続けた。

「本日のデートは、そもそもお前が自分の意思をきちんと通せることを、私に証明するためのものだったからな。うむ、お前はきっぱりと私を拒絶したことを認めよう」

「え、あ、そういえば」

元々、そのような話でしたね。

気が抜けたように兄を見つめる私の前で、兄はにっこりと微笑んだ。

「では、これにてデートは終了だ。加えて、ラカーシュ殿やジョシュア師団長との交流を認めよう。だが、あくまで侯爵令嬢としての慎みの範囲内でだぞ」

全く無用の心配にもかかわらず、兄は最後の一言を重々しい様子で付け加えたのだった。