軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139 彫像、人になる 1

明けて月の曜日、私はすっきりした気持ちで教室に足を踏み入れた。

悪役令嬢としての悩みが全て解消されたわけではないけれど、兄が味方に付いてくれたことで心強く感じ、ラカーシュを避けなくてもよいと考えて心が軽くなったからだ。

けれど、教室に入った途端、女子生徒から一斉に探るような視線を向けられる。

……えっ、一体何事かしら?

気にはなったものの、私に対して直接何かを言ってくる者は見られなかったので、自分の席に座る。

すると、女子生徒のうちの一人が、これ見よがしに大きな声を上げた。

「そんなはずないわよ! ルチアーナ様がどれだけこっぴどく皆様の前で振られたか、ご存じでしょう? 『侯爵家ごときが入手できるチケットを、我が公爵家が手にできないはずないだろう』だなんて、ごもっともなセリフですわ。侯爵家ごときで調子に乗るなんて、恥ずかしいことですもの」

……ああ、なるほど。

どうやらラカーシュと観劇に行った姿を、誰かに見られたようだ。

まあ、それもそうよねと納得する。

ラカーシュが用意していたのは、王族専用のロイヤルボックスだ。

あの席は元々、王族の出席をPRするため、人目につきやすい作りになっているのだ。

ただ、ロイヤルボックスに座れる者は限られているから、「黒髪の準王族=ラカーシュ」と特定されたにしても、一緒にいた相手が誰かは分かっていないのではないだろうか。

せいぜい「紫髪の女性を同伴していた」くらいの目撃情報を元に、「ルチアーナ・ダイアンサスかもしれない」という推測で話をしているように思われる。

だからこそ、誰も私に直接はっきり言ってこないのだろう。

あるいは、悪名高い悪役令嬢である私に、直接確認できないだけかもしれないけれど。

そう考え、勢い込んで話している伯爵家のご令嬢を見やる。

うーん、虎の威を借りる狐ではないけれど、ラカーシュのかつてのセリフを引用して、その言葉の力に頼っているのがいただけないわね。

ルチアーナは酷い悪役令嬢だけれど、頼っているのはいつだって自分の名前だったわよ。

まあ、いいわ。このレベルの噂だったら、黙ってやり過ごすのが賢いわよね、とさり気なく周りを見回していると、今、最も会いたくない人物が視界に映り込んだ。

あまりに想定外だったため、思わず声が零れる。

「えっ!」

瞬きを繰り返してみたけれど、見間違いではないようだ。

教室の入り口に立っていたのは、「歩く彫像」と呼ばれる美貌の公爵家嫡子ラカーシュ・フリティラリアだった。

皆もラカーシュの存在に気付いたようで、噂の人物のご登場とばかりに、その場はしんと静まり返る。

油断していたところの本人登場に、ぽかんと口を開けてしまったけれど、はっと気を取り直して目で訴える。

『ラカーシュ様、劇を一緒に見に行った話はしないでくださいね!』

けれど、一方では、頬が赤らんでくるのを感じた。

なぜならラカーシュに告白されて以来、初めて顔を合わせるのだ。

一体、どんな顔をして彼に向き合えばいいのだろう。

前世も含めて、これまで一度も告白されたことがなかったため、正しい行動がさっぱり分からない。

緊張のあまり無言のまま見つめていると、ラカーシュは私に視線を定めたまま、一直線に近付いてきた。

「えええええ? エルネスト様がご不在になって以来、ラカーシュ様が初めてAクラスに姿をお見せくださったと思ったら、ル、ルチアーナ様に近付かれたわよ!!」

「えっ、も、もしかしてラカーシュ様がルチアーナ様と観劇に行った噂は、本当なのかしら?」

「いやあああ、ラカーシュ様にはエルネスト様とずっと一緒にいてほしいわぁ! ああ、でも、お久しぶりにお顔を見たけれど、やっぱりイケメンねぇ!」

緊張のあまり、女子生徒たちの言っていることはほとんど頭に入らなかったけれど、最後の一言だけが強く残り、心から同意する。

ええ、その通りだわ。ラカーシュは遠くから見ても近くから見ても、間違えようのないイケメンよね。

その完璧なるイケメンは、私の前で立ち止まると、気恥ずかしそうな表情を浮かべた。

それだけで、周りにいる女子生徒たちから「きゃああ」と感激したような声が上がる。

けれど、他人の視線を全く気にしないラカーシュは、私の机に片手を置くと、真っすぐ見下ろしてきた。

「……おはよう、ルチアーナ嬢。先日はみっともない姿を見せて悪かったね」

仄めかされたことは、レストランで告白された際に、ラカーシュが一筋の涙を零したことだろうと理解し、びしりと体が固まる。

……まずい、まずいわ。

まさかとは思うけれど、ラカーシュは教室という人目が多くある場所で、先日の告白の話をしようとしているのではないだろうか。

彼は自分の行動に恥じ入るところは全くなく、誰に知られようが困らないのだろうけれど、私は大いに困るのだ。

なぜなら彼は学園で王太子の次に人気があるのだから、好意を持たれていることを明らかにされたら、百害あって一利なしだ。

そもそも一緒に観劇に行ったことをバレないようにしなければいけないと考えていたのに、それ以上の事実を暴露されたら、とても対応できる気がしない。

ここは何とか話を変えて、うやむやにしなければ!

誤魔化すための言葉を発しようと大きく口を開けたところ、それよりも早くラカーシュが言葉を続ける。

「あれは泣き落としだよね。あんな風に君に迫るなんて、卑怯だった」

「…………」

うっすらと頬を染め、照れたような表情を見せるラカーシュを目にし、そして、あまりにも核心的なことを口にするラカーシュを前に、衝撃で思考がフリーズする。

思わず言葉を失った私の周りで、女子生徒たちも言葉を失ったようで、ごくり、ごくりと唾を飲む音だけが教室に響いた。