軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

願書とインク、それと始まりの署名

新居での初めての朝。

まだ家具の少ないリビングで、屋台で買ってきたパンと淹れたてのコーヒーで朝食を済ませた俺たちは、早速「学校選び」の作戦会議を開いた。

「さて、学校と言っても色々ある。どこが良いのか調べないとな」

俺が切り出すと、クリスが手元のメモを広げた。

「昨日のうちに、ある程度の情報は集めておきました。領都には大きく分けて三つの学校があります」

さすが仕事が早い。

「一つは貴族の子弟が通う『王立学院』。ここは入学資格が厳しく、費用も高額です。次に、職人ギルドが運営する『技術訓練校』。ここは手に職をつけるための場所ですね」

「どっちも違うな。ロウェナが学びたいのは、もっと基礎的な『読み書き計算』や『世界の知識』だろ?」

「ええ。となると、候補は三つ目。『領都第二学校』です」

クリスが地図上の場所を指差した。

「ここは商家や市民の子供が多く通う学校で、内容も一般的です。基礎から応用まで幅広く教えているようですよ」

「ふむ……。市民向けなら変に気取る必要もなさそうだな。よし、まずはそこに行ってみるか」

「わたし、そこでいいとおもう!」

ロウェナも元気よく手を挙げた。

方針は決まった。俺たちはその『領都第二学校』へと向かった。

領都第二学校は、住宅街の一角にある石造りのしっかりとした建物だった。

校庭からは子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

受付で来意を告げると、初老の穏やかな校長先生が応接室に通してくれた。

「なるほど、編入をご希望ですか。……今は季節の途中ですが、受け入れ自体は可能ですよ」

校長はロウェナを見て、優しく微笑んだ。

「お名前は?」

「ロウェナです」

「歳はいくつかな?」

「えっと……」

ロウェナが言葉に詰まり、チラリと俺を見る。

正確な誕生日は分からない。俺は助け舟を出した。

「12歳位です。……誕生日は不明ですが、見た目からしてそのくらいでしょう」

校長は少し考え込むように顎をさすった。

「ふむ、12歳ですか。通常であれば、初等部の高学年か、中等部に上がる年齢ですね」

校長は机の上の資料に目を落とした。

「ですが、これまでの学習歴がないとなると……いきなり同年代のクラスに入るのは、少し難しいかもしれません」

授業の内容についていけない可能性がある、ということだ。

読み書きは多少できるようになったが、歴史や計算、その他の常識については、ロウェナはまだ真っ白な状態に近い。

「周りは自分より年下の子ばかりになるかもしれません。……それでも、大丈夫ですか?」

校長の問いかけに、ロウェナは少しも迷わなかった。

彼女は姿勢を正し、真っ直ぐに校長を見つめ返した。

「はい。わたし、いちからしっかりべんきょうしたいです」

その声には、強い意志が宿っていた。

「としがちがっても、かまいません。わからないまま進むより、ちゃんとわかるようになりたいから」

見栄や恥じらいよりも、「知りたい」という欲求と、「強くなりたい」という決意が勝っている。

その姿を見て、校長は感心したように頷いた。

「……素晴らしい心がけです。学ぶ意欲こそが、何よりの才能ですよ」

校長は手元の羊皮紙を俺の方へ差し出した。

「分かりました。ロウェナさんの入学を許可しましょう。……では、こちらに入学願書の記入をお願いします」

差し出されたのは、入学の手続き書類だった。

氏名、住所、そして――『保護者署名』の欄。

俺はペンを手に取り、一瞬だけ動きを止めた。

「……俺が、こいつの親代わりか」

今までも面倒は見てきた。

だが、こうして公的な書類に名前を書くというのは、また別の重みがある。

ここに名前を書けば、ロウェナが学校で何かした時の責任は、全て俺が負うことになるのだ。

ただの同居人から、社会的な責任を負う「保護者」へ。

隣でロウェナが心配そうに俺を見上げている。

俺はフッと息を吐き、ペン先にインクをつけた。

サラサラと、紙の上をペンが走る。

『エドウィン』。

俺は長く使っていなかった本名を力強く署名し、書類を校長に返した。

「よし。……これで文句ないな」

「はい、確かに。明日から通学していただいて構いませんよ」

学校を出たその足で、俺たちは商店街の文具店へと向かった。

入学に必要な学用品を買い揃えるためだ。

「教科書にノート、筆記用具……あとは通学用の鞄ですね」

クリスがリストを見ながら商品をカゴに入れていく。

ロウェナは店内に並ぶ色とりどりの文房具に目を輝かせていた。

「えど! このノート、表紙がかわいい!」

「おう、好きなのを選べ。勉強するのはお前だからな」

革製の丈夫な鞄、真新しい羽ペン、インク壺。

そして数冊のノートと教科書。

それらを抱えたロウェナの顔は、冒険者ではなく、どこにでもいる「学生」の顔だった。

「わたし、がっこういくんだね……」

自分の名前を書き込んだノートを抱きしめ、ロウェナが呟く。

「ああ。しっかり励めよ。……俺たちは、お前の学びを全力で応援するからな」

「うん! がんばる!」

家に帰り、買ってきた道具をロウェナの部屋の机に並べる。

殺風景だった机の上が、一気に賑やかになった。

「明日は早起きだぞ。遅刻するなよ」

「だいじょうぶ! もうねる!」

ロウェナは興奮冷めやらぬ様子ながらも、明日への期待を胸にベッドへ潜り込んだ。

リビングに戻った俺は、窓辺でグラスを傾けた。

静かな夜だ。

明日の朝には、鞄を背負ったロウェナを送り出すことになる。

そんな平和すぎる日常が待っているなんて、旅を始めた頃は想像もしなかった。

「……ま、悪くないか」

俺はグラスの中身を飲み干し、明日に備えて寝室へと向かった。