軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長期滞在の宿と、放課後の鐘の音

翌日、俺たちは朝食を済ませるとすぐに街へと繰り出した。

目的は、これからこの街でしばらく暮らすための「拠点」探しだ。

「借家、ですか?」

並んで歩くクリスが尋ねてくる。

「いや、家を借りるとなると手続きも面倒だし、家具を揃えるのも手間だ。それに、俺たち三人じゃ一軒家は広すぎて持て余すだろう」

俺は首を振った。

掃除の手間も馬鹿にならない。

あくまで「長期滞在」であって、永住を決めたわけではないのだ。

「部屋貸しをしてる大きめの宿か、長期滞在者向けのアパートメントを探そうと思う。食事付きなら尚良しだ」

「なるほど。合理的ですね。掃除や洗濯のサービスがついている宿なら、僕たちもゆっくり休めます」

「わたし、ひろいおへやがいい!」

ロウェナが俺の手をぶんぶんと振りながら言った。

俺たちは不動産を斡旋しているギルドへ顔を出し、いくつかの候補をピックアップしてもらった。

紹介された物件を見て回るため、俺たちは大通りを抜け、閑静な住宅街へと足を踏み入れた。

昼下がりの陽気の中、石畳の道を歩く。

カーン、カーン……。

どこからか、鐘の音が聞こえてきた。

「ん? なんの音?」

ロウェナが足を止めて耳を澄ませる。

「ありゃ学校の鐘だな。ちょうど授業が終わった時間か」

俺が答えると同時に、前方の角から子供たちの集団が現れた。

同じような鞄を背負い、楽しそうに笑い声を上げている少年少女たち。

授業の内容について話しているのか、それとも放課後の遊びの相談か。

彼らの顔は一様に明るい。

「……」

ロウェナは無言でその光景を目で追った。

通り過ぎていく子供たちの背中を、じっと見つめている。

「ロウェナちゃん?」

クリスが屈み込んで顔を覗き込むと、ロウェナはハッとして視線を逸らした。

「……ううん、なんでもない! いこう、つぎのおやど!」

彼女は俺の手を強引に引いて歩き出した。

だが、その手には少しだけ力がこもっているように感じられた。

「ここなんてどうだ? 『深緑の亭』」

三件目に訪れたのは、中庭のある落ち着いた雰囲気の宿だった。

部屋は二間続きで広く、簡易的なキッチンもついている。

長期滞在者向けのプランもあり、食事も美味いと評判だ。

「いいですね。日当たりも良好ですし、大通りからも離れていて静かだ」

クリスも気に入ったようで、部屋の中を見回して頷いた。

「よし、ここに決めるか。……女将さん、契約期間なんだが」

俺は案内してくれた宿の女将に向き直った。

「とりあえず一ヶ月……いや、三ヶ月くらいで頼めるか?」

「はいはい、長期割引が利きますよ。お支払いは先払いで――」

話を進めようとした、その時だった。

「……えど」

俺の服の裾が、クイクイと引っ張られた。

見下ろすと、ロウェナが真剣な表情で俺を見上げていた。

その瞳は、何かを訴えているようだった。

「どうした?」

「……あのね」

ロウェナは一度口をつぐみ、チラリとクリスを見て、それからもう一度俺を見た。

そして、意を決したように口を開いた。

「わたし、がっこうにいきたい」

その言葉に、俺の手が止まった。

宿の女将も「おやまあ」と目を丸くしている。

「学校?」

「うん。……ソフィアのとしょかんで、おもったの」

ロウェナは、昨日のリボンの時のように、自分の言葉で話し始めた。

「じがよめても、ほんのなかみがわからなかった。……しらないことがいっぱいあって、くやしかった」

彼女はリュックをぎゅっと握りしめた。

その中には、まだ読みこなせない『世界伝承紀行』が入っている。

「わたしは、えどやクリスみたいにつよくない。まものとたたかえないし、まもられてばっかり」

「ロウェナ、それは……」

「でもね」

ロウェナは俺の言葉を遮り、真っ直ぐに俺を見上げた。

「もし、わたしがいっぱいべんきょうして、いろんなことをしってたら……いつかまた旅に出たときに、ふたりの役にたてるかもしれない」

彼女の言葉に、俺は息を呑んだ。

ただの好奇心だと思っていた。

だが、彼女はもっと先を見ていたのだ。

自分のできること、自分の役割。

それを彼女なりに必死に考えていた。

「ちずがよめたり、くすりのことがわかったり、ことばがわかったり……。たたかうだけじゃなくて、そういうことなら、わたしにもできるかもしれないから」

ロウェナは必死だった。

俺たちの重荷になりたくない。

対等な仲間でありたい。

その想いが、小さな胸に詰まっていたのだ。

「……」

俺は腕を組み、天井を見上げた。

学校に通うとなれば、数ヶ月の話ではない。

数年単位でこの街に留まることになる。

旅人としての生活は、完全に終わるかもしれない。

だが――不思議と迷いはなかった。

王都を出てからこの領都に着くまで、俺は度々ぼんやりと考えていた。

この子の将来はどうなるのか。

いつまで俺の後ろをついて回るのか。

普通の幸せとは、何なのか。

その答えが、今、カチリと音を立てて嵌まった気がした。

彼女に必要なのは、ただ守られるだけの安全な檻じゃない。

自分の足で立ち、自分の頭で考え、世界と向き合うための「力」だ。

「……そうか」

俺は長く息を吐き、そして女将さんに向き直った。

「すまない、女将さん。今の話、なしにしてくれ」

「え? あ、ああ……構わないけど、どうしたんだい?」

俺はロウェナの前にしゃがみ込み、その頭をポンと撫でた。

「ロウェナ。学校に通うとなると、宿屋暮らしじゃダメだ」

「……え?」

ロウェナが不安そうに俺を見る。

「勉強机がいるだろ? それに、静かに本を読める部屋も必要だ。夜遅くまで明かりをつけてたら、宿屋じゃ他の客に迷惑がかかる」

俺はニッと笑って、彼女の不安を吹き飛ばした。

「一軒家を借りるぞ。……これから学生を育てるんだ。腰を据えてかかる必要があるからな」

俺の言葉に、ロウェナがパァッと顔を輝かせた。

「ほんと!? いいの!?」

「ああ。お前が望むなら、とことん付き合ってやるよ。数年、いや、卒業するまでな」

隣を見れば、クリスもまた、我が事のように嬉しそうに微笑んでいる。

「師匠。そうと決まれば、不動産屋に戻りましょう。条件が変わりました」

「ああ、そうだな。『勉強に集中できる環境』が最優先だ」

俺たちは宿を出た。

夕暮れの空に、学校の鐘の音が再び響いた気がした。

それは、俺たちの新しい生活の始まりを告げる、何よりも確かな合図だった。