軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遅い朝と、市場の喧騒、それと赤いリボン

小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな光。

それが、俺の意識を浮上させた最初の感覚だった。

目を開けると、見慣れない天井がある。

一瞬、思考が止まる。

だが、すぐに背中の布団の感触と、部屋に漂う乾いた空気の匂いが、ここが領都の宿屋であることを思い出させた。

「……そうか」

身体を起こす。

隣のベッドでは、ロウェナが布団を蹴飛ばして大の字で眠っていた。

魔物の気配を警戒する必要も、焚き火の番をする必要もない。

ただただ静かで、平和な朝だ。

俺は大きく伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐした。

旅の中では当たり前だった、常に張り詰めていた糸が、ようやく緩んだ気がした。

身支度を整えて一階の食堂へ降りると、クリスが優雅に紅茶を飲んでいた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「ああ。こんなに深く寝たのはいつぶりか分からんくらいだ。……昼になっちまったがな」

窓の外は既に太陽が高い。

俺とロウェナが席に着くと、クリスがメニューを差し出した。

遅めの朝食を摂りながら、俺は切り出した。

「さて、今後のことなんだが」

二人が俺を見る。

「しばらく、この街に腰を据えようと思う」

「腰を据える、といいますと?」

「旅は一旦休みだ。俺たちには休息が必要だし、何より……懐も温かいからな」

俺はニヤリと笑った。

王都の武道大会で優勝した時の賞金が、手つかずで残っている。

当分働かなくても、三人で暮らしていけるだけの蓄えは十分すぎるほどにあった。

「そこで相談なんだが、宿暮らしを続けるか、いっそ借家でも探すか。どう思う?」

「借家、ですか」

クリスは少し考え、そして頷いた。

「良い案だと思います。宿は便利ですが、プライバシーに欠けますし、何より『仮住まい』の域を出ません。腰を据えて生活を楽しむなら、家を借りる方が良いでしょう」

「わたしも! えどといっしょのおうちがいい!」

ロウェナもパンを頬張りながら、元気に手を挙げた。

宿だとどうしても部屋が手狭だ。

ロウェナも成長しているし、自分の部屋や、本を読めるスペースがあった方がいいだろう。

「よし、決まりだ。今日は買い出しがてら、良さそうな物件がないか見て回るぞ」

「まずは服だな。この薄汚れた旅装束じゃ、街を歩くだけで浮いちまう」

俺たちは街の大通りへと繰り出した。

活気ある市場には、色とりどりの果物や野菜、日用品が所狭しと並べられている。

服屋に入り、それぞれの街着を見繕うことにした。

丈夫さ優先の革鎧や厚手の布服ではなく、肌触りの良いシャツや、動きやすいズボン。

ロウェナには、少し可愛らしいワンピースも買った。

両手いっぱいの荷物を抱えて店を出ると、市場の通りですれ違った親子連れに、ロウェナの視線が吸い寄せられた。

その女の子の髪には、綺麗な赤いリボンが結ばれていた。

「……」

ロウェナは目でその子を追い、ふと近くの露店に目を移した。

そこには、色とりどりのリボンや髪飾りが並べられている。

だが、彼女はすぐに視線を足元に落とし、俺の手を引こうとした。

「いこう、えど」

旅の間、俺は彼女に教えてきた。

「荷物になる無駄なものは持つな」「生きるのに必要なものを選べ」と。

リボンは腹の足しにもならないし、身を守る役にも立たない。

彼女なりに、それを理解して我慢したのだろう。

「おい、待て」

俺は足を止め、ロウェナを呼び止めた。

そして露店の前に連れて行き、並んだリボンを指差した。

「欲しいのか?」

「……ううん、大丈夫。これ、やくにたたないし……」

ロウェナは首を横に振ろうとした。

俺はしゃがみ込み、彼女の目線に合わせて言った。

「ロウェナ。俺たちはもう、食うものに困る旅をしてるわけじゃない。旅は今は終わりだ」

「……?」

「ここでは、『役に立つかどうか』なんて考えなくていい。お前が『欲しい』と思うかどうかが大事なんだ」

俺は彼女の瞳を見つめた。

「だから、自分の口で言え。……どうしたい?」

ロウェナは少し迷うように視線を泳がせ、それから露店の赤いリボンを見た。

そして、おずおずと口を開いた。

「……ほしい。あのあかいの、かわいいから……つけてみたい」

「よし。それでいい」

俺は満足して頷き、店主に銅貨を払った。

その場で彼女の髪にリボンを結んでやる。

「へへ……にあう?」

「ああ。旅人の顔から、すっかり街の女の子の顔になったな」

ロウェナは嬉しそうにリボンに触れ、満面の笑みを浮かべた。

その後、俺たちはソフトクリームを食べながら、住宅街を散策した。

「あの家はどうですか? 庭も広いですし、日当たりも良さそうだ」

クリスがレンガ造りの小綺麗な家を指差す。

「悪くないが、少し通りから遠いな。買い物に不便かもしれん」

「あっちのは? やねのうえに、ねこがいるよ!」

「猫がいるからって理由で決めるのはなしだ、ロウェナ」

あーだこーだと言い合いながら、街を練り歩く。

すぐに決める必要はない。時間はたっぷりあるのだから。

夕暮れの風が、ロウェナの赤いリボンを揺らす。

特別な事件は何一つ起きない。

けれど、ただ家を探し、美味いものを食い、笑い合う。

そんな「当たり前の日常」が、今の俺たちには何よりも愛おしかった。