軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰郷、石畳の響きと馴染みの店

ヴァイデを発ち、整備された街道を歩くこと数日。

なだらかな丘を越えた先に、その巨大な都市は姿を現した。

盆地の中央に鎮座し、堅牢な城壁に守られた街。

無数の煙突から細い煙が立ち上り、活気ある喧騒が風に乗って微かに聞こえてくる。

「着いたな。あそこが領都だ」

俺が指差すと、ロウェナはリュックの紐を握りしめ、ポカンと口を開けて見上げた。

「おっきい……! ここが、えどのまち?」

「ああ。俺の故郷であり、この長かった旅のゴール地点だ」

隣を歩くクリスも、眼鏡の奥の目を丸くしていた。

「ほう……これが領都ですか。話には聞いていましたが、想像以上に立派な城壁ですね。防衛設備も整っているようですし、街の規模も大きい」

初めて見る街の様子に、彼は興味津々といった様子で周囲を観察している。

「まあな。住み心地は悪くないぞ」

俺たちは顔を見合わせ、最後の坂道を下り始めた。

領都の正門前には、入城を待つ馬車や商人の列ができていた。

俺たちもその最後尾に並ぶ。

やがて順番が回ってくると、検問に立っていた初老の衛兵が、俺の顔をジロリと見て、次いでその頭髪に目を止めた。

「ん……? そのボサボサの黒髪、それに目つきの悪さ……」

衛兵はハッとして、目を見開いた。

「おい! エドか!? お前、生きてたのか!」

「よう、ハンク。死んだことにするなよ。ちょっと長い散歩に行ってただけだ」

俺が手を上げると、元同僚である門番ハンクは破顔して俺の肩を叩いた。

「ガハハ! いやあ、てっきり野垂れ死んだかと思ってたぞ! ……ん? そっちの連れは?」

彼は後ろにいるクリスとロウェナを見た。

「まさか、所帯を持ったのか? お前がか?」

「よせ。旅の道連れだ。……まあ、腐れ縁ってやつだな」

俺は曖昧に笑って誤魔化した。

ハンクはニヤニヤしながらも、「まあいい、通れ通れ!」と快く通してくれた。

門をくぐると、そこには洗練された石畳の街並みが広がっていた。

ヴァイデのような荒っぽさはなく、ソフィアほど静かすぎない。

生活感と活気が程よく混ざった、俺にとって一番馴染む空気だ。

「宿に行く前に、一箇所寄ってもいいか? どうしても顔を出しておきたい場所があってな」

俺の提案に二人は頷いた。

向かったのは、下町の一角にある、こじんまりとしたカフェだ。

看板も古びているが、地元民に愛されている「いつもの店」だ。

カランコロン、とドアベルを鳴らして入る。

「いらっしゃい! ……あら?」

カウンターの中にいた恰幅の良い女将さんが、皿を拭く手を止めた。

「エドじゃないかい! 随分と久しぶりだねぇ! 本当に生きてたのかい!」

「どこもかしこも、俺を殺したがる奴ばかりだな。……オヤジさんは?」

「裏で仕込み中だよ。座りな! いつものかい?」

「ああ。それと、連れに甘いジュースとパンケーキを頼む」

俺たちは奥のテーブル席に座った。

運ばれてきたコーヒーの香りに、身体の力が抜けていく。

「ここが、師匠の行きつけのお店ですか。……落ち着く雰囲気ですね」

クリスも帽子を取って、店内を見回した。

「あらあら、お連れさんがいたのかい。……で、そこの可愛いお嬢ちゃんは?」

女将さんがロウェナに視線を向けた。

「……ロウェナです」

ロウェナが少し緊張しながら名乗ると、女将さんは目を細めて、ポケットから飴玉を取り出した。

「いい名前だねぇ。ほら、お近づきの印だよ」

「わぁ……! ありがとう!」

ロウェナは飴を受け取り、すぐに笑顔になった。「いいひと!」と俺に耳打ちする。

俺は苦笑しながら、コーヒーを啜った。

この店の味、この空気。

ああ、本当に帰ってきたんだな。

店を出た俺たちは、冒険者ギルドの近くにある中級宿屋『銀のあひる亭』に部屋を取った。

クリスとは別の部屋を取り、俺とロウェナはツインの部屋に入った。

荷物を床にドサリと置く。

「……ふぅ。やっと着いたな」

窓を開けると、夕暮れに染まる領都の街並みが見渡せた。

野営の焚き火も、安宿の隙間風もない。

ここには、安定した都市の夜がある。

「ここが、えどのおうち?」

「いや、ここは宿屋だ。俺の家は……まあ、ないようなもんだな」

俺は頭をかいた。

一息ついたところで、俺はロウェナに向き直った。

「さて、夕飯まで少し時間がある。……挨拶に行きたいところがあるんだが、来るか?」

「あいさつ?」

「ああ。俺がガキの頃に世話になった場所だ。……ただの顔見せだけどな」

向かったのは、街外れにある古い教会だった。

併設された孤児院の庭には洗濯物が干され、子供たちの笑い声が聞こえる。

「あら……エド?」

庭で竹箒を持って掃除をしていた初老のシスターが、俺に気づいて目を丸くした。

「エド! 帰ってきたのね!」

シスターは箒を取り落とし、小走りで駆け寄ってきた。

「ただいま、シスター。……随分と元気そうじゃないか」

俺が苦笑すると、シスターは俺の腕を掴み、安堵の溜息をついた。

そして、後ろに隠れているロウェナに気づいた。

「あら……その子は?」

「ロウェナだ。……旅の途中で拾ってな。俺が面倒を見てる」

俺がそう紹介すると、シスターは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。

「そう……エドが、親になったのね」

「親なんて大層なもんじゃないさ。ただの保護者だ」

シスターはロウェナの前に屈み込み、優しく微笑みかけた。

「よく来たわね、ロウェナちゃん。ここはエドが昔、悪戯ばかりしていた場所よ」

「いたずら?」

「ええ、もう大変だったのよ」

シスターの暴露話に、ロウェナはケラケラと笑った。

俺はバツが悪そうに視線を逸らした。

「……まあ、元気な顔が見られて良かったよ。今日は顔を見せに来ただけだ」

「そうかい。……いつでも遊びにいらっしゃい。ここはあんたの故郷なんだから」

シスターに見送られ、俺たちは孤児院を後にした。

ロウェナの手を引いて歩きながら、俺は彼女に言った。

「ここは俺の育った場所だが、お前の家じゃない。……お前の帰る場所は、今のところ俺がいる宿だ」

「うん! えどといっしょがいい!」

ロウェナは俺の手をギュッと握り返した。

宿に戻り、夕食を済ませて部屋に戻る。

ふかふかのベッドにダイブすると、身体の芯から力が抜けていくようだった。

「あしたは、なにをするの?」

隣のベッドで布団に潜り込んだロウェナが聞いた。

「何もしない」

俺は枕に顔を埋めたまま答えた。

「早起きもしない。魔物の警戒もしない。移動もしない。……しばらくは、死ぬほどゆっくり休むぞ」

「やったー! おやすみ、えど!」

「ああ、おやすみ」

窓の外から、街の鐘の音が聞こえる。

長い長い旅路は、ひとまずここで休息の時を迎えた。

明日からは、この街での新しい日常が始まる。

俺は深い眠りに落ちていった。