作品タイトル不明
喧騒と湯気、肉の都の再訪
牧場を後にした俺たちは、再び街道を歩き、かつて訪れた街の門をくぐった。
その瞬間、暴力的なほどの熱気と匂いが全身を包み込んだ。
滴り落ちる脂、そして食欲を刺激するスパイスの香り。
「ん〜! いいにおい!」
ロウェナが鼻をクンクンとさせ、輝く瞳で通りを見渡した。
通りの至る所で肉が焼かれ、呼び込みの大声が飛び交う「肉の都」ヴァイデ。
「前とは大違いだな」
俺は立ち並ぶ屋台を見回して呟いた。
以前訪れた時は、例の騒動のせいで流通が止まり、どの店も肉不足で殺気立っていた。
値段も高騰し、店主たちの顔も険しかったものだ。
だが今はどうだ。
どの店の軒先にも、新鮮な肉塊が山のように吊るされている。
品揃えは豊富で、店主たちの表情も明るい。
牧場での一件が、こうして街の活気を取り戻させたのだと思うと、感慨深いものがある。
「へへ、おなかすいたー! えど、どこにする?」
ロウェナが獲物を探す狩人のような目で俺を見た。
「そうだな。せっかくだし、前とは違う店を開拓してみるか」
「さんせーい!」
俺たちは活気に満ちた大通りを歩き始めた。
◇
数分ほど歩くと、一際香ばしい煙を上げている店が目に入った。
店の前には大きな鉄板があり、店主が豪快に巨大な串焼きを焼いている。
「あそこがいい!」
ロウェナが指差した。直感で選んだらしい。
「よし、決まりだ」
俺たちはその店に入り、空いていたテーブル席に腰を下ろした。
壁には、今日のおすすめメニューが書かれた黒板が掛かっている。
「えーと、きょうのおすすめは……」
ロウェナが椅子に座り直し、慣れた様子で黒板の文字を目で追う。
「あった! 『とくせい……厚切りステーキ串』! それと、『パンとスープ……おかわり自由』!」
彼女はメニューを指差し、ハッキリとした声で読み上げた。
ただ文字を追うだけではない。
自分にとって重要な情報を、瞬時に抜き出している。
「よく読めたな。じゃあ、俺もそれに乗るか」
「僕もです。……もちろん、大盛りで」
注文を聞きに来た店員に、三人分の厚切りステーキ串を頼む。
以前なら量に怯んでいたかもしれないクリスも、今では平然とした顔で「大盛り」を口にしている。
旅という日常が、俺たちを少しずつ、だが確実に変化させていた。
◇
やがて運ばれてきたのは、剣のように長い串に刺さった、巨大な肉塊だった。
滴る肉汁が皿に溜まり、湯気が立ち上っている。
「いただきます!」
ロウェナがナイフとフォークを構える。
カチャカチャと食器を鳴らす手つきはスムーズだ。
串から肉を外し、一口大に切って、熱々の塊をフーフーと冷まして口へと運ぶ。
「んん~! おいしい!」
満面の笑みで頬張る姿は、見ていて清々しい。
以前来た時は、街のピリピリした空気に少し遠慮がちだったが、今は心から食事を楽しんでいる。
隣を見れば、クリスもまた、所作こそ丁寧だが、豪快に肉を口に運んでいる。
見た目の細さとは裏腹な、旅人としてのたくましさが同居する、今の彼らしい食べっぷりだ。
俺も負けじと肉にかぶりついた。
溢れる肉汁、噛みごたえのある赤身。
質の良い肉だ。流通が安定している証拠だろう。
「……うまいな」
俺はロウェナの口の端についたソースをナプキンで拭ってやった。
彼女はされるがままになりながらも、視線は次の肉、そしておかわり自由のパンへと向いている。
その旺盛な生命力を見ているだけで、何だか俺まで腹が満たされるような気分だった。
◇
満腹になり、食後の果実水を飲みながら一息つく。
店の喧騒が、今は心地よいBGMのように聞こえる。
「……さて」
俺は空になった皿を見つめ、口を開いた。
「ここを出れば、あとは街道一本で領都だ。実質、この長い移動も一区切りだな」
その言葉に、ロウェナがコップを置いた。
「……もう、おわり?」
「とりあえず、目的地に到着ってことだ」
俺の言葉に、ロウェナは少し考え込むような顔をした。
毎日違う場所で寝て、違う景色を見て、三人で歩き続けた日々。
それが一旦落ち着くことに、名残惜しさを感じているのかもしれない。
「旅が終わるわけではありませんよ、ロウェナちゃん」
クリスが優しく声をかけた。
「ここからが新しい生活のスタートです。領都に着いて、準備を整えて……また色々なことが始まります」
「……うん!」
ロウェナは頷き、リュックに入っている本をそっと撫でた。
その手つきは、これからの未来への期待を確かめているようにも見えた。
「よし、行くか」
俺は席を立った。
代金を支払い、店を出る。
背後には喧騒のヴァイデ。
目の前には、午後の日差しに照らされた、領都へと続く整備された王道。
三人の影が長く伸びる。
その足取りは力強く、迷いなく、一旦のゴールである俺の故郷へと向かっていた。