作品タイトル不明
巨人の握手と、小さな再会
夕日に照らされた牧場で、その巨大な影はゆっくりと振り返った。
丸太のように太い腕、岩のように頑強な肉体。
一見すれば凶悪な魔物そのものだ。
だが、その顔に浮かんでいたのは、獰猛な笑みではない。
懐かしい友を迎えるような、穏やかな笑みだった。
「よう。精が出るな」
俺が声をかけると、彼は担いでいた牧草ロールをドスンと地面に置き、その大きな手を差し出してきた。
「久しぶりだな、エド。……元気にしていたか?」
その声は低く響くが、言葉には知性が宿っていた。
たどたどしさなど微塵もない、流暢な共通語だ。
かつてこの地で、人間との共存を選んだオーガの長、モルグルだ。
「ああ。そっちこそ、随分とここの生活に馴染んでるみたいじゃないか」
俺は苦笑しながら、彼の人間の頭ほどもある巨大な手を握り返した。
ゴツゴツとした硬い皮膚の感触。だが、握る力加減は驚くほど繊細だ。
「……あ!」
俺の後ろにいたロウェナが、パッと顔を輝かせた。
一瞬、その大きさに驚きはしたものの、その顔を見た瞬間に記憶の糸が繋がったようだ。
「あのときの、おおきいひとだ!」
ロウェナは俺の背中から飛び出し、トテトテと巨人の足元へ駆け寄った。
以前旅の途中で立ち寄った際、最後は一緒にご飯を食べて仲良くなった記憶が、鮮明に蘇ったのだろう。
「おや……。小さなお嬢さんも、息災だったか」
モルグルはゆっくりと膝をつき、ロウェナと目線を合わせた。
それでもまだ彼の方が圧倒的に大きいが、ロウェナに怖がる様子は微塵もない。
「うん! わたし、ちょっとおおきくなったよ!」
「ああ、そうだな。……また会えて嬉しいよ」
モルグルがニカッと笑い、太い指先でロウェナの頭を器用に撫でた。
ロウェナは嬉しそうに目を細め、その巨大な掌に頬を擦り寄せた。
◇
「おーい! 誰かと思えば、エドさんじゃねぇか!」
騒ぎを聞きつけたのか、母屋の方から牧場主の男性が走ってきた。
その後ろからは、奥さんや子供たち、そして――
人間の子供たちに混ざって、オーガの子供たちが数匹、転がるように駆け寄ってきた。
「あ! みんな!」
ロウェナが声を上げるより早く、小オーガたちが彼女を取り囲んだ。
彼らはロウェナの匂いを嗅いだり、服を引っ張ったりして、再会を全身で喜んでいる。
「あはは! ひさしぶり! あそぼ!」
かつて一緒に遊んだ仲だ。
種族の違いなど関係なく、子供同士の時間はすぐに巻き戻る。
ロウェナはあっという間に子供たちの輪の中に溶け込み、牧草地を走り回り始めた。
「いやぁ、驚いたよ。まさかまた会えるとはな。クリスさんも、元気そうで何よりだ」
牧場主が俺たちの手を順に握り、ブンブンと振った。
「近くを通ったもんでな。……上手くやってるみたいで安心したよ」
「ああ、見ての通りさ」
牧場主は、黙々と作業に戻る他のオーガたちに視線をやった。
「最初は近隣の目も怖かったがね。こいつらの働きぶりを見たら、文句を言う奴はいなくなったよ。力仕事は人間の十倍、夜警も完璧だ。今じゃ、うちは地域一番の安全な牧場だよ」
人間とオーガ。
かつては殺し合うかもしれなかった両者が、こうして一つの家族のように暮らしている。
俺たちが選んだ「戦わない」という選択肢が、こうして実を結んでいるのを見るのは悪くない気分だ。
◇
その夜、納屋を改造した広いスペースで、歓迎の宴が開かれた。
テーブルには牧場で採れたての野菜や、自家製のチーズ、そして大皿に盛られた肉料理が並ぶ。
人間用の椅子の隣には、丸太で作ったオーガ用の台座が置かれ、みんなで同じ食卓を囲んだ。
「クリス。装備を変えたのか」
モルグルが、酒樽のようなジョッキを傾けながらクリスに話しかけた。
「ええ。剣よりも、こちらの方が自分には合っていたようです」
クリスは背負っていた槍を見やり、少し照れくさそうに言った。
以前会った時、彼はまだ自分の戦い方に迷いを持っていた。
だが今は違う。
「……良い顔になった」
モルグルはクリスの目を真っ直ぐに見つめた。
数多の戦場を潜り抜けてきた古強者の眼差しだ。
「以前は迷いが見えたが、今は芯が通っている。……良い戦士になったな」
「……ありがとうございます。貴方にそう言ってもらえると、自信になります」
クリスは嬉しそうに微笑み、杯を掲げた。
かつては敵対し、剣を向け合う可能性もあった相手だ。
それが今、こうして互いの成長を認め合い、酒を酌み交わしている。
俺はその光景を眺めながら、静かにエールを喉に流し込んだ。
美味い。
旅の疲れが、温かい料理と笑い声に溶けていくようだった。
◇
翌朝。
俺たちは牧場の人々と、オーガたちに見送られて出発することになった。
「これ、持っていきな。うちの自慢のチーズと干し肉だ」
牧場主がずっしりと重い包みを持たせてくれた。
「悪いな。ありがたくいただくよ」
そしてロウェナの方には、オーガの子供たちが集まっていた。
一人の子供のオーガが、不器用な手つきで作った花と木の実の首飾りを、ロウェナの首にかけてくれた。
「くれるの? ……ありがとう! たからものにする!」
ロウェナが満面の笑みでお礼を言うと、小オーガたちは嬉しそうに飛び跳ねた。
「達者でな、エド。……この地を通る時は、いつでも寄ってくれ」
モルグルが最後に握手を求めてきた。
「ああ。お前らもな。……変な人間には気をつけろよ」
「ふ、肝に銘じておこう」
巨人と人間。固い握手を交わし、俺たちは背を向けた。
牧場の出口まで歩き、ふと振り返る。
そこには、小さくなるまで手を振り続ける牧場主一家と、その横に並ぶ巨大な影が見えた。
凸凹だが、温かいシルエット。
その光景を目に焼き付け、俺たちは再び東へと歩き出した。
目指すは「肉の都ヴァイデ」。
そこを抜ければ、いよいよ領都への最終ルートだ。
ロウェナの首で揺れる木の実の飾りが、カタカタと小さな音を立てていた。
それはまるで、旅の無事を祈る歌のように聞こえた。