軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

巨人の握手と、小さな再会

夕日に照らされた牧場で、その巨大な影はゆっくりと振り返った。

丸太のように太い腕、岩のように頑強な肉体。

一見すれば凶悪な魔物そのものだ。

だが、その顔に浮かんでいたのは、獰猛な笑みではない。

懐かしい友を迎えるような、穏やかな笑みだった。

「よう。精が出るな」

俺が声をかけると、彼は担いでいた牧草ロールをドスンと地面に置き、その大きな手を差し出してきた。

「久しぶりだな、エド。……元気にしていたか?」

その声は低く響くが、言葉には知性が宿っていた。

たどたどしさなど微塵もない、流暢な共通語だ。

かつてこの地で、人間との共存を選んだオーガの長、モルグルだ。

「ああ。そっちこそ、随分とここの生活に馴染んでるみたいじゃないか」

俺は苦笑しながら、彼の人間の頭ほどもある巨大な手を握り返した。

ゴツゴツとした硬い皮膚の感触。だが、握る力加減は驚くほど繊細だ。

「……あ!」

俺の後ろにいたロウェナが、パッと顔を輝かせた。

一瞬、その大きさに驚きはしたものの、その顔を見た瞬間に記憶の糸が繋がったようだ。

「あのときの、おおきいひとだ!」

ロウェナは俺の背中から飛び出し、トテトテと巨人の足元へ駆け寄った。

以前旅の途中で立ち寄った際、最後は一緒にご飯を食べて仲良くなった記憶が、鮮明に蘇ったのだろう。

「おや……。小さなお嬢さんも、息災だったか」

モルグルはゆっくりと膝をつき、ロウェナと目線を合わせた。

それでもまだ彼の方が圧倒的に大きいが、ロウェナに怖がる様子は微塵もない。

「うん! わたし、ちょっとおおきくなったよ!」

「ああ、そうだな。……また会えて嬉しいよ」

モルグルがニカッと笑い、太い指先でロウェナの頭を器用に撫でた。

ロウェナは嬉しそうに目を細め、その巨大な掌に頬を擦り寄せた。

「おーい! 誰かと思えば、エドさんじゃねぇか!」

騒ぎを聞きつけたのか、母屋の方から牧場主の男性が走ってきた。

その後ろからは、奥さんや子供たち、そして――

人間の子供たちに混ざって、オーガの子供たちが数匹、転がるように駆け寄ってきた。

「あ! みんな!」

ロウェナが声を上げるより早く、小オーガたちが彼女を取り囲んだ。

彼らはロウェナの匂いを嗅いだり、服を引っ張ったりして、再会を全身で喜んでいる。

「あはは! ひさしぶり! あそぼ!」

かつて一緒に遊んだ仲だ。

種族の違いなど関係なく、子供同士の時間はすぐに巻き戻る。

ロウェナはあっという間に子供たちの輪の中に溶け込み、牧草地を走り回り始めた。

「いやぁ、驚いたよ。まさかまた会えるとはな。クリスさんも、元気そうで何よりだ」

牧場主が俺たちの手を順に握り、ブンブンと振った。

「近くを通ったもんでな。……上手くやってるみたいで安心したよ」

「ああ、見ての通りさ」

牧場主は、黙々と作業に戻る他のオーガたちに視線をやった。

「最初は近隣の目も怖かったがね。こいつらの働きぶりを見たら、文句を言う奴はいなくなったよ。力仕事は人間の十倍、夜警も完璧だ。今じゃ、うちは地域一番の安全な牧場だよ」

人間とオーガ。

かつては殺し合うかもしれなかった両者が、こうして一つの家族のように暮らしている。

俺たちが選んだ「戦わない」という選択肢が、こうして実を結んでいるのを見るのは悪くない気分だ。

その夜、納屋を改造した広いスペースで、歓迎の宴が開かれた。

テーブルには牧場で採れたての野菜や、自家製のチーズ、そして大皿に盛られた肉料理が並ぶ。

人間用の椅子の隣には、丸太で作ったオーガ用の台座が置かれ、みんなで同じ食卓を囲んだ。

「クリス。装備を変えたのか」

モルグルが、酒樽のようなジョッキを傾けながらクリスに話しかけた。

「ええ。剣よりも、こちらの方が自分には合っていたようです」

クリスは背負っていた槍を見やり、少し照れくさそうに言った。

以前会った時、彼はまだ自分の戦い方に迷いを持っていた。

だが今は違う。

「……良い顔になった」

モルグルはクリスの目を真っ直ぐに見つめた。

数多の戦場を潜り抜けてきた古強者の眼差しだ。

「以前は迷いが見えたが、今は芯が通っている。……良い戦士になったな」

「……ありがとうございます。貴方にそう言ってもらえると、自信になります」

クリスは嬉しそうに微笑み、杯を掲げた。

かつては敵対し、剣を向け合う可能性もあった相手だ。

それが今、こうして互いの成長を認め合い、酒を酌み交わしている。

俺はその光景を眺めながら、静かにエールを喉に流し込んだ。

美味い。

旅の疲れが、温かい料理と笑い声に溶けていくようだった。

翌朝。

俺たちは牧場の人々と、オーガたちに見送られて出発することになった。

「これ、持っていきな。うちの自慢のチーズと干し肉だ」

牧場主がずっしりと重い包みを持たせてくれた。

「悪いな。ありがたくいただくよ」

そしてロウェナの方には、オーガの子供たちが集まっていた。

一人の子供のオーガが、不器用な手つきで作った花と木の実の首飾りを、ロウェナの首にかけてくれた。

「くれるの? ……ありがとう! たからものにする!」

ロウェナが満面の笑みでお礼を言うと、小オーガたちは嬉しそうに飛び跳ねた。

「達者でな、エド。……この地を通る時は、いつでも寄ってくれ」

モルグルが最後に握手を求めてきた。

「ああ。お前らもな。……変な人間には気をつけろよ」

「ふ、肝に銘じておこう」

巨人と人間。固い握手を交わし、俺たちは背を向けた。

牧場の出口まで歩き、ふと振り返る。

そこには、小さくなるまで手を振り続ける牧場主一家と、その横に並ぶ巨大な影が見えた。

凸凹だが、温かいシルエット。

その光景を目に焼き付け、俺たちは再び東へと歩き出した。

目指すは「肉の都ヴァイデ」。

そこを抜ければ、いよいよ領都への最終ルートだ。

ロウェナの首で揺れる木の実の飾りが、カタカタと小さな音を立てていた。

それはまるで、旅の無事を祈る歌のように聞こえた。