軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

轍の歌と、夕暮れの巨影

学術都市ソフィアを後にした俺たちは、東へと向かう乗合馬車に揺られていた。

ガタゴト、ガタゴト。

車輪が刻む単調なリズムが、心地よい眠気を誘う。

「……うぅ」

向かいの席では、ロウェナが船を漕いでいた。

膝の上には、昨日意気込んで買ったばかりの分厚い本、『世界伝承紀行』が広げられている。

最初の数ページを必死に目で追っていたようだが、馬車の揺れと難解な文章の二重攻撃に、あえなく撃沈したらしい。

「無理すんな。焦らなくても、本は逃げやしないさ」

俺は彼女の手からそっと本を取り上げ、鞄にしまった。

ロウェナは安心したのか、そのままコクリと俺の膝に頭を預けて寝息を立て始めた。

「熱心ですね、ロウェナちゃん」

隣に座るクリスが、窓の外を眺めながら微笑んだ。

「ああ。だが見てるこっちが酔いそうだ」

俺は苦笑して、窓枠に肘をついた。

流れる景色は、ソフィア周辺の乾いた岩肌から、徐々に緑豊かな色彩へと変わりつつある。

「……懐かしい風景ですね」

クリスが目を細めて呟いた。

「そうだな」

俺もまた、同じ感慨を抱いていた。

この道を通るのは二度目だ。

あの時も、俺たちはこうして三人で旅をしていた。

ただ、あの頃はまだパーティとしてどこかぎこちなかった気がする。

クリスはもっと堅苦しかったし、ロウェナも今よりずっと小さくて、俺の後ろに隠れてばかりだった。

「あの頃に比べれば、少しはマシなパーティになったか?」

「ふふ、どうでしょう。騒がしさは増した気がしますけどね」

「違いねぇ」

俺たちは顔を見合わせ、静かに笑った。

風に乗って、干し草と土、そして微かな家畜の匂いが漂ってきた。

日が傾き、空が茜色に染まり始めた頃。

馬車は、大きな街の手前にある中継地点『馬車駅』に到着した。

他の乗客たちは、ここからさらに馬車を乗り継ぐか、近くの宿場町へ向かう準備をしている。

「よし、俺たちはここで降りるぞ」

俺は荷物を担ぎ上げた。

「へ? ここでおしまい?」

目を覚ましたロウェナが、眠眼を擦りながら周囲を見回す。

周りには何もない。

ただの街道と、休憩所があるだけだ。

「お客さん、ここでいいのかい? 次の街まではまだ距離があるぜ?」

御者が不思議そうに声をかけてきたが、俺は手を振って断った。

「ああ、構わない。ここからは歩きたいんだ。ちょいと野暮用でな」

俺たちは馬車を見送り、整備された石畳の街道を外れた。

目指すのは、牧草地帯へと続く細い土道だ。

ザッ、ザッ。

土を踏みしめる音が、夕暮れの静寂に響く。

道の両脇には木の柵が続き、その向こうには広大な牧草地が広がっている。

遠くから、「メェー」「モォー」という家畜たちののどかな鳴き声が聞こえてきた。

「えど、どこにいくの? しりあいのおうち?」

ロウェナが俺の手を握りながら尋ねる。

「ああ。以前、この辺りを通った時に立ち寄った場所だ。……俺たち三人でな」

「え? そうだったっけ……?」

ロウェナは首を傾げている。

あの時は色々と騒動があって慌ただしかったし、幼い彼女の記憶からは景色が抜け落ちているのかもしれない。

「まあ、行けば思い出すさ。インパクトのある連中だったからな」

クリスも楽しげに歩を進める。

やがて、丘を一つ越えた先に、一軒の大きな牧場が見えてきた。

赤い屋根の母屋と、大きな納屋。

そして綺麗に整備された柵。

敷地内では、数人の作業員たちが忙しなく働いているのが見える。

牧草を運んだり、家畜を小屋へ入れたり、夕方の作業に追われているようだ。

一見すれば、どこにでもある平和な牧場の風景。

だが。

その作業員たちの中に、明らかに縮尺のおかしい影が混ざっていた。

「……あ!」

ロウェナが足を止め、指差した。

人間たちが一束ずつ運んでいる牧草ロールを、その「影」は二つも三つもまとめて抱え上げている。

遠目から見てもわかる丸太のように太い腕。

周囲の人間より頭二つ分は大きい巨体。

それでいて、周りの人間たちは誰も驚かず、当たり前のようにその巨体と並んで歩き、言葉を交わしている。

「……だれ?」

ロウェナがビクッとして、俺の背中に隠れた。

日常風景に溶け込んでいるとはいえ、その異形なシルエットには本能的な恐怖を感じたのだろう。

まだ記憶とは結びついていないようだ。

だが、俺は歩みを止めなかった。

むしろ、口元に笑みを浮かべて近づいていく。

「よう。精が出るな」

俺は牧柵に手をかけ、その巨影に向かって声をかけた。

「随分と、板についてるじゃないか」

その声に、巨影が動きを止めた。

ゆっくりと、ズシンという地響きがしそうな動作で、こちらを振り返る。

夕日を背に浮かび上がったその顔が、ニカッと笑った――ように見えた。