軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

揺れる轍と、追いついた英雄たち

王都の巨大な白亜の城壁が、背後で朝靄の中に霞んでいく。

俺たちを乗せた大型の乗合馬車は、整備された『王道』を東へとひた走っていた。

蹄の音と、車輪が石畳を転がる重低音が心地よいリズムを刻む。

車内には俺たち三人の他にも、行商人や里帰りする家族連れなど、数組の乗客が乗り合わせている。彼らの話題は、もっぱら昨日の「大事件」で持ちきりだった。

「聞いたか? 昨日の武術大会。優勝した『仮面の剣士』、最後は空を飛んで消えたらしいぞ」

向かいに座った恰幅のいい商人が、興奮気味に身を乗り出して語る。

「いやいや、私が聞いた話じゃ、正体はドラゴンの化身だって話だ。口から火を吹いて勇者様の剣を弾き返したとか」

「まさか。あれは先代剣聖の隠し子ですよ。勇者様と義兄弟の契りを交わして、涙ながらに旅立ったそうです」

隣の青年がまことしやかに頷く。

噂話は尾ひれどころか翼を生やし、もはや神話の領域に達しつつあった。

(……おいおい。俺はいつからドラゴンになったんだ)

俺はフードを目深に被り、苦笑いを噛み殺しながら窓の外を眺めるふりをした。

隣では、クリスが必死に笑いを堪え、肩を震わせている。

「へぇ~、すごいですねぇ。見てみたかったなぁ」

クリスが調子を合わせて相槌を打つ。

「ちがうよ! あのおじちゃんが言ってるの、ウソ! ほんとは――むぐっ」

ロウェナが真実を暴露しようとした口を、クリスが慌てて両手で塞いだ。

「あはは! 子供の空想は豊かですね! ほらロウェナちゃん、ミネルヴァさんに貰ったお菓子でも食べようか!」

クリスが冷や汗を流しながら、ロウェナの口に甘い干し果物を放り込む。

ロウェナはもごもごと口を動かし、すぐに大人しくなった。

もう王都は出た。これからは偽名ではなく、いつもの俺たちに戻っていいはずだが、この車内ではまだ目立たない方が良さそうだ。

やれやれ、英雄ってのは勝手に作られるもんだな。

俺はミネルヴァの親父さんから譲り受けた無骨な鉄剣の柄を、指先でコツコツと叩いた。

何の変哲もない、この「ただの鉄」の感触だけが、俺が何者でもない、ただの旅人であることを思い出させてくれる。

夕暮れ時。

馬車は、街道沿いにある大規模な宿場町『休息の角笛亭』に到着した。

ここは王都と東の地方を結ぶ交通の要衝であり、多くの旅人が足を休める場所だ。

「ふぅ……。やっぱり馬車はずっと座ってるから、逆に腰が疲れますね」

馬車を降りたクリスが、凝り固まった体を伸ばし、ボキボキと関節を鳴らす。

「歩き慣れてる証拠だ。今日はここで一泊だ。個室を取って、まともな飯を食おう」

俺たちが宿の玄関へ向かおうとした、その時だった。

ドドドドドド……!

街道の彼方から、凄まじい勢いで駆けてくる一団があった。

夕日を背に砂煙を上げて現れたのは、豪勢な馬具をつけた数頭の駿馬。

その先頭を走る、金髪の男が、俺たちの姿を見つけて大きく手を振った。

「おーい! やっと追いついた!」

その声に、周囲の旅人たちが一斉に振り返る。

そして、次の瞬間、宿場中がどよめきに包まれた。

「う、嘘だろ……!?」

「勇者様だ! 勇者レオナルド様だぞ!」

馬から飛び降りたのは、昨日の今日で見間違えるはずもない、勇者一行その人たちだった。

レオナルドだけではない。

聖女、大斧使いの大男、それに魔法使いらしき女性と、軽装の斥候風の男。

国の英雄フルメンバーが、こんな街道の宿場に勢揃いしているのだ。

「……げっ」

俺は思わず後ずさった。

逃げようとする俺の肩を、レオナルドがガシッと掴む。

「つれないなぁ、エド! せっかく見送りに来たのに!」

「見送り……? というか、よくここが分かったな。馬車で移動してたんだぞ?」

俺が呆れて尋ねると、レオナルドの後ろから聖女ソフィアが静かに歩み出てきた。

「私がした『手当て』をお忘れですか?」

彼女は俺の左肩――闘技場で治療してくれた箇所を指差した。

「貴方の身体には、まだ私の魔力の残滓が強く残っています。それを辿れば、王都から出た程度なら位置を特定することなど造作もありません」

にっこりと微笑む聖女。

「王都じゃ騒がしくて、ゆっくり話もできなかっただろ? それに……」

レオナルドは後ろの仲間たちを振り返り、悪戯っぽく笑った。

「こいつらが、どうしても君に会いたいって聞かなくてね」

成り行きで、俺たちは勇者パーティと共に、宿の貸切個室でテーブルを囲むことになった。

最初は緊張していたクリスやロウェナも、彼らの気さくな態度にすぐに打ち解けていった。

酒が入り、料理が並ぶと、そこには「英雄」という肩書きを外した、等身大の若者たちの姿があった。

「ガハハ! いやぁ、あんたがレオに一撃いれた時はスカッとしたぜ!」

豪快に笑いながら俺の背中を叩くのは、大斧使いのブルーノだ。

岩のような筋肉を持つ巨漢だが、その笑顔は人懐っこい。

「俺なんざ、元はド田舎の農家の三男坊でよぉ。畑の石ころをどかすのが得意なだけの木偶の坊だったんだ。それがレオに拾われて、気づけば世界を救う旅だ。人生分からねぇもんだな!」

ブルーノが骨付き肉を齧りながら言うと、隣で帳簿をつけていた魔法使いの女性、ミスティが呆れたように溜息をついた。

「ブルーノ、食べ方が汚い。ワインが飛ぶでしょ。……まったく。うちは商家だったから、こういう粗野な振る舞いは許せなくて」

彼女は眼鏡を光らせ、きっちりと財布の紐を握っている。

「あたしは旅芸人の一座にいたのさ!」

テーブルの上で器用にナイフをお手玉しているのは、斥候のリコだ。

小柄だがバネのある体つきをした少年のような男だ。

「レオが客席から飛び込んできて、『君の目はいい。俺の背中を預けられる』なんて口説くもんだから、ついフラッときちまってね!」

農民、商人の娘、旅芸人。

集まったのは、最初からエリートだったわけではない、どこにでもいる若者たちだった。

彼らを繋ぎ合わせ、英雄へと変えたのは、レオナルドという男の求心力だ。

歓談の中、レオナルドがふとクリスの足元に目を留めた。

「……おや。その青い脛当て、見事な造りだね。それに、その特徴的な色……」

レオナルドは顎に手を当て、何かを思い出すように目を細めた。

「王都……いや、カレドヴルフで特注したのかい?」

「え? あ、はい。そうですが……」

クリスが不思議そうに答えると、レオナルドはポンと手を打った。

「なるほど、やっぱりそうか。……実はね、王都へ向かう道中、オーランド伯爵という貴族の行列とすれ違ったんだ。ひどく不機嫌そうに、『青い足甲をつけた槍使いの男を知らんか!』と絡まれてね」

ギクリ。

俺とクリスは顔を見合わせた。

「し、知らないと言ってくれましたか……?」

クリスがおそるおそる尋ねる。

「もちろん。『そんな特徴的な戦士なら記憶に残るはずだが、知らないな』って答えておいたよ。その時は本当に知らなかったからね。伯爵は地団駄を踏んでいたよ」

レオナルドはニカっと笑った。

どうやら、俺たちの道中の「正義の味方ごっこ」の犯人は、今この瞬間に発覚したらしい。

そして。

俺の向かいには、聖女ソフィアが静かに座っていた。

彼女は、ワイングラスを両手で持ち、じっとその揺れる水面を見つめている。

「……レオ様は、いつもそうなのです」

ソフィアが、小さな声で語り始めた。

「自分のことよりも、誰かのために動いてしまう。……私が、そうでしたから」

彼女は元々、王都の教会とは異なる、地方の小さな分派のシスターだったという。

貧しい人々のために祈り、癒やしの奇跡を行使していたが、その力が強すぎた故に、本山から『異端』の認定を受けた。

「魔女」として断罪され、火炙りにされそうになったその時、単身で教会に乗り込み、彼女を救い出したのがレオナルドだった。

『神が彼女を救わないなら、僕が救う。彼女の力は、誰かを傷つけるためのものじゃない』

そう言って、彼は世界中の聖職者を敵に回してでも、彼女を守り抜いたのだという。

「レオ様は……ただ戦いが好きなだけの子供ではありません。誰かの痛みに、誰よりも敏感な方なのです」

ソフィアの言葉に、俺は隣でクリスと笑い合っているレオナルドを見た。

無邪気な笑顔の下にある、王としての器。

ただの戦闘狂なら、これほどの仲間は集まらない。

(……なるほどな。こりゃあ、勝てないわけだ)

俺は納得し、グラスを掲げた。

「いいチームだ。……乾杯しよう」

宴は深夜まで続いた。

ロウェナはソフィアの膝の上で眠り、クリスはブルーノと腕相撲をして負け続けている。

俺とレオナルドは、バルコニーに出て夜風に当たっていた。

涼しい風が、酒で火照った頬を撫でていく。

「……ここから東へ行くのかい?」

レオナルドが、東の空に浮かぶ月を見上げて言った。

「ああ。里帰りだ。……まあ、待ってるのは墓石くらいだがな」

「そっか。……君の剣、本当にすまなかった」

レオナルドが改めて頭を下げる。

「気にするな。あいつも本望だったろうよ。世界最強の剣と打ち合って砕けたんだ」

俺は腰の鉄剣を叩いた。

「こいつはまだ軽いが、まあ、旅の中で馴染ませていくさ」

レオナルドは俺の顔をじっと見て、そして手を差し出した。

「エド。……君と戦えてよかった。君のおかげで、僕はまた一つ強くなれた気がする」

「こっちは寿命が縮んだよ」

俺は苦笑して、その手を握り返した。

熱く、分厚い手だった。

「また会おう。……今度は、戦場じゃない場所で」

「ああ。その時は、美味い酒でも奢ってくれ」

翌朝。

俺たちが起き出した頃には、勇者一行は既に発った後だった。

宿の主人によれば、夜明けと共に、北の山脈で発生した魔物討伐の任へ向かったという。

嵐のように現れて、風のように去っていく。まさに英雄だ。

俺たちは宿を出て、東へと続く街道に立った。

王都はもう、遥か後方だ。

「行こうか」

俺が声をかけると、クリスとロウェナが力強く頷いた。

「はい、師匠!」

「うん! りょうと、いく!」

俺は腰にある、新しい鉄の重みを確かめる。

肩に残る聖女の魔力も、心なしか温かいものに変わっている気がした。

俺たちは朝日を背に受け、長い長い帰郷の旅路へと足を踏み出した。