軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

砕けた刃と、即席の金槌

一回戦を終え、俺が選手控え室で息をついていると、コツコツとヒールの音を響かせてミネルヴァが入ってきた。

彼女は手元の資料を見ながら、入り口近くにいた大会運営の係員と二、三言、業務連絡のような会話を交わす。

そして、話が終わったタイミングで、ふと部屋の奥にいる俺の方を振り返った。

表情は変えず、ほんの一瞬だけの目配せ。

彼女はそのまま踵を返し、部屋を出ていった。

……呼び出しか。

俺は少し時間を置いてから立ち上がり、何食わぬ顔で部屋を出て、彼女の後を追った。

一定の距離を保ちながら通路を進むと、彼女は人目のつかない部屋へと入っていった。

俺は周囲に誰もいないことを確認し、素早くその部屋の扉を開け、中へと滑り込んだ。

「……こんな所で何だ。目立つ真似はして欲しくないんだが」

「あら、ただの業務連絡よ。ここなら安全だわ」

ミネルヴァは悪びれもせず、懐から包みを取り出して渡してきた。軽食と水の差し入れだ。

「はい、これ食べて。……いい演技だったわよ、ピエロさん」

「茶化すな。それより、勇者の視線が痛いんだが。あいつ、俺のことを怪しんでるぞ」

俺が不満を漏らすと、ミネルヴァはクスクスと楽しそうに笑った。

「いいじゃない。あの国民的英雄の『勇者様』が貴方に夢中なんて、光栄なことよ? 精々、正体がバレないように上手く踊りなさいな」

「他人事だと思って……」

「ふふ。期待してるわよ、優勝」

彼女はそう言い残し、足音を忍ばせて部屋を出ていった。

俺は溜息をつきながらサンドイッチを口に放り込み、次の試合へと気持ちを切り替えた。

休憩時間が終わり、二回戦へ向かうために薄暗い選手用通路を歩いていた時だった。

「――おや」

前方から歩いてくる人影を見て、俺は仮面の奥で顔を引きつらせた。

煌びやかな聖鎧。爽やかな金髪。

勇者レオナルドと、その護衛である聖女だ。

どうやらトイレ休憩か何かで席を立っていたらしい。

一本道。逃げ場はない。

俺は極力気配を消し、壁際を歩いてすれ違おうとした。

「やあ。さっきの試合、見事だったね」

レオナルドが足を止め、人懐っこい笑顔で声をかけてきた。

俺は足を止めず、軽く会釈だけして通り過ぎようとする。

だが、レオナルドはすれ違いざま、耳元で囁くように言った。

「最後の一撃、相手の減速が苦手なのを見極めてから剣を置いたね? ……君の剣術、どこで習ったんだい?」

心臓が跳ねる。

完全にバレている。俺の技術が。

だが、ここで動揺しては怪しまれるだけだ。

俺は足を止めずに、一言だけ返した。

仮面のせいでくぐもった声が響く。

「……ただの、偶然だ」

俺はそのまま早足で通路の奥へと消えた。

背後で、「謙遜までできるのか。いいね」という勇者の楽しげな声が聞こえた気がして、俺は冷や汗を拭った。

そして始まった、準々決勝。

対戦相手は『ガラハド』という男だった。

全身を分厚いフルプレートメイルで固めた巨漢だ。

手には巨大なタワーシールドと、武骨なウォーハンマー。まさに歩く要塞だ。

「前の試合は見せてもらったぞ! 俺はさっきの男のようにはいかんぞ。この鎧と盾の前には、小細工など通じない!」

ガラハドが吠え、ドシドシと地面を揺らして迫ってくる。

(やりにくいな……)

俺は安物の鉄剣を構え、距離を取ろうとする。

だが、相手の武器はリーチの長いウォーハンマーだ。

しかも横薙ぎに振り回してくるため、攻撃範囲が広い。

ブンッ!!

風切り音と共に鉄塊が迫る。

後ろに下がれば躱せるが、そうするとリング端まで追い詰められる。

ガギィッ!

俺は剣の腹ではなく、鎬を使ってハンマーの軌道を逸らす。

重い。

一撃一撃が岩のようだ。

俺の剣は、軍の払い下げ品の数打ちだ。

決して悪い剣ではないが、相手の質量と装甲があまりに規格外すぎる。

「ちょこまかと! 潰れろぉぉッ!」

ガラハドが盾を構えたまま突進し、ハンマーを全力で振り下ろしてきた。

回避スペースがない。

受けるしかない。

俺は剣を両手で持ち、衝撃を受け流そうと構えた。

ハンマーと剣が激突する。

その瞬間。

バキンッ!!

乾いた金属音が闘技場に響き渡った。

俺の手の中で、剣が真ん中からへし折れた。

回転しながら宙を舞った刃先が、虚しく地面に突き刺さる。

「あっ……!」

観客席から悲鳴が上がる。

ガラハドがニタリと笑った。

「ハッ! 武器が折れたか! これで終わりだ!」

武器を失った俺に対し、ガラハドは容赦なくハンマーを振り回してくる。

ブンッ!

俺はバックステップで躱す。

ブォンッ!

続く横薙ぎも、上体を逸らして回避する。

折れた剣の柄を握りしめ、俺は数回、その猛攻を凌いだ。

相手の呼吸、ハンマーの振り幅、そして重心の移動。

それらを冷静に見極める。

ガラハドが大振りの一撃を放ち、体勢が前のめりになった瞬間。

(……ここだ)

俺は一歩、深く踏み込んだ。

武器がないなら、身体を使えばいい。

振り下ろされるハンマーの内側に潜り込む。

俺はガラハドの腕を巻き込み、彼自身の突進してくる勢いをそのまま利用して、体を回転させた。

「なっ――!?」

視界が回る。

てこの原理と遠心力。

単純な物理法則で、巨大な鉄の塊を背中越しに投げ飛ばした。

ズドォォォンッ!!

地響きと共に、ガラハドの巨体が仰向けに地面へ叩きつけられる。

重装鎧の最大の弱点。

それは、一度転倒すると、その重量ゆえに即座には起き上がれないことだ。

「ぐ、ぬぅ……!」

ガラハドが必死に体を起こそうともがく。

だが、俺はその隙を見逃さない。

即座に相手の胴体の上に飛び乗り、馬乗りの体勢を取った。

「お休みだ」

俺は右手に握ったままの「折れた剣の柄」を振り上げた。

刃はない。だが、鋼鉄の柄と鍔は、立派な鈍器だ。

ガンッ!

俺は容赦なく、ガラハドのヘルメットを殴打した。

ガンッ! ガンッ!

中身を直接叩く必要はない。

密閉された金属の鎧を外から叩けば、衝撃音は内部で増幅され、鐘のように反響する。

「あ、が……ッ」

ガンッ!!

最後の一撃。

強烈な脳震盪を起こしたガラハドは、白目を剥いてぐたりと力を失った。

「勝者、仮面の剣士ぃぃぃッ!!」

審判の宣言と共に、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。

武器を失ってからの、泥臭くも鮮やかな逆転劇。観客のボルテージは最高潮だ。

貴賓席では、勇者レオナルドが感心したように頷いていた。

「……見事だ。武器への執着がない。折れたなら折れたなりの戦い方へ、瞬時に切り替えた。あの判断力こそが強さだ」

「ええ。ですがレオ様……」

聖女が心配そうにリングを見る。

「次の準決勝はどうするのでしょう? もう剣がありませんよ。素手で戦うつもりでしょうか」

「そうだね。借りるにしても、手に馴染むかどうか……」

その頃。

観客席のクリスは、エドの勝利を見届けると同時に席を蹴って立ち上がっていた。

「ロウェナちゃん、走るよ!」

「どこいくのー?」

「宿だよ! 師匠のいつもの剣を取りに行くんだ!」

次の相手はさらに強敵になる。

師匠は目立つことを嫌って安物を使っていたが、もうそんな余裕はない。

予備の安物を買っている時間も、借りた武器に慣れる時間もない。

ならば、解決策は一つ。

師匠が普段の旅で愛用している、あの業物の剣を持ってくるしかない。

「いそげー!」

クリスはロウェナの手を引き、人混みをかき分けて走り出した。

次の試合が始まるまでに、絶対に戻らなければ。

リングの上で、俺は折れた柄を見つめて眉を寄せていた。

(勝ったはいいが……武器がなくなったぞ。どうするかな)

準決勝まであと少し。