軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

疾風と、道化の“演技”

王都の大闘技場は、建国祭の熱気も相まって異様な興奮に包まれていた。

すり鉢状の観客席は満員御礼。空には快晴が広がり、絶好の武術大会日和だ。

だが、選手入場ゲートの裏で、俺は仮面の奥で盛大なため息をついていた。

「……帰りてぇ」

本音だった。

優勝賞金の金貨百枚は確かに欲しい。

何かと入り用になる路銀にもなるし、この先のまだ考えたことはないが隠居生活の足しにもなる。

だが、優勝特典として発表された『勇者との親善試合』。これが余計すぎる。

目立ちたくない。正体を隠したい。

そう思って道化の仮面をつけ、安物の剣で誤魔化しているというのに、よりにもよって国一番の有名人と、衆人環視の中で戦う羽目になるとは。

(……適当に勝って、エキシビションマッチ当日は『腹痛』で辞退できないかな)

そんな甘い考えを巡らせていると、司会の魔法拡声された声が響き渡った。

『さあ、注目の第一試合! 予選を不気味な勝ち方で通過したダークホース! 登録名は――『仮面の剣士』ッ!!』

わぁぁぁぁっ! と歓声が上がる。

『ですが、皆さんご存知の通り、かつてこの大会を三連覇した伝説の剣士と同一人物かは不明です! 今年は便乗した偽物も多いですからねぇ! 果たして彼は本物か、それともただのピエロか!?』

煽るねぇ、と俺は苦笑する。

観客席からも「どうせ偽物だろ!」「いや、予選の動きは本物っぽかったぞ!」と値踏みするような声が聞こえてくる。

(偽物扱い結構。このまま正体不明の道化として、賞金だけもらってドロンさせてもらうさ)

俺はダルそうに肩を回しながら、光の溢れるリングへと足を踏み入れた。

闘技場の特等席、貴族や王族が座る貴賓席の一角に、一際華やかなオーラを放つ集団がいた。

国を救った英雄、勇者レオナルドとそのパーティだ。

煌びやかな聖鎧を纏い、爽やかな笑顔を浮かべるレオナルドは、入場してきた道化姿の男を見て目を細めた。

「……珍しいな」

「レオ様、どうされました?」

隣に控える聖女が小首を傾げる。

「あの仮面の選手だよ。本戦まで残ったのに、あの剣……軍の払い下げ品だ。それも使い古された数打ちだよ。防具もただの旅装だしね」

レオナルドの眼力は、遠目からでもエドの装備の質を見抜いていた。

「まあ……お金がないのでしょうか? それとも、この神聖な大会を舐めているのですか?」

「さあね。でも、あんなナマクラでも予選を勝ち上がったのなら、腕は確かなんだろう。……少し、気になるね」

レオナルドは興味深そうに顎に手をやった。

一方、一般観客席では。

「す、すごい……! 本物の勇者レオナルド様だ……!」

クリスが貴賓席を指差して、目を輝かせていた。

彼にとって、勇者は雲の上の存在、物語の中の英雄だ。

「遠くて顔まではよく見えませんが、凄いオーラです……!」

「ぴえろ、がんばれー!」

その隣で、ロウェナは無邪気にポップコーンを頬張りながらエドに声援を送っている。

そしてミネルヴァは、そんな二人を微笑ましく見守りつつ、視線をリングへと戻した。

「さて、お手並み拝見ね」

対戦相手は、『疾風のベルナルド』。

二刀流の使い手で、予選を圧倒的なスピードで蹂躙した優勝候補の一角だ。

「おいピエロ。予選のマグレはここまでだ。俺の速さについてこれるか?」

ベルナルドが二本の剣を構え、挑発的に笑う。

(速いのか。じゃあ、さっさと終わらせてくれ)

俺が心の中で呟いた瞬間、開始の銅鑼が鳴り響いた。

ヒュンッ!

ベルナルドの姿がブレた。

次の瞬間、彼は俺の背後に回り込んでいた。

「遅いッ!」

双剣による十字斬り。

観客が「はえええ!」「消えたぞ!?」とどよめく。

俺は振り返りもせず、首を少しだけ左に傾けた。

ブォン。

剣風が頬を撫でる。

続けて放たれた横薙ぎも、半歩下がるだけで躱す。

「なっ……!?」

ベルナルドが追撃を繰り出す。

俺は剣を振らず、だらりと下げたまま、最小限の動きだけで全ての斬撃を避けていく。

しかし。

これがいけなかった。

「……おいピエロ! 棒立ちしてんじゃねぇ!」

「真面目にやれ!」

「地味なんだよ! もっと打ち合え!」

観客席から野次が飛んできた。

素人の目には、俺がやる気なく突っ立っているようにしか見えないらしい。

(ちっ、うるさいな。だが、金払って見てる客だから無視もできないか……)

俺は仮面の奥で舌打ちをした。

仕方ない。少し「サービス」してやるか。

「き、貴様ぁ! 俺の剣技を愚弄するか! 避けてばかりで!」

業を煮やしたベルナルドが、さらに速度を上げて突っ込んでくる。

「死ねぇぇッ!」

俺は来るタイミングに合わせて、わざと大げさにマントを翻した。

「おっと!」

まるで闘牛士のように、ひらりと体を回転させて斬撃を躱す。

ついでに無駄にステップを踏み、道化のようなポーズを決めてみせる。

「おおっ!?」

「すげぇ! あいつ遊んでるのか!?」

「いいぞピエロ! もっとやれ!」

観客の手のひらが返る。

俺は内心で呆れながらも、ベルナルドの猛攻に合わせてクルクルと回り、踊るように攻撃を避け続けた。

その攻防の中で、俺は一つ「確認」を入れた。

(こいつ、速いが……)

俺は回避の直後、わざと不規則に左へ鋭く動いた。

「逃がすか!」

ベルナルドが追ってくる。

だが、俺の動きに反応して方向を変える際、彼の大振りの足が深く地面を抉った。

ズザッ、と土煙が上がる。

(……やっぱりな。減速が下手だ)

トップスピードに乗った瞬間、急な方向転換が利かない。

ブレーキをかけるのに数歩のラグがある。

確認は取れた。なら、決めに行くとしよう。

「ふざけるなあああぁぁッ!!」

ベルナルドの顔が怒りで真っ赤に染まる。

俺の挑発に乗せられ、彼はスタミナ配分も忘れて最高速まで加速した。

「殺してやるッ!!」

猪のように真っ直ぐ、俺に向かって突っ込んでくる。

もう、今の速度では曲がれない。

俺は派手なダンスをピタリと止めた。

そして、剣を振るうのではなく――ただ、スッ、と剣先を地面近くに下げた。

彼の足が進むであろう場所へ、そっと剣を『置く』。

「――あ」

ガッ。

何かが引っかかる鈍い感触。

トップスピードで走っていたベルナルドの足が、俺の置いた剣につまずいた。

「うおっ!?」

当然、止まれない。

彼の体は慣性の法則に従い、盛大に前方へと吹っ飛んだ。

ズサァァァァァッ!!

ベルナルドはボールのようにゴロゴロと地面を転がり続け――。

ドスンッ。

そのまま勢い余って、リングの外、場外の砂地へと落下した。

「……はい、そこまで」

俺は剣を戻し、何事もなかったように立ち尽くした。

一瞬の静寂の後、会場が爆笑に包まれた。

「あははは! なんだあれ!」

「勝手に転んで落ちたぞ!」

「足がもつれたのか!? 運がいいピエロだな! 最高だ!」

観客たちは、ベルナルドが勝手に自滅したようにしか見えていない。

笑いと歓声が渦巻く中、俺は「やれやれ」といったポーズで肩をすくめ、勝者として手を上げた。

だが。

貴賓席に座る勇者レオナルドだけは、笑っていなかった。

彼は身を乗り出し、真剣な眼差しでリングを見つめていた。

「……面白いね」

「え? レオ、何を笑っているのですか? 相手が勝手に転んだだけじゃありませんか」

聖女が不思議そうに尋ねるが、レオナルドは首を横に振った。

「違うよ。彼は攻防の中で、相手がトップスピードでは曲がれないことを確認していた」

「え?」

「さっき一度、急な切り返しをして相手の足元を見ていただろう? あれで確信したんだ。だから最後は、突っ込んでくる相手の足元に障害物を『置いた』だけ。剣技じゃない。ただの足掛けだよ」

レオナルドの口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。

「彼とは、いい試合ができそうだ」

俺は歓声の中、ダルそうに退場ゲートへと向かった。

ふと背中に視線を感じて振り返ると、貴賓席の勇者がこちらを見てニッコリと笑っているのが見えた。

(……うわ、めっちゃ見てる)

俺はげんなりとして、早足で通路の奥へと姿を消した。

一回戦突破。

だが、この調子で悪目立ちしていくのは、精神衛生上よろしくないな。