軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間に合わせの刃と、届いた半身

準決勝の直前。

俺は大会運営が用意した、予備武器の保管所にいた。

薄暗い部屋には、剣、槍、斧といった様々な武器が雑多に置かれている。

どれも決して粗悪品ではない。

むしろ、それなりの質で作られた量産品だ。

だが、ただ集められただけで管理は杜撰。

手入れも最低限しかされていない。

俺は数本の剣を手に取り、軽く振っては首を横に振る作業を繰り返していた。

(……重心が悪い。柄が太すぎる。こっちは刃付けが甘い)

前の試合が終わった後、俺はこっそりと観客席のクリス達を探し回った。

だが、あんなに目立つ場所にいたはずの二人の姿はどこにもなく、運営側にいるはずのミネルヴァすら見当たらなかった。

何かあったのか? それとも単に場所を変えただけか?

いずれにせよ、もう時間がない。

俺はため息をつき、その中では比較的マシな一本の鉄剣を選んだ。

(まあ、これなら『可もなく不可もない』か)

俺は妥協してその剣を腰に差し、リングへと向かう通路を歩き出した。

準決勝の舞台となるリングには、既に相手が待っていた。

『白銀のユリウス』

騎士風の白銀の軽鎧に身を包み、腰には最高級の鋼で作られたレイピアを佩いている。

優勝候補筆頭とも呼ばれる、正統派の剣士だ。

「武器のトラブルか? 不運だな」

俺の借り物の剣を見て、ユリウスが静かに言った。嘲りはない。純粋な同情だ。

「運も実力のうちだ。始めよう」

俺が構えると、ユリウスも頷き、レイピアを正眼に構えた。

試合開始の合図が鳴る。

俺は序盤から仕掛けた。

武器に不安がある以上、長期戦は不利だ。技術で押し切る。

ヒュンッ!

俺の剣がユリウスの喉元を狙う。

だが。

(……チッ)

剣が、イメージ通りに走らない。

止めたいところでピタリと止まらず、慣性で少し流れる。

手首の返しに対する反応が鈍い。

ユリウスは表情一つ変えず、その切っ先をレイピアで軽く弾いた。

「……腕が泣いているぞ」

鋭い指摘と共に、反撃の突きが来る。

俺はとっさに剣で受けようとするが、借り物の剣は俺の意図より僅かに遅れて動く。

どんな弘法も、筆を選ばなければ最高の字は書けない。

初めて握る、重心も長さも微妙に違う剣。

俺は攻防の中で微調整を繰り返すが、相手は達人のユリウスだ。

そのコンマ数秒の思考のノイズを見逃してはくれない。

シュッ、シュッ!

正確無比なレイピアの連撃。

俺は要所を守り、致命傷は避けているが、防戦を余儀なくされていた。

「そこッ!」

ユリウスの鋭い踏み込み。

俺は上体を逸らすが、避けきれない。

切っ先が俺の仮面を掠めた。

ガリッ。

嫌な音と共に、仮面の頬の部分に白い傷が入る。

さらに、俺の二の腕や脇腹に、浅い切り傷が増えていく。

決して一方的にやられているわけではない。

だが、決定打を出せないまま消耗していく。

幾度もの攻防の後、ユリウスが間合いを測り直すように一歩引いた。

その瞳に油断はない。

「装備を整えるのも実力のうち。……悪く思うな」

彼が必殺の構えを取り、トドメの一撃が放たれようとした、その時だった。

「ぴえろー!!」

観客席の最前列から、可愛らしい叫び声が響いた。

見れば、人混みをかき分けて柵によじ登ったロウェナが、小さな体で懸命に布包みを振り回している。

「はい!」

彼女は全身を使って、その包みをリングへと放り投げた。

包みは放物線を描き、俺とユリウスの間の地面に、ゴトリと落ちた。

ユリウスは、突きを放つ寸前でピタリと動きを止めていた。

彼は落ちた包みと、俺の顔を交互に見る。

「……いいのか?」

俺が問うと、ユリウスは剣を下げた。

「万全の相手を倒してこそ、優勝の価値がある。……拾え」

騎士道精神というやつか。

俺は心の中で礼を言い、借り物の剣を捨てて、包みを拾い上げた。

布を解く。

中から現れたのは、何の変哲もない、飾り気のない鉄剣だ。

だが、刀身は曇りなく研ぎ澄まされ、グリップは俺の手の形に馴染むよう使い込まれている。

まさか、これを取りに行っていたのか?

あんな短時間で、宿まで?

俺はそれを腰に佩き、柄頭を親指で愛おしげに撫でた。

(……ああ、帰ってきた)

指先の感覚が、剣先まで神経のように通るのを感じる。

腕の延長。

失っていた半身が戻ったような、全能感。

俺は深く息を吐き、改めて剣を抜いた。

「……待たせたな」

「行くぞ!」

ユリウスが叫び、空気が張り詰める。

再開された試合。

俺が一歩踏み込んだ瞬間、ユリウスの目が驚愕に見開かれた。

キィンッ!

「なっ……速い!?」

剣速が跳ね上がる。

俺の斬撃は狙い違わず相手を捉え、ユリウスのレイピアを最小限の動きで弾き返す。

ユリウスが突く。速い。

だが、今の俺にはその軌道が線で見える。

俺は剣の腹でレイピアを滑らせ、火花を散らしながら距離を詰める。

攻守が目まぐるしく入れ替わる。

金属音が絶え間なく響き、観客たちは息をするのも忘れて見入っていた。

ユリウスの剣技は教科書通りの美しさだ。

対して俺の剣技は、実戦で磨き上げた泥臭い戦い方。

手数が、速度が、徐々に加速していく。

互いに一歩も引かない。

俺の仮面に再び傷が入り、ユリウスの腕から鮮血が散る。

「はぁぁぁッ!」

ユリウスが勝負を賭けた。

渾身の踏み込みからの、目にも止まらぬ高速の突き。

俺の心臓を貫く軌道。

俺は、避けない。

(肉はやる)

俺はあえて、さらに一歩前へ踏み込んだ。

体を捻り、切っ先を左肩で受ける。

ズブッ。

レイピアが肩口の筋肉を貫き滑る。

逸らした。致命傷ではない。

焼けるような痛みが走るが、今は関係ない。

その代償として、俺は敵の懐を手に入れた。

「――これで終わりだ」

下段からの切り上げ。

俺の愛剣が銀の弧を描き――ユリウスの鼻先、わずか数ミリのところでピタリと静止した。

風圧で、ユリウスの前髪が揺れる。

もし止めていなければ、彼の顔面は両断されていただろう。

「…………」

ユリウスは、自分の目の前で凍りついた刃と、肩から血を流しながらも揺るがない俺の瞳を見つめた。

そして、ゆっくりとレイピアを手放した。

カラン、と音が響く。

「……参った。私の負けだ」

一瞬の静寂の後、会場が爆発的な歓声に包まれた。

貴賓席では、勇者レオナルドが身を乗り出して拍手を送っていた。

「……見たかい? 今の踏み込み」

「はい……痛々しいです。刺されていましたよ?」

聖女が顔をしかめるが、レオナルドの瞳は輝いていた。

「自分の体を盾にして、確実に相手の急所を捉える胆力。そして痛みの中での、あの『止め』の制御。……あの剣を持った彼は、紛れもなく『本物』だったね」

リングの上。

俺は愛剣を鞘に納めると、肩の傷口を軽く押さえた。

痛むが、動かせないほどではない。

観客席を見上げると、手すりの向こうで、クリスがへたり込んでいるのが見えた。

全身汗だくで、肩で息をしている。相当な勢いで走ってきたのだろう。

その横で、ロウェナが誇らしげに胸を張っている。

(……まったく。世話の焼ける弟子と、優秀な運び屋だ)

俺は二人に小さく手を振り返した。

ついに決勝戦。

最高の状態になった武器と共に、俺は最後の戦いへと挑む。