軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44 第三層〜第六層【Side:レオンハルト】

「――レオン」

澄んだ柔らかい声に呼ばれて、レオンハルトは顔を上げる。

月の光のような白銀の長い髪を揺らして、リゼットが走り寄ってくる。

「リゼット……?」

リゼットは青い瞳を潤ませて、涙を流して、嬉しそうに笑いながらレオンハルトの腕の中に飛び込んでくる。

「レオン、よかった。会いたかった」

「リゼット! 無事で、よかった……」

細い身体を抱きしめる。

リゼットは美しく、怪我もなかった。最後に見たときと同じ姿のまま、レオンハルトの腕の中にいる。そのことが無性に嬉しかった。

「ドラゴンから逃げてきたんです。レオンに会えてよかった……レオン、もう離れないでください」

「ああ……ずっと君を守る」

「嬉しい……」

リゼットは青い瞳でまっすぐにレオンハルトを見上げる。届かない星に恋い焦がれるような切ない眼差しで。

そっと伸ばされた手が、頬に触れた。

「誰も私たちを知らない場所に連れていって。ずっと、私のことを守ってください」

「リゼット……君は……いまの君は――俺に都合が良すぎる!」

危険を感じてリゼットを引きはがすと、リゼットの身体が霧のように消滅する。

「サキュバス……いや、夢魔か……くそっ、卑怯な精神攻撃を……」

誰もいなくなった白い空間に向けて毒づく。

レオンハルトはこれが夢の中だと自覚した。第三層で交代で睡眠を取ることになったことも思い出す。

自分を取り戻したことに安堵する。あのままでは夢に囚われて、しばらく目覚めることはなかっただろう。

レオンハルトは力づくで目覚めようとしたが、なかなか目覚めない。まだ夢魔の術中ということか。

しかしもう恐れることはない。

夢はしょせん夢。たとえ相手が夢魔でも、夢だと気づけば主導権はこちらにある。

警戒していると、背後で気配が生まれる。

振り返った先には、豊かな赤い髪を持つ女性が不機嫌そうな表情で立っていた。

「イレーネ……」

かつてのパーティの才能ある魔術士であり、かつての婚約者。

「レオンハルト様。まだこんなところで頑張るつもりなの?」

気だるげな表情も。赤い唇も。甘い声も。すべて記憶のままだ。

ため息のつき方も。

「無理しないで、――様のようにドラゴンの子どもを買って血を浴びればいいじゃない。わざわざ本物のドラゴンを倒しに行くだなんて、しかも一回失敗しても諦めないだなんて……」

イレーネは髪を揺らして、呆れたようにレオンハルトを見る。

「わたくしを殺す気? 自己満足に付き合わせないでくださいな」

「…………」

夢魔の幻影だと、夢だとわかっていても、その言葉は容赦なくレオンハルトに突き刺さる。

それはかつて実際に言われた言葉だった。

夢魔は何を思ってこんな幻影を作り出すのか。

嫌がらせとしては最高だ。

「レオンハルト様、もういいじゃないですか。ドラゴンのことも、成人の儀のことも、忘れましょう? 全部忘れて国に帰って、臣下として平和に暮らしましょう?」

「……そんなことも言われたな」

別離寸前に。

レオンハルトはその誘いを断り、その結果ダンジョンに一人閉じ込められ、死に瀕することとなった。

たとえもう一度あの瞬間に戻れるとしても、その手を取ることはないだろう。

剣を抜く。

夢の中でも、ここに剣があると思えば剣は手の中に現れる。

「消えろ」

肩を揺さぶられ目を覚ます。

瞼を開くとディーの顔が見えた。

「レオン、おいレオン。だいじょうぶか?」

「ディー……?」

「やっと起きたな。かなりうなされてたぞ。悪夢でも見たか」

身体を起こし、周りを見る。他の仲間は眠っている。見張りのディーがレオンハルトを起こしてくれたようだ。

「……忘れた。夢魔の仕業だったのかな」

「マジかよ。忘れたなんてもったいねえなぁ。イイ夢見せてくれるんだろ?」

「他人事だと思って……そろそろ交代するよ。ディーは休んでくれ」

「おう、サンキュー。んじゃおやすみ」

ディーはすぐに寝袋に入って、すぐに眠る。

レオンハルトはひとりでロウソクの灯りの番をし、ダンジョンの暗闇を眺めながら、夢のことを考える。リゼットの夢を見た気がした。ほとんど何も覚えていなかったが。

早く本物のリゼットに会いたい。

声が聞きたい。

無事でいてほしい。

――本当は、休憩なんて必要なかった。

食事も最低限でよかった。

脇目も振らず深層に進みたかった。

焦燥感に駆られる身体と心を理性で制する。

(我慢だ……)

焦って失敗するわけにはいかない。

ダンジョン攻略には豊かな食事としっかりとした睡眠が必要なことを、レオンハルトはもう知っていた。

――第四層。風の吹く緑のエリア。

モンスターはかなり強くなってきたが、ギュンターもダグラスも物理アタッカーとして非常に優秀だったため、戦闘でパーティが崩壊することもなく順調に探索が進んだ。

今回はカナトコに会うことはなかった。元気にしていることを願いつつ、コカトリスとハーピーを焼いて食べる。

特にハーピーの卵は貴重な栄養源となった。適当な食べられそうな草と共に鍋にした。

第五層の滅びた街からは、賞金稼ぎはもう消えていた。大型モンスターもほとんどが消えていた。

中型モンスターを倒しながら下へ降りる階段を探す。

ミノタウロスを倒して肉を焼いて食べたあとに無事にトレントの倒木のある庭園を見つけ出し、ブドウを食べて腹ごしらえをする。

リゼットの分のブドウもたくさん摘んで、トレントのウロの中にある階段を降りた。

――第六層。

レオンハルトはいままでに経験したことのない緊張感に襲われながら、第六層に到達する。

ようやくここまで来た。実質的には四日ほどだろうが、気が遠くなりそうなほど長い時間ダンジョンをさまよっていた気もする。

ひとりではここまでは来られなかっただろう。

仲間のおかげでいまようやく、ドラゴンのいる部屋の扉の前に来た。

この扉の前に立つのはこれで三度目。

向こう側にきっと、リゼットがいる。

どんなことがあっても、どんな姿になっていても、必ず助け出す。

そう決意して、レオンハルトは扉を開けた。