軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

176 迷宮のミノタウロス

「――お。やっぱりあったぜ」

祭壇の下に隠し通路を発見して、ディーが嬉しそうな声を上げる。

リゼットも覗き込んでみたが、沈み込んでしまいそうな漆黒の闇が広がっていた。

「この下が、大聖堂の地下なのでしょうか。次の階層への階段にも感じますね」

「下りてみればわかる。でも、おそらく大聖堂地下への階段だ。短そうだし」

言って、レオンハルトが踏み込んでいく。迷いのない力強い足取りにディーが続き、リゼットもその後ろをついていく。

リゼットは灯火の魔法を使う。光量を強めにして、足元を照らす。

足音が石造りの空間によく響き、ほどなく階段が終わる。

「教皇に案内された場所に似ていますね」

教皇に案内された場所にそっくりだった。

光がまったくないところも、重苦しいほどの静寂が満ちているところも。

「やっぱあそこも地下だったんだろーな。厳重なもんだぜ」

「ああ。だが、ここは地上の大聖堂とは違って迷宮化しているみたいだ。充分気をつけて進もう」

「はい。いったいどんなモンスターが待っているのでしょうか」

わくわくしながら迷路となっている空間を進む。

「にしてもあの教皇? ガキに見えたけど何歳なんだろーな。財布スラれてるし」

また新しい紙に地図を描き込みながらディーが言う。

「見かけは子どもだが、俺には長命種に見えた。エルフの特徴はなかったが――」

「私には、年相応のヒューマンに思えました。とても重大な責任を負うことになって、大人びてしまったような……」

話しているうちに分かれ道に出る。

「ま、それはそれとして、たぶん構造は上のと同じだぜ。次はこっちに行けば――」

「ディー、道を覚えているんですか?」

「完璧じゃねーけど」

「すごいです……あんな暗闇の中で」

「誰にだって取り柄はあんだよ」

進む。モンスターの出現も、罠らしい罠もなく、順調に地図が広がっていく。

「……なんか、お前らと会ったときのこと思い出すな」

ディーがぽつりと呟いた。

「ゾンビに追われて偶然お前らと会って、ミミック食って……」

その時、通路の先に四角い影が浮かび上がる。豪華な装飾が施されたその箱に、リゼットの目が輝いた。

「まあ! 宝箱です! 財宝でしょうか、ミミックでしょうか、アイテムでしょうか。出来ればミミックでお願いします!」

ミミックはとてもおいしい。リゼットにとっては最上の宝だ。

興奮するリゼットの前で、ディーが深くため息をつく。

「近づきたくねーなぁ……」

「では、私の遠距離魔法で様子を見ましょう。大丈夫、加減します」

魔法を使おうとしたリゼットを、レオンハルトが止める。

「中に入っているのが繊細なアイテムだと壊れてしまうかもしれない。俺が行く」

宝箱に近づこうとしたレオンハルトを、ディーが横から押した。

「こういうのはシーフの仕事だっつーの」

ディーは宝箱に近づくと、その前に跪き、指先でそっと宝箱を撫でる。

「ミミックじゃねーな、これ」

興奮で声が上ずっている。

ピッキングツールを取り出し、慎重に解錠していく。その目は鋭く、すごい集中力だった。

――カチリ、と金属音がする。

ディーがそっと宝箱の蓋を開ける。リゼットも興奮しながら後ろから見ていたが、中は空っぽだった。何もない。二重底になっているわけでもない。本当に何もない。

「マジかよ……」

ディーはガックリと項垂れて、宝箱に寄りかかる。

「ふふっ」

「なに笑ってんだ」

「私にとっては、空の宝箱の思い出も大切な宝物です」

「そのセリフ本気で言うやつ初めてだぜ」

ディーが呆れたように、だが少しだけ楽しそうに言い、レオンハルトも苦笑していた。

その瞬間の空気は、やはりリゼットにとってはかけがえのない宝物だった。

「本当の宝は、いまここにいる仲間だーとか他のところで言うなよ」

「ええっ? 本心でもですか?」

「……ダメなのか?」

「いいから心の中にしまっとけ!」

――その時、背後からわずかに物音がした。

「――リゼット、前へ!」

レオンハルトに強く言われるがままに前に走る。

入れ替わるようにレオンハルトがリゼットの後ろに回り、盾を掲げた。

鈍い金属音がして、鋭い鉄の塊が床に突き刺さる。

盾により軌道を逸らされた両手斧だった。それを握るのは、二本の足で立つ牛頭のモンスター。頭には力強い二本の角が生えていて、手には両手斧が握られていた。

「――フレイムランス!」

火炎の槍で敵を貫く。

槍を受けたモンスターは、悲痛な声をあげて後ろに仰け反る。ぎらぎらとしていた目は虚ろになり、大きな身体が地面に崩れ落ちた。

そこでようやくまともに相手の姿を見る。

「ミノタウロスか……」

「これがミノタウロス……ついに……念願の……」

【鑑定】ミノタウロス。牛頭の怪物。迷宮で冒険者を待ち伏せ、襲って食べる。

――ノルンのダンジョンで、一度だけ食べたことのあるミノタウロス。

リゼット自身が戦ったわけではないので、それと知らずに食べてしまったため、充分に味わえていない。

今度こそ、その味を堪能したい――のだが。

「……牛頭の何か見えますが?」

「牛だよ」

ディーが力強く言う。

「立って歩くただの牛」

「なるほど。牛なんですね」

ならば何も問題ない。

「牛なら、やはりステーキでしょうか。でも、どうしましょう……さきほどフェニックスのから揚げを食べたばかりで、ミノタウロスのステーキは重いですよね?」

「……そうだな。まだちょっと早いかな……でも、肉はどれだけあっても無駄にならない。他の食材も減っているし、解体しておこう」

レオンハルトが率先して解体を進めていく。

「レオン、先ほどはありがとうございました」

「お互い様だ。君が無事でよかった」

ミノタウロスの解体が終わり、再び探索を続ける。

その後はモンスターに遭遇することもなく、ディーの描く地図はみるみる埋まっていく。

「たぶんここがあの部屋だな」

鍵付きの立派な扉を、ディーがピッキングツールで開ける。

――扉の向こうに広がっていたのは、間違いなくあの部屋だった。

中央には神の座がある。そしてその場所にも、周囲にも、人間もモンスターもいなかった。穴も開いていなかった。

荘厳な空間は、無人の広場となっていた。

安心したような、がっかりしたような、複雑な気持ちがリゼットの胸中に渦巻く。

「どうして、光も差さない地下に神の座を作ったのでしょう……?」

「『母神の右手』が天に帰ろうとするのを、少しでも阻止するためじゃないか?」

「でも、こんな暗闇の中でひとりなんて……寂しすぎます」

――秘中の秘、と呼んでいたくらいだから、その場所を知るのはごくわずかの人間だけだろう。

空すら見えない闇の中でひとりだなんて。どこにも行けず、何も見れず、悠久の時をただの器として過ごすだけだなんて。

自分がその立場になる可能性を想像し、ぞっとした。

そして、いままで何人もいたであろう、神の座についた聖女たちに敬意を払った。

顔を上げると、部屋の一番奥に、階段の影が見える。通常の階段とは雰囲気が違う、異界へ繋がる階段が。

そしてやはり、帰還ゲートはない。

「――第二層クリアですね。次に行きましょう」

リゼットは前に踏み出す。立ち止まってはいられない。そして一歩一歩、階段を下りていった。