軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

177 side教皇アマスフィア

霊峰の頂――母神に最も近い場所にある大聖堂、その屋上にある祭壇で、教皇アマスフィアは神に祈りを捧げ続けていた。

強い日差しが降り注ぐ

そこにやってくるハーフエルフのユドミラ

ユドミラはアマスフィアの忠実な部下であり、優秀な審問官であり、信頼のおける相手だった。

「――ただいま戻りました。教皇様」

ユドミラの左目には眼帯が巻かれていた。

未来を予知する魔眼――それが失われてしまったことに、アマスフィアは胸を痛めた。

「ユドミラ……大変でしたね」

「いえ、これしきのこと……」

「回復術士を手配しましょう。しばらくは回復に専念しなさい」

「……ありがたきお言葉……」

ユドミラの右目から涙が零れ落ちる。

アマスフィアにとっても、女神教会にとっても、魔眼の損失は痛手だった。

ウルファネ・アスライの予言の精度は低い。彼女の魔眼と合わせて、未来の的中率を高めてきたのに。魔眼は女神に関する未来は一切見えないが、それでも利用価値は高かった。

失われてしまったことは大きな損失ではあるが、依存するほどのものでもない。

それでも、復活したらいいとは思う。彼女自身のためにも。

「……あの、真の聖女様は……」

「エルテリア殿は母神の御許に還り、リゼット殿は巡礼の旅へと出ました。これでしばらくは安泰……世界の秩序は守られたのです」

これで当分の間は大地の巨人が復活することはない。

(あとはウルファネ・アスライがうまく導いてくれるでしょう)

アマスフィアが教皇になるよりもずっと前から、ダンジョンを管理していたあの男なら。

――『母神の右手』について知るものは、女神教会でもごくごく一部のものだけだ。

教皇と、次期教皇となるものと、信頼のおけるわずかなものだけ。

世界を守るには、秘密にしておかなければならないことがある。

民は知らなくていい。知れば余計な混乱が起こる。悪しきことを考えるものが出てくる。

――ダークエルフのように。いまだ巨人を信仰する悪しき者どものように。

だからこそ、秘中の秘なのだ。

公にしてはならない。

余計なことを知ったものは、すべて消しておかねばならない。世界の秩序を守るために。

「教皇様……修道者メルが到着しましたが、いかがなさいましょう」

それは、審問官であるケヴィンとユドミラに回収を命じたものの名前だ。

――リゼットの妹である、修道者メル。昔の名前はメルディアナ。

黒魔術を使って聖痕を奪い取り、聖女の座に収まろうとした俗物。

ウルファネ・アスライの予言は、この度はすべて真実となった。

――新たに生まれる真の聖女は、黒魔術師と妹の手によりダンジョン送りとなる。そしてそこで、女神に認められ聖遺物を手に入れる。

――真の聖女は、妹を許す。

「……黒魔術師を確保できなかったのは残念でしたね」

「申し訳ございません。ノルンに到着した際には、すでにリゼット様の手により――……」

メルディアナの所業は到底許されるものではない。

だがメルディアナの愚かな行ないにより、聖女リゼットは真の聖女となった。ある意味では、彼女の成果と言えるかもしれない。

――女神教会の戒律では処刑するべきだ。

しかし、聖女リゼット自身がメルディアナを許した。家族愛か、慈悲か。

利用価値が出ると思って処刑せずに手元に置くため、審問官に確保を命じたが――……

「不要」

既にリゼットは巡礼の旅に出た。

「――ユドミラ。戒律に従い、罰を与えなさい」

女神教会に死刑はない。

罪人の送られる先は、ダンジョンと決まっている。

女神は寛容だ。あらゆるものを地上に与えた。そしていまも天空から地上を見守っている。

女神は寛容だ。だが、この地上に不要なものや、役に立たないもの――穢れたもの――そんな、女神の御許に相応しくないものは、大地の下へ送るのだ。

「御心のままに」

そう答え、ユドミラが静かに下がる。

空の下で祈りを捧げながら、アマスフィアの心が何故かざわめき始めた。

風が強くなり、空があっという間に雲に覆われ、ポツリと雨が降り出す。

湧き上がる不安感を、アマスフィアはうまく落ち着かせることができなかった。

万事、うまくいっているはずだ。

真の聖女は、つつがなく『母神の右手』と同化し、ダンジョンの底を目指しているはずだ。

できるだけ深くに潜って、身を捧げてくれれば、いままでと同じように世界の秩序は守られる。

必ずそうなるはず。

そうならなければならない。

真の聖女ならば必ずそうする。そうしなければ世界が滅ぶとわかっていて、抗う聖女はいない。

女神たちに認められた魂の持ち主なのだ。

決して使命を疎かにしない。必ずこの大地は守られる。確信がある。

――なのに、この不安感はなんだろう。

「母神よ――……我らをお守りください」

打ち付ける雨の中、教皇アマスフィアは祈り続けた。