軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 冷酷非道の第二王子【ヴィルハインside】

イースにハンカチをもらった翌日、ヴィルは王宮の執務室で仕事をしていた。机にそのハンカチを置き、時々眺めて癒されつつペンを動かしていると、側近が声をかけたきた。

「本日はとても機嫌がよろしいようで。何かいいことてもあったんですか? ――第二王子殿下」

「ああ」

ヴィル――ではなく、ヴィルハインの美しい唇が、扇の弧を描く。

「 番(イース) に会ってきた」

イースに名乗ったヴィルはただの略称だ。本当の名前は、ヴィルハイン・セレスティア。ザナルティア竜王国の第二王子だ。

他人を操る異能を持つヴィルハインは、目的のために手段をいとわない冷酷非道な王子として、周囲から恐れられている。

だから、彼女には身分差も評判も気にせず、普通のひとりの青年として接してほしくて、正体を隠すことにしたのだ。もちろん、いずれは打ち明けるつもりでいるが。

セレスティア王家の始祖は、竜の中でも特に力のある竜王だったと言われており、王族には竜王の魂の一部が引き継がれている。

ヴィルハインはそんな王族の中でもとりわけ竜の血が濃く、子ども時代はずっと、竜病との戦いだった。

しかし、竜病はあらゆる種族の頂点に立つ竜族が、力を悪用しないために必要な試練だとも言われている。ヴィルハインも、痛みを味わうことで、他人の痛みに共感できるようにはなった。

そして、竜族は番に出会うと、優しく、大切に、守っていく。

改めて先日、イースに会ったときのことを思い出す。公務で王都を歩いたら特別な気配を感じて、路地に足を踏み入れた。そこで、花嫁姿のイースを見た瞬間、心に爽やかな風が吹き抜ける感覚があった。

『なら、俺が攫ってあげよっか。――花嫁さん』

魂の震えをどうにか抑え、イースの手を引いて走り出していた。

「実に十年ぶりの再会ですからね」

「透き通るようなあの水晶眼を見たとき、すぐに彼女だと分かった」

イースは忘れているだろうが、ヴィルハインとイースは十年前に一度出会っている。

生まれる前から魂が深く結びついているたったひとりの相手、彼女こそが番だと、本能で理解した。番うのは本来竜族だけだが、例外的に、他種族に運命の相手がいる場合もある。

(忘れられるはずがない。イースは十年前、竜病の症状が出ていた醜い俺に、唯一微笑みかけてくれた)

名前も身分も何も聞けずに別れてしまったが、彼女を番だと確信したヴィルハインは、十年間再会を夢見ていた。

「それで、何か分かったか?」

異国から病気の弟と引っ越してきたばかりと聞き、側近に素性を調べさせていた。

「はい。イゾルテ王国のディアン公爵家から失踪したイース・ディアン様と、その弟のルビ様で間違いないでしょう。結婚した翌日に弟を連れて屋敷を出て以降、公爵が血眼になってお二人を探しています。ただ――」

側近は続ける。

「イース様が投函箱に届けを出し、おふたりはすでに離婚が成立しているようです。サリアス様は離婚成立の通達を受けてもなお、イース様に執着しておられるようで……」

イースたちがこのままあのアパートで暮らしていたら、ディアン公爵家の追っ手に見つかるのも時間の問題だろう。

もし見つかれば、サリアスに報復として何をされるか分かったものではない。

だからヴィルハインは、第三王子ルイの侍女になることを提案した。王宮の手の届く場所に置いていた方が、守りやすいからだ。加えて、王宮には使用人のための部屋も多く用意されており、現在イースたちが暮らしている家より清潔で快適なはず。

だが、ルイの侍女を探していたのは事実。最大限のサポートはするつもりなので、イースにはなんとか頑張ってほしい。

「結婚した翌日に逃げ出すなんて、よほどの事情があったんだろう」

「恐らくは。十七歳はまだ大人ではありません。小さな弟を連れて異国に来るのは、並の覚悟ではなかったでしょう」

イースだけではなく、多くの精霊族が番にひどい目に遭わされている。

ヴィルハインは地を這うような声で言う。

「…………到底、許せないな」

イゾルテ王国で、番制度は人族が希少な精霊族を支配する特権として存在している。ザナルティア竜王国が信仰してきた文化を歪め、汚したのだ。

竜族たちも、各地で抗議運動をしてイゾルテに訴えてきた。

ザナルティア竜王国は、番制度を守るために長い時間をかけて、イゾルテ王国の貴族を取り込んできた。また、ザナルティアが侵攻を開始した現在、イゾルテでは番制に不満を抱いていた者を中心に分断が起き、内部崩壊が進んでいる。

必ず、番制度撤廃を条件に和平を結ぶつもりだ。

イゾルテ戦争の責任者となっているヴィルハインは、軍事的手腕が高く評価された。一方で、冷酷非道という噂に説得力が増し、ますます人が寄ってこなくなっていた。

すると、側近が言った。

「それで、イース様についてはどうするおつもりですか?」

番同士は、会った瞬間に共鳴し、お互いが運命の相手だと理解する。だが、竜族以外はその直感が弱く、イースはまだ気づいていないかもしれない。

「もちろん……」

ウィルハインは組んだ両手の上に顎を乗せ、鋭い眼差しで側近を射抜いた。

「逃すつもりはない」

その瞳には、竜の本能のような熱が宿っており、圧倒された側近は固唾を呑む。

だがそう言ったあと、ヴィルハインは人好きのする柔らかな笑みを浮かべた。

「――なんて、威勢のいいことを言ってみたけど、好きになってもらえるよう頑張ってみるさ。今はただ、彼女に優しくしたくて仕方がない。……竜の本能ってやつなのかな」

せっかくもう一度出会えたのだから、イースのことをもっと知りたい。

新郎に暴力を受けた花嫁の身代わりになっていたのには驚いたし、竜病の弟を慈しむ様子には胸を打たれた。

ただ、番だからという理由だけではなく、彼女のことが気になっている。

「イースとルビに護衛をつけておけ」

「かしこまりました」

◇◇◇

数日後、イースは第三王子ルイの侍女の面接のため、王宮に来ていた。もし合格すれば、王宮にルビと一緒に引っ越すことができる。

今の家は、ほこりっぽくて隙間風が吹くし、床は傾いているしでボロボロ。

ルビの病気に障る心配もしていたので、できれば王宮の清潔な住まいで暮らしたいところだ。

面接が行われたのは、王宮の応接室だった。

黒曜石の床は磨き抜かれ、天井から吊るされたシャンデリアは、星のように繊細な輝きを放っている。

メイド長がやってきて、簡単な挨拶をしたあとに言われた。

「それでは、イース様にはさっそく本日からルイ様のお世話をしていただきますので」

「今日からですか!? 今日は面接だけと伺ってたんですけど」

「何か問題でも?」

「い、いえ」

「あなたを採用するかどうかは、ルイ様ご本人に決めていただきます。――では、ご案内しますね」

メイド長は気難しそうな雰囲気の女性で、釣り上がった眉尻と目尻、それから縁の細いメガネが特徴的だ。

案内してくれる彼女の後ろをついて歩く。巨大な回廊はあちこちに竜をイメージした装飾が施されていて、両脇にいくつも彫刻が並んでいた。

「こちらのお部屋でございます」

彼女はとりわけ大きな扉の前で立ち止まり、ノックをしてレバーに手をかけた。

「ルイ様、新しい世話役を連れて参りました」

「――入れ」

ゆっくりと扉を開くと、彼は立っていた。

凛とした雰囲気に、はっきりとした顔立ちの少年。身長も体格も、ルビとほとんど同じだ。

彼はつかつかとこちらに歩み寄り、こちらに聞こえない声でぼそっと呟いた。

「あんたが兄上のお気に入りか」

すると、ルイはぱっと顔を上げ、凛とした笑顔で言った。

「よく来たな」

「えっと……は、はじめまして。イースと申します。本日は面接に――」

「知っている。資料は読んだ。弟とふたりきりで暮らしているなんて大変だな」

ヴィルからは手に負えない子どもと聞いていたが、とてもしっかりした印象を受けた。

それからルイは、メイド長の方を向いて言う。

「案内ご苦労だった。あとはこの人とふたりでいいから。あんたは下がっていてくれ」

「かしこまりました」

メイド長は恭しくお辞儀をしてから、ルイの部屋を出ていった。

(不安だったけど、うまくやっていけるかも……?)

にこにこと微笑むルイに、イースも微笑み返す。

だが、メイド長がいなくなった瞬間、ルイから先ほどまでの愛らしい笑顔が消えた。

冷たい表情でぶっきらぼうに告げられる。

「最初に言っておく。働かせてやってもいいが、俺に構うな」

「……!」

その言葉に、イースは目を見開いた。