軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 竜の末裔

「それでね、今度その人に会ってほしいの」

「うん、分かった」

その日、家に帰ったイースは、今日のこととヴィルのことをルビに話した。

まさか、第二王子の近衛騎士と知り合いになれるなんて思わなかった。

王宮の面接には間に合わなかったが、一番の目的であるルビの病気の情報に近づけたので、かえってよかったかもしれない。

「でも今日は、大変だったね」

「本当よ。たくさんの人に追いかけられて、姉様、怖くて足が震えたんだから」

「花嫁姿で攫われるなんて、おとぎ話みたいだね。助けてくれたその人のこと、好きになった?」

「!」

イースの顔が朱に染まる。

出会った瞬間の痺れるような衝撃を、思い出した。

ときめきはあったが、あれは吊り橋効果のようなものだ。そう自分に言い聞かせながら、口をついたように漏れる。

「確かに、かっこよかった、けど」

「はは、姉様顔赤い」

そう言ってルビは、くすっと微笑んだ。

◇◇◇

数日後、住所を教えておいたヴィルが、イースの家を訪れた。

「お邪魔します。はいこれ、お見舞い」

「わざわざありがとうございます」

このボロ屋には不釣り合いな、立派な服を着た彼。果物がたくさん入ったバスケットを受け取ったあと、イースは一度ヴィルを玄関の外に連れ出して言った。

「弟の姿を見ても、驚かないであげてください」

「分かってるよ」

誰かをルビに会わせるとき、イースはいつも同じ前置きをする。みんな了承してくれるが、いざ会うと嫌悪感のようなものを隠しきれず、ルビは敏感にそれを感じ取っては傷ついてきた。

ひどいときは、サリアスのように直接ルビを傷つける言葉を言う人もいた。

しかし、ヴィルはルビを見ても少しも態度に出さなかった。

「こんにちは」

「はじめまして、ルビです」

「ちゃんと挨拶できて、偉いな」

寝台に座るルビに目線を合わせ、床に膝をつくヴィル。

「肌を見てもいいかな?」

「はい」

ルビはシャツをそっと脱いで、凹凸のある皮膚を見せた。ヴィルはじっくり観察しながら言う。

「君はイゾルテから来たそうだね」

「はい」

「この国に来てから、ちょっと症状が落ち着いたんじゃない?」

その質問に、ルビからはっと息を呑む気配がする。

「…………どうして分かるんですか?」

ルビは不思議そうに首を傾げた。

そういえば、この国に来てから、体を洗うときにあまり痛がらなくなった気がする。加えて、いつも皮膚が剥がれたところから出血していたが、今はなぜか落ち着いていて。

どうしてそのことをヴィルが知っているのかと、イースがルビと同じように首を傾げていると、ヴィルは続けた。

「今まで誰にも分かってもらえなくて辛かったでしょ」

「はい。でも、姉様がいたから頑張れました」

「よく頑張った。でももう大丈夫。この病気は治る。竜病と呼ばれる――竜族の血を引く者に現れる病気だ」

「……!」

それを聞いたとき、イースは目を開いた。

(まさか、お父様の愛人は――)

イースとルビは異母姉弟で、ルビの母親はルビを産んですぐに亡くなっており、素性が分からなかった。恐らくルビの母親は、ザナルティア竜王国の人だったのだろう。道理で、イゾルテ王国では原因も病名も分からないはずだ。

イースはヴィルに尋ねた。

「竜病は、竜族なら誰でもなるものなんですか?」

「いや、王族やそれに近い血統とか――竜族の血が濃い者にごく稀に発症する。だから、あまり世には知られていないんだ。でも、竜の力をコントロールできるようになれば、症状は治まる。この病気は、絶望するようなものじゃない」

その言葉を聞いて、イースがどれだけ救われた気持ちになったか分からない。

これまで、どんな名医に診せても匙を投げられ、真っ暗な闇の中をさまよっている気分だった。しかしそこに、ようやく一筋の光が差し込んだのだった。

鉛のように重かった心が、何段階も軽くなっていく。

(よかった。ルビは、治るんだ)

ルビが普通の子どものように、外で楽しく遊んだり、友達を作ったりする未来を思い描いてもいいのだろうか。

竜病は、竜の力を正しく制御できないと、その力を皮膚を通して出そうとすることで起こる疾患だ。

呼吸法と瞑想で、竜の力をコントロールしていかなければ根本的な解決にはならないが、竜の魂が宿るとされる竜木を削って、継続的に飲むことで症状を一時的に治めることもできる。

「この国には竜木の神気が満ちているから、症状も楽になったんだと思う」

最後にヴィルはそう結論づけた。すると、ルビは握り締めた小さな拳の上に、ぽたぽたと涙を落とした。

どんな辛いことがあっても滅多に泣かないルビが流したのは、嬉し涙だった。

「そっか。治るかも、しれないんだ……」

「うん。治るよ」

「姉様の役に立てるようになりますか?」

「ああ、もちろん。元気になって、姉さんを楽させてやりな」

「はい!」

無邪気に笑ったルビの頭を、ヴィルが撫でた。

ヴィルは、竜木の若葉を煎じた茶葉と、一枚の紙をイースに預けて言った。

「これを毎日弟に飲ませてあげて。こっちは、君に」

「私に……?」

折ってある紙を開くと、王宮での再面接について書かれていた。イースがびっくりして顔を上げると、ヴィルは決まりよく目配せした。

「メイド長にお願いしたんだ。第三王子殿下の侍女の枠で、特別に面接してくれるって」

「第三王子様のお側付きですか……!? そ、そんな、私なんかが恐れ多いです」

ルビと同じ九歳の、第三王子。

王族の侍女は、貴族令嬢から選ばれるのが基本だ。今のイースのような素性のよく分からない異国人が務めていい役職ではない。

「実は殿下はとても気の難しい方でね。ひと月ももたずにみんな辞めてくんだ」

「もって一ヶ月……ですか」

「だから、身分を問わず窓口を広げて募集してるってわけ。あとこれが、給与とか条件面」

渡された条件の紙を見て、イースは目を見開く。そこには、下級メイドの給料をはるかに上回る金額が書かれていた。

(これ、ゼロの数が間違ってるんじゃ……。でも、ルビの将来のために少しでも貯められる方がいい)

すると、ヴィルはどこか切実な表情で言った。

「俺もあの子が信頼できる侍女を見つけてあげたいと思っていてね。どうかな? もちろん、無理にとは言わないけどね」

(あの子……?)

それは、ただの近衛騎士が第三王子を呼ぶにはふさわしくない、慣れた呼び方に感じた。

「面接、行ってみます」

「本当に?」

「お仕事を探していましたし、子どもは……好きなので」

「ありがとう、助かるよ」

ヴィルはイースの手を取って、感謝を述べた。突然触れられてびっくりしたイースがほのかに頬を染めると、彼は手を離した。

「それじゃ、また様子を見に来る。困ったことがあったらいつでも言って」

「はい、ありがとうございます。あの……これ、お礼です」

ヴィルに、かわいらしい包装紙に入ったハンカチを渡す。これは、イースが身につけていた髪飾りを売って買ったものだ。

彼は裕福そうだし、こんなものを贈っても嬉しくはないだろうけれど、感謝を示したかった。

黄色い花の刺繍が入ったハンカチを見て、目の奥を揺らす彼。

「新しい生活で大変なのに、俺のためにわざわざ選んでくれたの?」

「本当にささやかですけど」

「こんなに嬉しい贈り物をもらったのは初めてだ。宝物にする」

ヴィルはそう言って目を細め、家を出て行った。

テーブルに置かれた果物のバスケットと薬草を見つめ、改めて彼に感謝を抱く。

そして翌朝、ルビに起こされて玄関の外を見に行くと、イースとルビの新しい服や医療品、日用品などのプレゼントが山積みになっていて驚かされるのだった。

差出人の名前はなかったが、すぐにヴィルからだと分かった。