軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

09 身代わりの花嫁

颯爽と現れたその人はイースよりずっと背が高くて、貴族のような身なりをしていた。

彼は不敵に口角を上げると、「こっち」と囁き、手を引いて走り出す。

(この人は、誰……?)

青年と一緒にそのまま、細道を駆け抜けていく。

男の人と手を繋ぐのは初めてだった。イースの手をすっぽりと覆ってしまうほど大きく、指は長いが筋があまりなくしなやかで。

「あ、あの……っ、はぁ、はっ……」

「頑張って走って。追いつかれるよ」

すると後ろから、先ほどの新郎だけでなく、複数の礼服を着た男性たちが追いかけてきた。

「あそこだ! 捕まえろ!」

青年は次々に角を曲がり、細い道を走っていく。曲がり角で彼は背後から手でイースの口を抑え、息を潜めて追っ手を撒こうと試みる。

「静かに」

こくん、と頷いてじっとするが、しばらくして追っ手に見つかってしまい、またふたりは走り出す。

しかし、とうとう両側から追い詰められて、逃げ場をなくしてしまう。

「大人しく花嫁を返せ。そいつにエリーの居場所を吐かせなきゃならないんだ」

「どこにいるかなんて知りません。……仮に知っていたとしても教えないけれど」

イースの言葉に、花婿がチッ、と舌打ちする。

「本当に生意気な女だ。だが、もう逃がさないぞ」

彼と仲間はじりじりと詰め寄ってくる。

すると、青年がイースの肩を抱き寄せながら、男性に言った。

「よっぽど追いかけっこが好きなんだな」

「は……?」

「だが、タイムオーバーだ。――花嫁は渡さない」

青年ははっきりとそう宣言したあと、さらに花婿とその仲間たちに告げた。

『去れ』

パチン、と青年が指を鳴らす。

すると、追っ手は皆虚ろな目をして、くるりと踵を返した。去っていく花婿たちの後ろ姿を、呆然と見送るイース。

「大変な目に遭ったね。大丈夫?」

「はい。助けていただきありがとうございました」

「どういたしまして」

「さっきの力……。あなたは、竜族……ですか?」

少し間を空けたあと、青年答えた。

「ああ、そうだよ」

ゆるりと持ち上がった口角。爽やかな笑顔を浮かべる青年の黒髪を、風がそっと揺らしていた。

この世界には様々な種族がおり、イゾルデ王国では、人族と精霊族が共存している。

ザナルティア竜王国では、竜族が治世を行っており、竜の血を引く彼らは、特別な異能を使うことができると言われている。

知恵と強靭な肉体、特別な異能を持つ竜族は、あらゆる種族の中の頂点に君臨する。

(追っ手の人たちを操ったのも、竜族の異能ね。初めて見たけれど、すごい力)

そして彼らは、人族や精霊族と違って――本物の番制度を信仰してきた。

◇◇◇

イースは途中の店で青年が買ってくれた服に着替えてから、離れた場所に移動した。

「で、花嫁さんはどうして追われてたの?」

「実は――」

イースは事情を話した。

「そっか。じゃあ君があの人と結婚したわけじゃなく、身代わりになっただけってわけね」

「はい」

すると、彼はなぜか安心したように息を吐いた。

「君は優しいんだね」

「い、いえ。あの女性、無事だといいんですけど。これから、どうしていくんでしょうか」

「大丈夫。人生は良いことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもない。きっと新しい未来を切り開いていけるよ」

彼の優しい言葉に、不思議な安心感を覚えた。

「あの、助けていただいたお礼をさせてください」

すると、彼はおもむろにイースの片手を取り、こちらの顔を覗き込むように言う。

「じゃあ――俺の本物の花嫁になって」

「!? え、は、はな……!?」

「もしかして、恋人がいるの?」

「いない、ですけど……」

「俺は好みじゃない?」

「それは…………」

正直、ものすごく好み……ではある。

けれどあまりに突然の求婚に真っ赤になって動揺していると、彼はイースの手をそっと離し、喉奥をクッと震わせて笑った。

「ごめんごめん。お礼とかそんなの気にしなくていいから」

イースは、自分が異国から来たばかりで、今日は面接に行く予定だったことも説明する。

すると青年は、時計台を一瞥して言った。

「王宮の面接、間に合いそうにないね」

「仕方ないです。縁がなかったって思うことにします」

「…………」

口では「仕方ない」と言いつつも、やっぱり悔しくてしおしおと肩を落とす。

「どうして王宮で働きたいの?」

「第二王子殿下のご病気について、知りたかったからです。もしかしたら、弟も同じ病気かもしれなくて、治す手がかりが欲しいんです」

そのとき、青年の形の良い眉が、ぴくりと動いた。

「どんな症状か聞いても?」

「皮膚が乾燥して、鱗みたいにボコボコしてるんです。痛みや痒みがあるので、いつもすごく辛そうで」

「……そう」

すると青年は背を丸め、イースの目をまっすぐ見つめていった。

「もしよかったら、その子に会わせてくれないかな。第二王子殿下の病気のことならよく知ってるよ。治療法もね」

「ほ、本当ですか……!? ぜひ、弟に会ってあげてください!」

そしてイースは、この不思議な青年を、ルビに会わせることにした。

「俺はヴィル。第二王子殿下の近衛騎士をしている。君の名前は?」

「イースです」

「イース……」

ヴィルは、噛み締めるようにイースの名前を呟く。

「ザナルティア竜王国へようこそ。歓迎するよ」

今日の出会いは、イースにとって忘れがたく特別なものになる。

だがこのときのイースは、自分の運命の歯車が大きく動き出していることに気づいていなかった。