軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第373話 魔人大陸2

セラス・ゲート・ブラッド伯爵夫人、出陣。

その一報に最も顕著に反応したのは、味方陣営だった。

メリーやマルコーム含めて慌てて彼女から距離を取る。

悪漢共は彼らの反応に首を傾げる。

『ついに大将同士の一騎打ちということか。相手があの愚弟ではないのが残念だが、特別にこの儂自ら相手をしてやろう!』

『さすが兄者だ!』

ピュルッケネンは、なぜか得意気な顔をしてセラスと対峙した。

彼にまともな戦闘経験は無い。

あるのは子供の頃から好きで読んでいる英雄譚や勇者物の書籍知識のみ。

彼は今、物語の主人公――勇者や英雄の立ち位置に自らを置いているのだ。

自分こそ悪の愚弟に嵌められ、苦しむヴァンパイア族を開放しようと立ち向かう勇者、英雄であると。

「ええ、思う存分やりましょう。 私(わたくし) もこの戦いを楽しみにしていましたの。本当に楽しみでしかたありませんでしたのよ」

触手の怪物化したピュルッケネン達を前にしても怯えるどころか、セラスは言葉通り心底楽しみにしていた。

ようやくあの時、数年前の戦争での無念を晴らすことができる。

自分の不注意で夫の足を引っ張った。しかもピュルッケネン達は大切な部下を唆し、自身を刺させた。

彼が自責の念で今でも苦しんでいるのを彼女は知っている。

彼の性格上、そのことを一生気に病むだろう、とも。

評価できる点は、あの事件が娘を大きく成長させたのと、可愛い義理息子が出来たぐらいだ。

それを差し引いても自身の油断と罠に嵌めてくれたピュルッケネン達を許すことなどできない。

「さぁ、積年の鬱憤をどうぞたっぷりと受け止めてくださいね」

『ほざけ売女が!』

ピュルッケネン達の触手がセラスへと襲いかかる。

彼女は余裕の微笑みを変えず、両手に握っている剣を振るう。

セラスは触手に捕まらないよう動きながら、両手の剣で切り払っていく。

戦い方は堅実で、玄人が好みそうなスタイルだった。

確かに十分強いが、メリーやマルコーム、ギギや他ブラッド伯爵家使用人達が恐れおののくほどではない。

『がははははは! どうした、どうした! その程度の実力では儂は倒せんぞ!』

『まったく! 兄者の言う通りだ!』

ピュルッケネン達は気分よさげに声をあげる。

触手に痛覚は無いため、いくら切り払われても問題がない。

さらに触手はぶよぶよとしたピンクの肉塊から、いくらでも生やすことができる。

斬られた先端からも再度復活するので、現状はセラスが無駄に体力を削っているだけだった。

そして、ついに触手がセラスの動きを捕らえる。

触手が彼女の両剣に絡みつき、その動きを止めたのだ。

セラスは触手から剣を抜こうとするが、魔力の無い女性の腕力ではびくともしなかった。

ピュルッケネンが勝利の笑い声をあげる。

『がははは! ヴァンパイア族の正統当主であるこの儂に、女子供が本気で勝てると思っていたのか? 儂が本気を出せば貴様を無力化するなど造作もないわ! 今すぐ這い蹲り、泣いて命乞いをすれば同じヴァンパイア族同士。命だけは助けてやらなくもないぞ?』

『さすが兄者! 何という優しさだ!』

ニヤニヤと嗜虐心が全面に出た表情でピュルッケネンは、降伏勧告をしてくる。

ただ声音やその態度は、『命乞いをしても絶対に許さん』と如実に語っていた。

セラスはピュルッケネン達の要求に耳を貸すどころか、

「貴方の攻撃範囲、触手の動きや速度はおおよそ把握できたわ。それじゃそろそろ始めましょうか」

反撃の狼煙を告げる。

セラスは触手に絡まれた剣を再び引っ張る。

今度はするりと、触手から剣が抜けてしまう。

『!?』

これにはさすがのピュルッケネン達も驚きの表情を浮かべる。

なぜなら、先程まで握っていた刃が、まるで同じ触手のように柔らかくグネグネと変質したからだ。

金属の硬さから、突然柔らかいゴムのようなモノになった状態で引っ張られたため、握り続けることができなかったのだ。

セラスは妖艶な笑みのまま硬度を変化させた鞭状の剣を手元で回転させる。

すぐに常人では目で追いきれない速度へと到達。

右腕を一閃。

鞭状となった金属製の刃が、触手を複数切断、千切り飛ばす。

一度では終わらない。

両手に握った鞭状の刃――鞭剣を全身で振るい触手を今までの数倍以上の速度で切り裂き、千切り飛ばしていく。

彼女が海賊狩り時代から使う愛剣は、少々変わった魔術道具で魔力を流すと刃が鞭状に変化するのだ。

現在は魔力が消失しているため、魔石で代用しているが。

全力で使用した場合、約10分ほどで元に戻る。

そのため魔石魔力の温存のため、悪漢共の相手はメリー達がしたのだ。

海賊狩り時代は、この剣を両手に握り締め肉体強化術で体を補助。

船上を高速で移動しながら、鞭剣を振るい攻撃魔術を放つ戦闘スタイルで多くの海賊達を狩りまくっていた。

さらに質が悪いのは、鞭剣を攻撃だけではなく移動手段にも使っていた。

船の上で鞭剣をマストや壁に突き刺し、突然方向転換するなど予想もつかない不規則な動きで相手を翻弄した。

また魔力を流す量を増やすと刃が細くなるが、距離が伸びる。遠距離にいる敵船に突き刺し、単騎で乗り込んだりもした。

そのまま敵船の乗員全員を殲滅したこともあるとか。

気付ば道ばたの雑草を刈るように魂を狩る――故に『 魂狩(たまが) りのセラス』と二つ名で呼ばれ、海賊達を震え上がらせたのだ。

また一部、彼女と戦った男性海賊達が、命からがら逃げることに成功。

しかし下半身についているはずの別のタマが切り落とされていた、という逸話もある。

あまりに鞭剣の速度が速すぎて、敵側は斬られたと認識できなかったらしい。

これが海上限定ならダン・ゲート・ブラッドより強い、と噂されるセラスの戦い方である。

これがメリーやマルコーム、使用人達がセラスに怯えて慌てて距離を取った理由だ。

彼女の攻撃範囲に入った問答無用、気付いたら『死んでいた』や『腕、足が千切れ飛んでいた』なんてことがありうるからだ。

その危険は使用者であるセラス自身にも言える。

操作を誤れば鞭剣の刃は自身の体に当たり、腕や足が下手をしたら千切れ飛ぶ。

にも関わらず彼女は笑みを浮かべたまま駆け、止まり、その場で回転したり――複雑な動きをしているにもかかわらず鞭剣を操作し続ける。

一歩間違えば、自身の重大な傷を負うというのに。

セラスはまったく躊躇わず鞭剣を振るい続けた。

『こ、この、調子にのるなよ!』

ピュルッケネンは顔を真っ赤にして、負けじと触手を生やし襲わせる。

だがセラスが右腕を振るうたびに10本の触手が切断され、左腕を動かすとさらに10本が千切れ飛ぶ。

両腕を動かすと、さらに多くの触手が切断、千切れる。

次第に触手の再生をセラスの鞭剣が上回る。

その刃は次第にピュルッケネン達本体へと到達し始めた。

『グギィ!? グギャアァァ!』

刃がピュルッケネン達の本体を削る。

触手と違って本体には痛覚があり、思わず彼らは悲鳴を漏らす。

構わずセラスは鞭剣を振るう。

そのたびにピュルッケネン達本体からピンクの肉片が削ぎ落とされる。

『ま、待て! ちょッ、ぎゃぁ! ちょっとま、ウギャアァ!』

まるで生ハムの塊をナイフで少しずつ削ぐように、鞭剣が本体を斬っていく。

セラスが舞うように、踊るように両腕を、全身を使って鞭剣を振るうたび、ピュルッケネン達の悲鳴が響き、ピンクの肉片、触手が千切れ、斬られ、削られていく。

「くふ」

セラスが小さく笑う。

『や、止め、ヒギャァ! わ、儂は、ヴァンパイア族の正統な、アァッ、ギャァア! 正統な当主に対して、グアァァッ!』

「ふふふふふふふふ」

鞭剣が削る――削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る。

この時点で、ピュルッケネン達はただただ一方的な攻撃に受けるだけになっていた。

「あは、あはははっはっはははは!」

ピュルッケネン達の悲鳴が響き、肉と触手が飛び散るたび、セラスの笑い声も増幅していく。

幼子の少女が楽し気に笑うように、無邪気な声をセラスはあげる。

その姿を前に敵である悪漢達、味方であるメリー達、誰も彼も戦いを忘れて彼女の姿に見入る。

皆、野蛮で美しい宗教儀式を目撃したかのように、セラスの戦いに魅了され目が離せなくなってしまったのだ。

これがダン・ゲート・ブラッド伯爵の妻で、クリス・ガンスミスの母、セラス・ゲート・ブラッド夫人の戦い方だった。