軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第372話 魔人大陸1

魔人大陸。

数年前、ダン・ゲート・ブラッドの実兄達に戦争をしかけられた戦争の舞台となった平野に、両陣営が集まっていた。

神核(しんかく) を手に入れたランス・メルティアによって、元ヴァンパイア族本家当主、長男ピュルッケネン・ブラッドと次男ラビノ・ブラッドは二人一つに融合し、巨大な肉スライム状態になっていた。

巨大なピンク色の肉塊の中、二人の顔が並んでいる姿は誰がどう見ても気色が悪い。

体中から触手を溢れさせ、うねうねと動かしている。

触手は見た目は柔らかそうだが、鞭のようにしならせたり槍のように鋭くしたりして、通りがかった魔物を一撃で仕留めていた。

そんな怪物化したピュルッケネンの陣営には、約1000人近い魔人種族達が集まっている。

見た目は粗暴者や気位が高そうな者、下卑た薄笑いを浮かべる者など――あまり関わりたくない者達が多い。

彼らはランスの『 PEACEMAKER(ピース・メーカー) 関係者と繋がりがある者を殺害した人物は魔術師S級の力を与える』という言葉に乗せられて、ブラッド伯爵家を襲う者達である。

さらに彼らは勝率が高そうな怪物化したピュルッケネン達側につくことで、ブラッド伯爵家の金品を奪い、メイド達を襲おうと画策していた。

一方、ブラッド伯爵家側は約50人。

今回、トップを務めるのはダン・ゲート・ブラッドではなくその妻であるセラス・ゲート・ブラッドだ。

本来、最大戦力であるダン・ゲート・ブラットは、妖精種族ハイエルフ族、魔術師S級ホワイト・グラスベルの占いの結果、思うところがあったのか一人旅立ってしまったのだ。

現在、どこに行っているのかまったく分からない状態である。

将棋でいうなら大駒落ちの状態で、さらにピュルッケネン陣営と比べると、戦力差は約20倍。

圧倒的な開きがある。

だが、セラス陣営側は特に狼狽せず、余裕の態度を崩さない。

また彼女達側に援軍が来なかったわけではない。

クリスの幼馴染みであるカレンやバーニー、ミューア実家からも援軍が来ていた。

彼らの戦闘意欲は高く、特に傭兵事業もおこなっているカレンの実家は、ガチガチに武装し、やる気を漲らせていた。

しかし今回は色々セラスが立てた作戦の都合上、ピュルッケネン達との戦いは遠慮してもらった。

現在居る平野には事前に色々仕掛けており、ブラッド家戦闘員メインの方が意思疎通しやすい。

代わりに、戦えない非戦闘員達、元女魔王アスーラやメイド長メルセなどの護衛を彼らに依頼してある。

援軍側はこの申し出に快く同意してくれた。

お陰でセラス達は屋敷守備を気にせず、全力で戦闘に望むことができる。

セラスの予想通り、ピュルッケネン側に付いている悪漢達の数名は、最初ブラッド伯爵家に真っ直ぐ向かった。

しかし城壁周囲をガチガチに鎧や武器を装備したケンタウロス族達がうろつき、屋敷内も武装した強面達が警護している。

そんな中に入って無双できる力は彼らにはない。

まずはこの戦場で勝利し、怪物化したピュルッケネン達が屋敷に居るアスーラを襲うため護衛を排除した後、自分達の欲望を満たすつもりらしい。

なんともせこい話である。

戦場は平野。

ピュルッケネン陣営、約1000人。

セラス陣営、約50人。

戦力差は約20倍。

ダン・ゲート・ブラッドはいないが、数年前、セラスがギギの裏切りで銀のナイフを刺され、人質にされた戦いと殆ど同じ状況である。

あの時、同様、ピュルッケネンがまず初めに怒声をあげる。

『愚弟のダンはどこに居る! なぜ奴がいないのだ!』

「夫は所用ででかけておりますの。なので 私(わたくし) 達がお相手をさせていただきますわね」

セラスは怪物化したピュルッケネンの鋭い敵意、殺意、怒りを向けられても普段と代わらない微笑みを浮かべて返答する。

一方、ピュルッケネンは顔を怒気で赤くする。

『あの愚弟! 儂らを恐れて逃げ出したのか! 何という腰抜け! やはり奴にヴァンパイア族を任せておけん!』

『兄者の言う通り!』

実弟のラビノは、ピュルッケネンを持ち上げる。

ダン・ゲート・ブラッドが戻る前、ピュルッケネン達は彼を見返そうと事業に手を出した。

しかし当然、上手くいくはずもなく借金を重ねた。

ダン・ゲート・ブラッドが魔人大陸に戻ってくると、ヴァンパイア族の資産にもまで手を出し無茶をしていることを知る。

借金を返しきれなくなったピュルッケネンとラビノは家族を残し失踪。

彼らの家族がダン・ゲート・ブラッドに泣きついたので、ヴァンパイア族当主を退く変わりに借金を肩代わりしたのだ。

なので現在は建前上、ダン・ゲート・ブラッドはヴァンパイア族当主になっている。

そして失踪したピュルッケネンとラビノに何があったかは知らないが、再び姿を現したと思ったらこの姿になっていたのだ。

『ならば貴様らを粛正した後、愚弟を見つけ出し今までおこなってきた悪逆非道な数々の罪をその身で贖わせてやろう! ヴァンパイア族正統当主であるこの儂、ピュルッケネン・ブラッドが正義の鉄槌を下してくれる!』

ピュルッケネンの怒声と共に自身と触手、周りにいる悪漢達が一斉に動き出す。

ピュルッケネン達は逆恨みから、悪漢達はセラス側の一人でも殺害できたら『魔術師S級になれる』という欲望で瞳をギラギラと輝かせて突撃してくる。

一方、セラスはそんな突撃を前に微笑みを浮かべたまま、剣をメイドから受け取るとするが――その前に執事長、羊人族のメリーと料理長リザード族のマルコームが制する。

「奥様、まずは邪魔者達の数を減らし出鼻を挫きますので、一番槍は我々にお任せくださいメェー」

「…………」

無口なマルコームは頷きメリーの言葉に同意する。

「そうね。メリー達に任せようかしら。ただし合図は聞き逃さないように注意するのよ?」

「もちろんですメェー」

セラスから役目を任されると、メリーは上着とシャツを脱ぐ。

歳の割に鍛え抜かれた上半身の肉体を惜しげもなく晒す。

一方、マルコームも全身に包丁を纏い両手にも握り締めて、メリーの隣に並ぶ。動くたびにかちゃかちゃと危険な金属音を鳴らしていた。

セラスはそんな二人の背中を愉快そうに見つめる。

「ふふふ、久しぶりにメリーとマルコームの戦いが見られるのね。楽しみだわ」

「楽しんで頂けるよう頑張りますメェー。マルコームはあの触手の相手を、残り半数はわたくしと一緒に悪漢共の相手をするメェー」

「…………」

メリーの指示にマルコームと部下達はすぐさま動き出す。

マルコームは突撃してくる悪漢達の相手をメリー達に任せて、一人触手の怪物化したピュルッケネン達の元へと向かう。

メリーは約20数人の部下達を連れて突撃してくる悪漢共の相手をする。

宣言通り、一番槍はメリーが果たす。

「メェェェエー!」

「ぐっげぁ!?」

前世、地球の中国拳法のような踏み込みで鳩尾にひじ鉄を打ち込む。

さらに左右から剣を振るってくる男達の一撃を避ける。一人は回避と同時に裏拳を顎に当て意識を奪い、もう一人は再び矢のような踏み込みで腹部に拳を打ち込み悶絶させる。

僅か数秒で3人の突撃者を素手で無力化した。

さすがに勢いに乗って突撃してきた悪漢達も、メリーの強さに気勢を削がれる。

「な、なんだこのジジィッ。普通に強いぞ!?」

「誰だよ! 一番強い伯爵が居ないから、楽勝だって言っていた奴は!」

「ふふふ、当然です。魔力無し、体術のみならまだまだ若い者にも負けませんメェー」

メリーは構えたまま得意気な表情を作る。

ブラッド伯爵家執事長である彼は、魔術師ではない。

しかし魔力無しの体術ならば言葉通り、ブラッド伯爵家において上位に食い込むレベルだ。

「さて……ブラッド家に刃を向けた罪。その身を持って贖ってもらいますメェー。メェエェェェェェー!」

奇声と共に再びメリーは疾風のごとき踏み込みで接近。勢いそのままに鎧の隙間を狙って確実な一撃を相手に決めて次々仕留めていく。

その動きはまるで前世、地球の中国拳法のようだった。

彼の後に続いて、ブラッド伯爵家使用人達20数名が悪漢達を倒して行く。

ちなみにもっと詳しく順位を付けるなら、魔力無しで戦った場合、メリーはブラッド伯爵家(ギギも含む)では5位。

4位がギギで、3位が――怪物化したピュルッケネン達を相手に一人で戦う料理長のマルコームである。

マルコームも魔術師では無い。

ただし魔力無しで戦った場合、警備長のギギより強いのだ。

それを証明するかのように、一人怪物化したピュルッケネン達を相手取る。

『薄汚いリザード族が! 我が力の前に屈するがいい!』

『兄者の言う通り!』

ピュルッケネン達の周囲を蠢く触手が、マルコーム目掛けて襲いかかる。

マルコームは背中を向けて逃げ出さず。代わりにその場で回転!

回転したまま群がる触手へと身を投じる。

触手はマルコームの全身に身につけられた包丁に切り刻まれ、千切れ飛ぶ。

これこそマルコームの必殺技『デス・ロール』!

ピュルッケネン達は初めて『デス・ロール』を見たせいで、驚愕の表情を作る。

マルコームは容赦せず、触手を切り刻むと次にピュルッケネン達本体へと突撃。

敵は慌てて触手を生やし再び襲おうとする。

だがマルコームは構わず触手ごと『デス・ロール』で、ピュルッケネン達の本体事切り刻む。

戦場にピュルッケネン達の悲鳴が響く。

どうやら触手自体に痛覚は無いが、本体にはあるらしい。

『おのれ! おのれ! おのれぇぇッ! 薄汚いリザード族の分際で、ヴァンパイア族の正統当主に悲鳴を上げさせるなど! なんたる不敬! その罪、万死に値するぞ!』

『まったく! 兄者の言う通り!』

ピュルッケネン達は顔を真っ赤にして、怒声を響かせる。

だがマルコームはその怒りに怯えるどころか、見てもいなかった。

『ピィー!』という甲高い笛の音。

セラスが戦闘前に告げていた合図である。

作戦通り、合図を聞くとマルコームはピュルッケネン達など無視して、背を向け味方陣営に向かって走り出す。

執事長のメリーや他部下達20数名も同じように敵へ背を向けて走り出す。

『儂の気迫に臆したか! しかし逃がす訳にはいかんぞ!』

『まったく兄者の言う通り!』

痛めつけられたピュルッケネン達は、怒り心頭でマルコームの後を追う。

ぶよぶよとピンク色の肉体を動かしながら。

メリー達と戦っていた悪漢共も逃げる彼らを追いかける。

メリー達がある一定のラインを超えると――地面が爆発する。

悪漢共やピュルッケネン達が悲鳴を上げるが、爆音によってかき消される。

セラス達は爆発音から耳を守るために抑え手で押さえ、土煙、散らばる土砂、雑草などから顔を背けていた。

セラス達が耳から手を離し、顔を戦場へと向けると1000人近くいた悪漢達の大部分が地面へと倒れている。

倒れた男達からは苦しげなうめき声が漏れ、立っている者達の大部分が何かしら怪我を負っている。

無傷で済んだのは約150~100人ほどだろう。

「どうやら上手くいったようね」

「はい、予定以上の成果ですメェー」

セラスの言葉にメリーが賛同する。

セラス達は自分達が狙われていると知ると魔石を集め、リュート達が使っていた魔術道具―― 即席爆破装置(IED) を製作した。

事前に戦場となる草原に設置。

後はメリー達が悪漢達の出鼻を挫き、冷静さを奪う。

頃合いを見て、撤退し、大多数が 即席爆破装置(IED) の設置されているラインを超えたら起爆させた。

魔力が充填されている魔石を集めるのは、仕事上難しくはなかった。

問題だったのは『魔石を破壊し、暴発させる』点だ。

魔力が現在消失しているため、遠距離から相手に気付かれず起爆する方式に手間取ったが、ブラッド伯爵家が持つ商会に勤める技術者の頑張りにより、無事爆発させることができた。

この 即席爆破装置(IED) により、悪漢達の大半に傷を負わせて戦闘能力を削ぐ。

お陰で約1000人対約50人の差をほぼ埋めることができた。

「さぁ! 今です! ブラッド伯爵家に仇なす悪漢共を返り討ちにするのですメェー!」

『オオオオオォオオォォォ!』

メリーさんの言葉で、50人中殆どの者が鬱憤を晴らすが如く雄叫びを上げる。

後は浮き足立ち、戦意が萎んだ悪漢達をメリー率いる部隊が潰して回るだけだ。

戦意を消失させ怯えている者達など、勢いに乗るメリー達からすれば物の数ではない。

『お、おのれ! 卑劣なマネをつかいおって! 卑しくもヴァンパイア族の末席に座る者の部下達ならば正々堂々戦うがいい!』

『まったく兄者の言う通り!』

残念なのはピュルッケネン達の本体移動速度が悪漢達の全速力と比べて遅かったため、 即席爆破装置(IED) の爆発に上手くあわせられなかったことだ。

触手を吹き飛ばされた程度で終わり、本体はピンピンしている。

ピュルッケネン達は肉をぷるんぷるん動かし、怒っていた。

だがその点に関して残念がるブラッド伯爵家側の者はいない。

むしろ、彼らに対して哀れみの視線すら向けてしまう。

ここまでは予定通り。次の段階でピュルッケネン達の相手をする――セラス・ゲート・ブラッド伯爵夫人が前へと出る。

セラスはメイドから2本の剣を差し出されると、迷い無く抜く。

表情はいつもの微笑みだが、瞳は解き放たれた獣の如くギラギラと輝かせていた。

「次の作戦通り、 ピュルッケネン達(彼ら) の相手は 私(わたくし) がしますわ。メリー、他の皆も決して近付かないように。距離を常に気にして残党の討伐をするのよ。下手に近付いたら、間違って殺してしまうから」

「わ、分かっておりますメェー。み、皆! 奥様が出陣しますメェー! 決して奥様に近付き過ぎないよう気を付けるようにメェー!」

メリーがセラス出陣に若干、声を震わせ戦う部下達に指示を飛ばす。

勇猛果敢に戦っていた部下達は、獰猛な笑みを浮かべていたが『セラス出陣』の声に顔色を青くし、慌てて距離を取る。

見方によっては怪物化したピュルッケネン達よりも、セラスを恐れているような反応だった。

魔力無しで戦った場合、執事長のメリーが5位、4位が元警備長のギギで、3位が料理長のマルコームだ。

当然1位はダン・ゲート・ブラッドである。

そのダン・ゲート・ブラッドに劣るものの3位を大きく引きはがし、2位となる人物こそ、セラス・ゲート・ブラッド伯爵夫人である。

魔術師Bプラス級のギギを震え上がらせ、『 魂狩(たまが) りのセラス』という二つ名を持ち、船上でならばダン・ゲート・ブラッドよりも強いと噂される人物。

そんな彼女が両手に愛剣を握り締め、戦いへと参戦した。