作品タイトル不明
第369話 竜人大陸戦1
竜人大陸沿岸部。
漁業のための船や輸送船などが集まり、普段は街でも1、2を争う賑わう場所だ。
しかし現在は一般市民は避難し、気の荒い漁師達や警備兵士が弓をメインにランスが差し向けた怪物――元 金(ゴールド) クラスの 軍団(レギオン) 、 処刑人(シーカー) の団長 静音暗殺(サイレント・ワーカー) と戦っていた。
「撃て撃て! これ以上、街に近づけさせるな!」
指揮官らしき人物が、声を張り上げ指示を飛ばす。
無数の矢が 静音暗殺(サイレント・ワーカー) へと殺到するが、彼はまったく意に返さず歩み進んでくる。
『アハハハハッッハハハ、まったく効かない! 痛くない! アハハハッハハハ! やっぱり俺がこの世界で最強の暗殺者だったんだ!』
痛くないのは当然だ。
元々、人種族だった 静音暗殺(サイレント・ワーカー) は、現在まるで北大陸に居る巨人族のような巨体で、表面は金属のような光沢を持っている。
見た目通りの硬度らしく、矢が当たっても弾き返してしまうのだ。
傷を付けることもできない。
彼は攻撃を受けて嬉しそうに笑っていた。
その笑いは狂ったよう――ではなく、子供がクリスマスや誕生日プレゼントで心底欲しかった物を貰ったような純粋な喜びがあった。
それもそのはず、 静音暗殺(サイレント・ワーカー) は気が狂った訳でもなく今の自分自身に心底喜んでいるのだ。
PEACEMAKER(ピース・メーカー) に敗北後、擬似的にだが処刑が執行された。
空砲だったが、彼は頭から袋を被せられていたため気付かず、発砲後、強いストレスで髪が白くなるほどのショックを受けた。
その後、二度と PEACEMAKER(ピース・メーカー) やその周辺に手を出さないよう脅され、放りだされた。
落ちぶれた 静音暗殺(サイレント・ワーカー) は、彼に恨みを持つ人々から何度も命を狙われた。
確かに PEACEMAKER(ピース・メーカー) には敗北したが、魔術師としての実力が低下したわけではない。
なのに以後、まったく勝てなくなる。
自身の命を狙う者と対峙すると恐怖心が心と体を縛り上手く動けず、足がすくみ、涙が溢れ、ただただ逃げる手段を模索することしかできなくなったのだ。
PEACEMAKER(ピース・メーカー) に手も足も文字通り出ず敗北、自身の戦闘スタイルが古いものだと押された烙印のトラウマから戦えなくなってしまったのだ。
せいぜい自身の特異魔術である 血界魔術(けっかいまじゅつ) を使い命を狙う者達からこそこそ逃げ出すことしかできなくなる。
気付けば名も知らぬスラムでも最下層で周囲の音や気配、ちょっとした変化にたいしてもびくびくと怯えながら、生きていた。
夜など、微かな物音でも飛び上がるほど驚き、目が覚めてしまうのであれ以来、まともに眠ることもできない体になっていた。
世界最強の暗殺集団を恐怖で支配していた団長、 静音暗殺(サイレント・ワーカー) 自身が今ではその『恐怖』に支配されていた。
だが、今は違う。
ランスに声をかけられ、配下に付く代わりに力を与えられた。
誰も抗えない最強の力!
再び自身の名前を聞くだけで権力者、魔術師、一般市民――誰も彼もが震え上がったあの頃の自分に戻ることができたのだ。
『アハアハハッハハハハハ! そうだ! 俺は俺こそが 静音暗殺(サイレント・ワーカー) ! この世界で最強の暗殺者だ! 俺の戦いは古くなどない! 俺こそが最強最新なんだ!』
静音暗殺(サイレント・ワーカー) は自信を取り戻した力強い笑い声をあげながら、海水を掻き分け港のすぐ側まで辿り着く。
彼はランスの指示を達成し、自身の力を試すため竜人大陸の地を踏もうとしていた。
「道を空けろ! バリスタの準備ができたぞ!」
「魔石入りバリスタをあの怪物に浴びせろ!」
そんな怪物と化した 静音暗殺(サイレント・ワーカー) に対して、兵士や漁師達はそれでも逃げ出さず攻撃を加え続けていた。
今、現場で戦っている者達は全員、竜人種族の者達である。
他種族の冒険者や護衛の者、船乗り達は、一銭の得にならないと早々に離脱している。
そのため現場に残ったのは竜人種族のみになった。
ではなぜ、彼らは現場に残ったのか?
竜人種族は他種族に比べてプライドが高い。
故に、自分達の島、大陸、テリトリーを侵入されるのが我慢できないのだ。
損得の問題ではない。これはプライドの問題である。
そのため竜人種族の商人達も損得勘定抜きで、魔石を持ち込んできた。
バリスタの先端に魔石を多数設置し、破壊することで魔力の暴走を促し敵を倒すつもりなのだ。
静音暗殺(サイレント・ワーカー) は港へと上がらず強者らしく鷹揚に彼らの準備待つ。
魔石入りバリスタの準備が整うと一斉に解き放たれた。
巨大な矢が真っ直ぐ怪物化した 静音暗殺(サイレント・ワーカー) へと着弾――大爆発をおこす。
「はははっは! さすがの怪物もこの魔石入りバリスタの直撃を受けたら無事では――!?」
竜人種族の一人が機嫌よさげに台詞を叫んでいたが、途中で喉に物が詰まったように止まる。
なぜなら煙が突然の突風で払われ、その後からまったくもって無傷の 静音暗殺(サイレント・ワーカー) が立っていたからだ。
突風も彼が腕を振るい発生させたのものだ。
『アハアハハッハハハハハ! その程度の攻撃で俺の体に傷一つつけることなどできないぞ! 絶望しろ! もっとももっと絶望しろ! あの時の俺以上に絶望しろぉおおぉおぉおぉ!』
静音暗殺(サイレント・ワーカー) は近場にあった輸送船の一つを腕で突き刺し、抱えるとバリスタへと投げつける。
男達は慌てて退避するが、切り札であるバリスタを抱えて逃げることなどできない。
投擲された輸送船に巻き込まれ一緒に粉々に砕け散った。
静音暗殺(サイレント・ワーカー) は立て続けに剣のように鋭く尖った腕で港に停泊している船を次々腕で突き刺し、投げ、船同士をぶつけて破壊する。
船に詰んでいた油か何かに火がつき、燃え上がる。
港から黒々とした煙が煙突のように何本も伸び、赤い炎が踊り狂う。
生身なら1分と持たない場所で、 静音暗殺(サイレント・ワーカー) は気分よさげに声をあげ笑い続ける。
『アハハハハッハ! アアハハッハハハハハハ!』
まさに悪夢。
地獄が現世に現れたような光景である。
先程まで戦っていた竜人種族男性達の士気は最低まで落ちる。
切り札である魔石付きバリスタが全く効果無し。
さらにバリスタ本体も破壊されてしまった。
魔力を失っている今、もうあの怪物を止める手段は存在しない。
「……こんな時、メイヤ様さえいてくれれば……」
誰かの呟き。
その呟きは、波紋のように男達へと伝播する。
彼女こそ当代随一の天才魔術道具開発者、勇者達が使用する魔術道具開発を一手に引き受け、資金面でも彼らが頭角を現す前からおこなっていた慧眼の持ち主である才媛――と、竜人大陸では言われている。
彼女が今、この場に居ればあの怪物を倒す手段を苦もなく準備し、打倒していただろう。
しかし、今、この場に『魔石姫』メイヤ・ドラグーンは居ない。
その事実が男達の心にさらなる絶望という影を落とす。
「メイヤ・ドラグーンが居ない? でも、あたしが居るじゃない!」
高らかに告げられる声音。
絶望に心を取り込まれかけていた男達が、一斉に声が聞こえてきた方へと顔を向ける。
そこには竜人種族伝統のドラゴン・ドレスに袖を通し、背後に蜘蛛型のゴーレムと竜人種族男性を引き連れた一人の女性が自信たっぷりに立っていた。
彼女は再び高らかに宣言する。
「竜人種族、『 宝石と石炭(ジェム&コール) 』のリズリナ・アイファンがね!」
リズリナはメイヤよりは胸が小さいが、足は彼女以上の美脚で男性の目を引く力を持っていた。顔立ちも目は大きいがやや鋭すぎて、気難しい美人のような印象を受ける。
だが今は、その場に居る全員が自分に注目していていることに興奮を覚え、嬉しそうに笑みを浮かべて頬を紅潮させていた。
「あたしが来たからにはもう大丈夫よ! あんな木偶の坊なんかあたしがちょちょいと倒してやるんだから!」
「さすがお嬢じゃ! 頼りになる!」
「自分の危険も顧みず、同じ竜人種族を見捨てず立ち上がるお嬢の姿を見れてわしゃ、最高の幸せ者じゃ!」
『…………』
リズリナの取り巻きっぽいおっさん達は盛り上がっているが、他竜人種族男性はどう反応していいのか戸惑っていた。
戦闘の場に女性が武器一つ手にせず現れ、『この場は任せて』と断言しているのだが、まず『オマエ、誰だよ?』という疑問が先に立ってしまっているのだ。
そんな視線にも気付かず、リズリナ達は男性達を退避させる。
「ほら、そこ! クモクモ君の前に居ないで! 死にたいの、さっさと避難して!」
『……聞いた名だと思ったら、殺すよう言われていた女か。わざわざ自分から姿を現すとはな』
遠くにいる 静音暗殺(サイレント・ワーカー) が口を開く。
だが、リズリナはそれに構わず、準備を始める。
「砲弾セット! みんな、退避して! 砲身の前や側に居たら即死するからね! 耳抑えて、口を半開きにして!」
『わざわざ探し回る手間が省けたというものだ。女、貴様はすぐには殺さんぞ。 PEACEMAKER(ピース・メーカー) のクソ共にその悲鳴が聞こえるまで叫ばせ、死体になっても辱め――』
「準備できたわね! いいわね? それじゃ撃て!」
静音暗殺(サイレント・ワーカー) の悪役らしい台詞を一切合切無視して、リズリナは発射指示を出す。
彼女の指示に従い、蜘蛛型ゴーレムの上に設置されている120mm 滑腔砲(かっこうほう) からぶっとくて重い矢――装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)が初速1650m/s、音速の約5倍近くの速度で発射される。
『俺が味わった屈辱の何百万分の1でもあいつらに味わわせて――ッッ!!?』
同時に、激しい音と衝撃波が辺りに響く。
静音暗殺(サイレント・ワーカー) の台詞は砲撃音に遮られ、胴体は装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)によって半ばから千切れる。
竜人種族男性達が無数に集まり、魔石付きバリスタを一斉に発射し着弾させても傷一つつかなかった 静音暗殺(サイレント・ワーカー) をリズリナは一方的に倒してしまう。
「さすがあたしね! このあたし、リズリナ・アイファンこそが、メイヤ・ドラグーンを超える存在なのよ!」
彼女は気分よさげに高らかに宣言するが、現場に居る皆は砲撃音で未だ聴力は回復せず、怪物が一撃で倒されたショックに魂を抜かれたように惚けている。
だが、リズリナはそんな彼らのことなど気にせず、一人胸を張り高らかに笑っていた。
こうして竜人種大陸での戦いは終わったかに見えたが――