軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第288話 彼と彼女たちの関係

時間は少しだけさかのぼる。

妖人大陸、最大国家メルティア。

その王宮で今宵は晩餐会が開かれていた。

貴族子弟達のお披露目をかねたイベントである。

広い室内は大量に設置された光魔石により真昼のように照らされ、贅をこらした料理が並び、庶民の収入では手が届かない酒精が湯水の如く消費されていく。

そこかしこで貴族同士挨拶を交わし、互いの娘や息子を紹介しあったり、若者同士で集まり雑談を楽しんでいた。

そんな中で一段と華やかな輪があった。

メルティアの次期国王、人種族ランス・メルティアを囲む輪である。

彼の周りには年頃の女性貴族達が集まり、熱病にうなされる患者のように頬を赤く染めてランスを褒め讃えていた。

「ランス様、今宵は一段と凛々しく、まるで物語に出てくる勇者様のようですわ」

「ランス様は美しいだけではありませんのよ。ゴウドビィー地区の件、お聞きしました。ランス様が考案し、指揮した治水工事のお陰で、今年は一度も河は氾濫せず死者もでなかったとか」

「素晴らしいですわ。容姿だけではなく、頭脳までも明晰だなんて」

「あら、貴女、知らないの? 先月、隣国ザグソニーア帝国での軍事訓練でランス様がご活躍したお話を。模擬試合で魔術師兵士10人を相手にして、ランス様がお一人で相手に傷一つ負わされず勝利したのよ」

「素晴らしいですわ! 頭脳や美しさだけではなく、魔術にも秀でているなんて。きっとランス様こそ現代に蘇った勇者様ですわね」

女性達は恋――というより憧れや崇拝に近い瞳でランスを見つめ、さらに賛辞を送る。

彼は微笑みを絶やさず謙遜した。

「治水工事は確かに僕が案を出しましたが、手足となって動いてくれる部下や職人の人々が居たからこそです。模擬試合に関しては、僕が王族ということもあり魔術師の皆さんに華を持たせてもらっただけすよ。そして何より、僕など今目の前にいらっしゃる皆様の美しさに比べたら、たいしたことなどありません。むしろ皆様を独占しているせいで、他の男性達に恨みを買わないか心底怯えていますよ」

ランスはすらすらと世辞を並べると、女性陣は赤い頬をさらにリンゴより赤く染め上げる。

彼の言葉通り、貴族内部ではランスを快く思わない存在も居る。

彼がこのまま王座につけば、自身の利益を損なう人物だったり、想い人が彼にのめり込んでいたりなど――理由は様々だ。

その上で彼らはランスに直接、間接的に手を出そうとはしない。

自分達がどれほど策を練ろうが周到に罠を用意しようが、全て看破され逆に利用されてしまうのが関の山だからだ。

過去、ランスを罠にはめようとして、逆に彼に手痛く反撃をくらい没落した貴族もいるほどだ。

彼はまるで『未来』が視えているかのように、策謀を企てた相手の手の内を全て読んでしまう。

故に対抗相手はおらず、弟や妹がいるにも関わらず、彼こそが大国メルティアの次期国王だと皆が断言しているのだ。

どのような手を使おうがランスを次期国王の座から外すのは不可能なためだ。

また、彼は数々の発明品やアイデアで国力を強化もした。

簡単に例をあげれば『水車』『堆肥などによる農業革命』『治水工事』『福祉』『医療改革』『公共事業による雇用の創出』etc――ランスの功績を挙げればきりがない。

そのため民達から信頼も厚い。

若者に限って言えば現国王より、支持が高い。

若い兵士達の間ではとくに顕著で、『ランスのためなら死ねる』と豪語する人物も多数存在する。

周囲のランス・メルティアの評価は眉目秀麗、文武両道、知勇兼備――さらにカリスマも備えた傑物である。

ランスとの歓談を楽しんでいた貴族子女達の輪が割れる。

その割れた輪に出来た道を、女性が1人彼に向かって歩み寄ってくる。

ザグソニーア帝国、第一王女、ユミリア・ザグソニーアだ。

彼女はランスの婚約者である。

絹のように滑らかな銀髪。手足、腰などは掴んだら折れてしまいそうなほど細い。胸は一般的に比べて大きく、その美貌も合わさって周辺の有力男性達からは『 銀薔薇(シルバーローズ) 』と呼ばれ羨望の的になっていた。

そのあまりの美しさに彼女に懸想する一部男性有力者達からランスを恨み、彼を王座から追い落とそうとした事件が起きたほどだ。

もちろん、ランスがそんな彼らの罠を見抜き逆に利用して、二度と立ち直れないほど叩きのめしたわけだが。

妖人大陸、最大国家メルティア王国。

国力はやや落ちるが2番手のザグソニーア帝国。

ランス、ユミリア二人の婚約は、大国関係をより強固にするための政略結婚である。

国同士が互いの子供達を嫁がせ同盟関係を強固にするのはよくある話である。

ランスは婚約者を前に、右手を胸に、左手を後ろへと回し頭を下げる。

「ようこそおいでくださいました、ユミリア様」

「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます、ランス様」

ユミリアも右手を胸に、左手でスカートを軽く持ち上げる正式な挨拶を返す。

「ランス様にお会いできない日々は、世界から色が失われたように精彩を欠き、とても単調な日々でした。しかし、こうして会えたお陰でわたくしの世界に再び色を取り戻すことができましたわ」

「僕こそ、ユミリア様にお会いできない辛い日々は、仕事に没頭することで誤魔化そうとしました。しかし、どうしても貴女様のことをつい考えてしまい胸を痛めておりました。こうして会い、言葉を交わすことでようやく苦しみから解放された思いです」

「まぁ嬉しいです。ランス様がわたくしと同じ気持ちだったなんて」

ユミリアはランスの言葉にうっとりと瞳をとろけさせる。

二人の婚約はあくまで王国と帝国の同盟関係を強化するための政略結婚でしかない。

しかし、ユミリアは他の貴族子女達同様に、ランスの美貌や英知にすっかり骨抜きにされていた。

また周囲も『 銀薔薇(シルバーローズ) 』とランスが見つめ合う姿が、絵になりすぎて割ってはいるどころか溜息を漏らすことしかできなかった。

2人は先月の帝国でおこなわれた軍事演習見学以来、久しぶりの再会に周囲を気にせず話し込む。

しかし、目立つ2人だけに、周囲からの視線が針山のように突き刺さるため、どちらからともなく、煩わしい人目を避けるようにバルコニーへと逃れる。

ユミリアはようやく一息ついたとばかりに、ランスの胸へと体を寄せた。

彼も甘えてくる婚約者を笑顔で受け止める。

「本当にお久しぶりです、ランス様。ああ、できることならこうしてずっとお側に居たいです」

「いずれ僕達が結婚すれば毎晩こうして抱きしめ合うことができます。現在は互いの立場上、そう簡単にお会いすることはできませんが。結婚するまでの辛抱ですよ、ユミリア様」

「意地悪な人。2人っきりの時は『ユミリア』とお呼びくださいとお願いしたはずですのに……」

「失礼しました。どうもまだ人目がある場所からの切り替えができていなくて――ユミリア。これでいいかな?」

「はい!」

ユミリアと呼ばれた『 銀薔薇(シルバーローズ) 』は、年相応の笑顔を浮かべる。

彼女は笑顔を浮かべたまま、ランスへと問いかけた。

「そういえば、ランス様とお会いした時にお聞きしたいことがありまして」

「なんだい? あらたまって」

「小耳に挟んだのですが、なんでも最近、女性を1人お側に置いているそうですが」

「…………」

ランスは彼女の問いに笑顔を浮かべたまま、しばし沈黙する。

「とある事業で彼女の力がどうしても必要で、食客として招えているだけだよ。ユミリアが疑うような関係じゃないさ」

「いえ、別に責めているのではありません。わたくしはランス様を尊敬し、愛しています。妾の1人や2人、ランス様ほどの才覚であれば囲うのは当然だと思います。それに父様から『妾を侍らすのは男性の不治の病だ』と聞いております。なのでお気になさらないでください。ただ継承権の問題がありますから、隠し子などの問題は起きないようお願います」

ランスは彼女の落ち着いた意見に微苦笑を浮かべるしかなかった。

ユミリアの指摘通り、計画は最終段階にさしかかっているため、今までとは違いララを側に置いている。

自身の側に置けば彼女にも食事が必要になり、衣類の洗濯、着替え、風呂などの問題も出てくる。

到底、忙しい彼一人で賄える問題ではないし、逆に周りの関与が何もないようにするのも怪しすぎる。

大国の次期王子が夜な夜な地下や誰も近づけさせない部屋に食事や着替え、必要品を運ぶのだ。どう考えても怪しい。

まさか食事などを運ぶたびに、口封じで使用人を殺害するわけにもいかない。

離れた場所などに囲うなら話は別だが、自身の側で人を隠そうとした場合、上位者ほど意外と難しいのだ。

そんな彼の視界に人影が映る。

いつも友好的な笑みを絶やさず、誰にでも平等に接しようとするランスの表情に微かなヒビが入る。

小さなヒビだが、普段完璧な彼だけあり大きな違和感として気づかれてしまう。

「ランス様、どうかなさいました?」

「いえ、なんでもないよ。ユミリア、そろそろ中へ戻ろう。あまり長い間、夜風を浴びるのは体によくない」

「はい、では一緒に戻りましょう」

「ごめん、この後、知人と話をする約束をしてて、少々席を外させてもらうよ。だから、また後ですぐに会おう」

ランスは反論を許さず、すぐにユミリアを晩餐会が続く部屋へとエスコートする。

彼女を部屋へ届けると、彼は晩餐会を抜け出し、バルコニーから見えた人影を追い中庭へと出る。

晩餐会会場から漏れる光で出来た影の前にランスが辿り着く。

その影から一人の女性が姿を現す。

元ハイエルフ王国、エノールの第1王女、ララ・エノール・メメアである。

現在はフードを深く被り、耳や顔を変えるペンダントをつけているためランスと本人以外、彼女がララだと分かる人物はいない。

「……ここには顔を出すなと言いつけていたはずだが?」

「申し訳ありません。ですが、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) に動きがありましたので、すぐにご報告した方がいいと思いまして」

半分本心で、半分嘘である。

PEACEMAKER(ピース・メーカー) に動きがあったのは事実だが、『千里眼』でランスとユミリアの会話している姿を確認しているうちに我慢できずに出てきてしまったのだ。

「私の妹ルナが、何か新しい兵器を開発したようです。恐らく対ランス様用の兵器かと思います」

「ふむ……それはどんな兵器か分かるか?」

「申し訳ありません。開発をおこなっていたのは地下でこの距離からでは『千里眼』でも確認はできず……」

「なるほど分かった。詳しい話は後で聞かせてもらおう。報告ご苦労」

「ランス様」

2人が会話をしていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

先程別れたはずのユミリアが、メイドを一人伴い彼の後を追い中庭へとおりて来たのだ。

ランスを間に挟みララ、ユミリアの視線が交差する。

ユミリアはまるでララがいないかのように振る舞った。

「ランス様、 メルティア現国王(お義父様) がお呼びですわ。話があるそうで探していらっしゃいましたわよ」

「わざわざありがとうございます。そのような些事、使用人達にやらせればよかったのですのに」

「些事などではありませんわ。わたくしにとってランス様と関われることは全て宝石より価値ある出来事ですから」

「ははは、僕は随分愛されているのですね」

「はい、心から尊敬し、愛していますわ。それでは メルティア現国王(お義父様) をお待たせするのは心苦しいので、もう行きましょう」

「あっ……」

ユミリアの言葉でランスがララから離れ、彼女の元へと向かう。

ユミリアはこれ見よがしに彼の腕に自身の手を絡めた。

その際、顔だけをララへと向け、鼻で息を漏らす。

ランスに声をかければこうして自分の言葉に従い、寄り添ってくれる。

女性としてある種、最高の優越感をララへと見せつけたのだ。

ララは無意識のうちに手のひらを痛いほど握りしめ、奥歯を悔しげに鳴らしてしまう。

ララとてハイエルフ王国、エノールの元第1王女だ。

地位や美貌はユミリアに負けているとは思わない。

胸は完敗だが、種族的寿命のお陰でユミリアよりずっと長い間、若い姿で居られる。これは胸のハンデを埋める好材料になるはずである。

だが、現在、最終計画の遂行中である。

まさかここで自分が行方不明中の『ハイエルフ王国、エノールの元第1王女』だと明かすわけにはいかない。

政治、計画的にも致命的問題が生じてしまう。

「君、ユミリア様は僕がエスコートする。君は彼女を部屋までお連れするように、そして僕が戻るまで誰も出入りさせないようにしてくれ」

「かしこまりました」

ユミリアが伴っていたメイドへ、ララを部屋まで連れて行くよう指示を出す。

晩餐会が終わるまで部屋から出ないよう処置をすることも忘れない。

そしてランスは指示を出し終えると、一度も振り返ることなくユミリアを伴い晩餐会会場へと戻っていった。

その背中をララは会場から漏れる光でできた影に包まれながら、見送ることしかできなかった。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

いつまでもこの場に止まることも、ましてや晩餐会会場へ乗り込む訳にもいかない。

またランスから指示を受けたメイドが、部屋へ戻るよう促してくるため、ララは渋々晩餐会会場に背を向け歩き出す。

その後ろをメイドが付き従った。

部屋へ戻る廊下を歩く間ずっと、ララは自身の親指の爪を噛む。

ガジガジと――

「あの女、ランス様に……調子にのって……いっそ……を殺して……」

爪を噛みながらブツブツと独り言を呟き続ける。

あまりに爪を噛みすぎて血がにじむ。

それでも構わず噛み続ける。

部屋の前に辿り着くと、メイドが扉を開く。

ララは反抗することもなく、すんなりと中へと入っていった。

扉を閉めた後、メイドは扉の前に立ち、誰も出入りできないよう監視する。

約2時間後――晩餐会場衣服姿のまま、ランスがララの部屋へと訪ねる。

挨拶もせずメイドへと詰問した。

「彼女は部屋に居るかい?」

「はい、いらっしゃいます。また誰も部屋を訪ねた方はいらっしゃいません」

「そうか。ご苦労様。後、部屋にお茶を運んできてくれ」

「かしこまりました」

メイドは指示通り、扉の前から離れるとお茶の準備へと取り掛かる。

ランスはノックしてから、部屋へと入った。

「ごめん、遅くなった。待たせたかい?」

「いえ! 全然、待っていません。それに先程は突然押しかけてしまい申し訳ありません。ランス様のご迷惑を考えずに」

「気にする必要はないさ。確かに緊急の話だったわけだし」

ララはランスにフォローされると、顔を赤く染めうっとりと彼を眺める。

「それにしても政略結婚っていうのは面倒だな。無碍に扱い機嫌を損ねて同盟関係にヒビを入れるわけにもいかないし。周囲の目もあるから常に仲睦まじく演技しなければならないし。本当に面倒だよ」

「……ですが、ランス様の最終目的のため避けては通れない道。後もう少しだけ我慢してください」

ララはにやけそうになる口元を何とか抑え、ランスの愚痴を諫める。

あくまでランスがユミリアの相手をするのはメルティアの次期国王という仮面があるからだ。2人の計画は最終段階に突入している。

本来なら、もうユミリアの相手やメルティアなどどうでもいい事柄だ。しかし、ここまで来て投げだし下手な影響が出て、最終計画に響いても面倒だ。

だから、田中孝治はランス・メルティアという仮面を最後まで被り続けているのである。

地球へと戻り親、兄、教師、生徒達、社会、世界構造全て――世界そのものに、復讐を遂げるために。そのためなら完璧な王子として演技をして、帝国の王女と政略結婚をしてダンスも踊ろう。

「そうだな。後は彼女を帝国へ送り届ければ、ようやくまとまった時間が取れる。その間にケリをつけるとしよう」

「……はい。ランス様」

「ところで、その指はどうしたんだい?」

彼はララの親指から血がにじんでいることに気がつき質問する。

彼女は慌てて指を隠すがもう遅い。

「こ、これは、その……戻る途中、ぶつけて切ってしまったようで」

まさか苛立ちから血が滲むまで自身で噛んだとはいえない。

「そりゃ大変だ、すぐに治療しないと――手に灯れ癒しの光よ、 治癒なる灯(ヒール) 」

「ランス様……」

ランスはすぐさまララの指を治癒する。

そんな彼をララはうっとりした表情で眺めた。

指の治療が終わると、ランスはその手を握りしめララと見つめ合う。

「もうすぐ時間がとれてあの場所へ行ける」

「はい、手はずは全て整っています」

「なら後はしっかり皆が踊ってくれるよう上手く調整するだけだな。最後まで堀田くん達を手のひらで踊らせよう」

「はい、ランス様」

メイドがお茶を入れて戻ってくるまで、2人は手を握り見つめ合い続けた。