作品タイトル不明
第214話 クリス、15歳――『クリス15 絶対不可避!? 弾丸芸術(バレット・アート)! 前編』
ある日の午前中。
冒険者斡旋組合(ギルド) からの使者が、オレ達 PEACEMAKER(ピース・メーカー) の元に来た。
クリスご指名で仕事のクエスト依頼が来ているらしい。
毎度同じく、クエスト内容は 冒険者斡旋組合(ギルド) で、依頼主から説明したいとのことだ。
別に断る理由はない。
オレとクリスは、事務仕事や街の見回りを一時代わってもらい、昼過ぎの午後に 冒険者斡旋組合(ギルド) へと足を運んだ。
冒険者斡旋組合(ギルド) へ顔を出すと、いつもお世話になっている受付嬢さんが声をかけてくれる。
オレ達はそのまま彼女の案内で、個室で待つ依頼人の所へと向かった。
案内してくれているのは、竜人大陸に居る魔人種族のあの受付嬢の従姉らしい。
従姉なのに一卵性双生児のように見た目がそっくりなのだ。
最初、出会った時はどれほど驚いたか。
そういえば竜人大陸の受付嬢さんは元気でいるだろうか?
婚期を焦って変な男に引っかかっていなければいいけど……。
しかし竜人大陸といえば暫く戻っていないな。
借りている自宅の家賃は、 冒険者斡旋組合(ギルド) の口座から自動で引き落としだから心配ない。
残してきたルナも現在はこっちに居るから、心配事&心残りはない。むしろ一度戻って借家を整理して本格的にこっちに引っ越してこようかな。
そんなことを考えていると、いつの間にか個室へと辿り着く。
個室には今回の依頼人である中年男性が、落ち着かない様子で待っていた。
オレとクリスの姿を前にすると、憧れのアイドルに出会ったかのような喜びの表情を浮かべる。
依頼人の中年男性は、ソファーから立ち上がると勢いよく自己紹介を始めた。
「初めまして、初めまして! 人種族のネゲンダンクと申します!」
「は、初めましてどうも…… PEACEMAKER(ピース・メーカー) 団長、人種族のリュート・ガンスミスです。こっちはオレの妻の魔人種族、ヴァンパイア族のクリス・ガンスミスです」
オレはネゲンダンクの勢いに押されながらも、自己紹介を済ませる。
クリスは紹介すると、可愛らしくぺこりと頭を下げた。
とりあえずオレ達はソファーに座り、受付嬢さんが淹れてくれる香茶が目の前に並ぶのを待つ。
その間に依頼人であるネゲンダンクを観察した。
身長は160cm前後。
あまり大きい方ではないが、筋肉がガッチリと付いているせいか、身長以上に大きく見える。
横幅もあり、顔も髭で覆われているため見た目は人種族というよりまるでドワーフだ。
指は太くその皮は見た目から厚く傷だらけで、いかにも職人という手をしていた。
受付嬢さんが香茶を配り終え、下座に座るとネゲンダンクが話を切り出す。
「早速で申し訳ないのですが、クエスト依頼の話をさせてください」
「かまいませんよ。それで一体どんな依頼ですか?」
「実は私は彫刻家でして……」
ネゲンダンクは割と名前の知られている彫刻家、芸術家であるらしい。
主な収入源は2つ。
貴族や大店商人などから依頼された石像などの製作。
自身のインスピレーションのまま彫った石像を商業アトリエ店に卸し、販売(売れたら代金を『8対2』の割合で受け取っている)。
以上、2点だ。
しかし最近はどちらも不振で、貴族達やアトリエの客達も彼の作品に飽きたのか依頼もなければ、店の石像も売れなくなったらしい。
さらに悪いことは続き、最近はずっとスランプに陥ってノミと金槌を握れない生活が続く日もあった。
だが、これでは自分が駄目になると一念発起し、兎に角作品を造り続けた。
そのお陰で客足が徐々に戻ってきたらしい。
さらに彼は一気に弾みを付け名声を取り戻し、あわよくば今まで以上に高めるため個展を開くことを決意。
作品は全て制作済みで、個展会場が取り仕切っている倉庫へ移動済み。現在、個展会場でおこなわれている他者の作品展が終わり次第、ネゲンダンクのと入れ替えるらしい。
個展は30日間おこなわれるとか。
しかしここで問題が発生した。
今回の目玉となる彫刻を――制作途中でミスに気付き破棄した筈の失敗作と間違って包み、送ってしまったのだ。
その時、徹夜が続き疲労が限界を突破していたため起きた不幸な事故。
気付いた時には一足遅く、作品は全て倉庫へと運び込まれてしまった。
「しかし芸術家として自信作と失敗作を今更『送り間違えた』なんて口にしたら、自分の作品も見分けられないのかと審美眼を疑われ、待っているのは身の破滅です! ですが、このまま個展が開かれ、人目に触れれば失敗作だとすぐに分かり、『才能無し』と烙印を押されてしまいます!」
つまり、今更本物と取り替えようと、出展しようと、どちらにしても身の破滅ということらしい。前世、日本であれば謝れば済むような問題のような気もするが、この世界ではそういうことに厳しいのだろう。
そしてネゲンダンクは考えた末、『だったら、いっそのこと壊れて目玉のメインが無い方がマシだ』という結論に至った。
そこでどんな不可能も可能にすると噂に名高い、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) のクリスの話を聞いたらしい。
曰く、クリス・ガンスミスは魔術師でもないのに『ツインドラゴンを単身で撃破』『石化の魔眼を持つバジリスクの目を射抜き殺害』。さらにあの狩猟困難と有名な『シシギを鼻歌交じりで仕留めた』など、話は枚挙にいとまない。
そんな彼女なら、間違って送ってしまった石像を壊してくれるかもしれないと、一縷の望みに縋って 冒険者斡旋組合(ギルド) に駆け込んできた。
ネゲンダンクはテーブルに額を擦りつけ懇願する。
「どうか! どうか! この依頼を引き受けてください! もし今回の個展が失敗したら私は……ッ、私は……ッッッ」
切羽詰まりすぎて、言葉を最後まで言うことができずにいる。
クリスがオレに目を向ける。
彼女の瞳は『彼を助けたい』と訴えていた。
PEACEMAKER(ピース・メーカー) の理念は、『困っている人、救いを求める人を助ける』だ。
断る理由がない。
オレは頷き同意する。
クリスも頷き返すと、彼の手をそっと握り締めた。
ネゲンダンクは顔をあげる。
クリスは手を離すと、ミニ黒板に文字を書く。
『分かりました。そのご依頼お引き受けします!』
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
今度は感謝の気持ちを表すように、ネゲンダンクが額をテーブルに擦りつけ始める。
こうしてクリスとオレは、 冒険者斡旋組合(ギルド) 立ち会いのもとで正式にクエストを受注した。
しかし、この時、オレは微かな違和感を感じた。
感謝の気持ちを表すためテーブルに額を擦りつけているネゲンダンクが、下げて見えなくなっている表情に、嫌らしい笑みを貼り付けている気がしたのだ。
その違和感はすぐに無くなり、ネゲンダンクがただひたすら頭を下げ、感謝の言葉を繰り返しているだけだった。
(……気のせいか?)
オレは首を傾げつつも、詳しい仕事内容に耳を傾けた。
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個展を開く展示会場がある街は、ここから約3日ほどかかるウミリアーニ街でおこなわれる。
開催日は今から6日後。
オレは手を挙げ質問する。
「一応確認なんですが、破壊するのではなく、倉庫に忍び込んですり替えることはできないんですか?」
「無理です。あそこの倉庫には私の物だけではなく、他にも著名な方の作品が保管してあり常時警備兵――展示会場側が雇っている私兵が居て、最新の魔術と魔術道具で固められています。侵入するのも、すり替えて抜け出すのもまず不可能です」
「なら、展示物を飾った瞬間に窓から狙って壊すのはどうだろう。建物の見取図ってありますか?」
「はい、私が覚えている限り紙に描かせて頂きました」
ネゲンダンクが手描きの見取図を取り出す。
「……この建物って窓が無いんですか?」
見取図を見る限り窓の記述がなく、一般的な建物より大分入り口が大きくなっているぐらいだ。
ネゲンダンクが語る。
「この展示会場は作品が日光に当たり劣化するのを防ぐため、窓を全てなくしているのです。その代わり魔術光を各所に取り付け、入り口を大きくすることで開放感を演出しているのですよ」
「なら、建物入り口から狙って破壊するのはどうだろう? 作品はどの場所に置かれるんですか?」
「リュートさん達から見てここの右側奥ですね」
展示会場は逆Tのような『⊥』の形をしている。
横線になっている部分が正面で出入り口があり、展示物は右端の奥に置かれるらしい。
「こりゃ入り口から狙撃するのは不可能だな」
『ですね。角度が足りなくて絶対に奥まで届きませんね』
射撃を担当するクリスが断言する。
あのクリスが言うのだから、入り口から右奥に置かれたターゲットを破壊するのは不可能なのだろう。
もしあの台座に作品が運ばれたらチェックメイトだ。
「それなら、入り口から破壊しやすい位置に彫刻を今から移動させることってできませんか?」
「できればそうしたいのですが……すでに台座を作り終え、事前に業者と入念に打ち合わせをしている上、さらに場所を変えるとなると他作品の兼ね合いもありどうしても作業で2日つぶれてしまいます。業者に不審がられる上、招待状を送っている貴族様方はお忙しい方ばかり、日程がずれると来られなくなる可能性があるのです」
つまり、作品を移動するのも『無理』ということか……。
ちなみに倉庫から荷物を運び出す際は、馬車ごと建物内に入るため狙撃は不可能らしい。
「となるとやっぱり展示物を建物内に搬入する時を狙うしかないな」
展示会場の裏手から荷物は中へと運び込まれる。
さすがに倉庫と違って、馬車ごと中に入って荷下ろしするスペースはない。
この時、馬車から建物内部に移動する隙を狙い破壊するしかない。
ネゲンダンクは搬入日時を教えてくれる。
「搬入が始まるのは前日、朝からです。1日かけて荷物を運び入れて作品を配置していきます。その際、作品は全て木箱やクッションに包まれて運び込まれるので間違わないようお願いします」
ちょっと待て。
木箱やクッションなんて初めて聞いたぞ。
それじゃどうやって目標の作品を見分けて破壊すればいいんだ!?
オレ達の不満を感じ取ったのか、ネゲンダンクが慌てて解決策を提示する。
「ご安心下さい。目標の作品は木箱に入っていて、外側の板には底以外全面に作品タイトルが記されてあります。物によっては似たサイズになってしまうので間違わないようにするための処置です」
「なるほど、ならすぐに目標の作品を判別できますね。それで作品のタイトルは?」
ネゲンダンクはここぞとばかりに胸を張り、得意満面の表情で告げる。
「タイトルはですね『不屈の腕、絶対不破の楯』です。どうです? 素晴らしいタイトルでしょう? このタイトルをどうして付けたかというとですね。作品を製作している際、こう天からふっと下りてきたようにタイトルが浮かんだのです。このタイトルから分かるとおり、この作品は人の腕が楯を持っているのですが。これは人――ひいては他4種族皆は一般的にそれほと力が強くない。しかし! 私達には腕があり、誰かを守りたいという心がある! その守りたいという意志を楯という形でこの世界に留めることで――」
タイトルを聞いたはずなのだが、いつのまにか自信作で今回の展示会の目玉になるはずだった作品『不屈の腕、絶対不破の楯』の芸術的説明が始まる。
人は自身の得意分野になると饒舌になるものだが、特に創作する者達はその傾向が強い気がする。ある種の偏見ではあるが。
しかしお陰で作品の名称と形状を把握することが出来た。
ネゲンダンクの話を纏めると――作品名は『不屈の腕、絶対不破の楯』。大きさは大の男が2名両脇から抱えないと運べないほど大きい物になる。
この作品に使用されている材質は石らしいが、それほど強固な物ではなく、強い衝撃を加えると脆く壊れてしまうのだとか。
だから、トンカチとノミで削り出すのにも神経を使うらしい。
しかし、これからクリスが破壊する作品が『不破の楯』とは……。
なんというか皮肉を覚えてしまう。
一通りの情報を得ると、未だに自身の作品の話をするネゲンダンクに声をかける。
「名称と形状や材質は理解しました。一度、本部へ戻り準備を終えてからウミリアーニ街へ向かい今度は周辺の様子を確認したいと思います。一応、建物の見取り図は頂いてよろしいですか?」
「は、はい! どうぞお役立てください! すみません、芸術の話になるとどうも止まらなくなってしまって……」
「いえいえ、面白いお話でしたよ。もし時間があればもっと聞きたいぐらいです」
さすがに面と向かって『つまらないです』とはいえない。
適当に言葉を濁し、ソファーから立ち上がる。
ネゲンダンクも慌てて立ち上がり、深々と頭を下げてきた。
「それでは何卒よろしくお願いします! 私もウミリアーニ街へもう向かいますので、何かありましたらお声をかけてください」
ウミリアーニ街で泊まる宿の名前を聞き、オレとクリスは個室を後にする。
オレ達は 冒険者斡旋組合(ギルド) を後にして、ネゲンダンク達の目が無くなると思わず2人揃って溜息を漏らした。
『先程の方のお話は難しくて、何を言ってるのか全然分かりませんでした』
「オレも芸術の話をされても分からないよ。オレとしてはクリスの可愛さの方がよっぽど芸術的だと思うんだけどな」
『も、もうリュートお兄ちゃんはすぐにからかう!』
クリスは褒められて嬉しいけど、人前だから恥ずかしいと頬を膨らませながら赤く染める。
その姿が本当に可愛い!
正直、マジでその辺の作品よりクリスの可愛さの方が芸術的だと思うよ!
こうしてオレ達はいちゃつきながら、新・純潔乙女騎士団本部へと帰った。
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本部へ戻ると早速、クエストをこなすための準備に取り掛かる。
今回のクエストは少数精鋭で望む。
そのため参加するメンバーはオレとクリスのみ。
ウミリアーニ街へはココリ街の商人達がひっきりなしに行っているため、便乗して移動する予定だ。お陰で野営が大分楽になる。
馬車は新・純潔乙女騎士団にあるのを借りる。
他に食料、水、武器&弾薬、衣類、寝具などを準備する。
一通り準備を終えると、個展開催まで日がないためオレとクリスはさっさと出発した。
ココリ街を出発して3日後、ウミリアーニ街に辿り着く。
付いた日は夜遅かったため、宿を取りそのまま宿泊した。
翌日、朝食を摂った後、個展会場周辺の下見をする。
会場は商業施設の一番端に建てられていた。
そのため周辺は開けており、買い物に疲れた人々がベンチに座ったり、小鳥にエサを与えたり、子供達が鬼ごっこをしていたりする。
市民の憩いの場という感じだ。
「この辺は意外と狙撃ポイントがないな……」
『ですね』とクリスが同意する。
オレ達は個展会場正面を確認すると、今度は裏手に回る。
会場の裏手は城壁も近いせいか、影になっており正面の広場より気温が低い。
そのせいかひっそりとしていた。
周囲も馬車での移動を考慮しているのか閑散としている。
申し訳程度に等間隔に植林されている程度だ。
オレとクリスは狙撃場所を探す。
城壁から狙うには位置が高すぎる。
植林されている木の陰はさすがに丸見えだ。
「と、するとポジションはここかな?」
『ですね』
展示会場搬入口から約150m地点。
中・低層向け住宅街の入り口だ。
ここからなら真横から出入り口を監視することができる。
比較的低所得者が多そうな住宅街の入り口のため、通りに物がごちゃごちゃと溢れ出ている。
壊れた屋台や荷台、破損した車輪の山、廃材などが散らばっていた。
上を見上げると、石材で作られた建物の間を細いヒモが電線のように張り巡らされている。その間にしまい忘れた洗濯物やシーツが風に靡いていた。
ここなら身を隠す場所には困らない。
他にも周辺を確認した。
反対側にも回ってみたり、もう一度正面に戻ったりする。
日が傾き夕方になると、ネゲンダンクが泊まっている宿に顔を出す。
ちゃんとオレ達がクエストをこなすために街に来たことを告げるのと、何か新しい情報や問題が起きていないかの確認だ。
ネゲンダンクが泊まっている宿屋1階で食事を摂り、互いに情報を交換した。
その日の夕食はネゲンダンクにご馳走になる。
自分達の宿に戻ると、疲れを残さないためさっさと布団へ潜り込んだ。
こうしてウミリアーニ街の1日を終える。
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ネゲンダンク個展展示前日。
早朝、石畳を角馬の足音と木造車輪の軋む音がウミリアーニ街に響く。
今日1日かけて、展示会場に配置していくらしい。
馬車の第1陣が展示会場裏手の搬入口へと辿り着く。
既にオレとクリスもポジションについていた。
展示会場搬入口から約150m地点。
中・低層向け住宅街の入り口。破損し放置されている屋台の陰からクリスは組み立て終えているVSSを突き出している。
なぜVSSかというと消音狙撃ライフルなのと、 銃身(バレル) 、ストック、 機関部(レシーバー) を取り外し鞄に収納出来るからだ。
この異世界の人々の朝は早い。
早朝とはいえ働き出している人は割と多い。
そのため不審に思われないように鞄に収納でき、早朝の迷惑&発砲音を減らす 減音器(サプレッサー) が付いたVSSを選んだのだ。
減音させるため9mm×39の亜音速弾を使用するが、十分作品を破壊する力は持っているから心配はしていない。
オレはクリスが狙撃に集中できるように周囲を警戒する。
一応、手には 減音器(サプレッサー) が付けられた『USP タクティカル・ピストル』を握り締めていた。
すでに宿はチェックアウト済みだ。
この狙撃が終わったら、怪しまれないうちに預けてある馬車に乗って、ココリ街へと戻る予定だからだ。
第1陣の積み込みが終わると、第2陣の馬車が入り口に移動する。
2つ、3つと馬車に詰め込まれていた荷物が運び出されて行く。
6つ目で目的の木箱が姿を現す!
人種族らしき男性2名が重そうに木箱の前後を支えて入り口へと向かう。
オレ達から見える側面の外側に赤いインクで大きく『不屈の腕、絶対不破の楯』と書かれていた。
「すぅー……」
微かにクリスの呼吸音が聞こえてくる。
彼女は息を吸い込み、吐き出す。
最後は息を止めた。
クリスの指先が 引鉄(トリガー) に触れて――
ゾッ!
発砲寸前、オレとクリスは魔力の流れを感じる。
咄嗟に流れを感じた方向へ顔を向けると、石材で作られた建物の屋根からこちらを狙うフードを被った人物がいた!
フードは高々と叫んだ。
「我が手に絡まれ風の鞭! 風鞭(ウィンド・ウィプ) !」
風の鞭が狙うのはクリス――ではなく、オレだった!
「くぅッ!」
オレは咄嗟に肉体強化術で身体を補助!
その場から回避、すぐさまUSPの銃口を向けるが、すでにフードは走り去ってしまった。
クリスがこちらを心配した表情を向けてくる。
「大丈夫、オレに怪我はないよ。それよりクリスは大丈夫だったか?」
『はい、怪我はありません……でも』
彼女はミニ黒板の文字を詰まらせる。
彼女が肩を落としている理由にすぐに気が付く。
『な、なんだ!? 突然、地面が割れたぞ?』
『おい! あそこ! あそこで魔術師が暴れていたぞ!』
展示会場搬入口に居た男達がざわめき、数人が街の兵士を呼びに走っている。
クリスが狙った荷物は、その騒ぎの中無事室内へと運び込まれて行く。
そう、あのクリス・ガンスミスがフード魔術師の襲撃を受けたせいで狙撃に失敗したのだ!
あのクリスがだ!
どうやらオレがフード魔術師の攻撃を回避している間に発砲したらしい。
オレは驚愕でフリーズしていた意識を再起動し、指示を出す。
「と、とりあえずこの場は逃げるぞ! 空薬莢は拾ったか?」
クリスが頷くのを確認して、オレ達は中・低層向け住宅街奥へ向かって走り出す。
互いに肉体強化術で身体を補助してだ。
こうしてオレ達は、展示会場搬入口の狙撃ポイントから逃げ出した。
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「むうぅ~~~」
クリスの狙撃失敗から十数日後。
オレは新・純潔乙女騎士団の団長室として使っている執務室で椅子に座り、もう一度、調査結果で上がってきた書類に目を通した。
狙撃に失敗した後、オレとクリスは馬車に飛び乗り、逃げるようにココリ街へと戻ってきた。
帰りの道すがら、クリスがなぜ狙撃に失敗したのかポツポツと語り出す。
曰く――フード魔術師の攻撃はオレにだけではなく、クリスの射線を妨害するように風の鞭を撃ち込んできたせいで、弾丸が余波で逸れてしまったらしい。
しかし一番の原因は、オレがフード魔術師に襲撃を受けたせいで集中力が途切れてしまったからだ、とか。
白狼族の男性陣から、クリスはホワイトドラゴンが周囲を旋回しても気にも留めなかったらしい。なのにオレが目の前で襲撃を受けただけで集中力を乱されるなんて……。
オレは本当に心底クリスから愛されているようだ。
オレだってクリスが目の前で襲われたら、絶対に集中力を乱してしまう!
彼女には悪いが思わず口元がニヤケそうになる。
そしてオレ達はココリ街の本部へ戻り、スノー達にクリスが狙撃に失敗してクエストを達成できなかったこと伝えた。
最初、『クリスが狙撃に失敗した』と誰も信じてくれなかった。
何かの冗談だと思われたらしい。
しかし、クリス本人が肩を落とし報告してようやくみんな信じてくれた。
それだけクリスの腕をみんなが信頼しているのだ。
また結局、個展はどうなったかというと……。
今回の襲撃は、ネゲンダンクを目の敵にしているライバルが個展を阻止しようと放った刺客――ということで落ち着いているらしい。
さらに狙われたのが個展の目玉である『不屈の腕、絶対不破の楯』で、掠り傷負うことなく無事台座に置かれた。
お陰で『不屈の腕、絶対不破の楯』を一目拝めば、『どんな襲撃者に襲われても怪我を負わない』や『彼の作品を持てば襲撃者に襲われない』などという与太話的噂が流れている。
その話を真に受けた人々が一目作品を見ようと連日訪れ大賑わいらしい。
特に街々を行き来する商人達が、験担ぎのため彼の作品を一目見ようと詰めかけている、とか。
それどころか富豪や貴族達が押し寄せ、『不屈の腕、絶対不破の楯』を手に入れるための値上げ合戦をおこなっていた。
あまりに値段が吊り上がっているため、小金持ちの人々は細々としたネゲンダンクの作品に手を出しているらしい。
そんな細々とした作品でも奪い合いがおき値上げ合戦に発展。通常では考えられない値段になっている。
つまり今回の襲撃失敗で箔が付き、バブルが起きているのだ。
そして、連日の大賑わいで人々が詰めかけているのに失敗作であるはずの作品に対して誰1人否定的な意見が出ていない。
本当にあの時、運ばれていた作品は失敗作だったのだろうか?
今ではそれすら疑わしい。
クエストには失敗したが、不幸中の幸いにもそれが良い方向へと転がっている。
そのせいかネゲンダンクからはまだ苦情の言葉1つもらっていない。
しかし、いくらなんでもできすぎている。
狙撃当日。
オレに怨みを抱く魔術師が居て、クリスが狙撃をおこなう寸前に暗殺しようと魔術を放つ。結果、狙撃に失敗。
だがお陰で、個展に箔が付いて会場は連日大賑わい。
作品にも貴族や富豪が群がり、競うように値段をつり上げている。
どう考えても都合がよすぎる。
まるで出来損ないの3流映画のようなシナリオだ。
「で、ミューアに頼んでツテを辿ってもらってネゲンダンクを調べてさせたけど……」
ミューアはオレの頼みをすんなり引き受け、翌日にはネゲンダンクの詳細な情報をまとめて渡してきた。
まさかこれほど早いとは……。
正直、ミューアに早急に設立しないとと考えている諜報部隊のトップを担当してもらいたい程の手際の良さだ。
もう一度、上がってきた書類に目を通し確認する。
確かに 冒険者斡旋組合(ギルド) での話し通りの内容が書かれてあった。
新しい情報としては――無収入時代のせい&今回の個展を開くために、かなり危ない筋から多額の借金もしている。
しかも、その金額がちょっとした物で、現在のように個展が賑わっていなければ到底返せない金額だ。
「もしかして……ネゲンダンクはオレ達をこのバブルを引き起こすための仕掛けに利用したってことか?」
全ての偶然がネゲンダンクの都合がいいように転がった――と、言われるよりずっと納得がいく話だ。
現在流れている噂話も、彼自身が流しているのかもしれない。
執務室の扉がノックされる。
「どうぞ」
「忙しいところ失礼します」
ミューアがスルリと扉から入ってくる。
彼女は着物のような上着に袖を通し、豊満な胸の谷間を露出させている。
口元から赤い舌がチロチロ出るたび、年齢に不釣り合いなフェロモンが同時に放出されている気がする。
相変わらず彼女は『本当にクリスと同い年なのだろうか?』と疑問を抱いてしまうほど色っぽい。
「はい、そうですよ。私はクリスさんと正真正銘同い年の15歳ですよ」
「いや、ちょっと……心を読むのは止めてください」
オレは思わず敬語で返答してしまう。
彼女は楽しげにころころと笑った。
オレは自分の敗北を宣言するように肩をすくめる。
「それで何か用かい? まさかわざわざオレをからかいに来た訳じゃないだろ?」
「当然です。私もこう見えて色々忙しいんですから。でも、リュートさんの反応が面白くてついついからかってしまうのですよ。困らせてしまってごめんなさい」
だから、なんで台詞を言うだけでこんなに色っぽいんだ。
オレは咳払いをして彼女に話を急かす。
今度はミューアがつまらなそうに肩をすくませた。
「こちらに伺った用件ですが――ウミリアーニ街でリュートさんとクリスさんを襲ったフード魔術師を捕らえたことを報告にきました。現在は本部地下の牢屋に入れてあります」
「はっ!? マジで!?」
「はい、マジです。本人も認めていますし、状況証拠と彼が得た金銭、周囲の聞き込みなどから犯人で間違いないと思います。こちらが纏めた書類です」
ミューアはオレの反応を愉しむように笑顔で告げる。
何この子!? この短時間でフード魔術師を捕まえたあげく書類に情報もまとめ済みなの!?
オレは彼女から書類を受け取ると、とりあえず流し読みだが最後まで目を通す。
フード魔術師は人種族、名前はメオーニ。魔術師Bマイナス級。
ギャンブル狂&アルコール依存症のため、いくら稼いでもすぐに散在してしまう。そのため多額の借金有り。
10数日前、男から仕事の依頼を受ける。
顔や特徴はフードを被っていたため分からない。声とフードから覗いていた髭、手や体躯の分厚さから男と断定。見た目は人種族か、妖精種族のドワーフらしかった。
仕事の内容は――指定する日時に2人の男女が展示会場裏手搬入口周辺で襲撃準備をおこなっているので、その襲撃の瞬間を邪魔をして欲しいと頼まれる。
前金を渡され、成功すればさらに倍額を支払うと約束。
前日、さらに男が接触して来て襲撃場所の詳細を知らされる。
男の要求通り襲撃に成功。その日のうちに約束の金額を受け取る。
以後、ギャンブルと酒を飲む生活を送った。
証拠品として彼の自宅から被っていたフード、三分の一ほど残った金銭が出てくる。さらに周囲から聞き込みで、メオーニが珍しく近々大金が入ると酒場で話していた裏を取る。
――書類にはだいたい以上のことが書かれてあった。
ミューアの言葉通り、オレとクリスを襲撃した魔術師は、ほぼこいつで間違いないだろう。
オレは驚きを通り越して、冷や汗を掻きながら目の前に立つミューアに視線を向ける。
「この短時間でよく犯人を見付けたあげく、ここまで情報を集められたな……」
「ふふふ、私はこれでも PEACEMAKER(ピース・メーカー) の外交部門担当ですから、リュートさんやクリスさんを狙った犯人が許せなくて色々ツテを使って調べさせて頂きました」
彼女はここで純粋無垢な笑顔を浮かべる。
しかしオレは、そんな笑顔に見惚れるどころか、『うわぁ、絶対にミューアさんを怒らせないようにしよう』とオレは思わず天神様に誓ってしまう。
世の中には絶対に敵に回しちゃいけない人物が居る。彼女はその類の1人だ。
だが、こういう才能は希有である。
正直、本気でミューアに諜報部隊の設立&隊長を任せた方がいいかもしれないな。
オレがそんなことを考えていると、ミューアが歌うように進言してくる。
「私見ですが、これらの情報と現状を鑑みて、どうやらリュートさんとクリスさんは、ネゲンダンクの知名度をあげるため利用されたんだと思います」
「だろうな。クリスの正確な射撃位置なんて、オレ達を除いたらネゲンダンクしか知らないからな」
オレとミューア、2人の意見が一致する。
ネゲンダンクは黒だ。
「リュートさん、いかが致しましょうか?」
ミューアは聖母のような微笑みを浮かべているが、その声音はゾッとするほど冷たい。
オレは腕を組み考え込む。
確かにネゲンダンクを消すのは現在のオレ達なら難しくない。
恐らくミューアに指示すれば、誰1人に知られずネゲンダンクはこの世から消えるだろう。
しかし、オレ達、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) はどこぞの暗殺 軍団(レギオン) ではない。
それに彼を消すことが『本当に利用された復讐になるのか?』と言うと疑問も残る。
「とりあえずクリスに現状を報告しよう。彼女も当事者の1人なんだから」
「了解しました。では、今すぐお呼びしても?」
「ああ、頼む」
ミューアは一礼して部屋を出て行った。
彼女に話したとおり、まずはクリスに現状を伝える方が先だろう。
もちろんこのまま泣き寝入りすつもりはなかった。