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作品タイトル不明

第215話 クリス、15歳――『クリス15 絶対不可避!? 弾丸芸術(バレット・アート)! 後編』

数日後、オレとクリスは再びウミリアーニ街を訪れていた。

彼女と2人、ネゲンダンクの作品を展示している会場内部を見て回る。

会場に入り右折するとまず飛び込んでくるのは波をバックに角馬が後ろ足で立ち上がる彫像だ。

躍動感があり、今にもそのまま走り出しそうである。

次に目に付くのは羽が生えた亀のような生物の彫像だ。

さすがにこの異世界にも羽の生えた亀はいない。

どうやらネゲンダンクの想像上の生物らしい。

この彫像は壁に行儀よく一列には並ばず、ずれておかれていた。

最初は配置ミスかとも思ったが、どうやら演出らしい。反対側にある彫像達も横一列には並ばずランダムに配置されている。

まるで差し掛けのチェス駒の中に紛れ込んだような気分だ。

別に横一列に並べてもいいと思うんだが……

こういう所が芸術家の拘りなんだろうな。

最奥へ進むとチェス駒のキングのように『不屈の腕、絶対不破の楯』が置かれていた。

運良く人だかりも少なく、背の低いクリスでも見ることができる。

確かに 冒険者斡旋組合(ギルド) で長々と受けた説明のように人の腕が、楯を持っている彫像だった。

成人男性2人が協力しないと持ち上げられないほど大きい。

1つの石の塊から削ったらしく台座部分はまだ石の状態だ。見方によっては制作途中であったり、荒々しさを出すための演出とも取れる。

『不屈の腕、絶対不破の楯』の前に立ち、周囲、天井から足下まで確認する。

見取図通り窓は無し。

天井、床にもそれらしい物はなかった。

煌々と魔術光が灯っているため室内はまったく暗くない。

「やぁやぁ! お2人とも! よく来てくださいました!」

オレとクリスが作品を見ていると、依頼人であるネゲンダンクが姿を現す。

彼はつい先日の切羽詰まった態度から一転、はち切れんばかりの笑顔でオレ達に歩み寄ってくる。

彼の背後にはバイヤーかファンか知らないが、コバンザメのように男達がぞろぞろと付いて来ていた。

「どうも」

「…………」

オレは一応挨拶するが、クリスは珍しく不快そうに眉根を顰める。

ネゲンダンクは背後の男達に振り返ると、偉そうに言葉を投げた。

「私は大切な友人達を歓待しなければならないから、君達との話し合いはまた後だ。今日はもう帰ってくれ」

「はい、先生、分かりました」

男達は媚びるような笑みを浮かべて、ネゲンダンクの機嫌を損ねないように素直に指示に従う。

「改めてよく来てくださいました、私の個展に!」

ネゲンダンクはオレ達に向き直ると、機嫌よさげに語りかけてくる。

彼は饒舌に語り出す。

「クエストに失敗したと聞いた時、最初はもう私はお終いだと絶望しました。しかしご覧の通り、予想と違って逆に箔が付き、お陰様で大盛況ですよ! なので失敗したことは怒っていませんのでもうお2人もお気になさらず」

「……『予想と違って』ではなく、予想通り――いや、予定通りじゃないんですか?」

「それはどういう意味ですか?」

「貴方が仕事を依頼した魔術師は、すでに捕縛済みです。彼にオレ達のクエストを邪魔するように仕事を依頼したんですよね? 証拠もあって――」

「あああ、あああ。いいです。証拠とかいいですから。そうですよ。私が彼に貴方達のクエストを邪魔するように仕事を依頼したのです」

オレが裏切っていた証拠を突き付けようとした矢先、台詞を遮られる。

ネゲンダンクは先程のまでの友好的態度から一転。

めんどくさそうな態度で、あっさりと容疑を認めた。

この態度の変化は予想外で、思わず固まってしまう。

普通、こういう時、相手は色々誤魔化そうとするのが刑事や探偵物の定番ではないのか?

オレの困惑も気にせず、ネゲンダンクは軽い調子で語り出す。

「お察しの通り、私の名声を高めるためリュートさん達を騙して利用させてもらいました。いや、すみません。それで違約金はいくらになりますか? 言い値を仰ってください。全額支払いますから」

「ふざけるなよ……オレ達を騙してなんだその態度は?」

オレも態度を変え、怒気を孕んだ声音で応じるが、ネゲンダンクは軽く肩をすくめただけだった。

「そんなに怒らないでくださいよ。ちゃんと違約金は払うっていってるじゃないですか。もちろん騙したのは悪いと思っていますよ。ですが今回の一件で、私は富と名声を手に入れた。リュートさん達は違約金という形で多額の報酬を受け取る。ほら! 誰も損をしていないじゃないですか」

駄目だ。話にならない。

オレが頭を抱えたのを『論破した』と誤解したのか、ネゲンダンクはドヤ顔を浮かべる。

殴りたい……切実に殴りたい!

しかし、オレ以上に怒っている人物が隣に居た。

クリスから不機嫌な表情が抜け、一切の感情が抜け落ちる。

瞳はまるで氷のように冷たい。

ネゲンダンクは、自身が地雷原の上でランバダを踊っていることに気付いていない。

クリスがミニ黒板に文字を書き、オレだけに見せてくる。

「……話になりませんね。そちらがそんな態度なら、こちらもそれなりの行動を取らせて頂きます」

「そ、それなりって……まさか私を暗殺するんじゃ……」

先程まで気色の悪い薄ら笑いを浮かべていたネゲンダンクは、一転顔色を悪くする。

「オレ達はどこかの暗殺 軍団(レギオン) じゃありませんよ。クエストの破棄は認めず、依頼を続行させて頂くだけです。もちろんお代は結構ですよ」

「……はぁ?」

最初、ネゲンダンクは意味が分からず首を傾げる。

ようやく脳みそで理解すると、再び気色の悪い笑みを浮かべた。

「何を言い出すとは思えば。クエストを続行する? はっはっはっは! もう作品はあの台座に置かれたんですよ! 今更、狙撃クエストを達成することなんて不可能です! それは貴方達が自分で言っていたことじゃないですか!」

大声を上げたせいで周囲の注目を集める。

ネゲンダンクはトーンを落とし、告げる。

「どうぞどうぞお好きに。客からお金を受け取った後なら、好きに壊してくださいよ。会場の外のどこぞで作品を壊されようと、どうでもいいですから。その時、私は彫刻家として不動の地位を得ていますからね。これからは仕事も、名声にも、お金にもまったく困りませんから」

「……何か勘違いしているようですが、他の人の手に渡ってから壊したのでは、ただの器物破損です。オレ達は頼まれたクエスト通り、あなたに所有権がある内に――この個展が開かれている期間中、会場内で、あの作品を狙撃で破壊するといってるんですよ」

オレは親指で奥の台座に収まっている『不屈の腕、絶対不破の楯』を指さす。

ネゲンダンクの目が鋭くなる。

彼はオレ達から作品を庇うように位置を変えた。

「……困りますね。あれは今回の個展の目玉。ほぼ買い手も付いているんですよ」

この異世界での一般的な個展のシステムは、まず建物内部に入るために入場料を支払わなければならない。

そして期間中に競売形式で欲しい人が作品に値段を投じていく――というものだ。

最終日に一番値段が高い人が、その作品を買えるらしい。

前世でのシステムは知らないから比べようがないが。

オレはネゲンダンクの睨みを軽く受け流す。

「別に今すぐこの場で作品を壊そうという訳じゃありませんから、安心してください」

「ああ、そうか……兎に角もう帰ってくれ。そしてもう二度と顔を出すな。もし顔を出したら警備兵に付きだしてやる。違約金ももう払わないからな!」

違約金なんているか!

オレとクリスはそれ以上、彼の相手をせず会場から出る。

ネゲンダンクはオレ達を警戒しながら、会場を警備する展示場勤務の私兵を呼び何事か伝えている。

どうせ、オレ達が姿を現したら絶対に、右奥に鎮座している『不屈の腕、絶対不破の楯』へ近づけるなとか言っているのだろうな。

「でも本当によかったのか、あんな大見得を切って?」

展示会場を出た後、オレはクリスに話しかけた。

なぜオレが突然、あんな宣言をしたかというと――彼女にミニ黒板で、自分の代わりに伝えて欲しいと指示を受けたからだ。

クリスは先程の『この豚……ミンチにして店頭に並べてやろうかしら』的女王様のような視線が嘘みたいに明るい笑顔を答える。

『大丈夫です、任せてください!』

「でも、ネゲンダンクじゃないけど、クリス自身が言ってたじゃないか。あの奥に置かれたら角度が足りなくて届かないって」

そうなのだ。

現状、オレが知る限りスナイパーライフルであの右奥にある『不屈の腕、絶対不破の楯』を破壊するのは不可能なのだ。

弾丸を入り口から撃ち込んでも、角度が足りず奥に配置されている彫像まで届かない。

現に 冒険者斡旋組合(ギルド) の個室で、クリス自身が『あそこに置かれたら狙撃での破壊は不可能だ』と断言していた。

いったい彼女はどうするつもりなのだろう……。

オレの不安とは正反対に、クリスは不安など微塵もなく自信満々に胸を張る。

『リュートお兄ちゃん、そんな心配しないでください。絶対にあの彫刻を破壊して、嘘つきさんの鼻をあかしてあげますから!』

「……分かった。オレもクリスを信じるよ」

愛しい嫁がここまで断言しているんだ。

夫であるオレが信じなくてどうする!

クリスはオレの返事を聞いて嬉しそうに微笑む。

『それではあの彫刻を壊すためにお兄ちゃんに作って欲しい物があるのですが』

「作って欲しい物?」

そしてクリスは自身が望む『作って欲しい物』の説明を始めた。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

ネゲンダンクに啖呵を切って数日後。

オレは再び、会場へと足を運んでいた。

「貴様! 何しに来た!」

ネゲンダンクは目ざとくオレを見付けると、背後に警備兵を2人連れて歩み寄ってくる。

時刻はちょうどお昼。

オレは左に曲がる入り口あたりに立って、右奥に鎮座している『不屈の腕、絶対不破の楯』を眺めていた。

さすがに昼頃は人も少ないが、『不屈の腕、絶対不破の楯』の前には若いカップルと親子連れ、一般の男性が立っている。

オレ達にとって彼らはちょっと邪魔だ。

「こら! 無視するな! いったい何をしに来たと聞いているんだ!」

ネゲンダンクを無視していたら、さらに声を張り上げ怒鳴ってくる。

オレはうるさそうに耳を押さえ、彼に振り返った。

「何しに来たって、用事があるから来たに決まってるだろ」

オレはもうネゲンダンクに敬語を使うのを止め、面倒臭そうに返答した。

横目で確認すると、カップル&一般男性が『不屈の腕、絶対不破の楯』の前から離れる。

残るは親子連れだけだ。

ネゲンダンクはそんなオレの態度が気に入らないのか、さらに眉根を釣り上げる。

「貴様にはもう二度と私の前に姿を現すな、展示会場に来るなと言っていた筈だろうが!」

「オレだって用事がなければ、こんなゴミみたいな作品が並べられている個展にわざわざ足を運ばないよ」

「ご、ゴミだと……ッ! わ、私の作品をゴミと言ったか!」

自身の作品を『ゴミ』呼ばわりされたのがよっぽど頭に来たのか、ネゲンダンクはまるで火が灯ったように顔を赤くする。

「警備兵! は、早くこの無礼者をつまみ出せ!」

「「はっ!」」

展示会場が雇っている私兵が、腰から下げている剣の柄に手をかけ距離を縮めてくる。

相手は2人。

装備は腰から下げた剣。

防具は客達の鑑賞の妨げにならないよう配慮して革鎧を着ている。

金属製鎧だとガチャガチャ音が鳴ってうるさいから当然といえば当然か。

この程度の相手なら、肩から提げているUSPを使わずとも無力化するのは難しくないだろう。

親子連れが離れたお陰でようやく『不屈の腕、絶対不破の楯』の前から人気がなくなる。

オレはネゲンダンク達に背を向け入り口を目指す。

「用事は終わったから帰る」

この態度の変化に、さすがに怒り心頭だったネゲンダンクも怪訝な表情を浮かべる。

「あっ、そうそう。最後に、オレの『一度は言ってみたい』台詞、第5位を使ってやろう」

オレは振り返り、右手を銃の形にして発砲するマネをする。

さらにネゲンダンク達は困惑の表情を深めた。

オレは構わず台詞を告げる。

「地獄に堕ちなベイビー」と指鉄砲で撃つマネをした。

刹那――

ダァァーンッ!

展示場入り口正面から大分離れた距離から、発砲音が聞こえてくる。

聞こえたと思ったら――なぜか右奥に鎮座していた『不屈の腕、絶対不破の楯』が不吉な破壊音をたて、砕けた。

展示場内で見ていた見物客達が音に驚き、ある人は悲鳴を上げ、ある人はその場に座り込む。

オレを除いたその場に居た人、全員が突然壊れた『不屈の腕、絶対不破の楯』に釘付けになった。

ネゲンダンクは怒りで赤くなっていた顔が一転、今日の天気のように青くなり、へなへなとその場に座り込んでしまう。

騒ぎ出す見物客達、落ち着かせようと動き出す警備兵、座り込んだネゲンダンクを無視して用事を終えたオレは、指鉄砲の先端に息を吹きかけた後、その場から歩き去った。

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ネゲンダンクの自信作、『不屈の腕、絶対不破の楯』が破壊されて今日で約1ヶ月。

ミューアから上がってきた最新情報が記された書類をチェックする。

結局、ネゲンダンクの個展は大失敗に終わった。

今までは『不屈の腕、絶対不破の楯』を一目拝めば、『どんな襲撃者に襲われても怪我を負わない』や『彼の作品を持てば襲撃者に襲われない』と持て囃されていたのに、作品が砕けた後は『ネゲンダンクの作品は天神様の怒りに触れた。だから突然砕けたのだ』とか、『ネゲンダンクの作品は呪われている』、『彼の作品を購入した者は次々不審な死を迎えた』『ネゲンダンクの作品を見た者は謎の病気にかかる』など――悪い噂がその日の内に広まった。

最終日まで誰1人見物客が入らなかったらしい。

もちろん作品を手に入れようとしていた富豪や貴族、小金持ちの商人達も手のひらを返し一斉に資金を引き上げた。

結局、個展では1つも作品が売れなかった。

入場料程度ではヤバイ筋から借りた借金を返すことは出来ず、期限内に返金できなかったためネゲンダンクは借金取りから逃げるため姿をくらましたらしい。

しかし、相手もその道のプロ。

数日でネゲンダンクの身柄を取り押さえた。

なぜかその辺りの逃走劇や身柄確保の現場、現在ネゲンダンクがどんな仕打ちを受けているのか――まるで現場で見ているような詳細情報を、ミューアが書類にまとめて持ってくる。

彼女は執務室に書類を届けに来ると、嬉々として内容を報告しだした。

『借金を踏み倒そうと逃亡した落とし前として、現在ネゲンダンクは地下で拷問を受けているそうですよ。×××を切り落とされた後、治癒魔術で治療されたり――』

あまりに酷い拷問内容にオレは朝食を戻しそうになる。

慌てて手を挙げ、彼女の口を閉じさせた。

ミューアは童女が拗ねるように片頬を膨らませ、『リュートさんやクリスさんに酷い事をした人がどんな目に合っているのか報告しに来たんですのに』と文句を告げてくる。

『いや、マジで勘弁してくださいミューアさん』とオレは下手に出てお願いすると、素直に朗読を止めてくれた。

オレ達のことで腹を立ててくれるのは嬉しいが、さすがに内容がショッキングすぎる。

この報告書は絶対にクリスには見せないし、聞かせないようにと強く言い含めておいた。

ちなみにその時、オレは気になっていたことを彼女に尋ねる。

『不屈の腕、絶対不破の楯』が破壊された後、すぐにその事実がウミリアーニ街に広がった。

さらに都合良くネゲンダンク作品に対する悪い噂が、狙ったかのように流れ出したのだ。

まるで誰かが意図的に情報を操作、流しているとしか思えない早さだった。

以上のことをミューアに尋ねると彼女は――意味深な笑みを浮かべるだけで何も答えず部屋を出て行ってしまう。

その笑顔を見たオレは『ミューアさん――いえ、ミューア様には絶対に逆らわないようにしよう』と固く心に決めた。

何度も言うが世の中には絶対に敵に回しちゃいけない人物が居る。彼女はその類の1人だ。

またそういう類の人物は、オレの身近にもう1人いた。

クリス・ガンスミスだ。

彼女はいかにして右奥に置かれた『不屈の腕、絶対不破の楯』を破壊したかと言うと……クリスはあの彫刻を狙撃するため、ある物を作って欲しいと頼んできた。

そのある物とは『跳弾させるための 弾薬(カートリッジ) 』だった。

彼女は 冒険者斡旋組合(ギルド) の個室で断言していた。

『角度が足りないため、奥に配置した彫像には届かない』と。

その問題を解決する方法として、クリスは弾丸を跳弾させ『不屈の腕、絶対不破の楯』を破壊すると言い出したのだ!

うちのお嫁さんは無茶を言う……。

ここで『跳弾』とは、どんな現象か改めて確認しよう。

跳弾――弾丸が何か硬いものに当たって跳ね返る現象のことだ。

英語では リコシェイ(ricochet) と呼ぶ。

極稀に、撃った本人である射手に弾丸が跳ね返り当たるケースもある。

だが、どんな弾丸でも跳弾する訳ではない。

基本的に跳弾するのはフルメタル・ジャケット弾や徹甲弾などの硬い弾丸である。

ソフトポイント弾などは柔らかいため、物体に当たると形が潰れる等して速度エネルギーが物体の変形に使われ、大きく減速してしまうためだ。

また弾丸が当たる物体によっても違いがある。

舗装された 道(コンクリート) の場合、弾丸は地面に沿って跳ねる。

しかもエネルギーを殆ど失わない。そのため舗装された道で弾丸を避けようとして、伏せても安全とはいえない。逆に危険な場合がある。

土などの地面は弾丸のエネルギーをある程度吸収する。しかし、弾丸が横回転して当たりもっと高い角度で跳ね返る場合もある。

また液体である水でも、水面に着弾する入射角が浅い場合は跳弾現象を引き起こす。

クリスはこの跳弾を利用して、角度の足りない右奥に配置している彫像を狙撃しようというのだ。

「でも一体どこにあてて跳弾をさせるつもりだ? 壁や床、天井に当てても奥の彫刻までは届かないぞ」

オレは思わず尋ねてしまう。

クリスは再びミニ黒板に指を走らせる。

『天井や床、壁ではありません。右展示場に置かれていた『波の角馬』に当てて角度を調整するんです』

右展示場には差し掛けのチェス駒のように彫像達がランダムに置かれていた。

最初は配置ミスかと思ったが、演出だった。

クリス曰く、このように彫像を配置してくれたお陰で最奥にある『不屈の腕、絶対不破の楯』へ届く道筋が見えたらしい。

まさか皮肉にも、演出としてランダムに配置したネゲンダンクの作品が、右奥まで弾丸を送り届ける鍵になるとは……。

確かに跳弾させれば、右奥まで弾丸を着弾させることは可能だ。

しかし現実的に跳弾は様々な条件により角度が異なるため、ビリヤードのように計算して目標に当てることなど本来は不可能である。

もし狙って、跳弾を引き起こし目標にヒットさせることが出来たらそれこそ神業だ。

だがクリスは自信満々に拳を握り締め、鼻息を荒くする。

オレはそんな嫁を信じることにした。

「よし! 分かった! オレもクリスのことを信じるよ。それで跳弾しやすい 弾薬(カートリッジ) を作ればいいんだな?」

『はい! よろしくお願いします!』

そしてオレは彼女の要望通り、跳弾しやすい 弾薬(カートリッジ) を製作した。

弾丸の材質は徹甲弾にも使われる疑似タングステン。

本来は跳弾を防ぐため、柔らかな鉛で包み込むが今回は無し。

薄い金属で覆いフルメタル・ジャケット弾にする。

何度かの練習を終え、オレとクリスは再びウミリアーニ街を訪れた。

オレ達は展示会場入り口から約200m先にある建物の一室を借りた。

そこから通常より広く大きい出入り口から、ギリギリ『波の角馬』を目視することができる。

今回使用する銃器は、M700P。

より精度の高い射撃が求められるため、ボルトアクションライフルを選んだ。

最後の問題として、『不屈の腕、絶対不破の楯』の前に誰か1人でも立っていたら狙撃することが出来ない。

さらに狙撃ポイントの建物からは人が居るかどうかは確認することが物理的に出来なかった。

そのためオレが個展会場に入り、人がいなくなったらクリスに合図を送る手筈になっていたのだ。

そして、彼女は見事、『波の角馬』に当てて跳弾させ、『不屈の腕、絶対不破の楯』を破壊することに成功した。

まさに神業。超絶技巧だ!

正直、オレには芸術の善し悪しは分からない。

しかしあの個展開催期間中で最も価値ある芸術作品は、通常では手の届かない最奥に置かれた彫刻の破壊を成し遂げた、クリスの弾丸だったのではないだろうか?

まさに彼女にしか出来ない『 弾丸芸術(バレット・アート) 』である。

オレはふと、前世での記憶を思い出す。

前世、地球の日本。

当時、1人暮らしを初めて数ヶ月、仕事にもなれ休日をもらったため某オタク街に買い物へと出かけた。そこで中2病御用達の『幻想ネーミング辞典』に一目惚れして勢いで買ってしまった。

ちなみに、今でもまったく後悔はしていない!

その辞典を読んで知ったのだが、『アート』という言葉はロシア語では『地獄』という意味になるらしい。

「つまり、ネゲンダンクにとってクリスのあの1発は文字通り、地獄へ落ちる『 弾丸地獄(バレット・アート) 』だったわけだ。まさに今回の一件に相応しいタイトルだな」

オレは執務室で1人、上手いことを言った微苦笑を漏らした。