作品タイトル不明
第156話 スミス家の思惑
男は影に隠れるように壁に寄り掛かり、腕を組んでいた。
身長は180cm以上あり、無駄な脂肪を1mgも残していない引き締まった筋肉。髪は短く刈り込んで、口元を布で隠している。まるで忍者か、暗殺者的な風貌だ。
鋭い三白眼が客室のソファーに座る男へと向けられる。
ソファーに座る男こそ、白狼族に多額の懸賞金をかけた北大陸最大の領地を持つ上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・スミスだ。
金髪をオールバックに撫でつけ、口髭をたくわえ、若い頃は美男子だったと一目で想像がつくほどだが、顔には年相応の皺が刻まれている。そして現在は忌々しげに顔を顰めている。
「今回の襲撃……他大陸の孤児院で育った白狼族の誘拐には確かに失敗した。しかしそれは我が秘密兵士隊を指導する軍事教官、『 静音暗殺(サイレント・ワーカー) 』殿の指導不足によるものではないのか?」
暗殺者風の男―― 静音暗殺(サイレント・ワーカー) と呼ばれた彼は、嫌味を言われても腕を組んだまま態度を崩さない。平静そのものだ。
静音暗殺(サイレント・ワーカー) は、ゆっくりと口を開いた。
「……たった1年の指導ではこの程度の練度が限界か。俺の部下達なら気付かれず仕事を達成することが出来たんだが」
その声音は悔しさの色が滲んでいた。
その態度がさらにトルオの神経を逆なでする。
だが、彼を自身の部下達相手のように感情的に怒鳴る訳にはいかない。
相手はある筋を通して技術指導に来てもらった人物だからだ。
(それに奴…… 静音暗殺(サイレント・ワーカー) を敵に回したらいくら命があっても足りん)
静音暗殺(サイレント・ワーカー) は 金(ゴールド) クラスの 軍団(レギオン) 、 処刑人(シーカー) と呼ばれる暗殺集団の代表者だ。魔術師A級の実力者。
氏名、年齢、出身地など全てが謎の人物だ。
分かっているのは 静音暗殺(サイレント・ワーカー) という二つ名と男性だというだけだ。
処刑人(シーカー) は、対魔物ではなく、対人に特化したこの世界で1、2を争う暗殺集団と言われている。
要人、魔術師、犯罪者等、彼らに命を狙われて無事だった者は誰1人としていない。
権力者にとってこれほど恐ろしい相手はいないだろう。
トルオは気持ちを落ち着かせ、 静音暗殺(サイレント・ワーカー) を怒らせないよう口調に気を付ける。
「ならばこれからも残って指導を続け、部下達を一人前にしてくれたまえ。それが責任というものではないのか?」
「いや、契約通り俺と部下達は引かせてもらう。これでも忙しい身の上なのでな」
「くっ……しかし 静音暗殺(サイレント・ワーカー) 殿の指摘通り、我が部下達はまだ未熟。そんな彼らを見捨てるつもりか?」
「契約は契約だ」
とりつく島もない。
1年前、トルオは妖人大陸で最大の領土を抱える大国、メルティア王国から『白狼族に合流した人物2名を捕らえて欲しい』と依頼を受けた。
そのため 静音暗殺(サイレント・ワーカー) を軍事顧問として紹介してもらった。
本来なら、いくら金額を積んでも 金(ゴールド) クラスの 軍団(レギオン) をこの北大陸に呼ぶことなど出来ない。なぜなら 金(ゴールド) クラスの 軍団(レギオン) なら、他大陸で仕事内容は選びたい放題だ。
わざわざ田舎の寒い北大陸で仕事を受ける必要は無い。
彼とその一部部下が、現在この地に居るのは本来ありえないことなのだ。
だがお陰で選りすぐった部下達を鍛え、対人戦に特化した 処刑人(シーカー) の戦闘技術を1年間指導してもらい秘密兵士隊を設立することが出来た。
後は依頼されている2名の白狼族を捕らえるだけだった。
白狼族は同族意識が高い。
1人でも捕まえれば芋づる式に捕らえることが出来ると楽観視していた。
しかし、彼らは巨人族を楯に巧みにこちらの襲撃や追撃をかわし、未だ誰1人捕らえることが出来ていない。
上流貴族というこの地の権力者の特権を用いて、強引に 冒険者斡旋組合(ギルド) へ懸賞金をかけてもいるのにだ。
静音暗殺(サイレント・ワーカー) が壁際から離れ、扉へと向かう。
「俺達はこれで失礼する。次の依頼の際は、もっと暖かい地での仕事を願う」
「ま、待ってくれ! 話はまだ――ッ!?」
最後にちくりとした嫌味を残し、 静音暗殺(サイレント・ワーカー) は音もなくスルリと扉の前へと移動する。
トルオは慌てて振り返るが、そこにはすでに人影はなかった。
扉を開けた音、出て行った音、閉めた音、何一つせず 静音暗殺(サイレント・ワーカー) はまるで幽霊のように姿を消してしまう。
残滓すら残さずだ。
トルオは悔しげに奥歯を噛みしめた。
「化け物め……ッ」
だが、今回依頼された仕事を無事こなせば、北大陸から出るための足がかりが出来る。
自分はこんな田舎の一貴族で終わる器ではない。
今回の件はただの踏み台で、何時かはこの広い世界――大陸全土を支配する王となってみせる。
(我の前にあの化け物―― 静音暗殺(サイレント・ワーカー) すら跪かせてやる)
底知れない欲望にトルオは突き動かされていた。
『父上! 父上はいずこか!』
そんな彼の暗い想像を払拭する、勇ましい声がこの部屋まで響いてくる。
静音暗殺(サイレント・ワーカー) とはまるで正反対の騒がしい行動だ。
叫び声はだんだんと近づき、部屋の扉を荒々しく押し開く。
「こちらにいらっしゃいましたか、父上!」
「帰ってきて早々騒がしいぞ、アム。まずは挨拶の一つでもしたらどうだ?」
アム、と呼ばれた少年は、居ずまいを正し右手を胸に、左手は背中へと移動させる。惚れ惚れするほど流麗な動きで挨拶をした。
「失礼しました、父上。アム・ノルテ・ボーデン・スミス、ただいま戻りました。帰宅が遅くなり大変申し訳ありませんでした」
アム・ノルテ・ボーデン・スミス。
やや癖毛の金髪、整った顔立ちの貴公子然とした美少年だ。肌が白く一目では儚げそうだが、第3ボタンまで開けたシャツの下には鍛え抜かれた肉体が備わっている。
「本当に遅いぞ。オマエが妖人大陸の魔術師学校を卒業して約1年、今までどこで何をやっていたのだ?」
「手紙に書いた通り、将来妻にする愛しい人のため、世界を回り武者修行をしておりました!」
アムは無駄に美少年顔を締まらせ、極真面目に答える。
この返答に父親のトルオは頭を抱えた。
話から分かるようにアム・ノルテ・ボーデン・スミスは、魔術師学校時代、スノーに懸想した上流貴族だ。
スミス家の長男で、本来なら魔術師学校を卒業後すぐ、父の下で後継者としての経験を積む筈だった。
しかし、彼は――スノーが魔術師学校を飛び出した後卒業まで戻ってこなかったため、その間も彼女に相応しくなるためひたすら努力し、魔術師Bプラス級になって卒業。
だが魔術師Bプラス級ではスノーの横には並び立てないと、約1年間世界中を飛び回り修行の旅へと出た。
今回、数年ぶりに北大陸ノルテ・ボーデンにある実家である城へと戻ってきたのには理由がある。
アムは真剣な面持ちで目の前に立つ父に問う。
「父上、ぼくも一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ、今にも飛びかかってきそうな顔をしおって」
「父上のご返答によります。なぜ、白狼族に懸賞金などかけているのですか!」
「そのことか……」
父は窓際に移動し、外を眺める。
アムは修行中に白狼族に懸賞金がかかり、迫害されていることを知った。
彼は昔から白狼族との個人的繋がりを持っていた。それ故、スノーに一目惚れ、懸想してしまった部分もあるのだろう。
「何を考えていらっしゃるのですか! 白狼族は巨人族の侵攻を知らせたり、雪山で遭難した住人の保護、降り積もった雪山の雪滑りを意図的に起こして危機を未然に防いでくれたりと……ずっと友好的に過ごしてきた一族ですよ! 父上がやっていることは長年親しんだ友人を裏切る行為! 民衆の規範となるべき存在の貴族としてあるまじき行為です!」
「魔術師学校を卒業して、帰っても来ずふらふら遊んでいると思ったら、帰ってきて早々批判とは! オマエの行動は自身が口にする『民衆の規範となるべき存在の貴族』だとでも言うのか!」
「それは詭弁です! ぼくが今、訴えているのは白狼族の対応についてです! ぼくの身勝手な行動に対して問題があるというなら、どんな処罰でも受けましょう! しかし、白狼族へかけている懸賞金は今すぐ取り下げて貰いますよ!」
「黙れ! 貴様のような青二才に我の思慮深き遠大な計画の何が分かる!」
「お話し頂けなければどんな賢者だとしても分かりません!」
親子は会って早々喧嘩腰で会話を繰り返す。
そこに割って入ったの無邪気な声音だった。
「兄様! 部下達から聞きました! お帰りになったのですね!」
「おお! ぼくの愛しい弟、オール! 久方ぶりだな! その愛らしい顔を見せてくれ!」
オール・ノルテ・ボーデン・スミス。
アムの1つ下の弟だ。
彼に魔術師としての才能は無く、今年まで北大陸にある貴族学校に在籍していた。
アム同様の金髪だが、こちらに癖毛はない。
長髪で顔立ちはまだ幼いが、アムとは別系統の美少年だ。
アムが貴公子とした戦場に立つ勇ましい美少年なら、オールは女装させたら高貴な出身の姫と言っても通じるほどの美少年である。
アムは、オールを軽々と抱き上げその場で一回転。
手を離すと、オールが子犬のように兄へとまとわりつく。
「兄様、お帰りなさいませ! 突然お帰りになってどうしたのですか? 確か、修行の旅に出たと思ったのですが」
「いや、色々あって一度戻って来たのだ。父上やオマエの顔を見たかったしな」
アムは弟に父との諍いを見せたくないと、一瞥を送る。
父も言い合いを避けるため、視線を再び窓へと向けた。
オールは2人の間に漂う空気に気付かなかったのか……または逆に察したのか久しぶりに会う兄へキラキラとした好奇心の笑顔を向ける。
「そうでしたか! オールも久しぶりに兄様にお会いできて大変嬉しいです! いつまでこちらに居られるのですか? もし暇があるのなら、是非魔術師学校や修行のお話をお聞かせください!」
「はっはっはっ! もちろんだとも! よし、今夜は久しぶりに夜遅くまで語り合おうじゃないか!」
「いいんですか!」
「もちろんだとも!」
オールは手放しで喜び、満面の笑顔を浮かべる。
アムも弟へ笑顔を向けていたが、父には――
「それでは父上、先程のお話はまた後日ということで」
「分かった」
2人はそれだけの短い会話を交わすと互いに背を向け合う。
アムは挨拶を終えると、オールに手を引かれて部屋を後にした。