軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第114話 チョ〇ボレーシン……げふんげふん。③

コーメイが抜けただけで、順位は変わらないまま。依然としてハットリが先頭を掛け、それを追いかける形。

だが、ハットリはスタミナを消耗している。最後の直線で抜くのは問題ないだろう。拝賀のちゃちな妨害さえ気を付ければ問題ない。

つまり、その時までに他のライバルを蹴落とすことができるか。そこが重要になってくる。

そうなると今一番勝利に近いのは――先行の位置で並走しているベイグルと松風の二頭。

「どうやら勝負は私たちに絞られたようね」

「みたいですね」

不意にミライから投げられた言葉に、真帆は静かにそう返す。

声を掛けられたからこそ、真帆は警戒心を上げた。

ミライの怖さは十分に分かっている。ただ強いだけじゃないところが、この人の厄介な所だ。こうして話しかけてきたことも、何か意味があるはず。絶対に気を緩めてはならない。

油断した瞬間、何をやってくるか――そう疑っている真帆に、ミライは挑戦的に微笑んだ。

「真帆が相手なら、たまには真っ向勝負も悪くないかもね」

「ミライさん……! ――いや、騙されませんよ! そう言って罠にハメるのが貴方です!」

「まぁ、ひどい。私だって相手次第では、正々堂々と――ッ!? 真帆、危ないっ!」

「えっ!?」

突然焦った表情を浮かべたミライに驚き、真帆はその視線の先、外側へと顔を向けた。

――が、そこには何も無かった。

「えっ? 何も――ぎゃっ!?」「グゥエエエエ!?」

「やっぱり真帆は素直ね。こんな手に引っかかるなんて」

そんなミライの誉め言葉を聞きながら、ゴホッ、ゴホッと真帆は咳込んでいた。

なんらかの粉。マジックアイテムか? とはいえ、体調に異常はない。マツカゼも咳込んだせいで速度を落としたが、それだけだ。少なくとも毒ではない。

だが、ミライがなんの意味もない行動をするとは思えない!

「ミライさん! 貴方何を――」

真帆がそう問いかけようとした時、ミライはヒュンッと適当に石を投げていた。

石は少し離れた茂みに落ち、ガサリと音立てる。そして次の瞬間、大量の小さな鳥の群れが、その茂みから飛び出した。

「ビィイイイイイイイイィィ!!」

「スウォームアロー!? いやちょ、何やってんの!?」

〈スウォームアロー〉――地に降りて茂みに隠れて休み、飛ぶときは群れを成す鳥型の魔物である。小柄な体格だが侮ってはならない。敵に襲われたら群れで矢のように飛び、敵が死ぬまで追いかけまわすという執拗な面がある。

狙われたら面倒なタイプ。しかも群れだから逃げるのも難しい。こんな自殺行為をするなんて――と考えたところで、真帆は気づいた。

なぜか、あの鳥たちは自分たちだけを狙っている。

粉を撒かれたせいで足取りが鈍り、ミライたちからは二羽身ほど放されている。しかし、やはりおかしい。この程度の距離なら、一緒に狙われてもおかしくないのに。

自分だけが狙われる理由がないと、説明がつかない――

「――あっ!? さっきの粉! もしかして〈誘引薬〉!?」

「ふふっ。ようやく気付くなんて、鈍いわねぇ」

「ふざけんなバカヤロォオオオオオ! 洒落になってないでしょ!?」

「早く観客席の方へ逃げなさい。そうすれば【魔術】で助けてもらえるわよ?」

「くっそぉおおおおお! アンタ覚えとけよ!? 絶対許さないからな!」

「ふふふっ、本当に素直ね」

必死に逃げていく真帆とマツカゼを、ミライは微笑ましそうに見送った。

この場合、自爆覚悟で他の騎手を巻き込むことも狙えたのだが……焦った真帆はミライの誘導にまんまと引っかかり、観客の方へ逃げてしまった。

根が真っすぐな真帆は、警戒していたからこそミライの策略にまんまと引っかかってしまった。真帆を責めることなどできるはずがあるまい。ミライの悪辣さの勝利である。

『ほんと容赦ねぇ。たかが遊びであそこまでやるか』

『一千万相当の景品が掛かっているから。いや、でもミライさんはいつでも小鈴ちゃんの料理を……やはり鬼だね』

『な、何はともあれいよいよ勝負も終盤に近付いてきました! 残すは泥沼の最終コーナー! ここを抜ければあとは短い直線です!』

言っている間に、その泥沼が見えてくる。

サバンナ地帯でも珍しく、規模が大きい水源地帯。浅いが、走って抜けるのは確実に時間のロスになる。必然的にこの沼を避けて走ることになる。

この泥沼を右回りに抜けた先の直線を走り抜ければ、ゴールである。

「ハットリ! もう少しだ、頑張れ!」「グェエエエ……ッ!」

「さぁベイグル、キメに行きましょうか」「グェエエエ!!」

ハットリもミライも、沼の淵を掠めるようにギリギリのラインで走っていた。両者見事なコーナリングである。しかし、両者の表情を見ればどちらが追い込まれているのかは明らか。

内から抜かれぬよう最短を走っているとはいえ、ハットリにもはや余裕はない。コーナーを抜けた先で外に持ち出しても、ベイグルが抜くことは容易い。

もはや勝負は決まったか――誰もがそう思いかけた時だった。

『おおっと!? これまで気配を消していたランボウ、一気に速度を上げてきた! 勝負所と見たか!? ランボウが早くもスパートをかける! ロングスパートだ! スタミナは十分! これは差し切れるか!?』

『ベイグルもスタミナは残っています。これはベイグルとランボウの一騎打ちに――いや、これは!?』

ランボウの速度から予測し、伊波は気づいた。そして、その予測通りの結果が訪れる。

最終コーナーが終わる前。ミライは外へ抜け出す準備に入る。そしてその瞬間、ランボウがそこへ被さるように上がってきた。

そして、ミライはハッと表情を変える。

前方はハットリで蓋をされ、外に抜けようもランボウがいる。そして内側は沼。

――ベイグルが抜け出す隙間がない!

『締め出しです! 上手い!』

『マジか!? 珍しくずっと大人しいと思っていたら、この瞬間を狙っていたのか!?』

ベイグルにできることは後ろに下がるくらい。しかしそれをやってしまえばもう間に合わない。沼に入れば取り返しのつかないロスが生まれる。ランボウを突き飛ばすことも可能だが、そんなことは向こうも分かっている。当然譲らないだろう。

速度でも力でもなく、位置取りだけで勝負から外す。実力も出しきれないまま勝負を終わらす高等技術だ。

そんな頭脳的なプレーを、まさかあの喧嘩っ早いトシが決めるとは!

誰もが驚愕と興奮で拳を握り、歓声を上げる。そんな中、トシは勝ち誇ったように笑った。

「クハハハハ! この時を待っていた! 今まで散々やってくれたなぁ! ザマァみやがれクソババア! 何もできないまま、そこで指を咥えて見て――」

――バキィ! ゲハァ……ッ!?

『――左ストレートが決まったぁああああああああ! トシさんが素晴らしい高等技術を見せたと思ったら、ミライさんはこれをあっさり暴力でねじ伏せたあああああああ!』

『見事なノールック左ストレートですね。高速で走り揺れる羽上であれだけ的確に決めるのはさすがです。トシさんも羽体のぶつけ合いは予想していたでしょうが、肝心のミライさんの妨害が頭から抜けていたようです。強いて敗因を挙げるとすれば、少々正道に戻りすぎたということでしょうか。これが探索者のレースだということを忘れ、小手先の技術に溺れたのは迂闊としか言いようがありません』

本来褒められるはずなのだが……落羽して転がっていくトシに対し、辛辣な言葉である。しかし、誰も責めたり同情したりする者はいなかった。

「よくやったと思ったらこれか。油断しやがって」

「たまにはやるじゃねぇかと感心してたのによ」

「所詮、戦うことしか能のない男だ。むしろ期待した俺らがバカだった。」

観客もまさか、と期待していたところにこの結果。誰もが心底ガッカリ、といった表情であった。クソかこいつら。

そしてレースはいよいよ、最終コーナーを抜けようとしていた。

かろうじて先頭を走り、根性で粘るハットリ。まだ余力を持ちながらおいかけるベイグル。そして未だ沼の半ばを走っているゲロゲロ。

実質、勝負は先頭の二頭に絞られた。

「頑張れハットリ! お前ならできる!」

「終わらせましょう、ベイグル」

もはや勝負は見えていた。力尽きたハットリを、ベイグルがあっさりと抜くだろう。

またミライかと、誰もがうんざりとした顔を見せた。誰かあのババアを止めろと、天を仰いだ。

そう、この状況が覆ることはないと、誰もがそう思っていた。

未だにニタニタと笑っている楓太と天城。

そして、まだ戦いの最中にいるチヨとゲロゲロを除いては。

「――行くよ、ゲロちゃん」

「グェエエエエエエエエエエエエエ!!」

覚悟を決めた静かなチヨの言葉に。

ゲロゲロは、雄叫びをもって応えた。

決まりきった趨勢は、まさに一瞬で覆された。

『さぁとうとう最終コーナーを抜けました! 先頭は内からハットリ――ッ!? う、内からゲロゲロ!? ゲロゲロが上がってきた! ゲロゲロが最後尾から上がってきた! ワープした! ゴルッ――じゃない! ゲロゲロがワープした! ――いやちょっと待てマジでワープしてんじゃねぇか!? 』

『秘密兵器ってこれかぁ……』

文字通り、ゲロゲロは最後尾からワープした。

突然沼に進路を変え、パッとその姿が消えたと思ったら、次元を超えて沼をショートカット。最終直線で最も内側に立ったゲロゲロは、そのまま最短距離を走る。バシャンッ、と水を立てた音は、次元を跳び越えて生まれた衝撃だろうか?

これこそが、楓太が仕込んだ切り札【短距離転移】。

世界初の【転移】を習得したダチョウは、圧倒的な不利を覆した。

最後尾で体力を温存していたゲロゲロ。

ここまで熾烈な戦を繰り広げてきたハットリとベイグル。

――もはや勝負は決まっていた。

「グィィイイイイイイインポォオオオオオオオオオ!!!!」

『速い速い速い! ゲロゲロが止まらない! 差は広がっていくばかり! もはや楽勝ムードか!? 渋谷の直線は短いぞ!』

『いや短くはないよ。でもこれはもう決まりですね』

「いよっしゃあああああああ! よくやったゲロゲロぉおおおお!」

「今日は好きなだけ食いまくるンゴー!」

早くも勝ち誇っている楓太と天城。しかしその周りにいる者たちからは怒りの目を向けられている。レース後の無事を祈りたい。

ゲロゲロは主人の期待に応え、限界の限りその速度を上げていった。

風を切り、音を置き去りに。主人の想いを背負った速度は生物の壁を越え……そうしてとうとう、ゲロゲロは光になった――ような気分になった。

『ゲロゲロ、今ゴールイン! 圧倒的勝利です!』

『起源にして頂点という謳い文句は伊達ではありませんでしたね。見事な走りです。いやそれにしても反則過ぎるんだよなぁ……』

『それでも勝ちは勝ちです! 記念すべき小畑記念! 勝ったのはゲロゲロ! 鞍上のチヨちゃんも大きく腕を上げて……上げて――――チヨちゃんがいねぇ!?』

『なんで!?』

「グェエエエエエエエエ!?」

川辺の声でゲロゲロは振り向き、ぎょっと目ん玉が飛び出るほど驚いた。

自分の背に乗っていた筈のパートナーは、影も形もなかった。

『いたぁあああああ! あそこ! 沼に浮かんでる!』

『救出! 早く救出を!』

「グエッ!? グェエエエエエ~……ッ!!」

なんとチヨは仰向けで沼に浮かんでいた。どうやら気を失っているようだ。おそらくワープの際に自分だけが取り残され、水面に叩きつけられたことが原因だろう。沼に潜んでいる魔物が迫ってわりと危ない。

慌てたゲロゲロが必死にチヨの元に走る。その間に迫った魔物は、ピグマリオン二世とマルが間に合い蹴散らした。

「ピュイイイイイイイイイイアアアアアアア!!」

「グルルルルルルッ!!」

「グェエエェ……!? グエエエエ……ッ!」

キレまくったピグマリオン二世とマルに怯えながらも、ゲロゲロはなんとかチヨの服を咥え、地上に引っ張り上げる。

無事に救出したところで、川辺はほっと息を吐いた。

『危うく大事故だった。良かった……あっ。後続のミライさんが先にゴールしました。チヨちゃんは落羽で失格なので、ベイグルの勝利です。第一回小畑記念、勝者はベイグル、鞍上ミライさんです』

『もうどうでもいいよ……。【短距離転移】のワープは驚きましたが、どうやらゲロゲロは自分だけ跳んで、チヨちゃんを連れていくのを忘れたみたいですね。いや、もしかしたら個人にしか使えないスキルなのかな?』

『頭が良くなっても、ポカをやらかすのはもはや業なのか? 油断できねぇな……』

『というかぶっつけが過ぎる。せめて試してからにしとけと』

二人はこの騒ぎの原因である男の方を見る。

場合によっては叱らなければと考えていたが、どうやらその必要はなかったらしい。

「ンゴォオオオオオオオオ!? お、オレの食券が……!? 明日から何を食べれば……ッ!?」

「バカな……!? 完全な計画のはずだったのに……こ、こんなはずでは……?」

「こんなはずでは、じゃないでしょ!? 人の妹に何してくれてんですか!? いい加減にしてくださいよ!」

七緒は楓太の胸ぐらを掴み、怒声を浴びせる。

当然の怒りだが、FXで全財産を溶かしたような顔をしている二人にはまるで届いていなかった。

第一回の記念すべきレースだというのに、なんとも締まりの悪い終わり方だった。

――この日、負けた奴らがもう一戦と叫び、新たな参加者を募ってさらに勝負は続いた。

勝者と敗者がハッキリと分かれ、時には本気の殴り合い、罵り合いの喧嘩が起きたりはしたものの、なんだかんだと楽しいバカ騒ぎとなった。

それから数日。楓太が必要な生産を終えたことで、モラトリアム期間は終わった。

小畑会の面々は、いよいよフィールドボスの攻略へと取り掛かったのだ。