作品タイトル不明
第115話 フィールドボス①
いよいよフィールドボスを討伐するという話が出て、俺は早速情報収集に向かった。
情報収集が目的なので、人数は最小限だ。タケさんの護衛を除き、他は〈斥候〉の人達を連れ、ダチョウに乗っての偵察だ。この方がすぐに逃げられるからな。
「やっぱりでけぇ……」
まだ距離があるというのに、圧倒的な存在感だ。絶対に近寄ってはいけないという、本能からの警告を感じる。あれと本当に戦うのかと、今さらながら躊躇してきた。
「おお~……おっきいね~……あんなのに近づくだけで怖いよ~……ねぇ~、ペロ~?」
「ワンッ!」
アキラさんに抱きかかえられたペロが、キリッとした顔で返事する。
いや、なに連れてきてんだこんなとこに。
遊びじゃねぇんだぞ。というかペロを私物化するんじゃないっ!
ペロだってまだ拠点で仕事があるんだぞ!
まぁ、良い感じで気が抜けたのは助かったかな。
緊張が解けたところで、改めてフィールドボスに目をやる。
「楓太、どうだ? ここから見えるか?」
「はい、大丈夫そうです。なんとか見えました。」
「そいつは助かったな。まだ距離があるとはいえ、俺でもこれ以上近づくのは、正直怖い」
「ですね。そういう意味では、あれだけ大きい魔物で助かりましたね」
まぁでも、ステータスを知ったらそんな余裕も無くなるけどな。
【魔物鑑定】
名称:グランドスタンプ
レベル:41(魔力保有値:3286315)
ステータス:【MP】3680【STR】670【CON】686【POW】433【DEX】456【INT】358
スキル:【大咆哮】【地鳴踏】【尾鞭】【自然再生】【巨躯生命】【臨線激昂】【踏み荒らす者】【領域支配者】
弱点属性:風、氷
アホみたいな数値してるわ。
改めてなんだけど、本当にあれと戦うの?
♦ ♦
尻尾を巻いて拠点に帰った俺達は、早速皆にフィールドボス――グランドスタンプの情報を話した。
「ヤバくね? というか強すぎじゃね? そんなのと俺ら戦うの?」
「川辺と同意見だ。正直、怖気づいてきた……」
川辺と伊波が、その強さを知り青ざめている。
それに同意するように、七緒ちゃんも頷いた。
「私は歌うだけとはいえ、近づくのも怖いですね。あれだけ大きいなら、下手すれば私も攻撃に巻き込まれそうだし」
「私も……ピーちゃんはともかく、マルは踏み潰されないかな……?」
「クゥーン……」
そんな怖いこと言わないで……というように、マルはか細い声で鳴いた。
いくらマルでも、ペチャンコにされかねないと思うと怖いよな。不遜に鼻息を鳴らしているピーちゃんの方がおかしいわ。まぁこいつは空を飛んでいるから、踏み潰されることはないと分かり切っているからだろうけど。……それを考えるとずるいなコイツ。
ともかく、俺達は戦意を失いかけていた。所詮これがエンジョイ探索者の限界よ。
だが、生粋の探索者である皆は、全く違う意見だったらしい。
「そうか? むしろ思ったよりも弱くてラッキーだと思うが」
そう言ったのは、トシさんだった。
顎に手を当て考え込んでいたミライさんも、珍しく賛同する。
「そうね。確かに強いけど、これくらいならマシな方でしょ。正直助かったわ」
「助かったってどこがです!? 明らかにレベルとステータスが釣り合ってませんけど!?」
レベル自体は、皆よりちょっと高い程度なんだ。ただ、ステータスがバカみたいに高い。
なんだよ600って! これがレベル41のステータスか!? 明らかに俺達や他の魔物と比較しても高いだろ!
おそらく、フィールドボス特有のパッシブスキルが原因なんだろうけど、それにしたってこれは強すぎるだろ!
「確かにレベルと比べても高いとは思うわよ。でも【STR】なんて芽依よりも少し高いくらいじゃない。それを思えばまだ低いでしょ」
「確かにな。なんだったら1000まで届いても不思議ではない相手だ。むしろこれは良い情報と言うべきだろう」
世永さんが言うと、うんうん、と皆が頷く。
覚悟が決まり過ぎて感覚が違いすぎるんだが……いや、でも確かにそうなのか?
「言われてみれば、あれだけ巨大な体を持った化け物が、芽依さんよりちょっと強いくらいっておかしいですよね? どうなってんだ?」
「そもそもステータスが常識で測れるものじゃないからな。魔力が影響しているのか、それとも他の差か。さすがにそこまでは誰にも分らんが、【鑑定】で見抜いた情報なら間違いない。そういった疑問は横に置いて、そういうもんだと受け入れた方が賢明だと思うぞ」
うーん。納得いかない気もするけど、兵藤さんの言う通りか。
理屈が分からなくても、そういう結果が出ている。だったらその事実を無視する方がよっぽど愚かだ。
「とはいえ油断ならないわよ。ステータスの数値と、重量や質量はまた別の話だから」
「ああ、言われてみれば……」
真帆さんの言葉に、また思わず納得してしまう。
あの巨体なら体重も相当なものだ。踏みつけられただけで蟻のように潰されるし、尻尾を軽く振るわれただけで、交通事故のような有様になるのは間違いない。
だとしたら、ますます【STR】ってなんなんだ、って感じになってくるが……。
「それに【CON】もかなり高いしな。半端な攻撃じゃそう通らないぞ」
「【POW】はそれよりも低いとはいえ、他の魔物より遥かに高いわね。攻めるなら【魔術】だけど、こっちもいつもより効きづらそう」
「【DEX】は低いが、あの巨体だと一歩がデカいよな。いざとなったら逃げるのも一苦労か?」
な、なんだ。次から次へと嫌な情報ばかりだな。
本当に勝てるのか不安になってくるんだが……ッ!
「――ですが、やれないわけではありません」
皆が難しそうな顔をしている中、マサ君は冷静な目で言った。
テーブルに置かれている、俺が【鑑定】情報を記したボードを見ながら、続ける。
「こちらには小畑さんがいます。ステータスに差があろうとも、それを埋めるアイテムを作ればいくらでも対応できますよ。事前にここまで情報が割れているなら――」
「いくらでも対策は練れる、ってことか」
うん、その通りだな。
不安ばかり膨らませて怖気づいても仕方ない。敵の戦力は分かっているなら、準備すればいいだけの話。そっちの方がよほど建設的だ。
「そうだよな。強敵だっていうならメタを張ればいいだけのことだ」
「あっ。言われてみればそうだな。別に怖がることもないような気がしてきた」
「最近は攻略サイトを見ればそれで済むからね。自分で一からやるのはいつ以来かな? ちょっとワクワクしてきた」
「遊びになると急に……現金というか、なんというか……」
「あははっ。いいんじゃないかな? 落ち込むより前向きに取り組んだ方がかっこいいよ」
ゲームと同じと思えば、なんだか意識も変わってきた。むしろ攻略すべきボスとして、やる気になってくる。
そんな俺達に呆れる七緒ちゃんに、笑うチヨちゃん。そんな二人に釣られるように、皆も笑っていた。
「ゲームか。確かにそうだな。何も変わんねぇよ」
「よし、じゃあ早速対策考えるか。とりあえず攻撃方法はシンプルだよな。むしろ対策するならパッシブスキルの方か?」
「あの巨体なら、体力もかなり有りそうだ。そこに自動回復のスキルは厄介だよな」
「こっちのスキルにも妨害効果がありそうだしな。これがどの程度影響するのかでだいぶ変わってくると思うぞ?」
「それこそ小畑さんの装備でなんとかできるんじゃないか? むしろこっちの――」
「それなら――だから――」
強敵を見据え、怖気づくどころか、皆で前向きに対策を練る。
夜遅くまで続いたその会議は、まるでこれから旅行の予定を立てているかのような、はしゃいだ空気だった。
♦ ♦
あの会議から、さらに数日経った。
その間に必要な全てを揃えた俺達は、いよいよフィールドボスの討伐に向かう。
「はーい。それじゃあこちらを配りますね~」
「うちの七緒の本格初ライブですからね~。ちゃんと目を通してくださいね~」
「ちょっと、変なこと言わないでくれません!?」
今日のセトリを配っている川辺と伊波に、七緒ちゃんが恥ずかしがるように怒鳴っている。
君の為に準備をしているというのに、酷いな。ちょっとこれは注意しないといけないかもしれない。
プロ意識が足らないと言わざるを得ない。スタッフを大事にしないアイドルは何かあった時に助けて貰えないぞっ!
「……ほぉん? どれも聞いたことねぇ歌ばかりだが、なるほど。良い歌詞だ」
「ああ、確かに決死で戦うってイメージにピッタリだ。JA〇Projectか。中々熱い歌だ」
「こっちは一撃で相手を殺せそうだし。こっちは何度でも立ち上がれそうだな。なんか玉砕覚悟って感じもするが……」
「ちょっと暑苦しい感じもするけど、まぁ丁度いいのかしらね~」
「私は七緒ちゃんのバラードとか好きなんだけどな。まぁ戦いには向かないのばかりか」
ふっ、さすが俺達の選曲。皆の評判も悪くない。
いざ戦うとなれば皆、必死に戦ってくれるだろう。
「はぁ、本当に戦うんですね。緊張してきた。」
「そんなに気負うことないんじゃない? 七緒ちゃんは歌うだけだし」
そして俺は見てるだけ。緊張する要素なんか、誰かが死ぬかもってドキドキするくらいだ。
……それが一番ヤバいか。
「そんなこと言われても、緊張しますよ。こっちの方に攻撃が来ないとは限らないじゃないですか」
「まぁそれもそうだね。安全圏だから大丈夫だとは思うけど」
確かに紙装甲なのに、あんな奴から一撃でも喰らったら、って考えると怖いよな。
万が一でも七緒ちゃんを失いたくはない。だからほんの少しでも彼女の力になれればと、俺は密かに準備していた。
「そんな防御力に不安な七緒ちゃんに、ちゃんと新しい装備を用意しておきました。どうぞ」
「…………」
いや、何だよその沈黙は。
そして何だよ、その全く信用していない目は?
「その胡散臭そうな目はどういう意味?」
「今までの行いを振り返ってみてくださいよ。信用されると思ったんですか?」
ひでぇ……七緒ちゃんのために用意したのに……。
まぁ、確かに趣味が混じってることは否定しないけどさ。
「そんなこと言っても、その衣装だって今ではすっかり気に入って、毎日着てるくせに……」
「好きで着てるわけじゃないですよ! いい加減はっ倒しますよ!?」
わりとマジで怒ってきた。
そろそろボケると手が飛んできそうだな。
「真面目な話さ、踊り子衣装よりはまともな格好だから。今よりはマシだと思うよ」
「……確かに少しは重さを感じる。背に腹は変えられないか。着替えてきます」
七緒ちゃんは新しい装備を持ってテントに入る。
そんな七緒ちゃんを、チヨちゃんは羨ましそうに見ていた。
「お姉ちゃん良いなー。楓太さん、私にはないですか?」
「七緒ちゃんは【歌唱】の性能を上げるために必要だったけど、チヨちゃんはなー。戦うのはピーちゃんとマルで、チヨちゃんが直接戦う訳じゃないから必須でもないかなって」
参加メンバーの装備を揃えるだけで大変だったからな。後ろで控えているだけの俺達の分まで、揃える余裕はなかった。なんだったらピーちゃんとマルの装備を作った方がいいくらいだし。
あと、チヨちゃんに相応しい恰好が思いつかなかったというのもある。〈調教師〉ってマジでどんな格好をさせればいいのか悩むんだよな。動物園の飼育員さんとかの恰好を思い浮かべたけど、あれツナギじゃん。
せっかくのチヨちゃんの美貌を活かせないのはちょっとな。いや、スタイルの良い美少女が野暮ったい衣装を着るのも、それはそれで需要があるとは思うが。
……そう思うと、やっぱり見たくなってきたな。チヨちゃんなら可愛いと思う。
「チヨちゃんは新しい装備ならどんな格好がしたい?」
「ええ〜? 〈調教師〉っぽい格好ってことですよね? そうですね〜……サーカスの格好とか?」
ほう、なるほど。サーカスか。
「ピエロ風……それもありだけど……なるほど、バニーガールか」
調教用の鞭を持ったり、バトンを持ったバニーガール風衣装。――有りだな!!
「あの、待って! お姉ちゃんの二の舞みたいなのはちょっと!」
「ん? ああ、大丈夫。ほら、下を今みたいな短パン風にするとか」
「え? うーん……それならまぁ、有りですかねぇ?」
チヨちゃんも受け入れてくれたみたいだし、時間ができたら作ろう。今から楽しみだぜ!
そうやって二人で細かい打ち合わせをしていると、七緒ちゃんが戻ってきた。
「くそっ……! やっぱりこんな感じ……どこまでもふざけて……ッ!」
「おお〜。七緒ちゃん、やっぱり似合ってるじゃん」
「お姉ちゃん、可愛いよ~! 良かったね!」
「ちっとも良くない!」
チヨちゃんの純粋な言葉に、七緒ちゃんは首筋まで真っ赤にして怒る。
何がそんなに気に食わないんだ?
本当に似合っていると思うんだけどな~――アイドル衣装。
「おおー、マジで似合ってるじゃん。楓太、良い仕事したな」
「うん。完璧だよ。これならどこでもライブができるね」
「それが嫌だって言ってんですよ!」
純粋に褒めている川辺と伊波にも、八つ当たりのように叫ぶ。
いつになく荒ぶってらっしゃるな。
でも、せっかく用意したのにこんな反応をされると、俺もちょっとモヤっとする。
「一体何が不満なんだ? 前と違って布面積は増えてるんだし、文句のつけようがないだろ!」
「分かってんでしょうが……ッ!」
逆に殺さんばかりの目で睨み返された。すみませんでした……。
まぁ、肌を晒して恥ずかしがるか、コスプレして恥ずかしがるかの違いでしかないからな。
どっちがより恥ずかしいかは、人による。
「でも、本当に性能はいいんだよそれ?【歌唱強化】に【範囲拡大】。七緒ちゃんに必要なスキルは全部ついてるし」
深層にもシングバードの上位互換みたいな魔物がいて、意外と〈吟遊詩人〉向けのスキルが揃いやすかった。嬉しい誤算だったと言えよう。
「分かっていますよ! でもそれとこれとは話が別でしょ!?」
「え〜? じゃあ踊り子衣装に戻る?」
「……クソがっ!」
なんという言葉使いだ。苛立ったように何度も地面を蹴ってるし。アイドルとは到底思えん。踊り子衣装をプレゼントした時もこんなんだった気がする……。
「いいですよ、ええ、分かりましたよ。どのみちあんな化け物相手に装備を選んでいる余裕なんかないですし。この怒りは歌に込めてやりますよ!」
「いや、アイドルなんだから、歌に込めるのは怒りじゃなくて夢にしてほしい」
「私にどうしろっていうんですか!?」
だから夢を歌って欲しいって言ってるじゃん。キラキラしたアイドルに人は夢を見るんだ。現実のドロドロは裏の話だけにしろ。星〇アイを見習え! 上手に嘘を吐け!
「ここに来て七緒ちゃんの装備も完璧になった。これなら勝てるよな」
「そうだといいけどな……」
「なんだよ、何か不安なことでもあるのか?」
川辺が意外そうに聞いてくる。
そう聞かれると、俺は頷くしかない。
「確かにできるだけのことはしたと思うよ。装備もアイテムも揃えたし。ただ、やっぱり人数がもう少し欲しいところだよな」
今でも十分勝ち目はあるはずだ。ただ、余裕を見るならあと二十人くらいのサポートは欲しかった。人数的には結構シビアだ。
「ああ~、まぁそう言われると分からんでもないけど、それでもできることはやったんじゃないか? 装備だけじゃなく、ダチョウまで用意できたじゃんか。オレにも“ザンギ”がいるし」
「うん。僕にも“シュバルツ”という頼もしい相棒ができたからね。特に僕みたいな〈魔術師〉にはありがたいよ。これで移動砲台にもなれる訳だし、いつでも逃げられるし」
「グエー」「……グェッ」
呼ばれたと思ったのか、川辺の隣には一回り、いや、二回りは大きい丸いダチョウが。そして伊波には全身真っ黒なダチョウが近付いてきた。
丸いダチョウ、ザンギはぼけっとした顔つきだし。黒いダチョウ、シュバルツはなんとなくニヒルな雰囲気を感じる。
こいつらの相棒としてイメージしたからか、なんともまた特徴的なダチョウが生まれてしまった。渡す相手のアクが強いと、それに引っ張られてどうしても普通の子が生まれなくなるな……。
「確かにダチョウは頼もしいけど、そいつら戦闘向けではないじゃん。」
移動、逃走で役立つとはいえ、どうしてもな~。
「狼君たちは使えるけど、今回の戦いだと立ち回りに難がある。贅沢な話だけど、人型の戦闘用ホムンクルスを用意できればよかったな」
やっぱり、扱いやすさを考えると人型なんだよ。【挑発】を始めとした必要なスキルが見つかってないから、無理な話だけどさ。
いや、待てよ? それはいったん捨てて、とにかくステータスを上げるようなバフ盛り盛りのスキルを乗っけて、鉄砲玉として使い捨てる方式ならいけたか?
極論、死のうが直すことはできるんだし、マジでそうしたほうが――
『…………』
「ん? どうしたお前ら?」
ふと横に目を向ければ、なにやらペロたち生産組の五匹が、無表情でお互いの顔を見合っていた。
そしてアイコンタクトを交わし、重々しく頷いたかと思えば、整列して俺のテントへと入っていく。何だったんだろう、あいつら。
首を傾げていると、すぐにペロたちは戻ってきた。
白装束に身を包み、頭には『神風』と書かれた鉢巻き。そして、自分用の小さい武器を手に持って。
覚悟と悲しみが入り混じった複雑な瞳で、五匹は俺を見上げていた。
……あ~、うん……なんだこれは?
(その、ペロ? これはどういう?)
(我ら生産五人衆……ご主人の命令であれば死地にも向かいます……共に死に花咲かせましょうぞ)
いや、頼んでねぇんだわ。
その気持ちは分かるけど、お前らあっさり死ぬだろ。俺よりは戦えるかもだけど。
というか、さりげなく俺を巻き込もうとするなや。共にじゃねぇんだよ。死にたくねぇし、死んでほしくねぇんだよ。
……ああ、うん。やっぱりそうだな。
いくら蘇るとはいえ、特攻前提はよくないわ。それをやり始めたら倫理観がぶっ壊れる。
人として大事な何かを失うくらいなら、死んだ方がマシだわ。いや、だから死にたくはないんだけどもっ!
「ああー、お前らの気持ちだけ頂くよ。ありがとう。でもお前らにはここの守りを任せたい。頼んでいいか?」
「――ワンッ!」「ワッフォオオオオイ!」「イエア!」
沈痛な覚悟さえ見せていたペロたちは、元気に返事をすると、それまでの空気が嘘のようにはしゃいで手を叩き合った。
こ、こいつらっ。さっきまでの態度はポーズか。本当は行きたくなかったのか。
主人が直々にお留守番を命じて喜んでやがるっ。
どのみち連れていくつもりはなかったとはいえ、どうしよう。やっぱり連れて行って地獄を見せてやりたいような……。
出発直前だと言うのに、俺はギリギリまで悩んでいた。
ホムンクルスに拠点を任せ、俺達はダチョウに跨り、全員でフィールドボスの縄張りへと出発した。
そうして、その姿が見える位置まで来て、一度全員が止まる。
そんな中で、マサ君が皆の前に出て声を上げた。
「さて、いよいよフィールドボスとの戦いが始まります。ここから先に進めば後戻りはできません。皆さん、覚悟はよろしいですか?」
それに、誰も茶化した様子を見せない。
皆が真剣な表情で、フィールドボスを見据えて黙り込んでいる。
いつもふざけて喧嘩ばかりしているこのメンバーでも、さすがに今回ばかりは本気だ。
この戦いが今まで以上の死闘になることを察していないものは、誰もいない。
全員を見回して、マサ君は小さく頷く。
「準備はよろしいですね。それでは今より会長から挨拶を行います。さぁ、小畑さん。こちらへ」
「えっ」
聞いてないんだけど。え、マジで挨拶しないといけないの? この緊迫感の中で?
いや、しかし名指しされた以上はやるしかないか。仮にも会長だしな。
しかしどんな挨拶をすれば……くそっ、マサ君もこういうことをやるなら事前に教えてくればいいのに!
時間さえあれば、名演説のアニメを見返して研究したものを! ガン〇ムとか、ヘル〇ングとか!
ゲロゲロに跨りながら、一緒に乗っているチヨちゃんと共にマサ君の横までいく。
短い時間では何も思いつかん。ええい、仕方ねぇ。思ったことを言うしかないか。
「――これから、前代未聞の戦いが始まります」
皆の視線が集まる中、俺は口を開いた。
口が渇いているのを感じつつ、無理矢理でも唾で濡らして、俺は続ける。
「これまで小畑会は、数多くの発展を築き上げてきました。ホムンクルスの生産から始まり、生産職すら可能なスライムレベリング。ダンジョン探索の常識を変えるアイテムの開発。深層の拠点作成。そして今、俺達は誰も倒したことがない、フィールドボスの討伐に挑もうとしている」
未だ討伐報告のない、深層のフィールドボス。
危険ではある。だが、区切りとしては相応しい相手でもある。
「これが俺達の、ここまでの総決算とでもいうべき戦いになります。その為の準備もしてきた。しかし、それでもなお危険な戦いになることは間違いないでしょう」
勝算はある。だが、そう簡単にはいかないからこその、フィールドボスだ。
入念に準備を重ねても、死者が出る可能性がある。それは俺達も変わらない。
だとしても、俺はやっぱり、誰にも死んでほしくない。
「遠足は帰るまでが遠足です。誰一人として欠かさず、全員で生き残らなければ、この戦いに意味はありません。だから無理だと分かったら、すぐにでも撤退してほしい――とは言いません!」
ん? と皆が首を傾げた。
死んでほしくはない。それが本音だ。だけど、死なないでほしい、逃げて欲しい。そんな温いことを言って、この人達の士気が上がるか?
いや、上がらんだろう。全員がそんなこと分かった上でこの場にいる、覚悟の決まった連中だ。
だったら――俺は更に高い要求をさせてもらう!
「全員生き残るなんて当たり前だ! この戦いは人類の歴史に刻む一歩かもしれない! しかし、小畑会にとってはここまでが始まりの一歩でしかない!」
そう、これはまだ序章だ。
俺達の栄光は、むしろここから先にある!
「俺の目標はホム嫁を作り、この組織を大きくし、裏から日本を支配することにある! 繰り返す、ここまでが始まりの一歩でしかない! まだまだ俺達の夢は始まったばかりだ!」
俺の言葉に、誰と言わず、皆が自然と笑みを浮かべていた。
それは傍から見れば、醜悪にも見えるような、欲望の笑みだ。
「欲しいだろ!? この先で待っている財と名誉が!」
正義感、大義、なんてものじゃない。
「誰もが自分にひれ伏すような、絶対的な力が!」
純粋な欲望こそが。
「理想の女、あるいは男が!」
何よりもこの人達を動かす原動力となる。それが、探索者という人種だ。
「小畑会が日本を牛耳り、ダンジョンの全てを手に入れる! この程度の敵を相手につまずいている暇はない! 全員が生き残る? そんなの当たり前だ! むしろその程度のことができないで、どうして日本を支配するなんて言える!?」
だからこそ、俺も心から叫ばなければならない。
全てが欲しいと叫ぶことこそが、皆のなによりのやる気に繋がるんだから。
「求めるのは完全勝利だ! 全員で生き残る! 素材も手に入れる! 何一つ失わずに全てを手に入れる! 俺には絶対に無理だけど――お前らならできんだろ!」
「――当然だ!」
「言われるまでもねぇ! それくらい余裕だ!」
「後ろで見てろよ会長! 期待通りの結果を持ってきてやるからよ!」
俺の問いかけに、皆が笑って相槌を打ってくれる。
今にも飛び出していきそうなほど、全員のボルテージが上がっていく。
これならもう、言うことは何もない。
皆を信じて、送り出してやるだけだ。
「小畑会のメンバーたる皆の奮闘に期待する! ――小畑会に勝利を!」
『勝利を!!』
――ウォオオオオオオオオオオオ!!
まるでダンジョン中に響くかのような雄叫びが上がる。
フィールドボスがいつこっちに興味を持つか、気が気でないが……縄張り外での騒ぎだからか、幸いにも奴はこっちに目を向けることすらなかった。
その傲慢とも言える呑気さに感謝したい。俺が内心怖気づいていると、マサ君は頭を下げる。
「お疲れさまでした、会長。素晴らしい演説でした」
「そ、そう? 冷めた人いない?」
「いえ、皆思った以上にやる気を見せてますよ。小畑さんの言葉が届いたからこそです」
「それならよかった――いや、その前にさ、こういうのをやるなら事前に言ってよ! めっちゃ焦ったよ俺!」
「原稿を読み上げるより、思ったことをそのまま口にした方が、士気が上がると思ったんですよ。小畑さんはよりそういうタイプかなって」
そう言って、マサ君は悪戯に成功した子供みたいに笑った。
信頼と言えるのか、これは?
「お疲れさん。マサ君の言う通り、良い演説だったと思うぞ」
「うん。バカっぽさが混じりながらもいつになく熱い、君らしい演説だった」
「お前ら……」
悩んでいると、川辺と伊波、七緒ちゃんが自分達のダチョウに乗ったまま近づき、労いの言葉をかけてきた。
「オレもようやく覚悟が決まった感があるわ。ロリンクルスの為に、たまには漢を見せねぇとな」
「ふっ。僕はとっくに覚悟はできていたが、より本気に成れそうだ。なんだったら僕一人で殺しきってみせる」
「普通に無理だろ」
大言壮語にも程がある。こいつの場合は逆効果だったかもしれん。
二人には意外にも良い反応だったが、伊波の後ろに乗っている七緒ちゃんは、呆れ気味に笑っていた。
「熱いように見えて、アホっぽくて力が抜けましたけどね。……でも、緊張はなくなったかもしれません。これなら私も気楽に歌えそうです」
「私も! 気負わず頑張れそう! ピーちゃん、マル! 頑張ろうねっ!」
「ピュイイイイイイ!」「ワンッ! ワンッ!」
珍しくピーちゃんは羽を広げやる気を見せ、マルもたくましく吠える。
そうか。上手くできたか。それなら無理して頑張った甲斐があったかな。
さて、俺がやれることは全て終わった。
あとは皆を信じて、見守るだけだ。
「作戦準備に移る! 総員! 配置に付け!」
マサ君の指示に、騒いでいた皆が真剣な顔つきになり、素早く持ち場に向かって動き出した。
まず前に出るのは、〈魔術師〉を中心とした後衛部隊。前衛部隊は、本陣となるマサ君と俺の位置と、後衛部隊の間に挟む位置に待機。
そして、バフ、デバフを目的とする援護部隊が、後衛部隊にバフを掛け始める。
「伊波さんに、【魔力上昇】!【魔攻上昇】! 思いっきりやっちゃって!」
「ありがとうカコちゃん。期待に応えてみせよう」
バフを受けた伊波は、前を見据えた。
これだけの探索者が揃いながら、未だに悠然と構えている、グランドスタンプを。
全ての準備が整った時、マサ君は後衛部隊に目をやる。
纏め役である刻子さんは頷くと、愉快そうな笑みを浮かべ、伊波の肩に手を乗せた。
「それでは、開幕の一撃は伊波さんにお任せしましょうか」
「――任されました」
伊波は気負うことなく、刻子さんに応える。
「――【魔力補填】」
今やレベルだけなら、トップ探索者の一角まで上り詰めた伊波の魔力が唸る。
この数週間、付きっ切りで稽古を受けた伊波の魔力制御は、その過剰な魔力を一切無駄なく【魔術】に注ぎこんだ。
杖を振り上げている伊波の頭上に、巨大な氷塊が生まれる。
そこでようやく、グランドスタンプは異変に気付いたらしい。
下げていた頭を上げ、こちらを見ている。
伊波に続くように、後衛部隊の各自が魔力を回し始めた。
多様な【魔術】や、遠距離攻撃スキルの準備が整う。
マサ君は俺が作った【拡声】のスキルが付いたメガホンを口に当て、叫んだ。
『作戦開始!』
「――【アイスバリスタ】!」
巨人をも貫くような氷の槍が、真っすぐにグランドスタンプに飛ぶ。それを合図に、あらゆる遠距離攻撃が続いた。
グランドスタンプは反応するものの、その巨体で俊敏に体を動かすということはできないらしい。氷塊の槍が胴体に突き刺さり、次々と多様な攻撃がその身体に降り注いだ。
「――ヴァォオオオオオオオオオ!!」
それまでこちらに興味すら向けなかったグランドスタンプは、怒りの咆哮を上げ、ようやく戦闘態勢に入る。
死闘となる深層のフィールドボス討伐戦は、こうして幕を開けた。