軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第44話 白い手袋の女性

「断られた方……ですか?」

「はい。白い手袋をした女の人です。納品や配達の方に見える格好をしていました」

ミレイユは胸に抱えた便箋から、机の上へ視線を移した。

「王宮に来る業者の方は、荷や書類を汚さないように手袋をしていることが多いんです。だから、そのときは特に変だとは思いませんでした」

「その方は何を持っていたのですか?」

ミレイユは、記憶を探るように眉を寄せた。

「紙束です。外門受付所の書類棚には、持ち帰り用の案内紙や申請用の書式、文例なども置かれています。ですから、最初は、その補充か差し替えに来た方なのかと思って……」

「けれど、受付で止められていた」

「はい。何かを確認されていたようでしたが、すぐに『分かりました』と言って、そのまま紙束を持って帰っていきました」

「それで覚えていたのですね」

「はい。普通なら『どこを直せばいいのか』、『誰の確認が必要なのか』などを聞かれる方が多いので。でも、その方は怒るわけでも、困るわけでもなく、あまりにあっさりしていたので……」

監査室の空気が、少し締まった。

普通なら、そこで終わった話に見える。

「その後、あなたは?」

「私は文書院担当席の奥の仕事に戻りました。ですから、その紙束が本当に許可されたのか、誰が棚へ入れたのかは見ていません」

「では、後日見つけたセヴィルさんへ渡した文例は?」

ミレイユの顔色が悪くなる。

「いつもの書類棚の整理中に見つけました。持ち帰り用の添え状の文例が、いくつか新しく補充されていたんです」

「そこで、白い手袋の女が持ってきていた書類だと分かったのですか?」

「いいえ。分かりませんでした。私はそもそも中身を見ていませんでしたし、棚に入っている以上、誰かが確認した補充分なのだと思ってしまって……」

ミレイユは、胸に抱えた便箋を少しだけ握りしめた。

「その中に、何にでも使えそうな添え状の文例があったんです。……私、文章を書くのがすごく苦手で……相手や荷物ごとに言葉を変えるのも、どこまで書けばいいのか考えるのも、いつも迷ってしまうんです」

声が小さくなる。

「だから、棚にあった文例を見たとき、便利だと思ってしまいました。これなら何にでも使えそうだって。それで……思わず、『セヴィル先生にお渡ししたら、少しでもお役に立てるかもしれない』って……お、お近づきにもなれるかもって……! す、すみません! 私のせいですうう!!」

監査室に叫び声が響いた。

もう皆、驚かなかった。

ミレイユの「何にでも使えそう」という言葉に、レイベルナは小さく息を止めた。

何にでも使えそう。

相手や荷の中身を細かく書かなくても、失礼には見えない。

誰が確認したのかを強く示さなくても、丁寧に見える。

どこか一つの場面ではなく、いろいろな場面に使い回せそうに見える。

だから広がった。

「つまり、ミレイユさんはその白い手袋の女性が持ってきた紙束と関係があったとは思っていなかったのですね」

「は、はい。まさか、受付で止められていたものと関係があったなんて、そのときは……」

ミレイユの声がさらに小さくなった。

「では、現状は誰が書類棚にその文例を補充したのかは分からないのですね」

「は、はい。私はわかりません」

ミレイユは肩を震わせた。

「申し訳ございません。外門の受付所は人の出入りがかなり多いんです。窓口の人はもちろん、文書院の者、清掃の者、納品の方……。書類棚が更新されているのも珍しくなくて……私は、その日も誰か補充した新しい書類だと思っておりました」

その「誰か」は、今のところどこにも結ばれていない。

名前もない。

確認印もない。

誰が入れたかも分からない。

いつの間にか、誰でも見られる書類棚にあった。

けれど、ミレイユは王宮側が確認したものだと思い、セヴィルへ渡した。

その後は、それが講座、商会、店へと広がっていった。

「レイベルナ様、受付で断られたという白い手袋の女性は呼べないのでしょうか」

リゼットが低く尋ねた。

レイベルナは銀の鈴を見下ろして、しばらく考える。

白い手袋の女へ続きそうな糸は見えてきている。

しかし、まだ届かない。

「今は、無理ですわ」

ミレイユが顔を上げる。

「でも、私は見ました。白い手袋も、服装も、紙束も……」

「ええ。でも、今ここに結ばれている責任は、まだそこではありませんわ」

レイベルナは机の上の添え状付き封筒へ視線を落とした。

「今は、書類棚にあった文例を、あなたが王宮側の確認済みだと思い、セヴィルさんへ渡したところまで分かっています。つまり、今見えている糸は、あなたのところで一度止まっています」

ミレイユの肩が小さく震えた。

「では、私が……」

「あなたを責めているのではありません」

レイベルナは静かに続けた。

「その先へ進むには、棚に入った紙束が、本当に誰かの許可を受けたものだったのかを確かめなければなりません。許可した方がいるなら、その方に責任がつながります」

「許可した人が、いなかったら?」

ラウルが眉を寄せる。

「その場合は、受付で最初にこの書類を止めた方です」

レイベルナは銀の鈴を見下ろした。

「白い手袋の女が持ち込んだ紙束は、一度、受付で止められている。ならば、そこから先へ責任の糸が伸びているかを確かめます」

財務卿が猫を撫でる手を止めた。

「今ある責任の結び目を追いかけるということですな」

ミレイユは、少しだけ顔を上げた。

「……マルタンさんです。外門受付所の受付係で、外部業者の書類や納品を受けている方です」

財務卿が重々しく言う。

「しかし、これを止めた者がいるのはよいことですな。あとは、止めた記録があれば、なおよいのですが」

トマスが小さく言った。

「黒い紙や空欄の件以降、受理室では記録が以前より厳しくなっています。外門受付所でも、止めた書類や受け取らなかった紙束の記録が残っているかもしれません」

通した書類だけではない。

止めた書類。

断った申し出。

受け取らなかった紙束。

そこにも、責任の糸が残っているとすれば――。

銀の鈴が、指先でひやりと重くなった。

セドリック卿が横に立つ気配がした。

何も言わない。

ただ、手を伸ばせば支えられる距離にいる。

「レイベルナ嬢」

「大丈夫です」

「大丈夫な方は、そういう声をされません」

短いやり取りだった。

けれど、レイベルナの指先の震えは少しだけ収まった。

レイベルナは銀の鈴を掲げる。

「では、確認しましょう」

監査室の空気が静まった。

まず呼ぶのは、正面から持ち込みを止めた者。

王宮外門受付所で、その申し出を断った受付係だ。

レイベルナは鈴を鳴らした。

――チリン。