作品タイトル不明
第36話 お茶会後の添え状
王妃陛下のお茶会から一週間あまりが過ぎた日。
王宮監査室の机には、これまでの空欄に関わる証拠書類が並べられていた。
あの日、王妃陛下が命じた調査はすでに動き始めている。
国王陛下への報告も済み、財務卿はお金の流れを押さえ、監査室と文書院は書類を洗い直した。
それでも、今回の事件の全貌が明らかになったわけではなかった。
お金は会計に残る。
書類は文書院に残る。
門を通った記録は、門番の帳面に残る。
ただし、別々に残っているだけでは、誰が何をつないだのかまでは見えない。
そこに、責任を逃がす隙間が生まれる。
レイベルナは机の中央に置かれた黒い紙を見た。
――責任者名は空欄可。
それ以外に何も書かれていない。
これを見た者が勝手に意味を補えば、人も、お金も、書類も動いてしまう。
そこへ、王宮監査室の副官リゼットが新しい書類束を置いた。
「茶会後の片付けで、王宮の外へ物を運び出すための申請が三件あります。すべて、外へ出してよいと許可される前に止めました」
レイベルナは顔を上げた。
「王宮の外へ、物を運び出す申請……ですか?」
「はい。正規の出入り業者が、茶会後に王宮の外へ物を持ち出すためのものです。一件目は、菓子箱と配達袋の返却。二件目は、円卓に掛けた布や日除け布の洗濯引き取り。三件目は、庭の清掃後に出た紙類の処分です」
王妃陛下の茶会ともなれば、すべてを王宮内だけで済ませるわけではない。
菓子を納める店があり、布を洗う業者があり、庭の片付けを任される業者もいる。
茶会で使った箱や袋を外へ戻す。
洗濯のために布を引き取る。
清掃後の紙類を処分に回す。
どれも茶会直後にまとめられ、王宮内で一時保管されていたものを、後日外へ出すための手続きだった。
その三件があること自体は、不自然ではなかった。
ただ、王宮から外へ物を出す以上、たとえ正規業者であっても、何を持ち出すのかは書類で示す必要がある。
「では、何が問題なのですか」
セドリックが尋ねる。
リゼットは三枚の申請書類を広げ、その横に薄い白い紙を置いた。
「問題はこの添え状です。申請書類そのものには、業者名も、契約の控えも、持ち出す物の名もあります。けれど、どの書類にも同じ添え状が付いておりました」
王宮へ書類を出す時、添え状は珍しいものではない。
外部の業者にとっては、何の用件で、どの部署へ、どの書類を添えるのかを示す表紙でもある。
レイベルナは一枚目の添え状に目を落とした。
宛名と挨拶はごく普通だった。
問題は、その後に続く用件の数行だった。
――関係物品につきまして、確認済みの範囲にて回収、引き取り、処分をお願いいたします。
――あわせて扱う物につきましても、同じ後処理としてお取り計らいくださいますようお願い申し上げます。
二枚目も、三枚目も同じだった。
申請書類には、それぞれ持ち出す物の名が書かれている。
菓子箱と配達袋。
円卓用の布と日除け布。
庭の清掃後に出た紙類。
だが、添え状だけを見ると、どれも「関係物品」「あわせて扱う物」「同じ後処理」とまとめられていた。
どれも、命令書ではない。
責任者名が空欄になっているわけでもない。
だが、どこか嫌な感じがした。
「……言葉が広すぎますわね」
レイベルナは添え状を見比べた。
「申請書類では持ち出す物が限られています。けれど、添え状では何をどこまで含めるのかがぼやけていますわ」
「はい」
リゼットの声が冷えた。
「このまま許可されれば、外門で見せる搬出許可書には、細かな品名ではなく『後処理品』や『関係物品』という言葉が残る可能性があります。門番は毎回、申請書類の細目まで照らし合わせるわけではありません。許可印と業者名、搬出の目的を確認して通すことが多いのです」
「つまり、業者が悪いことをするとは限らない。けれど、王宮の中で誰かが余分な物を混ぜたとき、止めにくくなりますわ」
リゼットは頷いた。
「たとえば箱や袋の返却に、別の包みを紛れ込ませる。布の引き取りに、別の布包みを混ぜる。紙類の処分に、出してはいけない紙束を紛れ込ませる。⋯⋯門番から見れば、どれも許可された後処理品に見えます」
レイベルナは、三枚の添え状をもう一度見た。
関係物品。
あわせて扱う物。
同じ後処理。
どれも、便利な言葉だった。
便利すぎる言葉だった。
「持ち出したい物が何であっても、後処理品だと言い張れる余地ができますわね」
「はい。さらに、余分な物を回収した、あるいは処分したという名目で、後から費用を請求することも可能です」
「持ち出しにも、水増し請求にも使えるわけですな」
財務卿が猫を抱いたまま、少し遠くを見た。
「……実に胃に悪い話ですぞ」
猫は机の上の紙束へ前足を伸ばしかけていた。
「財務卿、猫が書類を踏みそうですわ」
「猫は書類の上で休もうとしているだけですな」
「ほぼ同じではありませんか?」
セドリックが真顔で言った。
財務卿は猫をそっと抱き直す。
猫は不満そうに尾を揺らし、みゃあと鳴いた。
そのとき、紫薔薇サロン倉庫の押収品を運んできたラウルが木箱を抱え直した。
今日は近衛の監督つきで、証拠品の運搬役として呼ばれているらしい。
ラウルが腰にぶら下げた干し肉には、大きく『ラウル』と書かれた紙が結ばれていた。
「今回はちゃんと、支援物資でも証拠品でもないって分かるようにしてきたっす。俺の昼飯っす」
「成長しています」
「騎士様に褒められたっす」
「干し肉の管理について、ですが」
「それでも褒められたっす」
財務卿の猫が干し肉の方を見た。
ラウルは一歩下がる。
「猫さん、それは俺の私物っす」
「猫は奪いませんぞ。価値を測っているだけです」
「それ、一番怖いやつっす」
リゼットはラウルの木箱を机の端へ寄せた。
「紫薔薇サロン倉庫の控えは後で確認します。今はこちらです」
レイベルナは三枚の申請書類と、その添え状へ視線を戻した。
黒い紙とは違う。
はっきりした異常ではない。
正規の業者。
正規の手続き。
ありふれた添え状。
だからこそ、通りかけた。
「この三件は誰が気づいたのですか?」
「文書院のトマスです」
リゼットが答える。
「以前は王宮文書院の記録係見習いでした。今は文書受理室に異動し、外部書類の補助に回されています」
レイベルナは少しだけ目を細めた。
封蝋印の件で、一度痛い目を見た見習い。
あのとき、彼は通してはいけない紙を通してしまった。
だが、今回は止めた。
「では、まずはトマスさんに話を聞きましょう」
リゼットが頷く。
レイベルナは机に並んだ書類へ視線を戻した。
「すぐに手配します」
リゼットは控えの者へ指示を出した。