軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 副官と保管箱

――チリン。

銀の音が監査室に落ちた直後、室内の中央にひとりの女性が現れた。

監査室の濃紺の制服に身を包み、栗色の髪をきっちり束ねている。

袖口は作業のために留められ、手には黒い箱を持っていた。

艶のないその木箱には、細い鎖が巻かれ、鈍く光っている。

女性は一瞬だけ周囲を見た。

財務卿。

片頬だけ髭の残ったバルナード。

丸いパンを握ったトマス。

薬瓶を抱えたミラ。

扉の前に立つセドリック。

そして、銀の鈴を持つレイベルナ。

「……なるほど。私が呼ばれましたか」

バルナードの顔色が変わった。

「リゼット副官……!?」

「はい。王宮監査室副官、リゼット・マーレンです」

リゼットはレイベルナへ向き直り、丁寧に礼をした。

「申し訳ございません、臨時顧問レイベルナ様。呼ばれる前に、こちらへ戻るつもりでした」

「副官……監査室の方でしたのね」

「はい。今朝がた、私の判断で文書院と旧王太子執務室の保管棚を確認しておりました。返却記録は消されていましたが、戻された書類束の数だけは残っていました」

リゼットは黒い箱へ視線を落とす。

「数が一つ合いませんでした。余分に紛れていたのが、王妃基金あての書類束です。そこから、これを見つけました」

そして、黒い木箱を机へ置いた。

レイベルナはその箱を見つめる。

「では、その中に封蝋印が?」

「はい」

リゼットは箱に巻かれた鎖へ指を添えた。

「これは《保管箱》です。私が責任をもって収めたものは、外から奪われにくくなります。その代わり、一度収めたものは、私ひとりでは取り出せません」

「では、どうすれば開くのですか?」

「私の自由意思と、正当な立会人の認識が必要です。監査室、財務卿、近衛、王族など、公的に立ち会える方の前でなければ開きません」

リゼットは小箱の蓋に手を置いた。

「中には、発見した封蝋印と発見日時、棚番号、書類束の名を記した保全記録を一緒に入れてあります。ちょうど、こちらへ報告に向かう直前に呼ばれました」

「つまり、リゼットさん以外は、まだ中身を正式に確認していないのですね?」

「はい。私が発見し、保全記録を添えて収めました。ですが、監査室としての正式確認はまだです」

財務卿が頷いて言った。

「副官殿に確認協力をお願いしていたのは事実ですが、見つかったものまでは今初めて聞きます」

「わかりました。では、開けてくださいませ」

「承知しました」

リゼットが鎖をほどく。

黒い小箱が、低い音を立てて開いた。

中から出てきたのは、小さな封蝋印だった。

王太子執務室の紋が刻まれた、支払い保証用の印璽である。

トマスが息を呑み、ミラが薬瓶を抱え直す。

バルナードだけが、目に見えて焦っていた。

「そ、それを隠していたのは、お、お前ではないか!」

「はい、隠しました」

リゼットは即答した。

監査室が一瞬だけ静まる。

「ただし、それはあなた方からです。あなた方が触れる可能性のある場所に戻す方が危険でしたので」

レイベルナは封蝋印を見下ろした。

「どこで見つけたのですか?」

「文書院の保管棚ではありません。これは王妃基金あての書類束に紛れていたのです」

その一言で、空気が変わった。

「王妃基金……」

財務卿の声が低くなる。

「慈善院や救護院への支援に使う基金ですな。王妃陛下のお名前が出ると、たいていの者は中身を疑いにくい」

「だから隠し場所にされたのですね」

リゼットは頷いた。

「はい。封蝋印だけではありません。その束には、支援手配保証書らしきものの『控え』も交ざっていました。王妃基金名義に見せかけ、支払い保証まで結びつけた文書です」

バルナードが叫んだ。

「私は知らん! 王妃基金の書類など――」

「主任殿」

財務卿が低く咳払いした。

「文書より先に、口調の封が破れておりますぞ」

「なっ……」

「分かりやすい破れ方ですわ」

レイベルナは封蝋印を見つめた。

祝宴の日。

魔物の契約書を呼べたのは、あれがただの紙ではなく、責任を縛った文書だったからだ。

ならば、この封蝋印で作られたとされる、偽の保証書の原本ならどうだろう。

誰の名で、誰が手配し、誰が払うのか。

その責任を紙の上に残したものなら、鈴の音は届くかもしれない。

「レイベルナ嬢」

セドリックが扉の前から短く呼んだ。

振り向くと、彼は静かにこちらを見ていた。

「人が来ても、物が来ても、私が守ります」

仕事としての言葉なのだろう。

だが、その声はとても真っ直ぐだった。

「それは……何が来ても、ということですか?」

「もちろんです」

「セドリック卿、ありがとうございます」

「護衛ですので」

レイベルナは胸の奥に残った熱を小さく押さえる。少しだけ力をもらった気がした。

「王妃基金の名を使い、白百合慈善院への支援手配と支払い保証の責任を縛ったものをお呼びしますわ」

バルナードが目を見開く。

「やめろ、それは――!」

その声より早く、銀の音が落ちた。

――チリン。