軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-6

「何か、難しい、話をしているか?」

浅く断続的な息。

路地裏の小汚い壁に背を預けてへたり込んだ男が、肩を上下しつつ息をしていた。

それに伴って煙が揺れる。

煙草の紫煙。

それが眼球の間際に迫っていた。

「まっ、待って、まっ……」

「なんで逃げた? なぁ、フェジー、俺は紳士的にお話をしに来ただけだぜ? なんなら煙草を奢ってやってもよかったくらいだ」

こんな形じゃなくてな、と 躙(にじ) るような速度で眼球に火種が寄る。空気を熱する熱さに負けて目を閉じても、瞼の際に寄った恐怖は拭い去れない。

男は下手に動けなかった。腹にアーモリー・リボルバーがねじ込むように突きつけられていたからだ。

そして〝イモータン〟のそれが、 銃使い(ガンスリンガー) からすれば狂人の領域にあるほど軽く設定されていることは、少しでも界隈の情報に通じていれば分かることだ。

よくぞあんなセッティングにして暴発しないものだと囁かれる、それの引き金に指が掛かっているとあれば、下手な動きが死を意味することはケチな売人にも分かった。

「ええ? 数人のプッシャーを纏める売人様が、無様に逃げるとはなぁ。ただ、お前は歌えば良かったんだ。新しい仕入れ先がどこか。簡単なことだろ?」

「こっ、殺される! そんなことしたら……」

「じゃあ、俺は怖くないと」

中々勇気があるじゃないか、笑い声と共に煙草が更に寄せられる。睫が焦げて嫌な臭いを立て、触れる間もなく瞼に赤みが差した。

「人間、部品が大体二つずつあるってのは便利だよな。一個なくしたって割と何とかなるもんだぜ」

ぞっとするような声。低く、酒と煙草で掠れた声は地獄から響くような重さで鼓膜を揺らす。

それと同時、こいつは次の回答がお気に召さなかったならば、確実に自分の目を〝灰皿〟に使うだろうと確信し、プッシャーの口にかかった錠は脆く崩れ去った。

「わっ、分かった! 崩れ蓋通りの倉庫だ! そこでオリエンテってやつが新しく仕入れたヤクを安く売ってくれてるんだ!! 俺は元通りヴェロニカからブツを仕入れる! それでいいだろ!?」

「最初からそう言え。そうすりゃシャシュトゥが走り回らず済んだだろ」

嘆息と供に立ち上がったハジメは、律儀にも携帯灰皿を空けて拷問具として使っていた吸いさしを棄て、慎重にハンマーを落としてから使わずに済んだ愛銃をホルスターにしまった。

「情報代だ。取っとけ」

シケモクを三本放り投げ、路地の入り口に立っているナナ、そして逆側の出口に警戒していたせいで、売人を捕まえるために走るハメになったシャシュトゥに声をかけてハジメは踵を返した。

それから煙草を咥え、火を付けてぼやく。

「こういうの、俺の趣味じゃないんだけどなぁ」

「いや、堂に入りすぎでしょ……」

「お、俺、兄貴がマジでアイツを殺すじゃないかと思ってました」

「おいおい、俺ぁ平和主義者だぜ? 不必要な殺しも暴力も大嫌いだ」

売人を逃がさないための〝蓋〟として使われた二人は、どこか怠惰でやる気のない雰囲気が豹変するのを感じ取り、死の臭いを嗅いでいた。

実際、ハジメはプッシャーが頑として口を開かなかったならば、目を片方潰す程度で済まずに、土手っ腹をぶち抜いて殺していただろう。

半端に拷問して恨みを残すより、殺してしまった方が後腐れがないからだ。

そして、また別の口が軽そうなアテをあたればいい。

それは彼にとって〝必要〟な暴力であり殺しであるから。

今日も安心して熟睡するためならば、軽いトリガーを引き絞ることにこれといって悩むことはない。このゴミ捨て場の底において、人間の命は弾薬一発、煙草一本より軽いのだ。売人一人が撃ち殺されたところで、誰も次の瞬間には気にしていない。

それに、高々プッシャーを数人抱えているだけのケチな売人だ。誰が彼の仇を討とうなんて、殊勝なことを考えようか?

唯一重大事である当人が何もできなくなってしまえば、世は事もなし。

結局、生きている人間に一番迷惑をかけられるのは生者だけなのだから。

「しかし、崩れ蓋か。良いとこに目ぇ付けたな」

「あーし、ここにまだ詳しくないんだけど……どんな所?」

「デカイ暗渠があった通りなんだが、大分前に世界が棄てられて来た時の地震で崩れてな。下水臭ぇし危なっかしいってんで、余程の物好き以外は移住したところだ。あすこなら、多少悪さしたって誰も気付きやしないだろうな」

ぷかりと煙を吐いた後、ハジメは二人を件の崩れ蓋通り……にではなく、街に幾つか建っている尖塔に連れていった。

ここは襲撃を受けた時にスナイパーが敵を迎撃するために作られた物であると同時、アーモリーが孤立した際に住民を食わせる予備物資の貯蓄場だ。

故に簡単には立ち入れないのだが、ハジメは守っている私兵と顔なじみなのか、ハイランダーの案件だと言うと簡単に扉を開けて貰ってしまった。

そして、煙突よりは低いが、街の多くの建物よりは高い場所に陣取り、遠くから崩れ蓋通りを眺める。

崩壊した暗渠は下水に繋がっていることもあって、街路一つ分が丸々潰れた形で露出しており、人通りは少ない。ガスマスクをしていても酷い臭いがするだろうそこを、好き好んで住処にする者など、この選ぶ余地の少ないスクラップヤードにおいても希であるからだ。

「あれか。それにしても隠れ方が下手なもんだな。素人さんかよ」

しかし、よくよく観察すれば、打ち捨てられた倉庫群の一つに見張りが付いているのが分かる。正面に二人が尻を下ろし、裏口にも一人。盗人を警戒して置かれている商会の私兵というよりも、装備の悪さからして破落戸であることは一目で分かった。

「トリニティがいれば人数が分かるんだが……ま、出たとこ勝負か」

「えっ、踏み込むの!?」

驚くナナに、それ以外にどうすんだよとハジメは呆れた顔を見せた。

「外から火で炙るか? それとも手榴弾でも放り込む? もし、勘違いだった時にどう責任取るんだ?」

「いや、だからって……」

「安心しろよ。この程度で死ねたら苦労してねぇから。そうさな……」

倉庫をじっくり観察した後、ハジメは指を刺して場所を指し示す。

「ナナ、お前は隣の倉庫に潜り込んで、二階の窓から中を覗き込んでろ。構造的にほとんど密着してるから見えるはずだ」

「いいけど……」

「シャシュトゥ、お前は逆側の倉庫。一階の壁が崩れてて窓が見えるだろ」

「うっす」

「何かあったら体当たりでぶち破って入ってこい。人間〝こんな所から出てくるはずがない〟って油断しがちだ。そこを付いたらお前の剛剣から逃げられるヤツぁいねぇよ」

「えー……その……中には、兄貴一人で?」

「他に誰が?」

ん? と肩を竦められて、二人は無茶苦茶だと思った。

表に三人立たせているならば、中にはもっといるはずだ。護衛が数人、作業員なども考えれば十人以上いたとしても不思議ではない。そして、やっていることが麻薬の市場を乗っ取ろうとするヤツらであれば、全員が武装しているのは当然。

そこにたった六発、それも再装填に手早くやっても二十秒はかかるだろうリボルバー一挺で乗り込むなど、算数ができないのかと言う話だ。

「ま、ここまで掴めば楽なモンだって。いざという時は援護しろよ」

「いざって……」

「俺が抜いたらさ」

行け行けと所定の位置に送り出された二人が到着するだろう時間を待って、ハジメは咥え煙草のまま悠々と倉庫へと向かった。

「よぉ、ここの頭に会わせてほしいんだが」

「っ!? ハーフデッド(くたばり損ない) !」

「……有名になりすぎるのも、商売がやりづらくて適わんなぁ」

ボリボリと自然体で頭を掻くハジメに銃を向ける見張り。一人は中に傭兵が来たと声をかければ、俄に内部が騒がしくなったのが分かった。

そして、派手に撃ち合いが始まるかと思いきや……。

「招き入れろ」

「なっ!? ですが……」

「いいから、ビッグネームが自ら来てくださったんだ。歓迎しなきゃ沽券に関わるだろ」

思わぬ招待が飛んできた。ハジメも「おや?」と思いつつ誘われるがままに倉庫に入り込めば、そこは目算通りに薬の捌き場となっていた。

何処かの街を経由して運び込んだだろう大量の木箱や、黴が生えかけたダンボール。パッチにデータを入力するためのフラグメンテ・マキナが作った 電算機(コンピューター) 。

それから、袋詰めされている大量のヒロイック・チケット。

そして、その倉庫のど真ん中に置かれた、売上げの煙草や弾薬を数えるための卓には、一人の男が座っていた。

フラグメンテ・マキナの男性だ。見目は怖ろしく整っているが、その顔面を構築するフェイスプレートには軽いひび割れが目立つ。

それでも、経年劣化の度合いはマシであり、スキンスーツとコートを羽織った姿に大きな損傷はない。五指型のマニピュレータにも人工皮膚をきちんと張っているあたり、かなり稼ぎに余裕がある個体なのだろう。

「高名な傭兵に来ていただいて嬉しい限りだ。まぁ、座ってくれよ」

「じゃ、遠慮なく。えーと? オリエンテだっけ?」

「何処の馬鹿がゲロった興味はあるが、お客様の歓迎より優先すべきことじゃねぇわな。ああ、そうだ。市民ナンバーはいるかい?」

「何処の世界で振られた番号か知らないが、俺は官憲でもなんでもないぜ」

「そうかい。まぁ、茶でも一杯飲んでけよ」

「ご一緒すれば、話を聞いてくれるかい?」

「勿論! 高名なイモータンのためなら何時間でも。その長生きの秘訣を聞いてみたいと思ってたんだ」

おい、と声をかければ側仕えの護衛が慌てて手近な冷蔵庫を漁った。

中から出てきたのは銀色の缶。何処かの廃棄世界から発掘されてきたであろう飲料だ。

「好きな方……」

「先に選びなよ」

毒が入っていないことを証明するため、飲む方を選ばせようとしたらオリエンテだが、ハジメは興味なさそうに椅子の上で足を組み、根元まで達しかかっていた煙草を灰皿に捨てる。そして、新しい煙草を咥え、どうでも良さげに弾痕の目立つライターで火を付けた。

「じゃ、遠慮なく」

寄越された缶を無警戒に空けたハジメは、思わず顔を顰めた。

毒の気配を感じたからではない。

「おい、茶じゃないのかよ。ビールだぞこれ……しかも、気が抜けきってる」

「まぁいいじゃねぇか。似たようなもんだろ?」

「だからってこれはなぁ……」

臭いを嗅いで、そもそもビールがあまり好きではない彼は――ハジメは生粋の甘党だ――顔を顰めたが、勧められた物に口を付けないのも無礼。故に飲もうとしたが、それより前にオリエンテが持つ缶が差し出されていることに気が付いた。

乾杯しようというのだ。

断る理由もなかったため、ハジメが手を伸ばせば……その手首が掴まれた。

そして、投げ捨てられる缶。引っ掴まれるヒロイック・チケット。

「どれだけ自信があるか知らんが、無警戒にもほどがあるな。天国を楽しんだ後で、じっくりお話しようや」

封印のシールが剥がされた強力な電子麻薬が、べたりとハジメの首に張り付いた…………。