軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-5

「さて、これから仕事にかかるわけだが」

館での慇懃さが嘘のように普段の口調に戻ったハジメは、愛銃のシリンダーにきちんと弾が装填されているのを確認してから言った。

「これは大前提だ。何があっても守れ。無理なら置いて行く」

「……何? 面倒なことならごめんなんだけど?」

「兄貴の言うことなら何だって守ります!」

気怠げなナナ、やる気満々のシャシュトゥに、ハジメはリボルバーをホルスターに戻し、背を向けつつ吐き捨てるように告げる。

「援護は期待するが……どうなろうと、何が起ころうと、俺の命を助けようとかするなよ」

「……は? なにそれ」

そのまんまの意味だよといって歩き出すハジメ。

ナナは訳が分からないとばかりに眉根を寄せ、シャシュトゥはポカンとした。

「俺は俺のために死なれるのが一番嫌なんだ。だから、拙くなったら俺の命はないものとしてカウントしろ。庇ったり盾になったりせず、さっさと後ろにダッシュだ」

「……かっこつけにも程がない?」

「そーだな、かっこつけでいいから守れ。いいな?」

言い聞かせ、置き去りにするような早足で歩き出す背中を追う二人。

意味は分からずとも、深い理由は聞くなと背中が全てを拒絶していた。

しばらく歩き、三人は街の外れに来ていた。バラックが建ち並び、肉体労働やゴミ拾いで生計を立てている者達が暮らしている場所の環境は良くない。

ここには石畳すら敷かれておらず、数日前に降った雨が乾かずに泥濘として溜まっていた。落ちている物も雑多で再利用のしようがない生活ゴミが目立ち、遠くの溝に浮かんでいるのは死体ではなかろうか。

シャシュトゥは一瞬、自分もハジメが慈悲をかけていなければ、ああなっていたのかと思うと青い顔色が、更に青くなる思いであった。

酷い臭いがする中でも、歩き慣れているハジメは全く気にした様子はなく、一際大きなバラックへと足を向ける。

「イコン?」

建物にはX字型のシンボルが掲げてある。何らかの宗教的な象徴かと、ナナは感覚的に感じ取った。

そして、バラックの前では子供達が遊んでいるではないか。

衣服だけは死体から剥ぐことで豊富に手に入るスクラップヤードだからか、真面な服と靴を身に付けているものの、種族も年齢のまちまちである彼等が家族であることは考え難い。

「孤児院、っすかね」

「そんなことやるヤツがいるわけ? この神様が見捨てたゴミ箱の底で?」

疑問に思う二人を連れて裏手に回ったハジメは、勝手口のトタンで出来た扉を乱暴にノックした。

すると、鈴のような女性の声が響く。

「Beatus vir qui suffert tentationem」

旧い言葉、棄てられた世界であっても使われなくなった古語や古代言語の類いは翻訳されない。

それ即ち、暗号に用いるには最適ということだ。

「Quoniqm cumprobatus fuerit accipiet coronam vitae」

ハジメは暗号の解を不慣れそうに口にした。元々の言語から大分離れた発音とイントネーションを多用するが故、カタコトにしか聞こえないそれでも意味は通じる。

「なに今の?」

「旧い聖典の言葉だそうだ。誘惑に打ち勝つ者は幸いなり。耐え忍ばば、人生の勝利者となるだろう、ってな」

「この世界で神様?」

うげぇ、という顔をするナナに倣ってハジメも鼻で笑う。

そうさ、これは皮肉だよと。

ガタガタ音を立てて軋みながら扉が開くと、地下に続く階段が口を開けていた。

そして、その向こうにいたのは嫋やかなアドラーの女性だ。

「ようこそ、神の宿へ。お久しぶりですね、ハジメ様」

美しい女性であった。金の髪を束ねて頭巾に押し込み、襟高で手指意外の一切を覆い隠す、黒い喪服を想起させるエプロンドレスは何ともなしに、これが聖衣であることを窺わせた。

「景気は?」

「ぼちぼち、と言ったところでしょうか」

蝋燭を手にする彼女は、お連れ様がいらっしゃるのですねと言うと、地下に向かって手を広げる。

どうぞ、そう招いているのだ。

ハジメが手慣れたように降りていくため、ナナは鉄パイプに手を添えながら、シャシュトゥは巨体を丸めてどうにかこうにかついていく。階段は相当に深く、何らかの地下施設がバラックが建つより前にあったことを思わせる。素材の違いからして、アーモリーとは違う世界の遺物であろう。

「ん……? 甘ったるい匂い……香か?」

シャシュトゥは鼻をひくつかせる。

降りるにつれて、階下よりむわっとした匂いが立ち上ってきたのだ。

焚きしめられた香は爽快感のあるハーブや、嗅いでいて落ち着く沈香というよりも、感情を掻き立てが如く、鼻腔の奥にへばりつくような甘い匂いをしていた。

そして、地下に広がる物を見て二人は驚いた。

ケバケバしい、どこから供給されているか分からない電気で輝く淫靡なピンクのネオンで照らされた十畳ほどの空間。幾つかの寝椅子が適当に置かれ、その上にはバスタオルが敷いてある。

そして、カウンターには酒と〝様々な薬品〟が展示されているではないか。

驚愕して硬直する二人の後ろで衣擦れがした。

振り返れば、そこには目映い白。

灯りを傍らに置いたアドラーが、どういう構造になっているのか、紐を一本引くだけで服を全て脱ぎ去っていたのだ。

体に入っているのは多数の背徳的な刺青。更に服の下にあるのは、桜色の局部を隠すのではなく、敢えて晒すことによって淫猥に協調する 下着(ランジェリー) 。ネオンに照らされた体の各所、果てには局部にまで貫通したそれは、イコンを模したピアスではないか。

「わぁっ!?」

「ちょっ、なっ、なっ!?」

困惑する二人に、ハジメは呆れたように言った。

「言ったろ? 皮肉だって」

「ええ、ここは神の宿。かつての教義を逆しまにした快楽と娯楽の 閨(ねや) にございますわ」

くすくすと初心なニュービーを揶揄って笑うアドラーは、売春宿の主人にして従業員。そして、麻薬の製造者にして売人でもあった。

こんな街だ、それ以前にスクラップヤードだ。麻薬が出回らない道理が何処にあろう?

脳味噌をお手軽に麻痺させ、一時の安息を与える煙草が通貨として出回っているのだから、それ以上に世界が苦界であり、自分達が棄てられていることを忘れさせてくれる薬物が流行しない道徳が人類に備わっていれば、このゴミ箱の底でも、世界はもう少し真面で正気を保っていたであろうに。

しかし、野放図な麻薬の拡散は、全てを混乱させる。

故に、ハイランダーの命令に従って、伯爵が身体的依存や危険性が少なく、それでいて〝自分達の利益〟になるものを裏側でこっそりと、しかし合法的に元締めとして扱っているのだ。

そして、それを誹るほどハジメは無垢ではないし、外から持ち込まれるよりも、最初から売ってしまった方が結果的に街の治安に繋がるならば良い。そう諦められるだけの感性も持ち合わせていた。

かつて酒の一切を禁止した国がどうなったかを知っているかばかりに、彼は自分が使うことや、使っている人間を毛嫌いしているものの、アーモリーで麻薬そのものの存在を打ち払うべきだとは考えていなかった。

それは、腐った肉に集るウジを一匹一匹、ピンセットで除去するよりも不毛な行為でしかないのだから。

「それでハジメ様、今日は何をお求めで? ジエチルトリプトリン(交感神経刺激剤) 系の上等なのと、 第VII型神経遮断剤(非快楽神経遮断系) がオススメですが」

「ヴェロニカ、俺は薬はやらないし……」

「あたくしにも溺れてくださいませんものね。貴方様とならば、 クロロ・ネオ(副交感神経) ・エフェドリン(快楽変換剤) を交えた情交は蕩けるように甘美でしょうに……ああ! それとも、お連れ様がいらっしゃるのは宗旨替えで!? 若々しいお二人を交えた四人での交歓! 考えるだけで〝達して〟しまいそうです!!」

「勘弁してくれ薬中淫乱シスター……」

俺にはこれで十分過ぎると煙草を咥えたハジメは、寝椅子に乱暴に腰掛けるとシケモクに火を灯した。

そして、所在なさげにしている二人を置いて、サンプルとして持たされたヒロイック・チケットを懐から引っ張り出す。

「これを見たことは?」

「んー? 軟膏系ですか? それとも電脳系? どちらにせよ、当館では扱っておりませんね」

「最近出回っているヤバい電脳ドラッグだ。どの種族でも使えるのがウリだそうだが、造りが甘いから下手に使うとニューロンが灼ける」

まぁ、と声を上げ、ヴェロニカと呼ばれたアドラーは憤りも隠さずに肩を怒らせた。

「麻薬とは魂の甘露! この神に見捨てられた地における涜神の聖油であり香であるというのに! そんな粗末な物を出回らせるだなんて!」

「怒るのは分かるが、話を聞いてくれ」

彼女は麻薬にかなりの思い入れがあるらしい。実際、薬剤師としての技能を習得し、高度にして貴重なフラグメンテ・マキナの医療ユニットを導入してまで〝快楽を得られる適量〟の処方を学ぶという奇人だ。

そんな彼女には使えば最悪死ぬ、自殺の道筋にしか思えない粗製の麻薬は到底容れられない代物であったのだろう。

事実として、この神の宿では、堕ちたる聖女が手ずから調合せし、身体的依存性は極めて少なく、それでいて強烈な精神的依存性のみをもたらす麻薬が作られ、客に性的快楽と共に饗されているのだから。

「しばらく仕入に来ていないプッシャーはいないか? お試し価格なのか分からないが、かなり安価に仕入れられるみたいで人が流れている可能性がある」

「あら、そう言われれば、顔触れが少し変わった感じはありますわね……」

棚の影から名簿を取りだしたヴェロニカは、数名の売人が在庫が切れているころだろうに来ていないことを教えてくれた。

「ちょ、ちょ、そんな軽くていいの? フツー、こういうのって何があっても話さない……」

「可愛らしい茶髪のお嬢さん、この界隈、裏切り者というのは無料で斬り捨てる価値があるのですよ。いいえ、何なら私はハジメ様に最高の品をお渡しするくらいの義理はありますわ」

「いらんいらん。俺は死んでも薬に手は出さんと誓ってるんだ」

うんざりしたような顔をして煙を吐いたハジメは、しかし無料で情報を貰うと後で貸し借りになって嫌だと煙草を数本置いて行った。

これで孤児院のガキ共に何か甘い物でも食わせてやれと。

「上の孤児院は普通に経営してるんだ……」

「ええ、勿論ですわ。人が人を守る。それは経典にもありますが、人が持つ原初の善性。そればっかりは涜神を志したりといえども、捨てはしませんわよ」

まぁ、向いている子がいたら、こっちで働くことはありますけれど。淫靡な聖女はそう悪戯っぽく笑って、スクラップヤードに浸りきっていない二人をドン引きさせた。

「さて、じゃあ行くわ。世話になったなヴェロニカ」

「あら、もう行ってしまわれますの? 本当に残念……」

「お前さんを相手にしたら脳味噌が壊れる。他の太客を探してくれ」

いくぞーと未だに呆けている二人を引っ張って、涜神のために建てられた聖堂を後にするハジメ。

そして、香の匂いを追いやるように表の溝臭い空気を吸って、三人はやっと常識的な世界に戻ってこられたような気がした。

「さてと、アテは出来たし虱潰しだな」

「こういうのって根っこから叩かないと意味ないんじゃないの?」

「根を探すにゃ、そもそも何処から毒草が生えてるか探すしかないだろ。チンケなプッシャーでも仕入れ先の面くらいは知っている。そこから順繰りに辿っていくのさ」

傭兵の仕事は、何も死体や怪物相手にドンパチするばかりじゃない。

こうやって街の暗がりを歩くこともある。

だから、色々覚えて損はないぞと宣うハジメに連れられて、二人は麻薬の売人が集まっているという裏路地に連れて行かれた…………。