軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33

ドレスよし、化粧よし、クロードの好みよし。

完璧な武装で、アイリーンは氷の城と化した宮殿をまっすぐに歩く。不思議なことに寒くはなかった。氷の柱や床が太陽を反射し、きらきらと綺麗に光っている。庭に咲く氷の花、何もかもが時を止めたように美しい。

一歩先をキースとベルゼビュートが先導してくれ、背後には何故か全員ぞろぞろついてきていた。クロードと面識のあるアイザック達だけではなく、ゼームス達もだ。レイチェルも痛む足でひょこひょことついてきてくれた。

自分たちには関係ないと言い張りつつも、皆、心配してくれているのである。野次馬の可能性も捨てきれないが。

(ちょうどいいけれど。全員、クロード様にちゃんと紹介したいし……わたくしの身の安全を確保してからだけど!)

これだけ仲間がいれば、魔王にも勝てる、かもしれない。

「こちらですよ、アイリーン様」

気づけば、見上げるほどの両開きの扉の前までやってきた。薄い氷に閉ざされたこの先に公主――クロードがいる。

ぎゅっと唇を引き結ぶと、その扉がひとりでに開いた。

白い冷気が大広間を覆っている。分厚い氷の床に、アイリーンは一歩踏み出した。転ぶなんてみっともないまねをしないよう、細心の注意を払う。

「やっときたか。待ちくたびれた」

さながら勇者を迎える魔王のごとく、クロードが壇上の椅子に腰掛けてそう言った。

金糸の刺繍がある朱色のクッションに片肘をつき、麗しい顔をほころばせる。

「そろそろ中身がないとさみしいと思っていたんだ」

「な、中身?」

「あ、アイリーン様! 完成しましたよ! ちょっと簡易ですけど!」

右手の壁際からドニが無邪気に手を振る。その背後には、氷で作られた美しい牢があった。

完成している。

愕然とするアイリーンに、頬を紅潮させたドニが駆け寄った。

「すごいですよね、氷の牢ですよ! 魔王様との共同作品なんです、こんなもの作れるなんてもう僕、興奮しちゃって……徹夜で作りました!」

「そ……そう……つまり中身はわたくしね……?」

「入ってください。絶対似合いますよ!」

「……。ドニ。お前ちょっとこっちこい、な」

頭痛をこらえた顔でジャスパーがはしゃいでいるドニを引っ張っていってくれる。さすが最年長だ、こういう時の空気の読み方がうまい。

ぱちんとクロードが指を鳴らすと、氷の牢の扉が開く。無言で壇上のクロードを見上げると、赤い瞳が眇められた。入れ、という目だ。

「――わ、わたくしは罪人ではありませんわ、クロード様」

「知っている。僕の愛しい婚約者だ」

「でしたらそのような真似は、どうかと思いましてよ」

「僕は君が大事だ。だからつい、甘やかしてしまう。それがよくなかったのだろうと今回、僕なりに反省した」

「わ、わたくしは入りませ――」

突然爆音が響いて、牢がある反対側の壁が吹き飛んだ。

そちらに目をやったクロードが眉をひそめる。

「ああ、すまない。少し感情の制御がきかなくて。油断するとあちこち爆発するんだ」

「……そ、そう……ですの……」

「どうかわがままを言わないでくれないか、アイリーン。世界の命運がかかっている」

いつから自分の一挙一動は世界を背負うことになったのか。

頭を抱えたくなったアイリーンの目の前で、ふと足を組み替えたクロードが、唇に弧を描く。

「――それとも、君を本気で泣かせてみようか」

ひくっと頬が引きつった。ゆっくり立ち上がったクロードが、愉悦を隠さずに笑む。

「ずたずたに傷つけて、絶望で踏みにじってやったら君はどんな顔をするだろう? 許しを僕に請うか? それとも憎しみの目で見るのか。想像だけでたまらないな」

「そ、そっち方面は何度もわたくしはお断りしています!」

「残念だがそれは聞けない。僕は魔王だ」

「開き直らないでくださいませ!」

「大丈夫だ、心が壊れても僕は君を大事にする。君の手入れは毎日、僕が自らやろう。その綺麗な髪に櫛を入れ、毎日違うドレスを着せ、肌も隅から隅まで僕が洗う」

唇は笑っているが、赤い目が本気だ。感情が抑えきれないのか、不穏な風が怪しげに吹いている。完全に魔王だ。

ぐっと唇を噛んだアイリーンは、一歩踏み出した。

「――わたくしは、今回のこと、謝りませんわよ!」

クロードの笑みが消えた。真顔で見下ろされたが、アイリーンは胸を張る。

「わたくしはあなたの妻になる者として正しいことをしました」

「僕をだまして?」

「そ、それは――そこは、やり方があったかと思いますけれどっ……でも、あなたが心配だったんです!」

ドレスの裾をさばき、つかつかと、アイリーンはクロードの元まで歩く。

「――不安だったんです! でも、話を聞いてくださらなかったのはクロード様じゃないですか!」

「……」

「ま、魔香という、魔物にとって、甘い媚薬のようなものがあって……わ、私はそれがあるかもしれないと知っていました! だから怖かったんです。もし、あなたに魔香がきいたら……そ、そうしたら、わたくしはまた、セドリック様の時のように……」

不安がかきたてるただの想像だ。それ以上それが溢れないよう、唇を噛む。

どさりと音を立ててクロードが椅子に座り直した。同時に、長く深いため息が聞こえる。

「……キース」

「なんでしょう、我が主」

「僕は甘いか」

「何をいまさら。めろめろのくせに」

「ベル。――お前の意見は」

「王の御心のままに。俺達はそれに従う」

「……お前はともかく、他の魔物達まで僕をだましていたようだが?」

「魔王様……イイ……?」

ひょこりと、アイリーンの影からアーモンドが顔だけ出した。クロードに目を向けられて、慌てて喋る。

「アイリーン、心配、本当。……黙ッテテ、ゴメンナサイ……」

「……」

「ミ、皆、反省、シテル。捨テナイデ……」

「ア、アーモンド達はわたくしに言われただけで、悪くありませんわクロードさっ――!」

途中でぐいと引き寄せられ、椅子に座っているクロードの膝の上に落ちた。

「いいか悪いかは僕が判断する。王は僕だ」

その通りだ。ぐっと言葉を飲みこんだ。アーモンドもしょぼんとしている。

アイリーンの腰を抱いたまま、クロードが広間に佇んでいるアイザック達を見渡した。

「ついてきたということは、何か言いたいことが僕にあるんだろう。言うといい」

「まきこまれてこっちはめちゃくちゃ疲れた。押さえ込むんじゃなくて、ちゃんと手綱つかんどいてくれ。それに関しては魔王様が悪い」

まずそう答えたのはアイザックだった。そうですね、とリュックが頷く。

「アイリーン様はそうそう素直に言うこときく方じゃないですからね」

「あーうん、それはそうかも? 魔王様、だめですよー目をはなしちゃ」

「……。俺達では、無理だ。魔王らしく、適切な制御を頼む」

「まあ、人生経験豊かなオジサンから言わせてもらえば、アイリーンお嬢様の暴走癖くらい笑って許さないとさ。男の器ってやつだよ。セドリック皇子はそれができなかったわけだし」

「ちょっ言いたい放題言うのはやめなさい全員! 暴走癖って何!?」

「……なるほど」

怒鳴るアイリーンの耳元で、クロードが笑い出した。

「確かにお前の意見は正しい。僕の手落ちだ。――僕の婚約者が迷惑をかけた」

「ちょっ……クロード様! 迷惑ってわたくしのこと」

「魔物達も、ご苦労だった。僕の婚約者の面倒をよくみた」

「なっ――!」

まるでアイリーンが一人、周囲に迷惑をかけまくったかのようではないか。だがアーモンドが大喜びでクロードに飛びつく。

「魔王様! 魔王様、怒ッテナイ!?」

「ああ。アーモンド、いい子だ。皆にももう、僕は怒っていないと伝えてくれ」

「ワカッタ!」

ぱちんと指を鳴る音と一緒にアーモンドの姿がかき消える。同時に、大広間からきらきらと光をあげて、氷がはがれていく。

怒りも忘れてアイリーンはその幻想的な光景を見ていた。悪い魔法が解けた瞬間のようだ。

「ただし君に仕置きはする。あとで、たっぷりと」

ゆっくりとクロードが意地の悪い笑みを浮かべる。言葉と相まって妙に艶っぽいささやきに、アイリーンは反射的に逃げだそうとしたが、クロードががっしり腰をつかまえて離さない。

「――茶番だな。何も問題は解決していない」

光の粒が薄くなっていく中で、ゼームスが吐き捨てた。オーギュストが首をかしげた。

「ゼームス? どうしたんだよ」

「魔王。気づいていないようだが、私は半魔だ。――私がアシュタルトだと言ったら、貴様はどうする?」

挑戦的な目を向けるゼームスに、クロードが視線を向け、二人のラスボスの視線が交差した。