軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「お前はアシュタルトではないのに、何故そんなことを言う」

アイリーンが口を挟む前に、クロードが頬杖をついてそう言った。

ゼームスは無理矢理作ったとわかる嘲りを浮かべる。

「なるほど、魔王は既にアシュタルトが誰か把握しているということか。しかし魔香をばらまかれ、魔物側にも大きな犠牲が出た。――私は貴様が王だとは認めない」

「ゼームス、あなたまだそんなこと」

「お前もお前だ! 魔王の婚約者なら、半魔の私など恐るるにたりないだろう。……だから、私を守るなどと言ったのか」

アイリーンがぱちりとまばたいている間に、クロードが遠くを見てため息を吐いた。

ぎゅっと眉を引き絞ったゼームスが斜めにうつむく。

「私は魔王に従うつもりはない。それなのに――聖剣を持っていれば、魔物などペットのようなものだとでも思ったのか」

「……確かにわたくしはクロード様を飼っておりますけれども」

「はっ女に飼われた魔王か。腑抜けにもほどが――」

「ゼームス。反抗期もほどほどにしろ」

胡乱気に断言したクロードにゼームスが絶句した。

アイリーンは吹き出しそうになるのをこらえたせいで、何も言えなくなる。

「彼女は僕の妻になる女性だ。魔王の僕が飼われているというなら、お前はおまけでついてくるに決まってるから、安心するといい」

「おまけ」

「あまり彼女を困らせるな。僕が怒られてしまう。――それとも僕に叱られたいか?」

ふと、クロードの赤い瞳が物騒にきらめいた。間近でそれを見たアイリーンはごくりと息をのむ。

ゼームスも一瞬ひるんだようだったが、拳を握り直し、まなじりを吊り上げた。

「お前は何もわかっていない! 半魔の私が、どれだけ――」

「わかっていないのはお前だ。命を粗末にするんじゃない」

「脅しか! そんなものきく筋合いはない」

「アイリーンは僕のためにお前を守ったのにか?」

「は……?」

呆けるゼームスを置いて、ぱっとアイリーンが顔を輝かせる。

「そう、そうなんですクロード様! ゼームスは絶対にあなたのお役に立ちますわ!」

「ちょ……待て、アイリ……お前、私を守るとか居場所とか、まさか……!?」

「あなたの築く時代に、ゼームスほどふさわしい人材はいません」

ゼームスが虚をつかれたように黙った。長い睫を伏せて、クロードは答える。

「そうだな。彼はミルチェッタ公主の孫だろう。使い道はいくらでもあるが……だが僕は魔物でも半魔でも、その自主性を重んじたい」

「ええ、クロード様の許容範囲で、ですわね。承知しております。まかせてください、あなたのために口説き落としますわ」

「なん……だと……」

ゼームスがよろめくように一歩あとずさった。

アイザック達がそれを哀れみの眼差しで見つめ、オーギュストが駆け寄ってその肩を支える。

「だ、大丈夫かゼームス。えっと……就職先が見つかってよかったな?」

「ふざけるな! 私は承諾していない……!」

「それで、他の三人は一体どうしたんだ? 生徒会にいた学生だと記憶してるが」

「はい。彼はオーギュストです。人間なのにとても強くて、マークスくらいに……そうだわ」

アイリーンはクロードの膝の上から降りる。クロードは引き止めなかった。

壇上を降り、オーギュストの手を握る。それだけでオーギュストは真っ赤になった。アイリーンはその目をまっすぐ見る。

「この際だから言うわね、オーギュスト。わたくしの騎士にならない?」

「き、騎士?」

「わたくしずっと、あなたのような騎士を探していたの。卒業したら是非、皇都にきてちょうだい。まずは聖騎士団に入ってもらって――それに、レイチェル。あなたも」

「わ、私ですか?」

「ええ。わたくしの侍女になって欲しいの!」

今度はレイチェルの手を握る。

「わたくしの秘密をすべて共有して支えてくれる侍女が欲しかったの。あなたの経歴にもなるわ。わたくしは皇妃になるのだから」

「はっ……はい、私、行きます!」

「本当!? よかったわ。――それと」

「俺らは教会の人間だから!」

何か言われる前に、ウォルトが一歩下がった。自分たちの存在が機密事項だとかそういうことも忘れるほど焦っているらしい。隣でカイルもこくこくと何度も頷いている。

が、かまわず笑顔で言い切った。

「安心して。教会に手を回しておくわ!」

「ちょっ、アイリちゃん、そ、そんなこと許されるはずが……」

「大丈夫。教会は魔王との関係を気にしているはずよ。必ずあなたたちを売るわ!」

「ま、魔王に売られるのか、俺達が……!?」

「……えーっと。僕よくわかってないんですけど、何人増えたんです?」

「五人」

ドニの質問にアイザックが端的に答える。

すべての勧誘を終えたアイリーンは大満足で、クロードに振り返る。

「クロード様。わたくし、あなたの役に立ちましたでしょう?」

「ああ、僕は自分の器の大きさに自分で感心している」

クロードがどこか遠いところを見ながらそう言った。ウォルトが反論するように声を上げる。

「ちょっと待った! 俺達にはまだ仕事が残ってるからね、売られないよ!」

「あらしぶとい。何かしら」

「しぶとっ……セレナちゃんだよ、魔香の! 彼女は」

「拘束してある」

クロードの一言に、アイリーンはまばたく。

「どういう理由で……? 魔香を使ったことでは、理由にならないでしょう?」

表向き存在しないはずの香だ。だから教会が秘密裏に動き、内々に処理する。

だがクロードはこともなげに言った。

「彼女は僕にその魔香とやらを盛った。だから魔王の僕が処罰する。当然のことだと思うが?」

「く、クロード様に魔香を盛ったんですの!?」

アイリーンが一番心配だったことがすでに起こっていた。

慌てたアイリーンはクロードのそばに駆け戻り、その綺麗な顔に手を伸ばす。クロードが一度、まばたきした。

「だ、大丈夫でしたかクロード様。何かいかがわしいことをされたりさせられたりしませんでした!?」

「いかがわ……。――そういえば、多少記憶が曖昧なような」

あの女、もう一度しめる。ゆっくりとアイリーンは笑みを深めた。

「わかりました、クロード様。あなたは何も悪くありません。お気になさらないで……わたくし自ら手をくだします」

「……」

「面会許可をくださいな。サシで勝負して参ります。……クロード様?」

「……なるほど、君の心配はそういうことか」

途中で肩をふるわせてクロードが笑い始めた。キースが肩をすくめる。

「そこで嘘をつくなんて。性格悪いですよ、クロード様」

「仕返しだ。側室の話を持ち出されたことへのな」

しばらく考えて、アイリーンは眉をつり上げた。

「……だましましたわね?」

「君が僕をだましたほどじゃない」

すました顔でそう言われると弱い。

ぎりぎりするアイリーンを勝ち誇ったように見たあとで、クロードは説明を再開した。

「君たちが魔香と呼んでいるのは、あの甘いにおいのする妙な香だな。彼女からその匂いがしたから、警戒していたんだ。僕はまだ耐えられたが、他の魔物にはまずいだろうと思って」

「学園長。彼女は我々に引き渡して頂きたい」

進み出たのはカイルだ。

「君は教会の人間だったな。まあ、貸しにしてもいいんだが」

「……クロード様。セレナ様のことは、わたくしに任せてくださいません?」

にこりと笑ったアイリーンに、クロードが静かな目を向けた。顔をしかめたのはウォルトだ。

「アイリちゃん、それは困るね」

「魔香をばらまいた張本人を捕まえたくないの?」

「……どういう意味だ。それはセレナ・ジルベールじゃないのか」

カイルの疑問に答えず、アイリーンはクロードに向き直った。

オーギュストを聖騎士にしようとしたセレナのあの偏った言動、そしてゲームどおりならオープニングで彼女がしているはずのこと。まだいくつか確認は必要だ。

だからそれを確信に変える。

あちらは応じるだろう。きっとアイリーンと同じことを、確かめたがっているだろうから。

「クロード様。ご承諾頂けますか」

「何のために?」

「本物のアシュタルトをつかまえるために。――わたくしはあなたを、皇帝にしますわ」

胸を張ってまっすぐに宣言したアイリーンを、クロードはじっと見返す。

「いいだろう。皇妃になるのが君ならば」

魔王が下した結論に誰も異は唱えなかった。

ミルチェッタ公国におけるアシュタルトの反乱は、四ヶ月かけて終息宣言が出された。

ミーシャ学園は二ヶ月の封鎖を余儀なくされたが、地竜という高位の魔物が現れたにもかかわらず死者が出なかったことに教会が皇太子クロードの手腕をたたえ、ミルチェッタ公国の住民は深い感謝を示したという。また、魔物の襲撃を押しとどめ戦った学生達と、それを先導した皇太子クロードの婚約者アイリーン・ローレン・ドートリシュ公爵令嬢にも、惜しみない賞賛が送られた。

これにより皇太子クロードは、魔物も人間も自分の守るべき民であると改めて表明し、この姿勢は曖昧だった魔物と人間の関係を推し進める大きな一歩となった。

アシュタルトの正体が魔物ではなく、セレナ・ジルベールというまだ十七歳の少女であり、自害してしまったという情報は人々にそれなりの衝撃を与えた。しかし、魔物と戦った学生の中にミルチェッタ公国の公子なる人物がおり、しかもその公子が半魔であるために長年その叔父に命を狙われていたという発表の方が衝撃的であり、歴史的転機でもあった。

そのためアシュタルトの一件は、アシュタルトであると濡れ衣をきせられそうになった公子が魔王の協力を得て祖国の危機に立ち上がり、いずれ公国を建て直していく歴史の始まりとして、人々に語り継がれることになる。